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ディジタルタトゥー  作者: 阿相アイ
2部
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16/33

15話

 「仮想世界で子供ってどうやって作るのかしら?」

 こんな質問を口走るのは、同期の中でも仲さんくらいだろう。

 「そりゃあ、あれだろ……やることやれば、できるんじゃないか」

 それに平然と応対できる同期も平井くらいだ。個性的な二人だが、馬が合うようだ。

 「そうだよね。これだけリアルに忠実な世界だもんね」

 「おう、それに子供できなきゃ人口だって増えないし。現実世界の身体に寿命が来たプレイヤーから順にいなくなっちゃうだろ」

 「でもそれって、現実世界の人口が増えるわけじゃないよね。子供はNPCってこと?」

 「うーん。NPCってことになるな。だとすると、人工知能を持って生まれるのか?」

 「やっぱり仮想世界では子供はできないと思うな」

 二人の掛け合いを傍観しながら仮想世界に芽吹く命の神秘を熟考していると、仲さんがそれを遮った。

 「……どうして?」 

 「だって、あたしこの世界入ってから生理来ないよ」

 「……」

 無言になった平井は俺に助け舟を求めた。

 同期入社の平井と仲さんは、野球好きという共通点からか、早い段階で打ち解けることができた。この二人は無遠慮に猥談ができるほど、お互いに異性としての認識が薄いようだ。仲さんは元来、気配りという行為を知らないため突拍子もないことを口走ることが多々ある。自然と俺も仲さんに気を遣うことを止めたおかげで、今の関係を築けたのかもしれない。それでも月経の有無を報告されたときは返す言葉を見つけられなかった。「俺と一緒だね」とふざけた返答をしてもよかったが、何せ仲さんは大真面目に発言しているのだ。

 「何か反応してよ。黙られると恥ずかしいじゃない」

 仲さんは社食のざるそばを小口で啜った。昼休みは同期三人で集まるのが、今や習慣となっている。

 「羞恥心を現実世界に忘れて来なかったと確認できて安心したよ」

 対して俺はざるうどんを大口で啜った。

 「志堂くん、私だけいつも冷たく扱うわよね。取り巻きの女の子たちには、あんなに優しくしてあげているのに」

 私を辱めた仕返しと言わんばかりの反撃だろうか、意外にも効果はあったようだ。俺は顔が熱くなるのを感じた。取り巻きの女など作った覚えは毛頭ない――が、スタラビ、美愛、更に尚。傍から見ればそう思われてもおかしくない男女比である。

 「俺にも紹介してくれよ。なあ、志堂」

 ざるそばを啜る平井も仲さんの悪ふざけに乗っかったようだ。

 「な……仲さん最近仕事忙しそうだよね。社内で残業しているところをよく見かけるよ」

 分が悪くなった俺は無理やり話題を変えた。

 六〇日続いた移住計画の最中、エルジェップ社内では幾度も人事異動があり、いくつもの部署が誕生しては消え、又は名前を変えていった。

 エルジェップの組織図を紐解けば、脳科学を主とする脳神経研究室と、VVWの設計・開発・運営・保守と仮想世界の全てを担う仮想ネットワーク研究室の二つの研究室から組織されている。研究室と名が付くと大学機関を連想させるが、エルジェップはれっきとした民営の株式会社だ。更にそこから部署や課といった詳密に枝分かれしていく。

 そして、VVWへの移住計画が完了したことで、エルジェップ社員の就業環境も大きく変わった。現実にあった本社ビルは移住管理施設も帰属する脳神経研究室の専用ビルとなり、VVWを仮想世界の中から管理する街であるヴァオに新しく建設されたビルが仮想ネットワーク研究室のメインオフィスとなった。社員はどちらのビルも本社と呼び、現実本社に仮想本社と呼び分けていた。

 仮想本社に勤務している仲さんは、《仮想ネットワーク研究室空間開発部RPGクリエイター》という肩書きを有していた。

 「新しいものを一度に作ろうとし始めたじゃない。そのせいでエルジェップ社員だけじゃ業務を賄えなくなって、契約社員がすごく増えたわ。志堂くんの配属先は変わった名前だったわよね」

