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ディジタルタトゥー  作者: 阿相アイ
2部
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22/33

21話

 狭長な金属の軌跡を三本の鋭く短い気流が追った。抉るような衝撃が対象物にヒットすると、重たい着地音と共に朱いエフェクトが散った。

 マーズに剣のスキルがあったことには驚いた。

 クリスタルゴーレムを討った直後に現れた父は、腰に装飾煌びやかな剣を帯びていた。剣の存在があるのならシステム的な剣技があるのも当然と言えば当然だ。

 出発準備の最中、そのときの映像がフラッシュバックした俺は思わずプリメロの道具屋に駆け込んでいた。道具屋で買える最高値の剣を買うのは、クリスタルゴーレム討伐での獲得資金を以てすればさほど難しくはなかった。

 クリスタルゴーレムのドロップ品は全てギルドの管理するものとなっている。後で仲さんにどやされるのは避けて通れないが、今はそれよりも優先させなければならないことがある。

 クエスト《思い出の品をオブジェクト化するコツ》を一刻も早くクリアしなければならないからだ。今頃、俺を除くギルドメンバーはクリスタルゴーレムでのレベルアップを機に、少々難易度の高いクエストに挑戦していることだろう。

 今回のクエストは俺一人で攻略しなければならない。クリスタルゴーレムに比べ、星一つ低い難易度設定になっているのが幸いだ。

 プリメロから南下し、目的のレクエルド鉄山に向かう道中は気性の荒い鳩が頻出した。飛行能力を持つ初めての敵に尻込みしたが、何のことはない突撃と急制動を繰り返す単純なAI攻撃だった。急制動すると必ず一秒硬直する習性を利用し、風魔法を纏ったソードスキル「ビエント」で一掃する。

 さながら魔法剣士にでもなった気分である。マーズに職業という括りがないのが残念でならない。

 全ての鳩を一人で葬ってきたせいか、レクエルド鉄山に到着する三〇分ほどでレベル9に上がった。

 ワールドマップを広げ半径500メートル以内を拡大すると、眼前の洞窟が目的のクエストマークへと続いていた。

 クリスタルゴーレムの洞窟とは打って変わって洞内には明かりが灯り、骸骨のオブジェクトもなかった。

 いつかの植物土竜が時折顔を出しては地中に潜り、幾度かの悠然な戦闘を俺は楽しんだ。

 「ボス部屋……なのか?」

 地下に続く長い階段を下りると視界が一気に開けた。

 壁掛け松明の照度が一段と暗くなった。空気が重い。しかし、ボスらしきモンスターは見当たらず、部屋というよりも広場と表現するのが正しいかもしれない。入り口らしき扉もなかった。

剣を抜刀し、バスケットコートほどの空洞に歩を進めた。

 突如、マーズの重力補正が消滅したかのように身体が軽くなった。空中へ投げ出せれたアバターが、しかし頂点を迎えると真っ逆さまに落下運動を始めた。そして、頭部から着地した俺は脳天に強い衝撃を受けた。

 即座に立ち上がり体勢を整える。HPバーが一割ほど減少していた。しかし、敵の姿は見当たらない。代わりに巨大なハンマーが中央に出現していた。

 武器か。はたまた罠か。

 敵の姿を認識することが第一優先だ。ハンマーのことは忘れ、フィールドに視線を戻す。

 「あっ…………!」

 着地したすぐ近くに隆起した地面を見つけた。覗き込むと中は空洞になっていた。

 モンスターの通り道に違いない。辺りを見回したが同じような隆起は見られなかった。これはモンスターが自ら掘り進み出現した穴(けつ)隙(げき)のようだ。

 足元から地表に出てきたと予想すると、出現場所はプレイヤーの座標位置。黙って立ち尽くしていると恰好の的になると判断した俺は、地を蹴り駆け出した。

 瞬間、足元に伝わる地面の隆起。走り始めていなければ再び空中へ投げ出されていただろう。そこからボスのHPバーが出現すると、続いて黒い塊が顔を出した。

 ――土竜!?

 黒光りする肌にクリスタルゴーレムと同種の紅い目を持つ土竜を認識、と同時に風魔法ソードスキルのビエントを発動した。どのモンスターも頭部への攻撃はクリティカル判定される。俺の放った刃は三枚の鋭い気流を伴い、鉄土竜の頭部に命中した。ボスのHPが大きく削られるはずだ。

 激しい火花が散り、耳を劈(つんざ)くような金属音が鳴り響いた。

 打撃感はあれど、切り裂いた感触はそこにはなかった。

 剣は弾かれ、右手は痺れを感じた。持っていられなくなった剣は手を離れ、地面に突き刺さっている。すぐさまボスのHPバーを確認したが、ダメージを受けた痕跡はなかった。この鉄土竜もクリスタルゴーレム同様、特定のダメージを無効化する特性を持っているようだ。

 鉄土竜は海面をジャンプするイルカのように再び地面に消えた。

 魔法での攻撃しか手はないのか。しかし、あの速度にタイミングよく魔法をヒットさせるのは至難の業だ。思考を巡らせ、周囲を見渡すと放置していた武器オブジェクトが目に飛び込んできた。

