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第5話『新たな基盤』

 ククルシア共和国。


 首都ククルシア。


 その東部。

 

 街の賑わいから少し離れた穏やかな一角に、冒険者養成所《第3星腕リュミナリア学園》は広がっていた。

 

 整然と並ぶ校舎、学生寮、訓練場、講義棟。

 

 中央には学園の象徴たる巨大な大樹がそびえ、その木陰では学生たちが語らい、笑い、思い思いの時間を過ごしている。

 

 国家規模の養成所でありながら、そこには確かに“青春”が息づいていた。


  

「……ほんとに学園っていうより、街だね」

 

 ヒューマン型ネクロクレイマン――ティプスタンは思わず呟いた。

 

 赤い髪を風に揺らしながら見上げた先には、ひとつの教育機関とは思えない広がりがある。

 

「ワクワクが止まらないゾ!」

 

 隣でミミリルが元気よく跳ねる。


 ドワーフ型ネクロクレイマンの少女――ミミリル。

 

 彼女の頭には、ウサギ耳のような魔導具がついている。


 その耳はぴこぴこと楽しげに跳ねていた。

 

 そして、小柄な体に不釣り合いなくらい大きな好奇心を全身から放っていた。

 

「訓練場もあるな。いいじゃねーか。とりあえず誰かぶっ飛ばすか?」

 

 ウルフ系の獣人少女――ガミが灰色の尻尾を動かしながら、不穏なことを言う。

 

「来たばっかりでそれはやめようよ……」

 

 ティプスタンが苦笑すると、三人の少し前を歩いていたルベッカが、振り返りもせずに口を開いた。

 

「無駄話はそれくらいにして、理事長室へ向かいますよ」

 

 青みがかった髪を後ろでまとめ、銀縁眼鏡をかけたエルフの少女――ルベッカは、今日もいつも通り淡々としている。

 

 ティプスタンはその背中を見ながら思った。

 

 これから会うのは、ルベッカの旧友。


 かなり久しぶりの再会だと聞いていたから、少しくらいは緊張しているのかと思ったが――

 

 見た感じ、まったくそんな様子はない。

 

 むしろ、いつもより歩幅が一定なくらいだった。

 

 やがて一行は理事長室の前に辿り着いた。

 

 ルベッカは扉を軽くノックする。

 

「どうぞ」

 

 柔らかな女性の声が返ってきた。

 

 室内は理事長室にしては意外なほど温かみがあり、木目調の家具と大きな窓から差し込む光が、堅苦しさをやわらげていた。応接用の丸テーブルとソファが置かれ、その奥には執務机と本棚が整然と並んでいる。

 

 そして、応接スペースの向こうの机に、一人の獣人の女性が座っていた。

 

 白い羊毛のようにふわふわとした髪。

 

 そこから覗く巻き角。

 

 ふくよかな体つきに、穏やかな微笑み。

 

 丸眼鏡の奥の細められた瞳は優しく、だがその奥には学園を束ねる者としての確かな知性が宿っていた。

 

 紫色の学園衣をまとったその女性――メリシアは、ルベッカの顔を見た瞬間、目元をいっそう和らげた。

 

「あらあら……本当に」

 

 その声には、驚きと喜びが滲んでいた。

 

「お久しぶりですわね、ルベッカ」

 

「お久しぶりです。メリシア」

 

 ルベッカは、いつも通り淡々としている。


 まるで昨日会った相手のような平淡さだった。

 

 メリシアは一瞬きょとんとしてから、くすりと笑った。

 

「もう少し感慨があってもよろしいのではなくて?」

 

「そうですか?」

 

 ルベッカは首を傾げる。

 

「40年ぶりですのよ?」

 

「……そうでしたか?」

 

 あまりにも自然な口調で言ったものだから、ティプスタンは思わず目を瞬かせた。

 

 メリシアは呆れたように、けれどどこか嬉しそうに微笑む。

 

「エルフの時間感覚は相変わらずですのね」

 

「私としては、そこまで長いとは感じていません」

 

「わたくしからすれば、十分すぎるほど長いですわ」

 

 その一言に、ルベッカは「そういうものですか」とだけ返した。

 

 ガミが横目でティプスタンを突いた。

 

「なぁ」

 

「うん?」

 

「ルベッカって何歳なんだよ?」

 

