第43話『水際の攻防』
大闘技場地下――制御室前・支柱広場。
「…………」
制御室奪還班が足を止めた。
太い石柱が幾列も並ぶ、広大な地下空間。
正面の遥か奥には分厚い扉が一つ。
開け放たれた扉の向こうに、制御室が見える。
左右にも通路が伸びていた。
石床には、数十人の兵士が倒れている。
「……ひでぇな」
ピクトが呟いた。
レヴィは広場を見たまま、《レゾナンス》でティプスタンへ呼びかける。
赤いバンダナの下で、赤茶色の瞳が鋭く細められていた。
(アニキ。制御室前の支柱広場に着いた。数十人の兵士が倒れてる)
(了解)
少しして、再び声が届いた。
(レヴィ。僕たちも遺跡に到着した。残り一分。作戦を開始する)
(分かった。気をつけろよ。アニキ)
(レヴィもね)
「残り一分だ。先にやっとくぞ」
レヴィが四人へ付与魔法をかけていく。
「《アクセラ》《シェルド》《バルクス》」
翠色の光が一瞬、四人の身体を流れる。
少し間を置いて、レヴィの胸元の紅光が、ふっと消えた。
《レゾナンス》は切れたが、四人にかけた付与魔法はまだ残っている。
チユチウがショートソードの柄へ手を掛ける。
「警戒してください」
先頭に立ち、最初の支柱へ進んだ。
その後ろをアンナ、レヴィ、ピクト。
タンクスは最後尾から広場全体を窺っている。
「……水?」
チユチウが足元を見る。
石床が薄く濡れていた。
広場の中央を越えるほどの範囲に、浅い水が張っている。
――地下水でも流れ込んだのか?
ピチャッ。
チユチウの靴が水を踏んだ。
四人も続く。
★
広場の奥。
女魔術師が目を開いた。
長杖の石突は、水面に触れている。
「……五人」
右を見る。
別の支柱にいた弓使いと目が合った。
ドクンッ。
女魔術師の呪印から青い光が溢れ、全身へ走った。
「水の禍道――《沈界》」
「第一階位・解放」
弓使いの身体には白い光が走る。
細く閉じているように見えた目が開いた。
「光の禍道――《幻界》」
「第一階位・解放」
弓使いは片手を広げ、魔力で一本の矢を構築した。
★
弓使いが弦を引いた。
狙う先には――まだ誰もいない。
支柱と支柱の切れ目。
指を放す。
ヒュッ――。
ほぼ同時に、チユチウが次の支柱へ踏み出した。
「!」
矢が、まるでそこへ出てくると分かっていたかのように迫る。
咄嗟に上体を引く。
ヒュンッ!
矢が頬をかすった。
カンッ!
背後の石柱を叩く。
「……!」
弓使いの眉が、僅かに動いた。
「隠れて!」
五人が近くの支柱へ身を隠す。
「やっぱりいやがったか……!」
レヴィが柱の脇から奥を覗いた。
右手には弓を構えた男。
反対側には長杖を持つ女魔術師。
「《グレイファング》……」
アンナが短杖を握った。
栗色のツインテールが肩先で揺れる。
タンクスが詠唱する。
「風魔法――《エコード》」
細い風が四人へ伸びた。
この風を繋いでいる間、タンクスは他の魔法を使えない。
(チユチウさん)
(はい)
(こっちで援護するんで、柱を使って詰めてもらえますか)
(承知しました)
(チビスケ、援護しろ)
(なんだと! チビデブ!)
(てめぇ! ぶっ飛ばすぞ!)
(二人とも!)
アンナの声が割って入った。
(今そんなことで争ってる場合じゃないでしょ!)
「…………」
「…………」
(……あとで覚えてろよ)
(そっちもな)
(もう!)
タンクスは広場へ向き直る。
(ピクトは煙矢をできるだけ用意しろ。合図したら、あいつら二人の手前に撃ち込んでいけ。アンナはチユチウさんの進路を弓使いから守れ。チビスケは周囲を警戒しながら援護しろ)
(了解)
(分かったわ)
(へいへい)
ピクトが、矢を数本取り出す。
矢尻の先に、丸い玉を次々と構築していく。
タンクスが支柱の陰から奥を窺った。
(今だ! ピクト!)
