川辺の少女たち
カオルは鼻歌を歌いながら、川沿いの桜並木の下を歩いていた。
蕾が大きくふくらんでいて、もう間もなく一斉に花開くだろうか。例年はすでに見ごろだというのに、今年は不思議と開花が遅い。全国で満開の報が聞こえる中、この街だけ取り残されているようだ。
対照的に川辺には小さな花が可愛らしく咲き乱れ、草々は青々としている。特に菜の花は一足先に見ごろを迎えていて、一面の黄色が目に映える。
カオルはそのまま川辺に降りた。カオルの歌に乗って春風が吹き、菜の花の花びらが舞う。
今日は少し気温も高くなり、南風が身体を包んだ。カオルはくるくると風に乗る黄色い花びらたちを指揮するように、右手を大きく動かす。すると花びらたちは、静かに川面に着地する。絵の具を垂らしたように転々と、花びらはゆっくりと川下へ流れて行く。
川を覗くと、花びらと一緒にオタマジャクシたちが泳いでいた。少し成長していて、この前よりも大きくなっている。
「ちゃんと元気に、立派なカエルになるのよ」
ほほ笑みながら、カオルは呟いた。
そのままカオルは川辺に腰かけて、川の流れを見つめる。流れる水面や、周囲の動植物。自らもその自然に溶け込むように、身を預ける。
目を閉じれば、凪いでいる風の音や、蝶が羽ばたく音が聞こえる。
「――カオル」
そんなカオルに後ろからそっと近寄って、サクラは声をかけた。
「やっぱりここにいた、すぐわかるわ」
よいしょ、とカオルの隣に腰かける。
「サクラだって、図書室へ行ってたんでしょ。すぐわかるわ」
二人は目を見合せて、笑い合う。
「でも聞いて、カオル!」
サクラは大きく手を動かして、興奮を表現している。
「今日はね、いつもと違ったの!」
「なあに、そんなに大きな声を出して」
「あのね、不思議な男の子に会ったの。私が本を読んでたら図書室へ入ってきて、喋ったの」
「喋った……? 学院の生徒ではないの?」
カオルは眉をひそめた。
「ううん、多分中等部の子だと思う。でも、私が見えたし、会話もできた。しかも本の趣味がすごく合って、おすすめの本も教えてくれたの!」
嬉しそうに話すサクラを、カオルは訝しげに眺めた。
「本当に? なんでそんなことが?」
「なんで、なんだろう……私にもわからないけど……――」
サクラがそう呟いた直後、今度は強い北風が吹き上げた。
「――……不思議だよね、普通の生徒はもう私たちが見えないのに。大きくなったら、みんな見えなくなっちゃうのに」
風は少女たちの髪をなびかせ、川辺の花びらを舞い上げる。
「……私、清光以外の人と久しぶりに喋った。カオルにも、あの子に会って欲しいな……」
カオルはサクラから目線を外し、少し考え込んでから口を開いた。
「そんな人がいるなら、会ってみたい。けど……少し怖い気もする」
「怖い? 何が……?」
「なんだか、うまく言えないけど……」
カオルは黙り込んで、何かを考えていた。考えすぎ、と言いかけたが、サクラも同じように考え込む。
「大人にも、見えるようになるのかな」
「普通の人間と同じようになるってこと?」
「清光だって、十を越しても私たちが見えたもんね」
うーん、と互いに考えるけれど、答えはでない。
「――あっ、見てサクラ! このオオバコ」
ふと横を見ると立派なオオバコが群生していて、カオルは考えていたことを忘れて、嬉々として言った。
「えっ、どれ?」
サクラもカオルの指さす先に、身を乗り出した。
その名の通り大きな葉を地面に広げ、ツクシにも似た花穂がすらりと長く伸びている。踏まれれば踏まれるほど強くなるといわれ、人が多く通る場所でも負けじと立派に育つ草花だ。
「本当だ。川べりだから、たくさん踏みつけられたのかな。すごく丈夫そう」
「私、これにする」
カオルはぷつりと、一本の一際太いオオバコを摘んだ。
「あ、ずるい! 私もそれにしようと思ってたのに」
「残念、早いもの順よ」
ふふふ、と笑うカオルをひと睨みして、サクラは二番目に太そうなオオバコを摘んだ。
二人はそれぞれのオオバコを交差させて絡ませると、両端を持って引っ張り合った。昔からある子供遊びである。
「あっ」
先に千切れてしまったのは、サクラのオオバコだった。
「また私の勝ち」
カオルは勝ち誇った笑みを浮かべた。
「だって、カオルが先に選んだんだもん、当たり前よ」
認めない、という風にサクラは頬をふくらませた。
「太ければ太いほど勝つわけじゃないし、実力よ」
「もう一回!」
二人は再び、オオバコを選んで摘んだ。今度はサクラが先に摘む。
「見て見て、これも丈夫そう」
くるくると回しながら、サクラが嬉しそうに言う。
「これは細くてしなやか」
カオルは細長いオオバコを選んでもてあそぶ。
「本当。千切れちゃうのがもったいないくらい」
「残念ながら、千切れちゃうのはそっち!」
もう一度絡ませて引っ張ると、次に勝ったのはサクラだった。
今度はカオルが頬をふくらませ、ぱたりと仰向けに寝転ぶ。
「あーあ、負けちゃった」
きれいに澄んだ青空を見ながら、千切れてしまったオオバコを陽光にかざす。
「これで引き分けね」
サクラは座ったままカオルを見下ろして、自分のオオバコでカオルの鼻の頭をくすぐった。
カオルはサクラを無視して、思い出すように言った。
「清光は、強かったなあ。三人でずっと、遊んでいられたらよかったのに」
「確かに、清光は強かったね。どうやって見分けてたんだろう」
清光が幼い頃はよく、一緒にオオバコを摘んで遊んでいた。清光に遊びを教えたのは二人だったが、清光は丈夫なオオバコを見つけるのが上手で、二人はいつも負かされていた。
「……今度はいつ、図書室へ行く?」
思い出したように、カオルはサクラに問う。
「カオルが行く時に。よく図書室へ来るって言ってたから、気が向いた時に行っても会えると思うな」
「わかった。どんな子なのかしら……」
あれこれ考えていたことを吹き飛ばすように、カオルはぐいっと起き上がった。
千切れてしまったオオバコたちを手に乗せて、大きく息をかける。すると風が生まれて、オオバコたちはどこかへ飛んで行った。
「相変わらず、カオルは風の扱いが上手。どこかでまた、元気なオオバコが育つね」
「サクラにも、プレゼント」
カオルは微笑みながらまた風を起こして、菜の花の花びらを舞い上がらせた。サクラを取り囲むようにして、花びらはきらきらと風に舞う。
きれい、と笑いながら、サクラは持っていたオオバコを指揮棒代わりに、花びらたちを動かす。
「サクラのオオバコはどうするの?」
「この子は窓辺に生けるの。一輪挿しに、ぴったりでしょ」
笑う少女たちと一緒に、風と花びらはくるくる舞った。




