第38話『応変』
「インスクリプト・ヴァーミリオン!」
ティプスタンは号砲と同時に起動した。
五枚の赤い花弁。
その一枚が輝き、色を失って透明へ変わる。
ドクンッ。
紅の疑似魔力が全身を駆け巡った。
ほぼ同時に、レヴィとミミリルの胸元から細い紅光が伸び、ティプスタンへ繋がる。
(アニキ!)
(繋がったゾ!)
(うん!)
レヴィがガミへ手を向けた。
「《アクセラ》! 《シェルド》! 《バルクス》!」
三度の翠光がガミの身体を駆け抜ける。
「よっしゃあぁぁぁっ!」
その背中へミミリルがしがみついた。
「振り落とされんなよ!」
ガミが地面を蹴る。
一歩。
二歩。
見る間に加速していく。
ティプスタンも、レゾナンスを通じて付与魔法をアンナへ施した。
「ありがとう!」
アンナは短杖を手に駆け出す。
その前を、レヴィも自身を強化しながら走っていた。
ティプスタンは離れていくミミリルへ意識を向ける。
「《アクセラ》! 《シェルド》! 《バルクス》!」
距離を隔てたミミリルへ翠光が届いた。
(来たゾ!)
ティプスタンは、自陣側から中央と敵陣側の両方を見渡せる位置まで走った。
中央へ向かうガミとミミリル。
敵陣へ走るレヴィとアンナ。
ガミが中央陣へ迫った。
「ミミリル!」
「おうっ!」
中央直前。
ガミが腰を落とす。
ミミリルが背中から跳んだ。
「とぉっ!」
白線を越え、円内へ着地。
即座に腰に差した短棒を引き抜く。
カシュッ!
短棒が長槍へと変わる。
ガミは外側で止まる。
中央陣にいるのはミミリル一人。
占有成立。
敵星核を覆っていた防護が消えた。
「よし!」
クエンティンとの二度目の模擬戦。
そこで成功した速攻が、本番でも決まった。
★
《グレイファング》もすぐに動いた。
剣士と槍使いが中央へ。
弓使いがその後ろにつき、魔術師も自陣と中央の中間へ進む。
大柄な拳闘士だけは動かない。
両腕を分厚い手甲で覆い、敵星核の前に構えている。
シュッ!
弓使いが中央へ一射。
(ミミリル、右!)
「おうっ!」
ミミリルが身体を捻り、矢をかわした。
「アンナ、弓だ!」
「分かった!」
レヴィが投擲紐を振り抜く。
バシッ!
ゴム弾が岩の縁を叩いた。
弓使いが身を隠す。
アンナは小型ブーメランを取り出した。
「――風よ、巡れ」
風魔法――《ウィンド・シース》。
短杖の先端に埋め込まれた魔石から、杖へ紫色の光が走った。
杖先に生まれた風がブーメランを包む。
アンナが投げる。
ブーメランは大きく軌道を曲げ、岩陰へ回り込んだ。
威力そのものは高くない。
だが、纏わせた風を短杖で操ることで、飛ぶ方向を自在に変えられる。
反対側から顔を出しかけた弓使いが、再び引っ込んだ。
「弓は私がおさえるわ!」
「頼んだ!」
レヴィは敵陣へ。
その先では、魔術師が杖を構えて待ち構えている。
アンナは弓使いを追わない。
弓使いが中央へ狙いをつけようとすれば、ブーメランを回り込ませて邪魔をする。
飛ばしているのは一つ。
もう一つは腰に残している。
中央。
「おらぁっ!」
ガンッ!
ガミの手甲と剣士の盾が激突した。
「ぐっ……!」
踵が地面を擦る。
「重てぇな!」
剣士の剣と盾には魔力が巡り、槍使いの穂先にも魔力が宿っている。
剣士が盾でガミを押さえる。
その横から、槍使いが長槍を前へ突き出した。
狙いはミミリルではない。
白線の内側。
長い間合いでミミリルを牽制しながら、自ら円内へ踏み込もうとする。
「させないゾ!」
ギィンッ!
ミミリルが自分の槍で穂先を打ち払う。
槍使いはすぐに引き戻し、別の角度から白線へ迫った。
「くぅっ……!」
ミミリルが進路を塞ぐ。
剣士と槍使い。
二人の狙いは、あくまで中央の奪取。
槍使いの足が、再び白線へ迫った。
ティプスタンが駆け出した。
緋幻紋の小盾を構え、その進路へ滑り込む。
「ティプスタン!」
「ガミ、右!」
「おう!」
剣士の片手剣がガミへ走る。
間へ小盾を差し込んだ。
皇流短剣盾術――盾刃流し。
ギャリィンッ!
