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春のまにまに童のまにまに  作者:


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14/49


 校庭の楠木の半ばまで登ると、ちょうど高等部の教室がよく見える。


「あそこが、清光の教室?」

「そうみたい」


 少女たちは太い楠木の枝に横並びに座って、清光の教室を見ていた。茂る葉が二人を覆い隠し、眩しい光から守っている。


「……ねえサクラ、あの子は誰?」

「そんなの、こっちが聞きたい」


 二人の目線の先には、清光と仲良さそうに話している紅緒の姿があった。清光の席の隣に立ち、楽しそうに笑っている。普段無口な清光も、紅緒に対してあれこれと返答しているようだ。

 窓から遠い廊下側の列でありながら、一番後方に座る清光の姿はよく見えた。


「清光、いつからあの子と仲良くなったんだろ」


 カオルが言うと、サクラも複雑そうな顔をした。


「見たことない子」


 その時、休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴る。紅緒は慌てた様子で清光に手を振って、二人の視界から見えなくなった。


 すらっとした手脚、柔らかそうな躰、きれいに整えられた髪。そして何より、清光に向けられた屈託のない笑顔。それら一つ一つが、二人の瞳に焼きついた。


 得体の知れない気持ちが胸の中に生まれていることに気づき、二人は気味悪く思った。何かが、二人の胸を射す。

 二人は無言のまま、授業が始まる様子をぼんやりと見た。


「なんだか、何もする気がなくなっちゃった」


 先にカオルが立ち上がって、細い枝先へと歩き出した。相変わらず両手を広げて、風に支えられるようにして枝の先端を目指している。


「カオルは下手なんだから」


 危うい歩みのカオルを見かねて、サクラは言いながら立ち上がった。そしてふわっと枝先へと歩いて、振り向いたカオルの手を握る。そのまま振り子のように右足を軸にして、カオルの身体を幹の方へと回転させた。カオルは一瞬宙に浮いてから、先ほど座っていた辺りに静かに降り立たされた。

 あっ、とカオルが呟く間に、サクラはカオルが目指していた細い枝の先にちょこんと立った。


「私の勝ち」


 くるりと振り向いて、カオルに勝ち誇る。

 風に揺れる細枝にすっくと立つその姿は、重力の縛りを感じさせない。カオルは悔しそうに言う。


「練習してたのに……――でも、さすがサクラ」


 ほほえみながら楠木の葉に息をかけて、風と共にサクラに向かわせる。枝先にいたサクラの周りを取り囲むと、一斉に散らばってはらはらと散った。


 サクラは笑いながらカオルの手を取って、楠木の上へ上へと昇って行った。枝葉を足場にふわふわ浮かんでいく二人を、風が取り囲んで軽やかに持ちあげる。二人の笑い声で、楠木の葉が鈴のように揺れた。

 

 少女たちは楠木のいただきにたどり着くと、一際けたけた笑った。楠木のいただき、一番高いところにある一葉に足を乗せながら、手を握り合う少女たち。

 サクラの力を受けて、カオルも器用に重力に逆らっている。楠木の頂上からは広い校庭が一望出来て、澄んだ空気も気持ちがよい。

 見晴らしのよい頂上で、青い空の下で、少女たちはふわりと浮かぶ。風と同化して、どこかへ飛んで行ってしまいそうだ。校庭や校舎に反響して、少女たちの笑い声が散らばる。

 風に乗った笑い声は校庭のあちらこちらに飛んでから、強い風へと変化していった。そしてごうっと音を立てて、とある教室の、空いていた窓へ吹き込んだ。


 突然吹き込んできた強風に、教室内は騒然となる。開かれていた教科書やノートが風に飛ばされ、筆箱の中身が散らばった。


「なに、どうしたの?」

「いきなりびっくりした……」

「大丈夫? これ誰の?」

 

 窓際にいた生徒たちの被害はことさら大きく、机上の物がみごとに風にさらわれていた。教師も一旦チョークを置いて、授業を中断する。


「突然すごい風でしたね。なかなか春風駘蕩というわけにもいかず……ま、桜が満開になる前でよかったですね。たくさん散ってしまうところでしたから」


 国語の教師らしいことを言って、被害を収束させるよう指示した。教室内には春風と一緒に、楠木の葉も大量に吹き込んでいる。葉は机の上や生徒の頭上、床に落ちたノートの間にまで散らばっている。

 箒とちりとりでそれらを集める生徒たちに、国語教師はのんびり説明し始めた。


「皆さんご存知ですか。楠木からは、樟脳と呼ばれる防虫剤が作られるんですよ。お家の箪笥やなんかに入ってるやつですね。この独特の香りを虫が嫌がるんです」


 教卓の上に広がる一葉をつまんで、もてあそびながら言う。


「それから楠木は、よく御神木として祀られていますね。神社などで目にするしめ縄がまかれた大木は、この木が多いんです。樹齢が長く、百年や千年生きている樹がたくさんあります。校庭の楠木も樹齢五百年といわれているので、大変立派です」


 この国語教師は、授業の合間に雑学を多々織り交ぜる。飽きずに授業を聞くことができ、またためになる話も多いため生徒たちから人気だった。


「あ、そうそう。楠木の葉にはダニがいることがあるので気をつけてくださいね。この葉の裏側の、葉脈のところにですね――」


 しかし教師の一言で、生徒たちはざわめいた。

 樟脳の説明を受けて楠木の独特の芳香を嗅いでいた女生徒や、散らばる葉を投げて遊んでいた男子生徒は、小さな悲鳴を上げた。


「ええっ、最悪! もしかしてこれダニ?」


 きゃあきゃあ言いながら、生徒たちはてきぱきと動き始める。


「ほんとに早く言って欲しいよね、御池先生ってば。大丈夫だった?」


 女生徒が、後ろを振り向いて紅緒に問いかけた。


「ありがとう、こっちはあんまり落ちてないから大丈夫だと思う。でも、吹き込んできた時に指を切っちゃって……」


 紅緒は、きゅっと右手の指にちり紙を当てていた。


「えっ、大丈夫? 風で? 葉っぱで?」


 それを見た女生徒が慌てながら聞くと、


「バカ。風で切れるかよ、葉っぱだろ。大丈夫かよ?」


 周りにいた男子生徒が、茶化しながら心配した。


「どっちだろう? びっくりした、こんなことってあるんだね」

 

 困り眉をして言う紅緒に、周囲が心配そうな声を上げる。


「絆創膏持ってるよ」

「御池先生に言って、保健室行った方が良いんじゃない?」

「確かに、ダニって菌とかありそう」


 様々なことを言う同級生たちに、紅緒はほほ笑みながら礼を言った。


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