「知らないよ……」


 


 

 案内されるまま、四人は応接スペースへ腰を下ろす。

 

「それにしても」

 

 メリシアは改めて三人を見る。

 

「にぎやかな方たちですこと」

 

「騒がしいだけです」

 

 ルベッカが即答する。

 

「ひどいゾ!」

 

 ミミリルが頬を膨らませる。


 ウサ耳が左右へ倒れた。

 

「でも、あなたが誰かと連れ立って戻ってくるなんて、昔のあなたを知っている身としては少し感動してしまいますわ」

 

「成り行きです」

 

「その言い方も変わっておりませんのね」

 

 メリシアがどこか懐かしそうに笑う。

 

 ルベッカは特に関心もなく、ただ紅茶のカップに視線を落とした。

 

 ひとしきり再会の空気が落ち着いたところで、メリシアは窓の外へ目を向けた。

 

「学園もずいぶん変わったでしょう?」

 

「ええ」

 

 ルベッカもまた視線を向ける。

 

「昔はもっと単純でした。一貫育成科や特別選抜科のような細分化はなかった。年齢別の線引きも曖昧で、実地と講義が大雑把に分かれていただけです」

 

「今は守るべき生徒の数も、背負う責任も違いますもの」

 

「管理が増えましたね」

 

「管理ではなく、整備と呼んでほしいところですわ」

 

 メリシアはやわらかく返す。

 

「昔は自由でしたけれど、その分こぼれ落ちる子も多かったのです」

 

「否定はしません」

 

「でしょう?」

 

 穏やかなやり取りだったが、ティプスタンには、二人の立場の違いがはっきりと感じられた。

 

 かつて同じ場所に立っていたはずなのに、今は理事長として学園を守るメリシアと、外の世界を渡り歩き研究を続けてきたルベッカとでは、物の見方が違って当然なのだろう。

 

 だが、旧交を温めるだけなら、ルベッカはここへ来ない。

 

 ティプスタンがそう感じたちょうどその時、ルベッカは静かにカップを置いた。

 

「本題に入ります」

 

 声音は冷静そのものだった。

 

「この者たちの教育と訓練を、リュミナリア学園で受けさせたいのです」

 

 ティプスタン、ミミリル、ガミを順に見やる。

 

「現状、場当たり的な依頼を受けて経験を積ませる方法は非効率かつ危険です。安全な生活基盤と、能力育成の環境が必要と判断しました」

 

 ティプスタンは少しだけ背筋を伸ばした。

 

 ルベッカの口ぶりはいつも通り論理的だ。

 

 けれど、その根底に自分たちを守ろうとする意志があることは、今なら分かる。

 

「費用については、私が教員資格を活用し、講師として働いてご返済します」

 

 そしてルベッカは、迷いなく頭を下げた。

 

 ティプスタンは思わず息を呑む。

 

 ルベッカがこんなふうに誰かへ頼み込む姿は、ほとんど想像したことがなかった。

 

 メリシアもまた、その光景に少しだけ目を見開く。

 

 だが驚いたのは一瞬だけで、すぐに柔らかな表情へ戻った。

 

「……今は、どちらにお住まいですの?」

 

「ククルシア中央の宿屋です」

 

「そう」

 

 メリシアは少し考えるように指先を組んだ。

 

 それから、おっとりとした調子で言った。

 

「でしたら、わたくしの家にいらっしゃいません?」

 

「……はい?」

 

 今度ばかりはルベッカも、ほんの少しだけ反応が遅れた。

 

「学園から少し離れたところに、旧校舎を改築した家がありますの。旦那と従者だけでは、広すぎて持て余しておりましたの」

 

 にこりと微笑む。

 

「もちろん、皆さんで。ティプスタンさんも、ミミリルさんも、ガミさんも、ルベッカも」

 

「いいじゃねーか!」

 

 真っ先に飛びついたのはガミだった。

 

「住む場所あって、学園近くて、文句ねーだろ」

 

「それだけではありませんわ」

 

 メリシアは続ける。

 

「ティプスタンさん、ミミリルさん、ガミさんは一般編入科扱いで迎え入れます。一般編入科なら年齢も種族も問いませんし、学生服も任意ですから、すぐにでも学園生活へ入れます」

 

 ミミリルの目がぱっと輝く。

 