(おう!)
ピクトが小型の弓に矢を番えた。
ヒュンッ!
弓使いの潜む支柱の手前へ矢が飛ぶ。
だが、矢が届くより先に弓使いが動いた。
煙の届かない位置へ滑り込む。
ボフッ!!
直前までいた場所を、白煙が一気に包み込んだ。
「反応がはえぇ……」
レヴィが顔をしかめる。
続けて二本目。
ヒュンッ!
女魔術師の手前で煙矢が弾ける。
ボフッ!!
「くっ……!」
さらにピクトは、同じ場所に立て続けに矢を放つ。
ヒュンッ! ヒュンッ!
ボフッ! ボフッ!
白煙が重なり、さらに濃くなっていく。
アンナが短杖を構えた。
「風魔法――《ウィンド・ベール》!」
杖先から風が流れ出す。
チユチウの進路。
弓使い側に風の膜がカーテンのように広がった。
(行きます!)
チユチウが柱から飛び出すと同時に、《エコード》が解除された。
白煙の外へ移っていた弓使いが弦を放った。
ヒュンッ!
そのままチユチウへ迫り――風の膜へ飛び込んだ。
ビュオッ!
矢が大きく揺れ、勢いが鈍る。
「っ!」
チユチウが身をかがめた。
矢が頭上を抜け、背後の石柱にあたった。
そのまま走る。
一つ先の支柱へ。
さらに次へ。
「水魔法――《ウォーター・ショット》!」
バシュッ!
煙の向こうから水弾が飛んだ。
「っ!」
チユチウが横へ跳ぶ。
水弾が足元を正確に叩き、石床で弾ける。
さらに一発。
バシュッ!
チユチウが支柱の陰へ飛び込む。
水弾が、そのすぐ後ろを叩いた。
「なんでチユチウさんの場所が分かんだよ!」
ピクトが身を縮める。
「…………」
タンクスが眉を寄せた。
煙で見えていないはずなのに、狙いが正確すぎる。
チユチウは再び支柱から飛び出した。
制御室まで――あと支柱二本。
女魔術師が長杖の石突を水面へ押し当てる。
「そこね」
ゴボボッ!
「っ!?」
チユチウの足元から、大量の水が噴き上がった。
一瞬で腰。
胸。
肩へ。
水柱が身体を包み込み、そのまま頭上まで達する。
「チユチウさん!」
アンナが身を乗り出す。
チユチウが身体へ力を込める。
だが、動かない。
腕も。
脚も。
身体そのものが、水柱の中へ縫い留められていた。
「ゴボッ……!」
吐き出した空気が泡となって昇る。
アンナが短杖をチユチウに向けた。
「風魔法――《エア・パフィン》!」
杖先に空気が集まり、鳥を模した大きな気泡へ変わった。
バササッ!
《エア・パフィン》が飛んで水柱へ潜る。
チユチウの頭部を包み込んだ。
「――っ!」
大きく息を吸う。
だが、身体は動かない。
アンナは短杖を握ったまま、煙の向こうを睨むように見据えた。
気泡はいつまでも保たない。
バシュッ!
水弾がアンナの支柱を叩く。
「くっ……!」
最後尾のタンクスは、少し離れた位置から一連の攻防を見渡していた。
水柱に拘束されたチユチウを見る。
――もし、あの女が俺たちの位置を正確に把握してんなら。
――なぜ最初から五人まとめて水柱で拘束しなかった?
チユチウが拘束されたのは、あそこまで近づいてからだ。
――あの水柱には、射程があるのか?
「《エコード》」
細い風が三人へ伸びた。
(全員、その場から動くな!)
