第十二話 世の中そんなに甘くない1(拓海side)
俺様兄様ヒロキ様sideの話です。
彼の回想シーンと思って下されば嬉しいです。
『………ねぇ、本当にあたしの事好き?』
「あれ?言わなかったっけ?俺、“まだ恋した事なかったんだ”…って」
『え?だからそれって……』
「くすくすくす……誰も“キミ”に恋してるとは言ってないんだけど?」
『酷い!!』
「早とちりしたのはそっちでしょ?」
『最低!もうアンタなんか別れてやるっ!!』
「そう。わかった。それじゃさよなら」
プツ……
「さて…と、これで12人目。(ポチポチポチ……)データも電話帳から消去して。
ヒロ、約束だよ?“身辺整理”をしたんだから、コンサートが終わったらラウラとデートしても良いんだよね?」
女みてぇな綺麗な顔で満面の笑みを浮かべる親友。
こいつは見た目なよっとしててソフトなくせに、腹の中はすっげえ真っ黒だ。さっき掛けていた携帯の相手全員向こうから告ってきて向こうから振っている。
……つまり、“そうなるように”この男が仕向けているのだ。
「ああ。約束は守る」
「やった~~~っ!どこに連れて行こうかな~♪そうだ!俺のお気にの場所とか観光もいいよね!」
「…日本語がしゃべれないぞ?」
「今から日常会話と“必須な単語”だけモノにするから問題なし!」
今さっきラウラに成りすました紫苑が出て行ったばかりなのに、ものの数秒で1ダースのセフレ全員と別れただけでなく、スウェーデン語の日常会話の習得ってか?あと3分で出番だぞ?
ま、“この俺”の補佐を余裕で務めるコイツだからこその芸当なんだろう。
「……甘いんだよ」
そう。相手はこの目の前の親友……飯崎 颯馬が“経験”した事がある3ケタの女達のどのタイプにも属さない俺の妹だから。
いくらお前の“範囲”がだだっ広くても、小学生を口説いた経験はねえだろ?
俺は無表情の面を浮かべつつ、腹の中では嘲笑していた。
――――――悪いな親友。俺の命をかけてもいい。100%紫苑はお前を振る!
未熟児だった紫苑は生まれてからかなり長い期間「保育器」の中で眠っていたらしい。
俺が初めてアイツを見たのは、紫苑が母親と一緒に退院してきた日だった。
「ヒロくん可愛がってね?貴方の妹よ」
母親が腕の中ですやすやと眠る赤ん坊を俺に見せた。
「いもうと?“コレ”でも女なの?」
当時、幼稚園の年中で園内の女子園児達にやたらと言い寄られていた俺。
“ヤツら”は長い髪を横に縛っていたりとか、三つ編みでこれでもかと編みこんでいたりとか、ポニーテールにしていたりとかで、必ずフリフリレースのリボンをつけていたし、園服の下にスカートやチュニックを着ていた。
ちゃらちゃらといろんなモノを身に着けて猫なで声を出すのが女……俺はそう認識していたのだ。
「ああ。可愛いだろう?美人になるぞ?」
父親の言葉にもう一度赤ん坊を覗き込んだのだが……
パチ…
「っ…………!!!」
綺麗なアーモンド色の瞳だった。俺の顔がそれに映り込むほどにじっと見つめている。
色白の肌、俺より小さい存在。泣くでも笑うでもなく、ただじ~~っと俺…多分コイツにとって初めて会う身内…の顔を見ているのだ。
“無垢”………そんな言葉が俺の頭に浮かんだ。
「紫苑………」
「何?ヒロくん?」
「色の“紫”に草かんむりの“苑”って書いてしおん。俺、“コレ”の名前、紫苑がいい!」
「「え?」」
当時の俺は新生児が迎えるお七夜なんてものを知らなかったから、彼女にはまだ名前がついていないと勝手に思い込んでいた。
昨日図鑑で見た薄紫の花。別名『アスター』ギリシャ語で“星”。花言葉は確か“君を忘れない”………
「そうね。折角ヒロくんがつけてくれたんだから」
「うん。まだ届出していないし、俺が考えたのより拓海の方がセンスいいしな?」
出生届は明日出す予定だったという両親。本当はお七夜の時に「かすみ」とつけていたらしいが、紙に書いて貼る余裕も時間も無かった為、退院後まとめてやるつもりだったらしい。
この日から“紫苑”は俺の妹になった。
********
「にーたん」
「ヒロキ様と呼べ」
「ひりょきちゃま?」
「……今は特別に許してやる」
「とくべちゅ?う(ゆ)りゅちゅ?」
紫苑はとにかく俺の後をしょっちゅうついてきた。
サラサラの黒髪、俺のお気に入りのヘーゼルの瞳と色白の肌。
あまり泣かなかったから大人しい赤ん坊かと思ったが、ハイハイが出来るようになってからは、俺が、すばしっこい“コレ”の捕まえ役だった。
母親の趣味で猫やウサギ、犬や栗鼠のロンパースを着てハイハイする姿は、写メに撮って幼稚園の女どもに見せるとやたらと受けた。
「やだっ!ちょおかわいい~~っ!」
“可愛い”の前に何故否定形をつけるのか甚だ疑問ではあったが、紫苑が褒められるのは悪い気がしなかった。
紫苑の写真は幼稚園の女だけでなく、近所で屯っているババア達にも好評だった。
