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第7話『適性と系統』

 冒険者養成所《第3星腕リュミナリア学園》


 講義室は、朝からざわついていた。


 長机と椅子が段々に並ぶ講義室には、年齢も種族もばらばらな生徒たちが集まっていた。


 一般編入科の者もいれば、一貫育成科の制服を着た初等部上級生もいる。

 

 子どもと大人、制服と私服が入り混じる雑多な光景は、この学園の懐の深さそのものだった。

 

 ティプスタン、ミミリル、ガミもまた、その中に座っていた。

 

「なんか、変な感じだな」

 

 ガミが周囲を見回しながらぼやく。

 

 狼耳がぴくりと動き、太い尻尾が落ち着きなく左右へ揺れた。

 

「子どもも大人もいるゾ。ウチ、こういうごちゃまぜなのは嫌いじゃないけど、妙に落ち着かんのだゾ」

 

 ミミリルもきょろきょろと辺りを見回す。

 

 頭に着けたウサギ耳型の魔導具が、ぴょこんと跳ねる。

 

 そばかす顔には好奇心がにじんでいた。

 

「一般編入科と一貫育成科の合同講習、って言ってたよね」

 

 ティプスタンは小声で言った。

 

「最初の基礎講義だから、まとめてやるのかもしれないね」

 

 前方の教壇には二人の講師が立っていた。

 

 一人は、狐のように細い顔に、きのこをかぶせたような不格好な髪型をしたヒューマンの男性。

 

 猫背気味で、口元からは出っ歯が少し覗いている。

 

 見るからに現場向きではなさそうな、いかにも座学担当の教師という風貌だった。

 

 もう一人は、その隣に立つ小柄な獣人の男性だった。

 

 身長は低い。

 

 140センチに届くかどうか。

 

 だが、濃い茶色の武術着の下からうかがえる体つきは引き締まり、短い手足には無駄のない筋肉が詰まっている。

 

 薄茶色の毛に覆われた顔立ちは、イノシシを思わせた。

 

 下顎から覗く長い牙が印象的だ。

 

 しかし、第一印象としては――強そうには見えない。

 

「なんだ? あのチンチクリンは?」

 

 ガミが遠慮なく言った。

 

 声が大きい。

 

 ティプスタンはぎょっとした。

 

 しかし、小柄な獣人は特に反応を示さなかった。

 

 ただ鼻先をぽりぽりとかき、少し困ったような顔をしている。

 

 狐顔の講師が咳払いをひとつする。

 

「はいはい、静かに願いますよ。つまりはですね~、本日、皆さんに基礎講習を行うのは私、モブロンと――」

 

 隣を手で示す。

 

「前衛職の実践武術を担当する、ポット・ポークン先生です」

 

 ポット・ポークンは、ぎこちなく一礼した。

 

「……よろしく、なんだな」

 

 それだけだった。

 

 講義室に、少し微妙な沈黙が流れる。

 

 モブロンがそれを取り繕うように、すぐ話を進めた。

 

「では、基礎講習を始めます。まずは、『魔石』と『魔導具』について知るところからです」

 

 モブロンは懐から、親指の先ほどの大きさの石を取り出した。

 

 紫がかった透明感のある石だ。

 

 光を受けて、その内部に淡い揺らめきが見える。

 

「これが魔石です。魔鉱石を加工したものでして、魔導具を扱う上で欠かせない媒体となります」

 

「媒体?」

 

 前の方の席にいた一貫育成科の少年が首をかしげる。

 

「そうです。つまりはですね~、魔導具を動かすための“引き金兼増幅補助”のようなものだと考えてください。本来、魔法というものは魔力蓄積量の多寡に大きく左右されます。しかし、魔導具を使えば、魔力が少ない者でも魔法的効果を引き出せる。これが一般的なスタイルなんです」

 

 そう言いながら、モブロンは魔石を小さな筒状の魔導具にはめ込んだ。

 

 短い詠唱を行うと、筒の先に淡い光が灯った。

 

「おお……」

 

 思わずティプスタンは声を漏らした。

 