刃を外へ流す。
「ガミ!」
「おらぁっ!」
開いた懐へガミが飛び込んだ。
剣士もすぐに盾を戻す。
ガンッ!
拳を受け止めた。
槍使いが白線へ踏み込もうとする。
ティプスタンが前へ出た。
穂先がこちらへ向きを変える。
「来るゾ!」
ミミリルの声。
ティプスタンが半歩ずれた。
突きが横を抜ける。
小盾を返し、槍の柄を外へ押し流す。
そこへガミが身体をぶつけた。
ドンッ!
「ぐっ!」
槍使いが一歩下がる。
円内にはミミリル。
その手前でティプスタンとガミが二人の前衛を食い止める。
「気ぃ抜くなよ!」
「うん!」
二人は並んで構えた。
★
敵陣。
「やらせっかよっ!」
バシッ!
レヴィのゴム弾が魔術師の足元を跳ねた。
「くっ!」
詠唱が止まる。
レヴィがその脇を抜けようとする。
魔術師はすぐに杖を構え直した。
「風魔法――《ウィンド・ボール》!」
杖先から圧縮された風の塊が飛ぶ。
「っ!」
レヴィは近くの岩陰へ飛び込んだ。
ドンッ!
風球が岩肌へぶつかり、砂埃が舞う。
「チッ……!」
顔だけを覗かせる。
魔術師は再び杖を構えていた。
強引に出れば狙い撃ちにされる。
レヴィは投擲紐を握り直した。
少し離れた場所では、アンナが風を纏わせたブーメランで弓使いを抑えている。
速攻そのものは通った。
だが、模擬戦のようにはいかない。
相手も当然、対応してくる。
★
中央の攻防が続いた。
ガンッ!
剣士の盾撃をガミが受ける。
横から伸びた槍を、ティプスタンが小盾で流した。
「ガミ!」
「おう!」
ガミが踏み込む。
剣士が下がり、その穴を槍使いが埋める。
「チッ!」
簡単には崩れない。
ドクンッ。
ティプスタンの胸元。
花弁中央の赤い宝石が明滅した。
「……!」
残り一分もない。
(レヴィ! ミミリル! もうすぐ切れる!)
(了解!)
(分かったゾ!)
ガミが剣士へ踏み込んだ。
「おらぁぁぁっ!」
拳を振り上げる。
剣士が盾を構えた。
その横。
槍使いが低く踏み込んだ。
ガミは剣士へ身体を向けている。
その死角へ、穂先が滑り込んだ。
「ガミ!」
「あ?」
気づいた時には、穂先はもうガミの脇へ迫っていた。
ティプスタンは小盾を差し込むより先に、ガミを突き飛ばした。
「うおっ!?」
直後。
ドンッ!
魔力を宿した槍の一撃が、ティプスタンの胸当てに入った。
バチンッ!
「――っ!!」
全身を電流が駆け抜けた。
力が抜ける。
膝から地面へ落ちた。
「ティプスタン!?」
ガミが振り返る。
「うっ……」
返事ができない。
意識はある。
なのに、身体が痺れて動かなかった。
胸当ての魔石から小さな電光が弾けている。
「くそっ……!」
ガミが槍使いを睨む。
ドクンッ。
ガミの胸が脈打った。
「……?!」
気づけば、ガミの胸元からティプスタンへ一本の紅光が伸びていた。
――ヤベぇ時に力になってやりてぇとか、そういう気持ちじゃねーの?
レヴィの言葉が頭をよぎる。
「レゾナンス……」
紅の疑似魔力がガミへ流れ込んだ。
腕。
脚。
全身を巡る。
剣士がその隙へ踏み込んだ。
ガミの胸当てを狙い、剣を突き出す。
ドンッ!
地面が鳴る。
獅子神流――獅閃。
ガミの姿が掻き消えた。
「なっ――」
次に現れた時には、剣士の懐。
「獅突!」
ドンッ!
拳が胸当てへめり込む。
ガミは止まらない。
地面を蹴り返す。
槍使いが振り向いた時には、もう目の前。
「獅脚!」
ズドッ!
前蹴りが胸当てへ叩き込まれた。
バチンッ!
バチンッ!
ほとんど同時に、二人の胸当てから電流が走る。
「ぐっ――!」
「がっ……!」
剣士と槍使いが、その場へ崩れ落ちた。
「ティプスタン!」
ガミはすぐに踵を返した。
倒れているティプスタンへ駆け寄り、その横へ膝をつく。
「おい! しっかりしろ!」
「だ、大丈夫……」
ティプスタンがどうにか声を絞り出した。
「身体が痺れてるだけだよ」
「……そうか」
ガミが顔を上げた。
敵陣の奥へ目を向ける。
中央では、ミミリルが円内を守っている。
剣士と槍使いは動けない。
敵星核の防護は消えたまま。
ティプスタンの胸元では、花弁中央の赤い宝石が激しく明滅している。
もう時間がない。
ミミリルも敵陣へ目を向けた。
(レヴィ! プランVだゾ!)
