17話
「いい? クエストの難易度は星一つだから決して難しくはない。もちろん怖くもないわ。初心者向きよ」
プリメロから北東に進む道中、仲さんは自分を励ますかのように呟き続けていた。ギルドメンバーの中で一番緊張しているのは一目瞭然だ。
ビギナークエストだけあって遭遇するモンスターは岩でできたヤドカリみたいなのと、土竜のように土に潜る褐色植物だけだ。どちらも風魔法で持ち上げ地面に叩きつけると、一撃で倒せてしまう。植物土竜にいたっては地面に潜ったきり、いつまで経っても出てこないやつもいた。
「何よ、楽勝じゃない。それにしても全然レベルが上がらないわね」
スタラビは一〇体目のモンスターを倒し、崩れていくポリゴン片が飛散した。チュートリアルでは気持ちいいほど爽快にレベルアップしていったが、スタラビの言うようにレベル五から六に上がる気配が全くない。
「ここから先は時間との勝負だと思って。チュートリアル直後は全プレイヤーレベル5からのスタートだけど、それからは極端に上がらなくなる。ボスはともかく、雑魚の経験値は当てにしない方がいいわ。どれだけこのゲームに時間を割いたかでパラメータの差は大きく広がっていくの」
仲さんが途方もない解説をした。
プリメロを出発してから、一時間以上経過している。レベルが一向に上がらないのもそうだが、マーズのワールドマップを見てわかるように、広大なフィールドが用意され、かなりやり込み要素の強いゲームだというのも伝わってきた。マップ中央にはオリンポス山という名の、現実の火星にも存在する山がそびえているらしい。きっと高難易度なクエストステージの舞台になるのだろうが、ここからでは山の影すら確認できない。ここで俺は、ステージに関する一つの疑問に思い当たった。
「なあ、このマーズって仮想世界の中の仮想世界ってことになるのか?」
誰もが手を叩き、仲さんに注目した。マーズの地を踏む直前、セントラルのカフェに集合してアプリケーションを起動した認識はある。しかし、転移門を通過し、空間転送された覚えはない。気付いたときには、赤砂の大地に立ち、ゲームの操作方法を説明する奇妙な出で立ちの女性NPCと共にチュートリアルが始まっていた。
奇妙なと言うのは、いきなりモンスターを召喚させプレイヤーに恐怖を与えないよう、その都度この解説NPCがモンスターに変形し、プレイヤーに攻撃を促すのだ。親切極まりない解説NPCを攻撃するのは気が引けたが、そのお陰で俺のレベルは5まで上昇した。
「仮想の仮想ってのも面白い表現だけど、そんな紛らわしい世界はないわ。ここはVVWと同じ階層に存在する空間よ。VVWが巨大な大陸なら、その隣の島みたいなものね。アプリケーションの起動と終了がアカウントの転送装置みたいな感じかしら」
「壮大ね。あたしも仲さんの部署に配属されたかったな」
美愛が羨むのも無理はない。卒業研究の最中、美愛が「開発環境を自分で整え、あたしだけの小さな仮想世界を作りたい」と口にしたのを思い出した。このマーズは美愛の言う小さな仮想世界そのものなのだ。
「もういい加減鬱陶しいわね」
スタラビがブリサウーノと唱え、岩ヤドカリがポリゴン片を撒き散らした。瞬間、スタラビのつま先から頭部へと発光し、レベルが上がったことを知らせた。
「ィ……ヤッターー」
「ええ! 何でかえでちゃんだけ?」
VVWでスタラビのことを本名で呼ぶのは尚と美愛くらいだ。尚は飛び跳ねるスタラビに納得がいかないようだ。
「経験値は戦闘に参加した人だけに割り振られるからよ」
「そう言えばさっきからほとんどスタラビ一人で倒してたな」
文句を垂れながらもきっちり働くのがスタラビである。
「パラメータの振り分けどうしようかしら。皆はどう割り振ってるの?」
マーズには五つのゲーム専用パラメータが存在する。項目は一般的なRPGと似たり寄ったりで、攻撃、防御、素早さ、賢さ、運に数値を割り振れるようになっている。その比率とプレイヤーレベルから体力と魔法ポイントが自動計算により弾き出される仕組みだ。防御は体力に、賢さは魔法ポイントに大きく影響を与えるといった具合に。剣や斧といった武器もあるようだが、今の俺たちでは最安値の剣すら購入できない。
「俺はもっぱら攻撃力だな」
平井らしい選択だ。心なしか、セントラルで見るより線が太く見える。
「わたしは均等に振ってるかな」
「あたしも」
スタラビと美愛はバランス型のようだ。
「こればっかりはプレイヤー次第で何とも言えないんだけど、魔法を早く覚えたいなら賢さをおすすめするわ」
「えっ! そういうのは早く言ってよ」
スタラビはパラメータの割り振りを終え、コマンドを閉じたところだった。
「でも、本当にプレイヤーの好みに分かれるし……それに賢さだけだと習得できない魔法とか、防御を上げないと体力が低く補正されちゃうとか色々あるから。やっぱりバランスよくがいいんじゃないかしら」
