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ディジタルタトゥー  作者: 阿相アイ
3部
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28/33

27話

 一週間に一通、西田のおっさんにメールを送ることにした。調査報告のメールだ。

 一週目は、ダッテンについて。セントラルの近隣住民に聞き込みをしたが、関わりを持つ人は見つからなかった。代わりにおっさんには、コレクションハウスというアプリ開発者であるという情報を伝えておいた。今や誰もが知る有名アプリだが、マーズに籠っていたおっさんは知らなかったようだ。

 手助けを申し出てから俺もインストールしてみた。ものづくりという概念がないこの世界では、収集欲を掻き立てる見事なアプリだ。大きさ制限さえクリアすれば、何でもコレクションできてしまう。食べ物や動物をコレクションし、いつでもオブジェクト化できるのは有難いが、味や匂い、動きといった性質が消えてしまうのは残念だ。その時点で食べ物は食品サンプルに、動物は置き物に成り下がってしまう。

 おっさん曰く、ダッテンは憎いがアプリに罪はないと、マーズの品々をコレクションするために使用しているようだった。

 二週目は盗んだ方法の考察。三週目は取り戻す方法の考察を述べたが、的を得た推理は何一つ言えず、最後は正直に「時間が欲しい」と付け足した。おっさんは文句一つ言わず、それどころか一緒にマーズのクエストを攻略しないかと誘ってくれた。

 そして、今日報告メールを送れば、ダッテンの調査を始めてちょうど一ヶ月になる。しかし、この一週間状況は何も進展していなかった。

 おっさんへの報告は後回しに、俺は点滴スタンドに体重を預け、ゆっくりと立ち上がった。

休まずリハビリを続けたおかげで、関節は曲がるようになり体力も戻った。点滴スタンドから点滴バッグを取り、脇に抱える。施設調査計画の始まりだ。

 現時点でわかっていることは、俺がフルダイブしている部屋は《移住者管理施設東アジア》と呼ばれていること。その表記が日本語であることから、ここが日本の可能性があるということ。ここを出て左に直進すると母が闘病していた部屋があり、その廊下は突き当りが見えないほど長く湾曲しているということ。

 まだ行っていない道を調査するため、俺は移住者管理施設を出て右に直進した。相変わらず廊下は湾曲し、終りが見えない。しかし、一ヶ月間のリハビリのおかげで、初めてログアウトしたときのように、息切れし廊下に座り込んでしまうこともなさそうだ。

 一〇分も歩くと一つ目の扉が現れた。目線の高さに掲げられたプレートには《移住者管理施設東・北アジア》と書かれていた。

 扉を開錠した。俺がいたフロアと同じく大量の人間がベッドに寝かされ、首にはサークフスが取り付けられていた。ベッドの隙間は大人一人が通れるほどで、ざっと一〇〇〇人くらいいるように見える。ただ寝そべる人間を見ているのが、こんなにも恐怖に感じるのだと初めて知った。

さらに、廊下を進むと《移住者管理施設東南アジア》と書かれた扉を見つけた。どこの部屋も状況は同じだが、寝ている人の人種がプレートの表記と一致していることに気づいた。この部屋で眠っている人は、日本人と比べ、日に焼けた肌が特徴的に見えた。

 施設調査の結果わかったことは、施設のどこにも窓がないというとこだった。どこまで行っても変わらない景色と、閉じ込められているという閉塞感が、徐々に恐怖を与えてきた。

 閉鎖的な恐怖は体力にも影響を与え始めた。一ヶ月続けたリハビリは関節の可動範囲を広げてくれたものの、体力回復までには至らなかったようだ。

 今回の調査にも目処を立てなければならない。今のところ運よく誰にも出会っていないが、もし見つかればログアウトの方法を問い詰められるかもしれない。ユウのプライベートホームからの強制離脱は固く鎖されてしまっている。この方法まで禁止されると、完全に仮想世界に監禁されることになってしまうため、施設の人間と鉢合わせることだけは避けたかった。次の扉を発見したら調査を終えようと決め、歩を進めることにした。

 しばらく歩くと、変わり映えしなかった景色に変化が訪れた。等間隔にあった扉が、短い間隔になり、プレートの表記が英数字のものに変わった。英字を頭に三桁の数字が続いているようだ。数字は隣室と連番になっていた。俺はその内の一つに目を奪われた。

 《A101》――母の病室だった部屋だ。以前来たときは、この後ろに母の名が続いていたが、亡くなった今は名前も消されていた。

 扉を開けてみたが、やはり母の姿はなく、空のベッドが入室を拒んでいるように見えた。

俺は半歩部屋に入ったが、僅かに悩み、踵を巡らせた。

 A101号室は母と最後の時間を過ごした場所である。それは同時に、母を救えなかった場所でもあった。その空間を見ると、身体が自然に入室を拒絶した。

 調査の目処が立ったことを言い訳にして、返した踵に従いその場から立ち去った。

 俺は移住者管理施設東アジア室から右方向に直進してきたはずである。ひと月前に部屋を出たときとは逆方向に進んだにも関わらず、ここに辿り着いたということは、ぐるりと回り込み廊下は繋がっているということになる。このままさらに直進を続ければ、出てきた部屋に辿り着くはずだ。

 しかし、不思議なのは道中に出口はおろか窓すら見当たらなかった。俺をベッドに寝かし付けてくれた美愛のお姉さんは、あの後扉を出てどこに消えたのだろうか。

 どの部屋も同じような移住者管理施設だが、東アジアだけ部屋の向かいの壁が黒い。これを目印に戻れば迷うことはないのだが、黒い壁と白い壁の境界に赤く点灯するランプを見つけた。さらに黒い壁を凝視すると、浅い溝のようなものが四角く囲われ、まるで大きな扉のように見えた。

 突如、点灯していたランプが点滅に変わった。壁の奥が低く唸る。

 俺は慌てて部屋に入り、扉を閉めた。そのままベッドに駆け込み、抱えていた点滴をスタンドに掛けると、サークフスを首に装着し深く布団を被った。

 追いかけるように扉が開き、誰かが入ってくるのを感じた。強まる心拍を抑え、目を瞑るとそのまま仮想世界に意識を投じた。


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