帰り道
「いやだ、尾々くんてば本当にお上手」
佳乃子は、尾々に微笑みかけながら言った。佳乃子は音羽家を訪れた日に着ていたワンピースに身を包んでいて、その白色は月明りの下で美しく浮かび上がっている。
清光、佳乃子、尾々の三人は連れ立って、土手を歩いていた。今日で、佳乃子は自宅へ帰る予定だった。最終日ということで、音羽家の食事に尾々が招待された帰りのことだ。
「いや、事実を述べただけで……佳乃子さんは美人で料理も上手で、ほんと完璧です」
尾々はまるで酔っぱらっているかのように頬を紅潮させて、佳乃子を褒め称えていた。
「今日はずっとそんな調子だね、尾々は」
尾々は音羽家を度々訪れてはいたが、佳乃子に会うのは久しぶりのことで、夕餉が始まってしばらくは緊張していたようだった。
しかしそれは束の間のことで、尾々の持ち前の素直さと明るさによって、音羽家の食卓はいつにもまして賑やかになり、あっという間に陽が落ちてしまった。
「ごめんね、こんな時間まで引き留めてしまって」
半円ほどの月を見上げて、佳乃子は言った。
「いやいや、こちらこそです。音羽家逗留の最終日だったのに、図々しくもお邪魔しちゃって…」
「来てくれてとても嬉しかった。しかもこうして、見送りまでしてもらちゃって」
えへへ、と尾々は破顔した。
「清光くんも尾々くんも、頼もしくなったわあ」
佳乃子は二人をほほえましく思った。
「……あ、そういえば」
そこで清光はふと思い出したように、足を止めた。
「会ったよ、上加地って人に」
「あ、ほんと? てっきり覚えてないんだと思ってた」
意外そうな顔をして、佳乃子も足を止めて清光を見た。一人、尾々は話についていけておらず、首をかしげる。
「上加地って、日本史のあの上加地?」
「そっか、やっぱり早瀬に赴任していたんだね。上加地くん」
「もしかして、佳乃子さんの知り合いなんですか? 意外だなあ」
尾々は上加地の風貌を思い出しながら、眼前の佳乃子を見る。まとう雰囲気も性格も、何もかもがまるで違う。佳乃子は再び歩を進めながら、二人に聞いた。
「同級生、だったの。それで彼、元気にしてる?」
「そりゃもう、元気なんてもんじゃないですよ。スパルタもスパルタで、日本史を取るんじゃなかったって、日々後悔しています」
「すごいねそれは。尾々くんは災難だったけど、でも元気そうで良かった」
尾々の様子を見て、佳乃子は笑った。佳乃子さんの知り合いならば許せなくもないだろうか、と尾々はぶつぶつと逡巡しているようだった。
「乃木さんによろしく、って言ってたよ」
何ともなさげに、清光はふと佳乃子に言った。
「え?」
佳乃子は不思議そうに、清光を見た。反対に尾々は合点がいった顔をする。
「あ、そうか。あの時呼び止められていたのは、佳乃子さんの話だったんだな」
「清光くんが私の親戚だって、知ってたの? それに私のこと、覚えててくれたんだ」
驚いた顔で、佳乃子は清光に聞いた。
「うん。それで、乃木さんによろしくってさ」
「それはびっくりだな。というか清光くん、それ忘れてたでしょう? 相変わらずなんだから……私からも、よろしく言っていたとちゃんと伝えること」
もう、と佳乃子は清光に念押しした。それから話題はまた様々に変わって、尾々の画力の話などになった。佳乃子はまだ尾々の描いたものを見たことがなかったため、今度自分の似顔絵を描いてくれ、と冗談なのか本気なのかわからぬ口調で言ったりした。




