第37話『臨機』
ドンッ!
ドドンッ!
大会の開催を告げる花火が、青空に轟いた。
白い煙が大きく空へ広がっていく。
今日。
レグリア王国で開催されるコロシアム本戦――そのククルシア代表の座をかけた《ククルシア共和国代表選抜戦》が始まる。
ククルシア北部に建つ大闘技場。
高い石壁が競技場全体を囲み、外から見れば城塞を思わせる造りをしている。
正面大門の上には、両国の国章を描いた旗が並んでいた。
深緑の樹の枝先に金色の五弁の星花を咲かせ、その周囲に小さな星の輝きを散りばめたククルシア共和国の旗。
その隣には、陽輪を背に翼を広げた鳥を描いたレグリア王国の旗。
石壁に設けられたいくつかの大門へ、大勢の人が吸い込まれるように流れていく。
周辺も朝から賑わっている。
今日は少し蒸し暑い。
道の両脇には露店が並び、威勢のいい呼び込みの声が飛び交う。
大闘技場前の休憩広場には、いくつもの天幕や長机が並んでいた。
飲食の露店も、その周囲に集まっている。
普段とは違う活気に満ちた光景だった。
「なんか、お祭りみたいだね」
ティプスタンが周囲を見回す。
「ククルシアの一大イベントですから」
アンナが答えた。
「おーい! 早く行くゾ!」
先を歩くミミリルが振り返る。
ティプスタンとアンナがその後を追い、ガミとレヴィも少し遅れて続く。
五人が正面入口の近くまで来た時、辺りがにわかに騒がしくなった。
「道を空けてください!」
警備兵の声とともに、人の流れが左右へ分かれていく。
少し離れた来賓用の降車場所には、数台の馬車が停まっていた。
馬車を降りたレグリア王国の一行が、護衛に囲まれながら大闘技場へ向かっている。
中心を歩くのは、正式な来賓として招かれた三人――レグリア王国第三王女、近衛騎士団長、王室外交官。
中でも第三王女は、ひときわ華やかなドレスをまとっていた。
顔には薄いベールが垂らされ、その顔立ちまではよく見えない。
その周囲を数名の護衛騎士が固め、さらに従者たちが付き従っていた。
護衛騎士たちの揃いの装束にも、レグリア王国の旗と同じ紋章があしらわれている。
レグリアの一行を迎えたククルシア共和国側の代表団も合流する。
こちらにも護衛が付き、さらに大会警備の兵士たちが周囲を固めていた。
「なんだろう、あれ?」
ティプスタンが呟く。
「レグリア王国からの来賓ですね。ククルシア共和国の代表団も一緒みたいです」
アンナが小声で教えた。
「あっ」
ティプスタンは、その中に見覚えのある顔を見つけた。
「カプリオスさんだ」
その隣には、ククルシア冒険者ギルド長ライアンの姿もある。
さらに代表団の中には、ひときわ厳重な警護を受ける大柄な梟の鳥人がいた。
白と薄茶の羽毛に覆われた顔に、鋭い金色の瞳。
黒い嘴の左右から伸びた白い長ヒゲのような羽毛は、先端が大きく上へカールしている。
濃い黄色の外套に、深緑と金で飾られた正装。
手には細身の杖を携えていた。
「あの方が、ククルシア共和国のホウホ首相です」
「ホウホ首相……」
ティプスタンが目を向ける。
レグリア王国から招かれた三人の来賓。
ホウホ首相をはじめとするククルシア共和国の代表団。
その前後を両国の護衛が固め、一行は大闘技場の中へ入っていった。
「へぇー」
ガミは興味なさそうに鼻を鳴らした。
「オレらには関係ねーだろ。さっさと受付行こうぜ」
「そうだゾ!」
五人は人の流れを抜け、大闘技場の参加者用入口へ向かった。
★
同じ頃。
大闘技場の奥。
観客の目が届かない関係者用通路に、二人の男が立っていた。
一人が通路の先を確かめ、声を落とす。
「入ったか?」
「ああ」
「共和国側は?」
「問題ない。予定通りだ」
遠くから、観客たちの歓声が響いてくる。
二人はそれぞれ別の方向へ歩き出した。
★
「お名前を確認します」
受付の女性が、事前に提出された申請書へ目を落とした。
「チーム名、《レッドスター》。参加者は――」
続けて、五人の名前が順に読み上げられる。