「学園に入れるのか!?」

 

「ええ。もちろんですわ」

 

「ワクワクが止まらないゾ!」

 

「ルベッカには専用の研究室も用意します」

 

「お断りします」

 

 ルベッカが即答した。

 

「そこまでしていただく理由がありません」

 

「いいじゃねーか」

 

 ガミが横から口を挟む。

 

「おめーも、研究室あるなら最高だろ?」

 

「ご厚情に甘えるわけにはいかないと述べています」

 

「ルベッカ」

 

 メリシアは、小さくため息をついた。

 

「あなた、本当に研究以外のことには疎いのですね」

 

「はい?」

 

 ルベッカが首を傾げる。

 

 その反応を見たメリシアは、半ば呆れ、半ば懐かしむように目を細めた。

 

「あなたが各地の遺跡を研究して送ってきた論文、学園ではかなり高く評価されているのですよ?」

 

「論文は確かにお送りしました」

 

「ええ、ええ。それも実に気軽に」

 

「研究成果は共有すべきですので」

 

「その結果がどう扱われているかには無頓着、ということですわね」

 

「……」

 

 ルベッカが沈黙する。

  

 メリシアは立ち上がり、机の引き出しから一冊の本と、一枚の封筒を持って戻ってきた。

 

「学園では、あなたの論文をまとめた本も出版していますの」


 メリシアはそう言って、本と封筒をルベッカの前にそっと差し出した。

 

「……本?」

 

 ルベッカは本気で知らなかったらしく、青い瞳を僅かに見開く。

 

「考古学研究の分野では、かなりの評価ですわ。学生向けの資料としても、研究者向けの文献としても」

 

「知りませんでした」

 

「でしょうね」

 

 即答である。

 

「売り上げの一部は、あなたが学園へ戻ってきた際に、お渡しするつもりでしたの」

 

 そう言って、メリシアは封筒を指し示す。

 

「そちらが収入明細の入った封筒ですわ。どうぞ、ご確認になって」

 

 ルベッカが促されるままに、封筒を開いた。

 

 それを、ガミが横から覗き込んだ。

 

 そして――

 

「はぁ!?」

 

 理事長室に響くほど大きな声を上げた。

 

「な、なに!?」

 

 ティプスタンがびくっとする。

 

「おいこれ、すげぇ額だぞ!? 遊んで暮らせんじゃねーのか!?」

 

「そんなに?」

 

「そんなにだ!!」

 

 ガミが本気の顔で断言する。

 

 だがティプスタンもミミリルも、数字を見てもいまいち実感が湧かない。

 

「す、すごいんだゾ!」

 

「ミミリル、絶対分かってないよね」

 

「分かってないゾ!」

 

 元気よく言い切られて、ティプスタンは苦笑した。

 

 一方で、ルベッカは黙って明細書を見つめていた。

 

 表情は変わらない。

 

 だが、その沈黙は、今までのそれとは違っていた。

 

「あなたは学園の功労者です」

 

 メリシアが静かに言う。

 

「この待遇は、特別でも何でもありません。むしろ当然ですわ」

 

「功労者という自覚はありません」

 

「ええ、でしょうね」

 

 やはり即答だった。

 

「あなたは昔からそうでした。褒められるためではなく、知りたいから調べる。必要だから記録する。役に立つかどうかより、自分が納得するかどうかを優先する」

 

「否定はしません」

 

「だからこそ、こちらが勝手に感謝しているのです」

 

 メリシアの声は穏やかだが、その言葉には確かな熱があった。

 

「あなたの残した知識に助けられた生徒は大勢います。教師たちも、研究者たちも。あなた自身が気づいていないだけで、ルベッカ、あなたはこの学園に多くのものを遺していますのよ」

 

 ルベッカは何も言わない。

 

 ティプスタンには、その沈黙の意味までは分からない。

 

 ただ、ルベッカが完全に無関心というわけではないことだけは分かった。

 

「……ルベッカ」

 

 メリシアが、今度は理事長ではなく友人の顔で呼ぶ。

 

「わたくしは、あなたの力になりたいのです」

 

「……」

 

「学友でもあり、親友でもあるあなたの」

 

 しばらくの間、部屋は静まり返った。

 

 やがてルベッカは、明細書をそっとテーブルに置いた。


「……やはり、そこまでしていただくわけにはいきません」

 