アンナ、レヴィ、ピクトが動きを止める。
白煙は薄まり始めている。
それでも、幾列もの支柱の向こうまでは見通せない。
「…………」
タンクスが足元を見る。
浅い水は、女魔術師のいる奥まで繋がっている。
「……まさか」
細い風が途切れる。
タンクスが両手を広げた。
茶色のローブの袖がずれ、両腕の腕輪型魔導具が露わになる。
「地魔法――《ストーンフット》」
ゴゴッ。
肉付きのいい左右の手のひらに、人の足を模した石塊が一つずつ生成された。
タンクスは一組の石足を足元に置き、同じものをさらに三組生成した。
再度、《エコード》を三人に繋げる。
四組のうち一組を持ち上げ、アンナへ見せる。
(アンナ。こいつをお前のところとピクト、チビスケに送れるか?)
(できるわ)
アンナが短杖を振った。
「風魔法――《ウィンド・ドローン》」
シュンシュンシュン!
三つのプロペラ状の風がタンクスのもとへ飛ぶ。
石足を一組ずつ包み、そのままピクト、レヴィ、アンナの手元まで運んだ。
石足が三人の手元へ届くと、細い風が途切れた。
タンクスは支柱へ狙いを定める。
「地魔法――《マドペトラ》!」
拳大ほどの泥の球が飛んだ。
ベチャッ!
支柱へ潰れて貼りつき、その形のまま硬い石へ変わる。
立て続けに放つ。
ベチャッ! ベチャッ!
別の支柱にも、どんどん泥球を撃ち込んでいく。
さらに煙の向こうへ一発。
ベチャッ!
泥球は、女魔術師の隠れる支柱へ貼りついた。
石の出っ張りが次々とできていった。
女魔術師が鼻で笑う。
「はっ。どこ狙ってんのよ!」
白煙はさらに薄くなる。
弓使いが、タンクスの隠れる最後尾の支柱へ目を向けた。
その脇へ弓を構える。
魔力が集まり、一本の矢が形作られる。
まだ、そこに人影はない。
《エコード》を繋ぎ直すため、タンクスが支柱の脇から三人の位置を窺った。
「タンクス!」
ピクトが弓使いの狙いに気づいて叫ぶ。
だが、レヴィはすでに投擲紐を振っていた。
バシッ!
弓使いはレヴィが振り抜くより先に身を翻し、タンクスへの狙いを捨てて別の支柱へ滑り込んだ。
「こいつ……!」
その隙にタンクスが、再び《エコード》で三人を繋ぐ。
(全員聞け)
(あの女、おそらく床の水で相手の位置を探知してやがる)
(石足を地面に置け。合図するまで、そこを動くな)
三人が受け取った《ストーンフット》を足元へそっと置く。
(次に、柱にくっついた石を使って登れ)
レヴィが頭上を見る。
(チユチウさんは《エア・パフィン》でもたせる。今は耐えろ)
水中では、チユチウが気泡の中で息を繋いでいた。
(……行け!)
細い風が途切れた。
そこでタンクスが指を動かす。
石足がわずかに浮き――
カツ。
水面を踏んだ。
少し間を置いて、
カツッ、カツ。
別の場所でも波紋が広がる。
女魔術師がそちらへ杖を向けた。
バシュッ!
石足近くの支柱に《ウォーター・ショット》が当たった。
タンクスの丸い顔に、得意げな笑みが浮かぶ。
(ビンゴ!)
間を置かず、別の石足が水面を踏む。
カツッ。
女魔術師の杖がそちらへ動いた。
その隙に、レヴィ、アンナ、ピクトがそれぞれ支柱の裏側へ回り込む。
タンクスも一列後ろの支柱へ取りついた。
そこからなら、斜め前にある三本の支柱の裏側を見渡せる。
四人が石化した泥を掴み、次の出っ張りへ手を伸ばした。
足が水面から離れる。
別の波紋へ続けて一発。
そこにも誰もいない。
さらに杖が動く。
四人はその隙に、支柱の裏側を登っていった。
弓使いが支柱の間へ目を走らせる。
だが、四人の姿は石柱に遮られている。
やがて白煙が消えた。
女魔術師の杖先が止まる。
「……!」
支柱の根元へ目をやる。
支柱の脇から、石足の一部がはみ出していた。
カツッ。
石足が水面を踏む。
「こいつら……!」
胸元の呪印が強く脈打った。
肌から血の気が失せ、唇は青紫に変わっていく。
杖を握る指まで震えていた。
「舐めやがって! だったら――全部まとめて沈めてやるわ!」
ドンッ!