「魔力蓄積量が多いことは、もちろん理想です」

 

 モブロンは講義室を見回した。

 

「ですが、少ないからといって絶望する必要はありません。今の時代、魔導具があります。自分に見合った道具を選び、適した役職につけばいい。それが一般的な冒険者の在り方なのです」

 

 ティプスタンはその言葉に、少しだけ胸を撫で下ろした。

 

 自分は何が得意かも分からない。

 

 だが、魔導具があれば――何かしら道はあるのかもしれない。

 

 モブロンとポット・ポークンは、生徒たちへ紙を配り始めた。

 

「こちらは希望・相談シートです。自分が目指したい役職、あるいは迷っている場合は相談内容を記入してください」

 

 シートには大まかな役職の例が記載されていた。

 

「前衛、中衛、遠衛……いろいろあるんだな」

 

 ティプスタンは紙面を見つめた。

 

 ガミは早々に唸り声を上げていた。

 

「うーん……拳でぶん殴るのは好きだけどよ、そういうのって何て書くんだ?」

 

「モンクとか拳闘士じゃないかの?」

 

 ミミリルが横から覗き込む。

 

「おお、それっぽいじゃん!」

 

「ミミリルはどうするの?」

 

「うーん……わからんゾ。ウチ、冒険は大好きだし、ダンジョン探るのはワクワクするんだけど……」

 

 そう言って、チラリとティプスタンを見るミミリル。

 

 しかし、すぐに視線をそらした。

 

「ティプスタンは?」

 

「う〜ん……」

 

 ティプスタン自身も、シートを前にして手が止まっていた。

 

 腕を組んで考える。

 

 剣を持つ自分も、魔法を放つ自分も、うまく想像できない。

 

 生徒の様子を見ていたモブロンが、細い目をさらに細める。

 

「つまりはですね~、希望を決める前に、まずは実際の使い方を見た方が良いでしょう。これより前衛職の実習授業をはじめます」


 


 

 学園の訓練所は、石壁に囲まれた広い屋外施設だった。

 

 地面は踏み固められた土で、ところどころに木製の人形や標的が置かれている。

 

 訓練用の武器を収納した棚も見えた。

 

 生徒たちがぞろぞろと訓練所へ入っていく中、モブロンが場を整えるように前へ立つ。

 

「では、ここからはポット・ポークン先生にお願いします」

 

 モブロンは手を差し向けた。

 

「三つ星★★★《トライステラ》冒険者であり、現役の拳闘士でもある方です」

 

 その紹介に、生徒たちのざわめきが少し大きくなる。

 

「三つ星?」

 

「この人が?」

 

「あんなちっちゃいのに?」

 

 ガミなどは、あからさまに口元を歪めていた。

 

「へぇ。見た目じゃ分かんねえもんだな」

 

 ポット・ポークンは何も言わず、両の拳にはめていた鋼製の拳甲を見せた。

 

 厚みのある金属製のそれは、ただの防具ではなく、魔石を装填する窪みが刻まれている。

 

「これは、拳甲型の魔導具なんだな」

 

 ぽつりと彼は言った。

 

「前衛職は、こういう道具で魔力を増幅させるんだな」

 

 そう言って魔石をはめ込み、軽く拳を握る。

 

 瞬間、拳甲の継ぎ目に紫色の光が走った。

 

 空気が、ぴん、と張る。

 

 そして、ポット・ポークンは訓練用の丸太をひとつ、何気ない動作で突いた。

 

 ――バキンッ!