「受け取りなさいな。これは貸しではなく、あなたへの見込みに対する先行投資ですの」

 

「理屈として不十分です」

 

「いいえ、十分ですわ。あなたがこれから生み出す価値を見込めば、収支は合っておりますもの」

 

「私は理屈で動きます」

 

「ええ、存じております。だからこそ申し上げているのです――ご自身の価値を、正しく見積もりなさいな」

 

「……自己評価は、主観に過ぎません」

 

「でしたら、わたくしの評価としてお受け取りなさい」

 

「……」

 

「無価値な者に投資はいたしませんわ」

 

 ぴしゃりと返されるルベッカ。

 

 その横で、ティプスタンはそっと口を開いた。

 

「僕は……受け取るのが良いと思う」

 

 ルベッカが視線を向ける。


「安全な場所で、学べるチャンスがあるのなら、それは僕たち全員にとっても良いことだと思う。それに――ルベッカひとりが背負い込む必要もない。使えるものは、使うべきだと……思う」

 

「……あなたらしい理屈ですね」


「背負いすぎて失う方が、よっぽど損だと思うよ」

 

「……」

 

「ウチもそう思うゾ!」

 

 ミミリルが勢いよく手を上げる。

 

「学園。楽しそうだし。色んなこといっぱい学べそうだゾ!」

 

「俺も賛成。カネの心配しなくて良いしな」

 

 ガミが腕を組んだまま、ニヤリと笑う。


 ルベッカはやれやれと、ため息をついて観念した。


「……承知しました」

 

 わずかに間を置いてから、ルベッカは続けた。

 

「――お世話になります」


 ルベッカは深々とお辞儀をした。

 

 メリシアは、本当に嬉しそうに微笑んだ。

 

「あらあら。ようやく言ってくださいましたわね」

 

「ただし、研究室は最低限の設備で結構です」

 

「ええ、必要なら後から増やしますわ」

 

「増やさなくて結構です」

 

「そうですの?」

 

「そうです」

 

 そのやり取りに、ミミリルがけらけら笑う。

 

 ガミも呆れたように肩をすくめた。

 

 ティプスタンは、そっと息をついた。

 

 ようやく、自分たちにも落ち着ける場所ができる。

 

 分からないことはまだ山ほどある。

 

 ネクロクレイマンのことも、自分の力のことも、アルギオンが探している“何か”のことも。

 

 けれど――

 

 ここなら、前に進める気がした。

 

「では、手続きはこちらで進めますわ」

 

 メリシアは理事長らしい手際で書類を整えた。

 

「ティプスタンさん、ミミリルさん、ガミさんは一般編入科へ。ルベッカには研究員兼、臨時講師としての籍を用意します」

 

「講師は不本意ですが了解しました」

 

「不本意なんだ……」

 

 ティプスタンが苦笑すると、ルベッカは眼鏡を押し上げた。

 

「本来、私は研究者です。研究に専念するのが当然です」

 

「変わってないですねぇ」

 

 メリシアがしみじみと言う。

 

「そうですか?」

 

「ええ。40年前と、ほとんど」

 

「……そうですか」

 

 またしても同じ返しだった。

 

 今度こそ、メリシアは堪えきれずに笑った。

 

「あらあら……本当にあなたは、そういうところが変わりませんわね」 

 

 窓の外では、中央の大樹の下で学生たちが笑い合っている。

 

 学園は変わった。

 

 制度も、規模も、役割も。

 

 けれど、変わらないものもある。

 

 たとえば、こうして誰かを迎え入れる場所であること。

 

 そして、再び戻ってきた友を思う気持ちとか。

 

「では」

 

 メリシアが穏やかに立ち上がる。

 

「皆さんの新しい生活の準備を始めましょうか」

 

 その声は、歓迎そのものだった。

 

 こうして――

 

 ティプスタン、ミミリル、ルベッカ、ガミの四人は、冒険者養成所《第3星腕リュミナリア学園》で新たな生活を始めることになった。

 

 安全な住まい。

 

 安定した日常。

 

 能力を育てるための環境。

 

 そしてルベッカにとっては、ネクロクレイマンについて調べるための、新たな足場でもある。

 

 彼らの学園生活が、ここから始まる。



☆6話に続く☆

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