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春のまにまに童のまにまに  作者:


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二人と一人


 誰もいない図書室で、二人は読書にいそしんでいた。生徒たちはみな授業の時間で、校舎内はしんと静まっている。

 今日は珍しく、カオルも椅子に座って本を開いていた。先日サクラが借りてきた大判の図鑑だ。一通り目を通してしまったものの、飽きずに何度も眺めている。


「カオルってば、そればっか見てる」

 

 向かいに座るサクラが、からかうように言った。


「だって、何回見てもきれいなんだもん。サクラは何を読んでいるの?」

「私は、シンに教えてもらった本を読み始めてるところ」


 すっと表紙をカオルに見せるが、カオルはふうんと相槌を打っただけだった。カオルの興味を惹く表紙と題ではなく、またすぐに図鑑に目を戻す。


 しかしサクラは冒頭から、すぐにその内容に引き込まれていた。前回読んでいた本は既に読み終えて、傍らに置いてある。今日返却するつもりで、もしシンに会えたなら感想を伝えようと思っていた。

 おそらくシンも前回の本を読み終えているだろうから、互いに薦めた本の感想を言い合える。趣味が合ったシンが薦めただけあって、この本もサクラの好みによく合った。


「今日は来ないのかなあ」

 

 つまらなそうにサクラが言うと、


「だってまだ授業中じゃない、来られないわよ。授業が終わったら来るんじゃない?」


 カオルが元気づけるように言った。


「あ、そうか! たしかに! 早く来すぎちゃった」

  

 カオルに言われて気を取り直したサクラは、また本に目を落とす。今日も少女たちは、こっそりと図書室へ勝手に入っていた。

 待ちきれずにそわそわしているサクラを見ていると、カオルはなんだかイタズラをしてやりたくなった。図鑑をぱたりと机に置いて、静かに立ち上がる。そしてサクラの後ろに立ってもたれかかると、肩に手をまわしてちょっかいを出し、頁をめくる邪魔をした。


「ちょっとカオル、読めないじゃない」

「だって、もう飽きちゃって暇なんだもん」


 文句を言うサクラに、カオルは文句を言い返した。


「さっきは何回見てもきれい、って言ってたじゃない」

「さっきはさっき、今は今よ」

  

 カオルはサクラの髪の毛をいじり始める。分け目を変えたり、小さな三つ編みを編んだりして遊んでいる。

 サクラはしばらくされるがままになって、読書に集中しようと努めた。しかしとうとうこらえきれずに諦めて、本を閉じて机の上に置いた。


「全然読めないじゃない。カオルは、あそこらへんの本でも読んでたら?」


 サクラは自然科学の分類あたりを指さした。『美しい庭のつくりかた』『はじめての盆栽』『日本の野草大図鑑』等々の表題が目に入る。植物学のコーナーは特に大判のカラー刷りが多く、カオルが好きそうな内容でもある。


「……あそこらへんのやつは、もう全部見ちゃった」

「えっ、全部? いつの間に?」


 カオルの返答にサクラは驚く。


「面白そうなやつはね」


 いつの間に見ていたのだろう、とサクラは意外に思った。

 入学式の日から、少女たちは別々に行動することが少しずつ増えていた。それまでは一緒にいることが当たり前だったが、近頃はお互いが近くにいなくても別段気にならなくなっている。


「じゃあ、他に何か面白そうな本を――」


 サクラがカオルに言いかけた時、静かな音を立てて図書室の扉が開いた。

 突然のことに驚いて同時に振り返ると、扉の前に少年が立っていた。


「あ! シン!」


 サクラは嬉しそうに声を上げる。少年は初対面のカオルの存在に気を遣ってか、無言で軽い会釈をした。


「シン、こっちはカオル。私の、……――私の、姉妹」


 言い淀みつつ、サクラはカオルを紹介した。紹介されたカオルがはじめまして、と微笑を浮かべると、ようやくシンは図書室の中へ足を踏み入れた。


「なんか、今日は来たら会えると思ったんだ」


 サクラと初めて会った時よりも、血色がましになっている。


「私も。授業はもう終わったの?」

「授業は……――サボり、かな……二人は?」


 気まずそうに言いながら、シンは二人がいる机の隣に座った。カオルもサクラの向かいに座り直しながら、聞き返されて返答に困るサクラをとりなす。


「私たちもサボりなの。仲間ね」


 シンは、サクラとはまた違った造形美を誇るカオルに驚きつつ、話題を変えた。


「それ、読み終わったんだ?」


 サクラが机の上に置いていた本を指さす。


「うん! シンと早く話したかったの。そっちも、前に借りてた本は読み終わった?」


 ようやく話せる、とばかりにサクラは満面の笑みで、シンの方へ身体をのめらせた。二人はそれぞれが読み終えた小説の感想を、あれこれ語り始めた。その様子をカオルはじっと観察する。


 ――なんで……? たしかにこの子には、私たちが見えてる。今までたくさんの子たちと遊んできたけど、みんな十を超すころになると私たちのことを見えなくなって、忘れて、思い出してもくれないのに。


 先ほども、この少年はごく自然に図書室へと入ってきた。サクラのことを覚えていて、当たり前に受け入れている。


「そうなのそうなの! 主人公がね……――」


 盛り上がっていたところでサクラは、頬杖をついてこちらを見ているカオルに気づいた。


「あ……ごめん。カオル、つまらなかったよね」

 

 申し訳なさそうに言うと、シンもサクラに合わせた。


「これ、次読む?」


 自分が借りていた本を、カオルの方へと差し出す。カオルは特に惹かれるものもなかったが、せっかくなので読んでみることにした。


「ありがとう」


 じっと目を見ると、澄んだ瞳にカオルの姿がしっかりと映っている。カオルは立ち上がって本を受け取ると、そのままくるりと二人に背を向けた。


「さっそく読んでみる。また後でね、サクラ」


 二人の返答も待たずに、カオルは図書室を出て扉を閉める。考えすぎなのかな、と心の内で思いながら、先ほどシンから受け取った本を眺めた。ずいぶん前の本のようだが、きれいに読み込まれている。貸出ラベルも汚れていない。


 後ろから、サクラとシンの笑い声が聞こえてくる。ちくりと、カオルの胸を何かが射した。まただ。またこの、得体の知れない気持ち。何かわからない、黒い思いが胸をよぎる。駄目だ、何かがおかしい。

 カオルは気分が悪くなって、校舎を出る。川辺へ向かって、久しぶりに小説でも読んで気を紛らわそうと思った。


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