 

 乾いた音とともに、丸太の中心が砕け飛んだ。

 

「おおっ!?」

 

「す、すご……」

 

 生徒たちが一斉にどよめく。

 

 だがガミは、面白くなさそうに鼻を鳴らした。

 

「なるほどな。つえー道具があれば、アンタみたいなチンチクリンでも強くなれるわけだ」

 

 ポット・ポークンは言い返さなかった。

 

 また鼻先をぽりぽりとかき、困ったように視線を泳がせる。

 

 そしてふいに、彼は拳甲を外した。

 

 少し離れた場所に拳甲を置く。

 

「……?」

 

 ガミが眉をひそめる。

 

 ポット・ポークンは近くに転がっていた棒を拾うと、自分の足元の地面に小さな円を描いた。

 

 自分ひとりがようやく立てる程度の円だ。

 

「ここから、少しでもオイラを動かしてみるんだな」

 

 ポット・ポークンはガミにそう言って、円の中にすっと立った。

 

「この円から押し出せたら、君の勝ちなんだな」

 

「は?」

 

 ガミの目が輝く。

 

「好きに攻撃していいんだな?」

 

「いいんだな」

 

「へっ、おもしれー。やってやるよ!」

 

 ガミは獣人らしい俊敏さで地を蹴った。

 

 一気に間合いを詰め、低く潜り込むような体勢から肩でぶつかる。

 

 だが――

 

 ポット・ポークンは、動かなかった。

 

「なっ!?」

 

 ガミはすぐさま体勢を切り替え、今度は腰に腕を回して持ち上げようとする。

 

 踏ん張る。


 歯を食いしばる。

 

 だが、びくともしない。

 

 まるで、地面に根を張った大樹だった。

 

「くっ……お、おらぁっ!」

 

 何度も押す。引く。蹴る。

 

 素早い踏み込みで角度を変え、横から崩そうとする。

 

 ガミらしい、スピードを活かした連続攻撃だった。

 

 だが結果は同じだった。

 

 ポット・ポークンは円の中で静かに立ち続けている。

 

 額に汗を浮かべ、息を切らしたガミが距離を取った。

 

「なんでだ……?」

 

 その問いに、ポット・ポークンが口を開いた。

 

「確かに、魔導具の影響は大きいんだな」

 

 フゥーと息を吐き出す。

 

「でも、鍛えれば、自分自身の魔力を体内で循環させて、肉体を強化できるんだな」

 

 モブロンが、ここぞとばかりに前へ出た。

 

「補足しましょう。つまりはですね~、前衛職というのは最も危険で、最も死亡率が高い役目です。敵の魔力をまともに受ける位置に立つわけですからね」

 

 講義の時よりいくらか生き生きとした口調で、モブロンは続けた。

 

「ですので、前衛職には基礎的な肉体強化が必須です。しかし、どれほど鍛えても、生身で魔力のこもった攻撃を受ければ致命傷になる。ゆえに前衛は、体内で魔力を循環させる術を身につけ、肉体そのものを魔力で保護するのです」

 

 ティプスタンは思わずポット・ポークンを見た。

 

 あの小柄な体の内側で、今も魔力が巡っているのだろうか。

 

「魔石はあくまで増幅器です」

 

 モブロンが言う。


「魔導具を使用すれば鋼のような肉体を得ることも可能。しかし、達人ともなれば魔導具がなくとも、自分の蓄えた魔力だけでも最低限の強化ができるのです」

 

「ポット・ポークン先生の魔法系統は“循環系”」


「前衛向きの系統なんだな。でも、肉体強化系の魔法しか使えない系統なんだな」

 

 ガミは荒い息を整えながら、それでも悔しそうにポット・ポークンを睨み続けていた。

 

 モブロンはその顔を見て、口元をわずかに緩める。

 

「お分かりいただけましたかな?」

 

 その笑い方が、ガミには気に障ったらしい。

 

「……まだだ!」

 

 ガミは低く唸り、もう一度ポット・ポークンに飛び込んだ。

 

 さっきよりも速い。

 

 真正面からではない。斜めに回り込み、足払いを狙う。

 

 悪くない動きだった。

 

 だが次の瞬間、ガミの体がふわりと宙を舞った。

 

「えっ――」

 

 ドスンッ、と地面に背中から落ちる。

 

「がはっ……!」

 

 何が起きたのか分からず、ガミが目を白黒させる。

 

 ティプスタンにも何が起きたのか分からなかった。

 

 ただ、ポット・ポークンの腕が一瞬だけ動いたように見えた。

 