「可愛いわぁ。お人形さんみたいね~」
「大きくなって美少女になったらモテて大変よ?」
俺は今確かに幼稚園の女どもにモテているが、所詮馬鹿ばっかりだから別段苦労はしてない。
「何が大変なんですか?」
携帯をパンツのポケットにしまうと、気になる発言をかました中年女性に質問してみた。
しかし……
「だってねぇ……ほら……」
「俺、幼稚園で女の子によく告白されますが、大変とは思いませんよ?」
「男の子と女の子は違うのよ」
「そうそう。ヒロキくん、お兄ちゃんなんだから可愛い妹の事を守ってあげないと…ね?」
そっか……“コレ”はまだ小さい。俺がいろんなヤツから守ってあげないといけないんだ。
モテるって事は男からか?子供?大人?……面倒だ。こうなりゃ全ての男から守ってやる。
「教えてくれてありがとうございます。俺、妹の為に明日から頑張ります」
幼児特有の無邪気な笑顔ってヤツを浮かべて、俺はババア共にお礼を言ったのだった。
次の日から俺は紫苑を男どもから守り……身内や知り合い以外の男の目にコレを触れさせないようにする……ながらも、紫苑にいろんな事を教えた。
だからか、紫苑は1歳くらいでところどころ噛みつつも言葉を話すようになったのだ。
「ひりょきちゃま。ちっこ」
「わかった。トイレに連れてってやろう」
紫苑のトイレトレーニングを完璧にする為に父親にPCを強請り、ネットで調べまくった。
補助便座に跨らせて終わったらその旨を報告させる。
……だが、喩え出来なくても、絶対怒ったり怒鳴ったりはしてはいけない。
俺は紫苑がソソウをする度、俳優顔負けの演技力で紫苑がわかるくらい悲しい表情を見せた。すると、彼女は次から直すようになっていった。
……紫苑には感情で訴えた方がいいらしい。
卒乳して離乳食を食べる時期になると、俺手ずから離乳食を作ってやった。
「ひりょきちゃま、おいちい」
「良かったな。もっと食え」
「あい」
スプーンですくってやると小さな口をぱかっと開けてソレを強請る……まるで巣の中の雛のようだな。だが、それが喩え様もなく可愛い…と言うか、もっとくれてやる、いや、もっと美味いものを作ってやるって気にさせる。
俺、変だな。トイレトレーニングに付き合うのも、離乳食を作って食べさせるのもちっとも苦にならない。っつーか、むしろ、めっちゃやりたいって気になる。
「あらあら。これじゃあお母さんの出番が無いわね」
「お母さん」
「ヒロくんは本当に紫苑ちゃんの事大好きなのね。可愛がってくれるのは嬉しいけど、これじゃあ、二人とも取られたみたいで、お母さん、寂しいな…」
大好き……そっか。俺、“コレ”の事が大好きなんだ。
「……身内じゃダメじゃん……」
そう。たとえ相手が♀でも、二人とも身内じゃ近親相姦になってしまう。
紫苑は俺にとって初恋であり、初めてこの俺が惚れた“女”だったのだ。
ご飯を食べ終わってご機嫌な紫苑の口元を吹く母親を見ながら、俺は心の中だけで失恋を決定づけた。
だけど、正直、紫苑の成長を見ているのは、難しいと言われている数式を解くより楽しかった。
捕まり立ち、手をつないでの歩行、そして走行、スキップ……身体能力と共に発達する言葉やアイデンティティ。
「ねぇ、どうしてあたしは“おにいちゃん”ってよんじゃダメなの?みんなおにいちゃんのことはおにいちゃんってよんでるよ?」
「余所は余所。ウチはウチだ」
本当は“兄”という現実から少しでも逃れたくて名前を呼ばせてる。
(おそらく、本人は“腹の中”では俺の事を“兄”がつく呼称で呼んでいるだろうが、口にさえ出さなきゃOKだ)
………だが、どんな拷問にあっても、死に際でも、ソレを紫苑に言うつもりはない。
紫苑が幼稚園に入園して1学期の終わり頃、俺の通う小学校にいるおせっかいな女のおかげで紫苑に対するイジメが発覚した。
「俺、紫苑連れてひいじーさんのところに行ってくる」
夏休み、気分転換と、紫苑が今感じている“疎外感”を何とかする為に、“コレ”を連れてスウェーデンの曽祖父の元に休養に行った。
ひいじーさんは古くてでっかい家にばーさんメイドやじーさん執事、親父庭師や親父運転手とかと一緒に住んでいたが、向こうのスクールも休みに入っていたのか、彼等の孫達もひいじーさんの家に遊びに来ていた。
自分と同じような肌と瞳の色をした同年代の子供達と、言葉の隔たりがありつつも、紫苑は楽しそうに遊んでいた。
まるで水を得た魚の如く、紫苑は生き生きとしていた。
ひいじーさんは紫苑を溺愛していて、スウェーデン語は勿論、色んな事を教えていた。
その年から紫苑が小学校を卒業するまで、俺にとって“コレ”と一緒に夏季休暇にスウェーデンに行くのが恒例行事になったのだった。
訂正します。俺様兄様ヒロキ様は唯の“隠れシスコン”ではなく、度を超えた“超隠れシスコン”です。
妹を“コレ”呼ばわりする兄、この時から俺様ぶりを発揮するヒロキ様です。