長杖を石床へ叩きつける。
「水の禍道――《沈界》」
呪印から再び青い光が全身を駆けた。
「第二階位・解放!」
杖の根元から大量の水が噴き出す。
床に張られていた水と繋がり、水位が急激に上がっていく。
「なっ!?」
水が四人へ迫る。
タンクスは片腕で石の出っ張りへしがみつき、空いた手を斜め前へ向けた。
「《マドペトラ》!」
ベチャッ! ベチャッ! ベチャッ!
三人が登る支柱の、さらに高い位置へ泥球が貼りつく。
続けて、自分の頭上へ数発。
「登れ!」
レヴィが頭上の石を掴み、小柄な身体を引き上げた。
アンナとピクトも続く。
最後尾のタンクスも必死に登る。
だが、水の方が速い。
足元を飲み込み、腰へ迫った。
「くそっ……!」
チユチウの頭を包む《エア・パフィン》も小さくなっていた。
周囲の水が深くなっても、身体は最初に留められた位置から動かない。
呼吸するたび、気泡が弱々しく揺れる。
一方。
女魔術師と弓使いの周囲だけは水が避けている。
二人をそれぞれ囲う円形の空気層。
女魔術師の肩が一度、大きく揺れた。
それでも杖から手を離さない。
水はさらに上がった。
胸。
肩。
レヴィの口元まで迫る。濡れた青緑色のマントが細い身体へ張りついた。
「や、やべぇ……!」
ピクトが次の石へ手を伸ばす。
タンクスも、もう《マドペトラ》を追加する余裕がない。
アンナは短杖を腰へ差し、両手で支柱にしがみついていた。
水が顎まで来る。
アンナが腰の短杖を抜いた。
「《エア・パフィン》!」
残った魔力を一気に注ぎ込む。
杖先から四つの気泡が生まれた。
鳥の形を取り、それぞれレヴィ、ピクト、タンクス――そしてアンナ自身のもとへ泳いでいく。
水が頭上を覆った。
「――っ!」
四つの気泡が、それぞれの頭部を包む。
四人は完全に水中へ沈んだ。
手足へ力を込める。
だが、チユチウと同じだった。
身体がその場に留められ、手足すら動かない。
《エア・パフィン》の空気だけが、辛うじて呼吸を繋いでいる。
アンナが眼下を見る。
遥か下。
弓使いがゆっくりと歩いていた。
男の動きに合わせて、円形の空気層も水中を移動している。
チユチウの近くを通り、さらに支柱の間を回り込もうとする。
視線が一度、チユチウへ向いた。
頭を包む気泡は、今にも消えそうなほど小さい。
「フン……」
弓使いが鼻で笑った。
アンナがしがみつく支柱の裏側を見通せる位置で、足を止めた。
男がこちらを見上げる。
口角がゆっくりと上がった。
アンナの胸の奥が、ぞっと冷えた。
弓使いは背へ手を回す。
矢筒から一本の矢を抜く。
魔力で作った矢ではない。
本物の矢だ。
弦へ番える。
「風付与魔法――《廻矢》」
風が矢軸へ絡みついた。
細い渦となり、螺旋を描いて回り始める。
狙いは――アンナ。
「……!」
濃褐色の目が大きく見開かれた。
弓使いが弦を放す。
シュッ――! キュルキュルキュル!
矢が空気層を抜け、水中へ飛び込んだ。
螺旋状の風が水を巻き込み、白い泡を引く。
空中ほど速くはない。
それでも軌道はぶれない。
魚雷のように、真っ直ぐアンナへ迫ってくる。
「アンナ!」
気泡の中でレヴィが叫んだ。
アンナは逃れようと身体へ力を込める。
動かない。
矢が胸元へ迫る。
ドッ!