「確かに前衛職は、魔力を循環させて肉体を強化することに長けてるんだな」

 

 ポット・ポークンは円の中に立ったまま、静かに言った。

 

「でも、今のは違うんだな。ただの技なんだな」

 

「……」

 

「今の君なら、強い肉体に頼らなくても倒せるんだな」

 

 その一言に、ガミは唇を噛み締めた。

 

 力だけではない。

 

 技がある。

 

 それを見せつけられたのだ。


 


 

 講義室に戻る頃には、生徒たちの空気は最初とはかなり変わっていた。

 

 ざわつきはある。


 だが先ほどまでの軽さとは違う。

 

 訓練所で見たものが、それぞれの中に小さな現実感を残していた。

 

 ポット・ポークンの姿はなかった。

 

 どうやら、他の講義に向かったらしい。

 

 再び教壇に立ったモブロンは、細い指で机を叩いた。

 

「では、先ほどの実習を踏まえて、魔力の系統について簡単に説明しましょう」

 

 黒板に、彼は順に語を書いていく。


  

 ――制御系。

 

 ――循環系。

 

 ――生成系。

 

 ――構築系。


  

「魔力の使い方には、おおまかにこうした系統があります。もちろん例外もありますし、複数の性質を併せ持つ者もいますが、基本的には自分の特性に合った系統を理解し、その上で進路を決めた方が能力を最大限に生かせます」

 

 彼は順に説明していった。


  

 制御系――


 物質や道具を操作することに長けた系統。

 比較的扱いやすく、魔導具との相性も良い。

 ヒューマンに得意な者が多い。


  

 循環系――


 体内を巡る魔力を活性化させ、肉体能力を高める系統。

 前衛戦闘に適しており、魔力量だけではなく、日々の鍛錬がその強さを左右する。

 魔力を内側へ集中させる特性上、他系統の魔法との併用は困難。


  

 生成系――


 火や衝撃など、魔力そのものを現象として生み出す系統。

 遠距離攻撃向きで、強力だが魔力の消耗が激しい。

 エルフに得意な者が多い。


  

 構築系――


 魔力を形にし、一時的に道具や武器を作り出す系統。

 高い集中力と精神の安定を要するが、使い方次第で多彩な応用が利く。

 ドワーフに得意な者が多い。


  

「そして、これらいくつかの特性を併せ持つ系統を、便宜上“万能系”と呼ぶこともあります」

 

 モブロンは肩をすくめた。

 

「もっとも、膨大な魔力が必要ですので、そう多くはありませんがね」

 

 説明を聞きながら、ティプスタンは自分の希望・相談シートを見下ろした。

 

 どれが自分に向いているのか、やはり分からない。

 

 だが、少なくとも何も知らないままよりは、少しだけ道の輪郭が見えた気がした。

 

「では次に、皆さんの魔力蓄積量を測定します」

 

 モブロンは教卓から、魔導具を取り出した。

 

 それは、ティプスタンが冒険者ギルドで使用したスクロールと似ていた。

 

「この測定結果と、皆さんの希望・相談シートをもとに、次の講習先を指示します」

 

 生徒たちは一人ずつ前へ出て、器具に手を置いた。

 

 モブロンが詠唱する。

 

 スクロールが反応する。

 

 魔法陣に浮かぶ赤い染みの広がりによって、おおよその蓄積量が分かるらしい。

 

「ほう、高いですね。詠唱・魔力練成の講義をお勧めします」

 

「平均的です。魔導具使用研修へどうぞ」

 

「少し低めですね。前衛か中衛の魔導具運用が現実的でしょう」

 

 モブロンは淡々と振り分けていく。

 

 蓄積量が高かった生徒には、「頑張ってくださいね」といった励ましの言葉をかける。

 

 だが、平均以下の結果が出た者には、まるで荷物を仕分けるように次の教室だけを告げた。

 

 ガミの番が来た。

 

 手を置き、測定する。

 

 赤い染みは平均よりわずかに狭い範囲で止まった。

 

「平均より少し低い、といったところですね」

 