 巨大なハンマー……鉄土竜……。

 「そうか!」

 俺は再び地を蹴り、怪しく佇むハンマーを手に取った。剣の倍はあろう重みを感じ、両手で持ち直した。

 これは罠でも何でもない。このクエストは土竜叩きゲームなのだ。

 所見ではわからなかった地面の盛り上がりを、足の裏で感じ横に飛び退いた。予想通り盛り上がり始めた地面に向かって、俺は渾身の力を込めハンマーを振り下ろした。

 ハンマーと地面が接する瞬間、露わになった鉄土竜の黒い頭部を、鉄製のハンマーが強打する。

 鉄土竜は勢いを失い、上半身を地面から露わにしたまま硬直した。そこにもう一発ハンマーを強振した。二度の強振を受け、硬直を終えた鉄土竜が弱々しく地面に消えた。

 二発の攻撃で与えたダメージ総量は五割強。単純に攻撃すれば後二回の攻撃で倒すことができる。

 しかし、それでは終わらせられない俺のゲーム魂に火が付いた。クエスト報酬を目的にハンマーを振ってきたが、いつしかそれすらも楽しんでいる自分がいることに気がついた。

 突如、地面は激しく上下に揺れ、小刻みに持ち上がった面と衝突する度に小石が四方に弾け飛んだ。弾け飛ぶ小石の真下には、まさにその震源がいるはずだ。震源は右に左に、閉鎖されたフィールドを予測不能に蛇行していった。弾け飛ぶ小石が蛇行の軌跡を残した。

 体力の半分を失った鉄土竜の移動速度が、さっきより増したのは明らかだ。その速度は、俺の敏捷パラメータを優に超えていた。

 鉄土竜の初撃を躱(かわ)すため重たいハンマー持って走り出す。攻撃のタイミングで必ず俺に接近してくるはずだ。神経を研ぎ澄まし突出のタイミングを計った。

 しかし、隆起は思いがけない方向から俺に牙を剥いた。注意を払っていた眼下ではなく、岩石に覆われた側面から鉄土竜が襲いかかってきたのだ。

 HPの五〇パーセントを失ったことにより、鉄土竜の攻撃パターンも変わったのかもしれない。側面から出現した鉄土竜は、しかし頭突きではなく鉄の爪を容赦なく俺に向けてきた。反応が遅れた俺は、左右の手を使った鉄土竜の二連撃を受けた。

 「ビエント!」

 耐え切れず手から溢れそうになるハンマーを両手で掴み直し、背中を向け再度地中に潜らんとする鉄土竜に叫んだ。

 これは俺の賭けであり、その予想は見事に的中した。ビエントの詠唱に影響を受けたハンマーが緑にエフェクトする風魔法を帯びていく。

 風魔法――ビエント。剣技専用のスキルかと思っていたが、そうではない。ビエントとはスペイン語で「風」。俺の予想では対象物に風の属性を付加する魔法であり、剣技を繰り出すものではない。対象物とは武器アイテム。つまり、たまたまプリメロの道具屋には剣しか置いていなかっただけで、武器アイテムなら何にでも応用が効く魔法なのだ。

 俺は風属性を纏った金属のハンマーを土竜の背中に叩き込んだ。超重量ハンマーの直撃を受けた背中が窪む。背中の窪みを中心に鉄の硬装はひび割れ、筋繊維が顕になっていた。追撃を加える三枚の刃が、ひび割れた硬装に吸い込まれていく。その度にガクッと減少するHPが三擊目を受けたとき、遂にゼロに達した。

 黒の鉄土竜が朱く発光すると、途端ポリゴン片となり飛散した。

 「か……勝った……」

 安堵を漏らしその場に膝をついた。鉄土竜の切り裂き攻撃を受けた俺のHPは、残り三割の位置で止まっていたが、鉄土竜の経験値によってレベルが上がると、瞬時に全回復した。

 続きポップしたメッセージを一瞥する。

 ――チコジェネレーションの魔法を覚えました。

 慌てて魔法の詳細ウィンドウを確認した。

 ――素材となるアイテム以下の体積且つ、過去に入手したことのあるアイテムを生成する。

 そして、括弧書きがそれに続いた。

 「生成したアイテムはVVWでも使用可能…………よしっ!」

 俺は喜びの余り、何度も何度も拳を握った。マーズはVVWのサーバの一部を借りて運用している。マーズとVVWとの互換性は最高に相性がいい。この括弧書きがなくても試してみようと思っていた。しかし、マーズの開発チームが仕様上可能だと謳っているのだ。

 あとは、素材を見つけチコジェネレーションで生成すれば、ユウのプライベートホームにある目森吹喜に通ずる部屋の鍵を入手できる。

 急いで素材集めのクエストを受けるべく出口に向かった。しかし、ある可能性が俺の足を止めた。

 そこには、ボスを討伐したにも関わらずオブジェクトの姿を保つ金属ハンマーがあった。試しに指で触れてみる。アイテム欄に格納を促すウィンドウがポップした。

 ボス戦で使ったハンマーもおまけのクエスト報酬のようだ。俺は躊躇し、口を開いた。

 「チコジェネレーション!」

 俺の声に反応した金属ハンマーが急激に解像度を落とし、別のオブジェクトへとモデリングを開始した。粘土のように造形していく様を眺めていると、やがて成形は終わり、金属ハンマーは小さな鍵と余った鉄の塊に姿を変えた。

 武器も素材になり得るのは、このゲームの自由度の高さ故だ。おそらく、現実の物理法則に逸脱しない限り、ゲーム特有の制限や禁止事項といった類の概念は、そもそも存在しないのかもしれない。

 鉄塊をストレージに格納し、出来上がった鍵を手に取る。どこから見ても昔綿井さんに投げ渡された鍵そのものだ。

 俺はコマンドウィンドウをポップさせ、《外部システムへの移行》の項目を選択した。

 鍵はマーズ外部に持ち帰らなければならない。もし仮に、服のポケットにでも入れたままマーズからログアウトしてしまえば、装備の解除と共に消えてしまいかねない。

 VVWからでもアクセス権限を持つフォルダ階層へ、鍵の移行が完了した。


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