チーム名を決める時は、それぞれ好き勝手な案を出して、なかなか決まらなかった。
最後に採用されたのが、アンナの考えた《レッドスター》。
ギルドカードの赤い星に導かれて集まった五人だから。
そう説明され、皆も納得した。
けれど、その名前には、アンナが口にしなかったもう一つの意味があった。
アンナはちらりとティプスタンへ目を向けた。
受付では、冒険者ランクや持ち込む武器、魔導具も申請内容と照らし合わせていく。
殺傷性のある私物武器はここで預け、選手控室へは持ち込めない。
試合では、大会側が用意した武器を使う決まりだった。
やがて書類が揃えられた。
「はい。問題ありません。グループ戦への参加手続きは完了です」
「よっしゃ!」
ガミが拳を握る。
ティプスタンも小さく息を吐いた。
「五か」
レヴィが受付の奥へ目を向けた。
壁には、グループ戦のトーナメント表が張り出されていた。
①。
②。
③。
④。
⑤。
「今年は五チームなんだな」
「はい」
予想していた通り、多くはない。
本職の冒険者は個人戦へ流れやすく、五人で参加するグループ戦はリュミナリア学園の生徒が中心になる。
毎年、参加するのは四、五チームほどだった。
「五チームってことはよ」
レヴィがアンナを見る。
「どっかは一試合多く戦うことになるよな?」
「ええ」
アンナが頷いた。
「それだけは避けたいわね」
ティプスタンは胸元へ目を落とした。
赤いマントの留め金具。
そこには、五枚の赤い花弁が並んでいる。
《インスクリプト・ヴァーミリオン》。
使えるのは五回。
一度使った花弁が再び使えるようになるまでには、約四時間かかる。
今日の試合日程では、使った分の回復は期待できない。
一試合増えるだけでも痛い。
「では、組み合わせ抽選を行います」
受付の女性が、細長い木製のみくじ箱を取り出した。
持ち上げると、中で細い棒がカラカラと鳴った。
①の枠だけは、すでに埋まっていた。
「あれ?」
ティプスタンが指した。
「①はもう決まってるの?」
「あれはシード枠ですね」
アンナが答えた。
「前回の優勝チームには、シード権があるんです」
トーナメント表へ指を向ける。
「最初に②と③、④と⑤が戦います。④と⑤の勝者は、そのまま決勝へ。だけど――」
指先が②と③の上をなぞる。
「こちらの勝者だけは、次に①のシードチームと戦わなければなりません」
「つまり」
レヴィが眉を寄せる。
「②か③を引いたら、優勝まで三試合ってことだな」
「そういうことね」
「④か⑤なら二試合だゾ!」
ミミリルのウサギ耳型魔導具がぴんと立つ。
五人の視線が、一斉にみくじ箱へ集まった。
「では、どなたか代表で一本お願いします」
「アニキ。頼んだぞ」
レヴィがティプスタンを見る。
「え、僕?」
「④か⑤お願いします」
「アンナさんまで!?」
「頼んだゾ!」
「……僕で決定なの?」
結局。
ティプスタンがみくじ箱を受け取った。
両手で持ち、軽く振る。
カラカラ。
「④か⑤……」
背後から小さな声が聞こえる。
「④か⑤だゾ……」
「頼むぞ、アニキ……」
「みんな、緊張するからやめて……」
ティプスタンは目を閉じ、もう一度箱を振った。
カラカラ、カラカラ。
箱を傾ける。
端の小さな穴から、細い棒が一本だけ顔を出した。
それを引き抜く。
「何番だ?」
レヴィが覗き込む。
ティプスタンは棒に書かれた番号を見て、固まった。
「アニキ?」
「……ごめん」
「え?」
ティプスタンは、ゆっくりと棒をみんなへ向けた。
「みんな……ごめん……」
そこには――
③。
「…………」
レヴィの肩が落ちた。
アンナも額へ手を当てる。
「マジかよ……」
「ご、ごめん!」
「仕方ないゾ! 落ち込むな、ティプスタン」
ミミリルが背中を叩いた。
一方、ガミだけはにやりと笑っていた。
「いいじゃねーか」
「何がだよ」
「多めに戦えんだろ? ラッキーじゃねーかよ」
「どこがラッキーなんだよ!」
「強ぇ奴とやれるかもしれねーだろ!」
「こっちはヴァーミリオンの回数気にしてんだよ!」