 モブロンがガミのシートを見る。

 

「希望は……モンク、拳闘士」

 

「おう!」

 

「前衛職の魔導具研修へ進んでください。循環系の基礎を学べる講義室があります」

 

「あいよー」

 

 ガミは意外なほど、あっさりと指示に従った。

 

 先ほどの実習の影響で、ガミの心にも変化が生じたようだ。

 

「じゃ、また後でな」

 

 ガミはそう言って、ひらりと手を振って出て行った。

 

 次はミミリルだった。

 

 結果は平均。

 

 希望・相談シートには、『中衛を考え中だゾ』と書かれている。

 

「中衛の魔導具研修を勧めます。槍術や支援用武器の適性も見られるでしょう」

 

「お、おお……わかったゾ」

 

 少し緊張した面持ちだったが、ミミリルの目の奥には好奇心が宿っていた。

 

 新しいことに足を踏み入れる不安と、それを上回る「やってみたい」が同居している顔だった。

 

 ティプスタンの方を見て、小さく笑う。

 

「また後でな、ティプスタン。どんなのやるか、ワクワクするゾ」

 

「うん、頑張って」

 

 ティプスタンがそう返すと、ミミリルは頷いて講義室を出て行った。

 

 生徒たちは少しずつ減っていく。

 

 そしてついに、ティプスタンの名が呼ばれた。

 

「次、ティプスタン」

 

 ティプスタンは立ち上がり、スクロールの前に立った。

 

 胸の中が妙にざわつく。

 

 たとえ低くても、魔導具を使えばいい。

 

 さっき、モブロンもそう言っていたのだから。

 

「手を置いてください」

 

「はい」

 

 言われた通りに手を置く。

 

 モブロンが短い詠唱をする。

 

 スクロールから、赤い染みがじわりと滲み出た。

 

 ――だが。

 

 広がらない。

 

「……?」

 

 ティプスタンは瞬きをした。

 

 見間違いかと思った。

 

 だが、何度見ても同じだった。

 

 赤い染みは、中心に小さく滲んだだけで、周囲の円へ広がる気配がない。

 

 モブロンの口元が引きつった。

 

「……これは」

 

 周囲に残っていた数人の生徒が、興味深げに身を乗り出す。

 

「ゼロ……?」

 

 モブロンが漏らした。

 

 ざわ、と講義室の空気が揺れた。

 

「ゼロ?ってあのゼロ?」

 

「まさか〜」

 

「そんなことあるのかよ?」

 

 ティプスタンは耳を疑った。

 

「……ゼロ?」

 

「本来、誰にでも微量の魔力はあります」

 

 モブロンはスクロールとティプスタンの顔を交互に見比べながら言った。

 

「しかし、この反応は……広がりがない。つまり、魔力が無いとしか……」

 

 生徒の一人が吹き出した。

 

「うそだろ」

 

「魔力ゼロとか、初めて見た」

 

「そんなので入学したのかよ」

 

 笑いが広がる。

 

 くすくす、という軽いものではない。

 明らかな嘲りだった。

 

 ティプスタンの喉が乾く。

 

 指先が冷たくなる。

 

 モブロンは口では何も言わなかった。

 

 だが、その細い目が、鼻先が、わずかに歪む。

 

 ――出来損ない。

 

 そう言いたげな、鼻で笑うような表情だった。

 

 ティプスタンは唇を結び、なんとか言葉を絞り出した。

 

「……魔力がゼロの場合は、どの系統を目指せばいいんですか?」

 

 その瞬間。

 

 モブロンは、まるで身の程知らずな冗談でも聞かされたように、小さく鼻を鳴らした。

 

「あ〜、つまりはですね~……どの系統も、魔力ありきですので」

 

 声は穏やかだったが、その中に明確な冷たさがあった。

 

「制御も、循環も、生成も、構築も、すべて魔力が前提です。魔力無しで冒険者になるなど、裸で野獣に挑むようなものですよ」

 

 ティプスタンは食い下がる。

 

「ですが、魔導具なら――」

 