 活発な人事異動の背景には、仮想現実における生活環境の一新という目的があった。資源に困らない仮想世界において、娯楽の類を用意することは至極容易で、開発部がプログラムを組めばメモリ容量の許す限り遊びを提供できる。しかし、これほどまでに会社が変化を模索してきたのには、仮想世界という入れ物に缶詰にされている移住者の精神的なサポート、及び心のケアが大前提にある。

 「技術職を志望して入社したのに、外部観測部なんて退屈で仕方ないよ。せめて内部観測部に配属だったらよかったのに」

 「外部だか内部だか知らないけど、一体何を観測しているの?」

 「現実世界さ。エルジェップが所有している衛星を使って、現実世界の映像を見ているんだけ ど、人間なんか誰もいやしない。会社の規定したルートで世界中を回っていると考慮しても、移住できなかった人たちは消えてしまったんじゃないかと不安になるほど人がいなくなっている」

 「待って。それなら、現実に残された家族を見つけることも……」

 「それはできないんだ。衛星の軌道を変えることはまず無理だし、観測員の生まれ故郷はそもそも担当区域に割り当てられない」

 仲さんが肩を落とした。

 現実に家族を残し、半ば強制的に移住させられたのは、何も俺だけではない。仲さんや平井も同じなのだ。

 「この前の観測軌道なんか、地上と真逆の宇宙空間を観測させられたよ」

 「星でも観ていたの?」

 「まあな。それに、部長も理由までは把握してないみたいなんだ。もっと上からの指示だとかで」

 「変な話ね。空間開発部の映像クリエイターに宇宙空間のサンプル映像でも提出するのかしら。うちのRPGには宇宙要素があるから重宝するかもよ」

 「仲さんのチームはRPG作っているんだったよね」

 「すごい仕上がりよ。仮想世界でしか実現できない、誰も見たことのない世界を体験できるから志堂くんもやってみてよ。いずれVVWにいる過半数のアカウントが、このゲームのプレイヤーになると言っても過言ではないわ」

 お世辞を言えない仲さんがここまで薦めることも珍しく、その完成度は類を見ない品質であることは間違いないのだろう。

 「いつ公開する予定なんだ?」

 「聞いてびっくり。明日公開よ」

 「明日なら休みだ。志堂もそうだろ。一緒にやろうぜ」

 ゲーム好きな平井が目を輝かせた。

 オンラインゲームというものは途方もない時間を費やしパラメータを上げ、強力な武器を入手し、強敵を倒してはじめて上位ランカーと位置付けられる。さすれば、強いプレイヤーと人脈ができ、協力要請にも応えてもらえ、更に強いモンスターに挑む権利を得る。つまり、ほとんどの場合において一秒でも早くプレイした者が強者となるチャンスを得られるのである。事実、VVWをβ版からプレイできた俺はかなりの恩恵を受けた。

 「もうすぐコロッセオが復活して野球のシーズンが始まるから……どうしようかな」

 世界恐慌から長く閉館していたコロッセオだが、重要な娯楽施設の一つとして野球、アメフト、サッカーといったスポーツが再開することは決定していた。野球選手というのはこの世界でのもう一つの職業であり、俺の貴重な収入源でもあった。その額はエルジェップの給料を遥かに上回っていたので、コロッセオの再開をひそかに楽しみにもしていた。これもまた早期プレイヤーの恩恵の一つである。

 「野球ね……志堂くん内定早かったからβ版経験者よね。パラメータ課金もやっていたの?」

 俺はユウの助言に従い、全資産をパラメータに注ぎ込んできた重課金者だ。しかし、あまり声を大にして言いたくはない。仲さんの問いに言葉が詰まる。

 「……まあ……ちょこっとやってたかな」

 「それなら是非やるべきよ!」

 俺の手を取り仲さんは言った。平井は既にやる気満々のようだ。

 野球シーズンを言い訳にしたが、理由は他にもあった。先日、父と会い、母の話をした。父は母のことを気にかけている様子で、現実世界から助け出そうとしているのかもしれない。もしそうであれば、父の急な要請にも協力したいと思っていた。

 公開日の一度だけと仲さんを納得させ、各々昼の業務に戻った。


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