「それならいいんだけど。尚はどうしてるの?」
スタラビは納得したようだ。
「なおは魔法覚えたいから賢さと防御やで」
尚こそよくわからず適当に割り振っていると思ったが、理にかなった分配である。
「セリトはどうなのよ」
「俺は攻撃と賢さだな」
俺はベースとなる五大パラメータを課金であげていたため、マーズにもその補正値が加算されている。VVWで言うところの筋力と器用がここマーズでは攻撃と賢さにあたるため、そこだけずば抜けた数値になっていた。おそらく、攻撃に全振りしている平井ですら、足元にも及ばないだろう。
「あっ、洞窟が見えたわ」
プリメロから一時間以上歩いて、ようやくクエストの入口に到着した。ここまで他のプレイヤーとの遭遇はなかった。プリメロ自体が大きな街なので、VVWとは一味違った世界観を満喫しているか、別のクエストに挑戦しているのだろう。
歩を進めるにつれ、洞窟内に光は届かず、闇に包まれていった。
「真っ暗で不気味だわ。仲さん周囲を照らす魔法出してよ」
「スタラビちゃん、私もビギナーであなたよりレベルは低いのよ」
「あはは、そうだった」
今日初めて会ったばかりのはずだが、俺が心配せずとも、この二人ならうまくやっていけそうだ。平井を先頭に、スタラビ、仲ペアが続き、俺の後ろにかえでと尚が寄り添って歩いていた。
「聞いてくれ、大発見だ!」
先頭の平井が立ち止まり言った。
「コマンドをポップさせると、多少足元が明るくなるぞ」
「やるじゃん、平井」
真っ暗な洞窟内で平井の表情は見えなかったが、スタラビに褒められにやける顔が目に浮かぶ。スタラビは早速コマンドをポップさせた。
「きゃあああ!!」
俺は咄嗟に魔法詠唱に備えたが、モンスターの襲来は来ない。声の主を見ると攻撃後のモーションでスタラビが静止していた。そして、前方にあるはずの平井の姿が消えていた。考察するに、悲鳴を上げたスタラビが前方の平井を突き飛ばしたようだ。平井のコマンドが遠くで点灯して見えた。
「あら、骸骨オブジェクトね」
仲さんは手に取り空洞の目を覗き込んだ。
「なんでこんなものが転がってるの! 悪趣味よ!」
スタラビが蹴り飛ばすと骸骨は割れ、朱いポリゴン片が四散した。ということは、破壊可能なオブジェクトのようだ。
「全員でコマンドを出して歩けば、それなりに明るいわね」
洞窟を進むほど冷気が増していった。平井は今しがたの衝撃をトラウマに感じたらしく、最後尾へと順を移していた。先頭を行く俺はいつ襲われてもいいように魔法詠唱を構えていたが、モンスターらしき影は一向に見当たらない。
「仲さん、このクエストってボス一発勝負なの?」
「あら、どうだったかしら。ええと……洞窟に眠る魔物を退治せよ、さすれば……力持つ者全てに特別な魔法を授けよう…………あれ?」
「おお、ギルド全員に報酬があるのか。ある意味、アイテム一つ貰って喧嘩になるよりよかったかもな」
「あっ、うそ……ごめんなさい。どしよう」
「どうしたの?」
口を半開きにした仲さんがコマンドを見つめ固まっている。
「受けるクエスト間違えたみたい。このクエスト……難易度星二つだって」
五人のビギナーはかける言葉を見つけられず、口をあんぐり開けていた。
「どうして!? 『思い出の品をオブジェクト化するコツ』っていうビギナークエストにしては、一時間以上歩いたり、骸骨が落ちているような真っ暗な洞窟に入ったりおかしいなとは思っていたけど」
「気付くポイントは常にあったわけだな。えーと……これってやばいよね」
ここまで来て正味二時間の努力をただの散歩にしたくない。しかし、俺の質問に返ってきた仲さんの回答はデジタルタトゥーメンバーの絶望感を増幅させた。
「言いづらいんだけど、星の数かける一〇が、大体の目安レベルだと思って」
となると、ここのメンバーのレベルだと十五ないし十四も足りていない計算になる。
「戻って明日にでも別クエストに再挑戦した方がいいんじゃない?」
美愛が自信無げに言った。
「それも手段だな……ちなみに、マーズの死亡ペナルティは?」
RPGである以上、パーティが全滅すると所持金が減ったり、アイテムを失うのはよくある話だ。
「たしか、最後に経由した町の入口に強制送還だったと思うけど」
「それだけ?」
「ええ……それだけ」
「それならやろうぜ! デメリットなんてないじゃねえか」
俺と仲さんのやりとりを見ていた平井が言った。俺も平井に同感だ。いずれ再挑戦するクエストになるかもしれない。ボスの情報を持って帰るだけでも、次回の攻略が格段にし易くなる。
「決まりね。いざ、クリスタルゴーレムの討伐に行きましょう!」
「強そうな名前ね……」
仲さんの決起に女性メンバーが口を揃えた。