「魔導具も、使用者の魔力を引き金にします」

 

 モブロンは即座に切り捨てる。

 

「ゼロでは、その引き金すら存在しない。正直に申し上げて、なんの適性もありません」

 

 なんの適性もありません。

 

 その一言が、胸の奥へ重く沈んだ。

 

「……でも」

 

「他の道を探すのが賢明かと思いますよ」

 

 モブロンは事務的に言った。

 

 ティプスタンはなおも何か言おうとした。

 

 だが、後ろに残っていた生徒から野次が飛ぶ。

 

「おい、早くしろよ」

 

「時間の無駄だろ」

 

「ゼロが何粘ってんだよ」

 

 笑い声がまた漏れる。

 

 モブロンはその声を咎めることもなく、ただ薄く笑って告げた。

 

「そういうわけですので、どうぞお引き取りください」

 

 まるで教室から追い出すような言葉だった。

 

 ティプスタンは震える手でシートを受け取る。

 

 そこにはモブロンの字で、短く、無機質にこう書かれていた。

 

『すべての適性なし』


 


 

 夕刻。

 

 学園中央広場。

 

 巨大な大樹の影が長く伸び、石畳を橙色に染めている。

 

 ティプスタンは広場から少し離れたベンチに座り込んでいた。

 

 手には、モブロンから渡されたシート。

 

『魔力蓄積量:ゼロ』

 

『すべての適性なし』

 

 何度見ても、文字は変わらない。

 

「……すべての適性なし、か」

 

 魔力がない。


 魔導具も使えない。


 この世界で戦うための前提を、自分だけが持っていない。


 紙を握る指先に、じわりと力がこもる。


 胸の奥が、重く沈んでいた。

 

「どうされました?」

 

 静かな声が降ってきた。

 

 顔を上げると、ルベッカが立っていた。

 

 青みがかった髪をまとめ、銀縁眼鏡の奥の青い瞳が、こちらをまっすぐ見ている。


 その手には大きな本を抱えている。 

 

「あ……ルベッカ」

 

 彼女は何も言わず、ティプスタンの隣に腰を下ろした。

 

 しばらく、沈黙が流れる。

 

 ルベッカが口を開く。

 

「先ほど、ミミリルと会いました」

 

「ミミリルと?」

 

「ええ。あの子、槍術を学ぶことにしたそうです」

 

「えっ!? ミミリルが槍術を?」

 

 ティプスタンは思わず大きな声を出した。

 

 ルベッカは小さく頷く。

 

「あの子なりに考えた結果なのでしょう」

 

「へぇ……」

 

 意外だった。

 

 ミミリルはもっと、補助や後ろ向きな役割を選ぶと思っていた。

 

「ミミリルは、好奇心で行動する子ですから」

 

 ルベッカは静かに言う。

 

「しかし、あの子は昔から戦うことが嫌いでした。相手を傷つけることも、自分が傷つくことも嫌っていました。ですから、今回の選択は単なる思いつきではなく、自分なりに必要だと判断したのでしょう」

 

「必要……」

 

「ええ。変わろうとしているのです」

 

 その言葉に、ティプスタンは黙った。

 

 変わろうとしている。

 

 その響きが、胸の痛いところへ真っ直ぐ刺さる。

 

「……僕は」

 

 視線が、手元のシートに落ちた。

 

「僕は、変わる前に終わってるみたいだ……」

 

 ルベッカの視線も、シートへ落ちる。

 

「魔力測定の結果ですか」

 

「……うん」

 

 ティプスタンは正直に話した。

 

 魔力がゼロだったこと。

 

 系統も職も選びようがないと言われたこと。

 

 冒険者としては致命的に適性がないと突きつけられたこと。

 

 話しているうちに、自分でも情けなくなってくる。

 

「……どうしようもないよね。魔力がなかったら、この世界じゃ戦えないって」

 

 ルベッカはすぐには答えなかった。

 

 考えるようにわずかに視線を落とし、それから静かに言った。

 

「確かに、一般論としてはそうでしょう」

 