声がレゾナンスを駆け抜けた。
(――!)
《プランV》。
敵星核の破壊を最優先し、使えるものを惜しまず全戦力を向けるプラン。
(了解!)
フッ。
紅光が消えた。
《ヴァーミリオン》の時間切れ。
レヴィ、ミミリル、そしてガミとのレゾナンスがすべて途切れる。
ガミを覆っていた紅の疑似魔力も消えた。
ガミはティプスタンの意識がはっきりしていることを確かめると、敵陣へ駆け出した。
★
「アンナ!」
レヴィが叫ぶ。
「プランVだ!」
「分かったわ!」
アンナは敵陣の奥へ目を向けた。
弓使いが岩陰から飛び出し、矢を番える。
魔術師もレヴィへ杖を向けた。
「させない!」
アンナが短杖を返す。
風を纏ったブーメランが急旋回した。
弓使いの正面を横切り、そのまま魔術師へ回り込む。
「なっ――!」
「くっ!」
弓使いが身を引き、魔術師も詠唱を止めてかわした。
アンナは短杖を両手で構える。
「――風よ、集いて渦巻け。我が杖に宿り、吹き荒れろ!」
詠唱とともに、残る魔力を惜しまず短杖へ注ぎ込む。
「風魔法――《ゲイル・バースト》!」
ブォンッ!
杖先から強い風が噴き出した。
砂埃が巻き上がり、弓使いと魔術師へ襲いかかる。
「くっ……!」
弓使いが顔を背けた。
魔術師も杖を構えたまま踏ん張る。
矢は放てない。
詠唱も続けられない。
「レヴィ! 行って!」
「おう!」
レヴィが駆け抜けた。
障害物を一つ。
さらにもう一つ。
「見えた!」
敵星核。
だが、その前に大柄な拳闘士が立っていた。
両腕を覆う、分厚い手甲。
試合開始から星核の前を離れていない。
拳闘士が腰を落とした。
ここを抜けなければ星核には届かない。
レヴィが視線だけを左右へ走らせる。
大きく回り込めば抜けられるかもしれない。
だが、背後ではアンナが魔力を使い続けている。
そんな余裕はない。
「行くしかねぇ!」
姿勢を低くした。
真正面から拳闘士へ駆ける。
大柄な相手なら、懐へ潜り込んで脇を抜けられる。
拳闘士は動かない。
レヴィが間合いへ入った。
「もらった――」
拳闘士が片腕を振り上げた。
狙いはレヴィではない。
ドゴンッ!!
分厚い手甲が地面を叩いた。
「うおっ!?」
土と砂利が弾け飛ぶ。
巻き起こった風圧に足を取られ、レヴィの勢いが止まった。
拳闘士はその隙を逃さない。
もう片方の拳を引く。
狙いは胸当て。
「しまっ――」
拳が迫る。
ガンッ!!
「……!?」
何かが拳闘士の一撃を止めた。
レヴィの眼前に灰色の尾が揺れる。
「ガミ!?」
拳闘士が腕を引く。
ガミも構えた。
「行け、レヴィ!」
「おう!」
レヴィが二人の横を抜ける。
「待て!」
拳闘士が振り向こうとした。
「お前の相手は俺様だ!」
★
レヴィが星核へ辿り着く。
腰から小型ハンマーを抜いて振りかぶる。
ガンッ!
星核へ亀裂が走った。
「もう一発!」
ガキンッ――!
星核が崩れ落ちた。
試合終了を告げる号砲が響いた。
★
「おっ。勝った」
コウがわずかに身を乗り出した。
「まぐれだろ」
隣でタンクスが鼻を鳴らす。
「まあ、警戒すべきはアンナと、獣人女くらいだな」
コウはフィールドを見下ろした。
中央では、ウサギ耳型魔導具をつけた少女が、倒れた赤髪の少年に駆け寄っている。
「なあ、あいつ何て名前だっけ?」
「獣人女か?」
「ゼロの奴」
「あー……」
タンクスがポケットを探った。
折り畳まれた参加者表を取り出し、名前を追う。
「あった。ティプスタン」
「ティプスタン……」
コウはもう一度、赤髪の少年へ目を向けた。
「ゼロのティプスタンか……」
★39話に続く★




