24話
色彩豊かな半透明の花たちが、食事中の長机いっぱいに咲き誇った。
実物の半分ほどに縮小された花は、一〇×二〇のマス目に美しく整列している。
「よくこんなに収集したな」
種類の豊富さに俺は関心した。
「これでもまだ一部やで。一二〇〇種類くらいはあるかな」
尚がページを送ると、テーブル上の彩りが変わった。
「なおのお気に入りはな。これやで」
さらに操作し、その内の一つをオブジェクト化した。俺の手元に、実物大の真っ赤な薔薇が生成された。鷹揚な性格の割に、情熱的な花を好むようだ。
俺は薔薇の棘に注意を払い、手に取ろうとしたが、操作禁止コードに阻まれた。
「触れませんでしたー。残念でしたー」
語尾を伸ばし挑発しているつもりなのか。傍らの仲さんは、半透明の花たちなど意にも介さない様子で、それに埋もれたへぎそばを啜っている。手繰りされたへぎそばも花たち同様、へぎの上で綺麗に整列されていた。
俺の地元である新潟の郷土料理が何故VVWのメニューにあるのか定かではないが、他にもひつまぶしやもつ鍋、ちゃんぽんといったご当地グルメが、この世界にはいくつも用意されていた。それを目的に食べ歩きをするプレイヤーもいるほどだ。
「すごいのはわかった……わかったから、これをどけてくれ。食事ができない」
俺は尚に腹が立つどころか、幼稚さが可愛らしく見えてきた。尚は頬を膨らませ、収集アプリの《コレクションハウス》を終了させた。
「そのアプリ、最近すごい話題だよな。俺もこの前、インストールしたぜ」
平井がカツ丼を掻き込んだ。
マーズ攻略ギルド《デジタルタトゥー》を結成してから、ほとんど毎日ヴァオの社食に集まるようになった。昼時になって社食に来ると、何故かいつも一番乗りしているのが社員ではない尚だ。昼間はギルドメンバーが仕事をしているので、一人暇を持て余しているらしい。たまに、自営レストラン《甘美堂》に顔を出しているらしいが、それも極稀である。
「あたしもスイーツ収集してるわよ。 でも、オブジェクト化しても食べられないのよね。平井くんは何を集めてるの?」
美愛の勧めてくれるスイーツにはハズレがない。ダンフェルのケーキ屋で一緒に食べたチョコレートケーキの味はよく覚えていないが、その後紹介してくれたスイーツはどれも格別だった。
「俺はまだなんにも。インストールしただけだ!」
「胸を張って言うことじゃないでしょ」
スタラビの言う通りである。
「そんなあ……」
平井が大袈裟に落ち込んだ。
「スタラビはやってないのか?」
俺の質問に、平井が目を輝かせた。
「そういうのは、やらない主義なのよ」
再び平井が肩を落とした。
コレクションハウスは、フリープログラマのダッテン氏による自作アプリである。VVWに存在するオブジェクトをコレクションするツールで、一度登録してしまえば好きなときに取り出し、観賞を楽しめる。ダッテンが編み出した立体スクリーンショットなる技術は、同属性の座標点を一括りに保存する。保存されたオブジェクトは立体画像として扱われ、自由に複製を行えるが、しかし動きや感触といった性質は失われる。例えば、動物は動かなくなり、料理は食べられなくなるという具合に。
動的な性質を元々持たない花や絵画といったオブジェクトなどは部屋に飾っておくだけで、インテリアとしての役割を十分果たしてくれる。本人以外のプレイヤーからは操作禁止コードに邪魔され、触ることすらできないようだ。
「なあ、このアプリでコピー対象にされたオリジナルオブジェクトはどうなるんだ?」
「コレクションした人のものになるわよ。あといくつか細かい制限があって、大きすぎるオブ ジェクトや他プレイヤーから奪ったりする行為は無理ね。セリトもやってみたら?」
美愛が勧めてきた。
「面白そうだな。保存容量は?」
「尚のはな、花だけやで一パーセントもいっとらんよ」
「一パー未満!?」
花とはいえ、一二〇〇種類収集しても一パーセント未満とは、恐ろしく大容量なアプリだ。
「決めた! 俺はマーズのモンスターを収集するぜ」
平井が突然立ち上がった。
「マーズで起動するのは無理だろ。メニューアイコンのインターフェースが違――」
「できるわよ。VVW上で起動するアプリなら動作するように、マーズの環境をアップデートしたもの。写真を撮りたいからカメラアプリに対応してくれ、っていう要望があってね。それならこの際、VVWの全アプリに対応しましょうということになったの」
仲さんが俺の声を遮った。
「さすが、仲さんの部署は優秀だ」
「コレクションハウスの制限で大型モンスターの保存はできなかったけど、雑魚なら問題なく収集できたわ」
「もしかして、仲さんも既にやってたりして……」
「ええ。それが何か?」
「ぬおお、負けねえ。仕事終わったら、今日もやろうぜ!」
対抗心を燃やした平井が咆哮した。
「セリトも来るでしょ?」
スタラビが訊いた。
「悪い、今日は駄目なんだ」
「また? 最近付き合い悪いわよ。昼は顔見せるくせに、夜になると途端にいなくなるんだから」
スタラビが文句を垂れた。
「怪しいわね。そう言えば、外部観測部で人が倒れたって噂を聞いたわよ。何か隠してるんじゃない?」
美愛まで目を細めた。
「何も隠してねえよ。人員が一人欠けたから、仕事が遅くまであるんだ」
「ふうん。じゃあ、明日は休日だから空いているでしょ? たまにはわたしたちにも付き合ってよ」
美愛が詰め寄った。
「あ、ああ……。マーズの攻略?」
「違うわ。セントラルでダッテン氏のプレミアサイン会があるの!」
美愛は目を輝かせた。
「美愛ちゃんもファンなん?」
「そうだけど。もしかして、尚ちゃんも?」
「ええよな。やっぱ外人さん、かっこええわ」
ダッテンがサイン会を開くほどの人気者だったということよりも、尚が外人好きだということに驚愕した。
「サイン会か……スタラビ、どうする?」
「面白そうじゃない。行ってみようかしら」
「ええ!? もしかして、スタラビも外人好みなのか? たしかに、アカウントも日本人離れしたルックスだしなあ」
平井の表情はカタストロフィに落ちていた。
「そんなわけないでしょ。VVWで有名になるような人の素質を見に行くのよ」
「実はスタラビがアイドルを目指してたりして」
「うるさい!」
スタラビは茶化す俺の足を蹴った。
「かえでちゃんはもう有名人やもんね」
「そうそう、ファンクラブだってあるらしいじゃない」
尚と美愛が同調した。
スタラビのルックスに惚れ込んだプレイヤーたちが、小規模のギルトを立ち上げたという噂話を聞いたことがある。平井は知らなかったようで、またも嘆いた。ここまで公然と好いているのに、全く応える素振りすら見せないスタラビは鈍感なのか、はたまた気づかないふりをしているのか。
明日午後十三時にセントラル転移門前に約束し、仕事に戻った。
俺の業務は相変わらず、宇宙の観測を続けること。
主任はまだ帰ってこない。地球を観測していた唯一のモニタも、地球の外側を向いてしまった。夜のような景色が五つのモニタに並んでいる。
あれから虚無の影は見なくなってしまった。