「――っ!」
アンナの身体が大きく揺れた。
胸元で翠色の光が弾ける。
矢はそのまま突き立った。
支柱を掴んでいた指が外れる。
だが、身体は水中に留められたまま落ちない。
「アンナ!」
レヴィが目を見開く。
弓使いはすでに二本目の矢を抜いていた。
今度はレヴィへ向ける。
再び《廻矢》の風が矢軸を包んだ。
「……!」
レヴィも動けない。
弓が引き絞られていく。
白い光を帯びた弓使いの目が、僅かに揺れた。
弦を放つより先に、視線が女魔術師へ移る。
ドクンッ。
「――っ?」
女魔術師の身体が揺れた。
胸元の呪印から、細い漆黒の煙が立ち上る。
「な……に……」
青い光が乱れる。
「ぐっ……!」
長杖が手から落ちた。
女魔術師は喉元を掴む。
息を吸おうと大きく口を開く。
だが、胸が動かない。
「くっ……がっ……!」
目を見開き、爪を喉へ食い込ませる。
膝から崩れた。
「か……っ……」
そのまま石床へ倒れ込む。
術が途切れた。
身体を縛っていた力が消える。
女魔術師と弓使いを囲っていた空気層も失われた。
支柱広場の水位が、みるみる下がっていく。
チユチウを留めていた力も解けた。
「――っ!」
形を保てなくなった水柱が弾ける。
バシャ。
「げほっ! げほっ……!」
レヴィとピクト、タンクスは石の出っ張りへしがみつく。
だが、アンナの両手はすでに支柱から離れていた。
「アンナ!」
水が引くと同時に、その身体が落ちる。
ドンッ!
アンナが石床へ転がった。
同時に翠色の光が一瞬揺らいだ。
白い光を帯びた弓使いの目が、左右の通路へ向いた。
その直後。
左右の通路から足音が殺到した。
「奪還班を確認!」
左手から駆け込んできた兵士が叫ぶ。
「《グレイファング》がいるぞ!」
右側からも増援が現れた。
弓使いが女魔術師を見る。
「チッ。潮時だな」
「光の禍道――《幻界》」
「第二階位・解放」
握っていた矢を捨て、右の通路へ走った。
「逃がすか!」
ピクトが石の出っ張りを伝って支柱を降りる。
床へ着くと、そのまま小型の弓を構えた。
ヒュンッ!
矢が背中を捉える。
――はずだった。
弓使いの身体が霞のように揺らぎ、矢がすり抜けた。
「なっ……!」
大きな瞳を見開いたピクトの先で、本物は残像より数歩先を走っていた。
右手から来た兵士が斬りかかる。
剣が身体を捉えた瞬間、また霞となって消える。
「なにっ!」
弓使いは止まらない。
増援の間を抜けて右の通路へ滑り込んだ。
「追え!」
数人の兵士が後を追う。
だが、ほどなく姿は見えなくなった。
レヴィが石の出っ張りを伝って降り、アンナへ駆け寄った。
「アンナ!」
胸元には矢が突き立っている。
レヴィが息を呑んだ。
だが――血が出ていない。
「……?」
矢が刺さっていたのは、胸ではなかった。
首から下げていた木彫りの鳥。
矢尻が食い込み、ひびが走っている。
胸元には痣ができているものの、致命傷にはなっていない。
「アンナ!」
「……だい、じょうぶ」
落下の衝撃で身体は痛むようだが、意識ははっきりしていた。
アンナは胸元を見た。
『ねーちゃん。鳥が好きだからな!』
「ジャン……」
残った兵士たちが五人へ駆け寄る。
「大丈夫か!」
アンナから離れた場所では、チユチウも床に手をつき、まだ何度も咳き込んでいる。
タンクスも石の出っ張りを伝い、床へ降りた。
少し離れた場所。
女魔術師は仰向けに倒れていた。
喉元を掴んだ指は固く曲がり、目は大きく見開かれたまま。
苦痛に歪んだ顔から、生気はすでに失われていた。
ピクトが弓を置き、その場に座り込む。
細身の小さな身体から、一気に力が抜けた。
「あのままだったら、マジでヤバかったな……」
「だな……」
タンクスも肩で息をする。
増援の一部が五人の介抱に回る。
別の兵士たちは広場に倒れている遺体を確認していく。
残る一団は、開け放たれた制御室へ向かった。
五人は動けなかった。
冷たい石床の上で、しばらく息を整えていた。
★44話に続く★