「一般論……?」

 

「ええ。現在普及している魔導具の大半は、使用者自身の魔力を起点として、魔石を媒介に作動します。ですから、魔力がゼロであれば使えない――その説明自体は間違っていません」

 

 そこで一度言葉を切る。


「ですが、才能がないからあきらめる――それは、言い訳にはなりません」

 

「……」

 

「才能など、後からいくらでも付いてくるものです」

 

 静かだが、はっきりとした声。

 

「正解は最初から分かりません。試行と失敗を重ねれば近づき、あきらめれば遠ざかる。ただそれだけです」

 

「……正解?」

 

「ミミリルは、“正解”を探しはじめました」

 

 ルベッカの視線が、まっすぐに向けられる。

 

「あの子はきっと“正解”に辿り着くでしょう」

 

 その言葉には、確信があった。

 

「……」

 

 自分は――どうする。


 

 その時だった。

 

 広場の中央から、妙に甲高い歓声が上がった。

 

 ざわめきが波のように広がり、女子生徒たちの黄色い声まで混じる。

 

「……?」 


 ティプスタンが顔を上げた次の瞬間――


 ズァンッ!!


 重く鋭い音が、夕暮れの空気を震わせた。

  

「きゃー! マイコー!!」

 

「こっち向いてー!!」

 

 歓声が弾ける。

 

 人混みの中心にいたのは、やたら派手な男だった。

 

 黒と黄色を基調にしたロングジャケット。

 

 胸元を大胆に開き、金髪のリーゼント風ヘアを後ろへ流している。

 

 レの字型の大きなモミアゲ。

 

 肩から下げているのは、黒と黄色の稲妻模様が走る――斧型のギター。

 

 男は大仰に顔を上げ、両手の親指を立てて頬を指した。

 

「マッ♪ マッ♪ マッ♪ マッ♪ マッ♪――マイコー!」

 

「きゃああああっ!!」

 

 広場の熱が一気に上がる。

 

「……な、なにあれ」

 

 ティプスタンが呆然と呟く。

 

 男は、満足げに笑うと再び弦をかき鳴らした。

 

 ビリィンッ!!

 

 鋭い高音。

 

「俺のパッション、ちゃんと届いてるかい?」

 

 挑発的な笑み。

 

 そしてもう一度、派手なポーズ。

 

「マッ♪ マッ♪ マッ♪ マッ♪ マッ?」

 

 今度は耳に手を添え、少し首を傾けながら、まわりの反応を待つ。

 

「「「マイコー!!」」」

 

 広場は完全に、彼の舞台になっていた。

 

 ティプスタンは目を丸くする。

 

「こ、これが吟遊詩人……?」

 

「違いますよ」

 

 隣でルベッカが即答した。

 

「えっ!?」

 

「吟遊詩人の風評被害ですよ。コレは」

 

 きっぱり切り捨てた後、ルベッカの視線が、すっと細くなる。

 

 その目は、マイコーと呼ばれる男本人ではなく――彼が抱えるギターへ向いていた。

 

「……なるほど」

 

「え?」

 

 ティプスタンが振り向く。

 

 ルベッカは銀縁眼鏡を押し上げ、静かに言った。

 

「ティプスタン。明日、私の研究室へ来てください」

 

「け、研究室?」

 

「ええ。少し、確認したいことがあります」

 

 それだけ言うと、ルベッカはベンチから立ち上がった。

 

「詳しい話は明日します」

 

「ちょ、ちょっと待って、ルベッカ!」

 

 だが、ルベッカは足を止めない。

 

 銀縁眼鏡の奥の瞳は、何かを思考するように前を向いていた。

 

 ルベッカは人混みから離れていく。

 

 ティプスタンは、その背中と、なおも歓声の中心でポーズを決め続ける男とを交互に見た。

 

「……なんなんだよ、もう……」

 

 手の中には、『すべての適性なし』と書かれたシート。

 

 それなのに――

 

 胸の奥では、さっきまでとは違うざわめきが、かすかに生まれ始めていた。



☆8話に続く☆

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