「勝ちゃいいんだろーが」
「だから簡単に言うな!」
レヴィは頭を掻いた。
もう一度、③の位置を見る。
「……まあ、仕方ねーな」
アンナへ顔を向ける。
「ってことは、プランBだな」
「ええ、そうね」
三試合。
避けたかった形になった。
けれど、まずは一回戦。
そこを勝たなければ何も始まらない。
ティプスタンはガミを見た。
「……ありがとう、ガミ」
「あ? 何がだよ」
目が合うと、ガミはわずかに視線を逸らした。
★
しばらくして。
選手用通路を抜けた瞬間――。
「……うわ」
ティプスタンは思わず足を止めた。
視界いっぱいに、競技場が広がっていた。
遥か向こうまで続くフィールド。
その片側には、何段にも重なる観客席が伸びている。
そこから降り注ぐ無数の声が重なり合い、大きなうねりとなって闘技場を満たしていた。
音だけで圧倒されそうだ。
観客席の一角には、周囲から区切られた貴賓席がある。
先ほど入口で見かけた第三王女、近衛騎士団長、王室外交官の三人が並んで座っていた。
同じ貴賓席には、ホウホ首相を中心としたククルシア共和国の代表団もいる。
カプリオスとライアンの姿もあった。
両国の一行を囲むように、武装した護衛が何人も控えている。
「アニキ」
少し先を歩いていたレヴィが振り返る。
「行くぞ」
「……うん!」
ティプスタンは緊張した足取りで、フィールドへ踏み入れた。
中央には、白線で囲まれた円形の中央陣。
その周囲には、岩やレンガ壁、丸太や木板の障害物が点在している。
中央陣の手前では、対戦相手の五人が先に待っていた。
組み合わせが決まったあと、参加五チームの内訳も分かっていた。
①は、前回優勝したリュミナリア学園の特別選抜科チーム。
②は、本職の冒険者で組まれたチーム。
③が、ティプスタンたち《レッドスター》。
④と⑤は、いずれもリュミナリア学園の生徒チームだった。
つまり、一回戦の相手は――
参加チームで唯一、本職の冒険者だけで組まれたチーム。
「……ついてねーな」
レヴィがぼやいた。
「こればかりは、どうしようもないわね」
アンナも苦笑する。
相手の五人は横一列に並んでいた。
中央に立つのは、黒い短髪に頬の傷を持つ、がっしりとしたヒューマンの剣士。
手には無骨な片手剣と盾。
その右には、茶色い毛並みに短いたてがみを持つ、長身の馬型獣人。
長槍を携えている。
さらに隣には、深くフードを被り、顔の半分ほどを隠した細身の女魔術師。
手にした長杖を、身体の脇にまっすぐ立てていた。
剣士の反対側には、中背でやや細身の男。
目を閉じているような細い目をしている。
羽根飾りのついた帽子を被り、弓と矢筒を携えていた。
その外側には、坊主頭に色黒の肌をした拳闘士。
ひときわ大柄で、太い両腕を分厚い手甲で覆っている。
「やっぱ、本職の冒険者だとバランス取れてんな」
レヴィが呟いた。
審判に促され、ティプスタンたちも中央陣の前へ進んだ。
十人が向かい合って並ぶ。
互いの手にある武器は、どれも大会用に殺傷力を抑えたものだった。
剣や短剣は木製。
槍の穂先も、布で包んだ丸い緩衝材に覆われている。
矢の先端も同じく、鋭い鏃の代わりに丸い緩衝材が取り付けられていた。
全員、普段の装備とは別に、同じ革製の胸当てを身につけている。
試合の際にだけ貸し出される、大会専用の防具だ。
胸元には、小さな魔石。
胸当てに一定以上の強い衝撃が加われば魔石が作動し、身体へ電流が流れる。
模擬戦で使ったものと同じ装備だった。
審判が両チームを見渡す。
「これより、《グレイファング》と《レッドスター》の試合を行います」
一呼吸置き、注意事項を告げる。
「行動不能となった選手への追撃は失格です。その他の危険行為についても、審判の判断で反則、または失格とします」
審判が両陣営の開始位置を示した。
「両チームは自陣へ。号砲と同時に試合開始となります」
ティプスタンたちは障害物の間を抜け、自陣へ向かった。
やがて、守るべき星核が現れた。
五人が立つのは、その前。
中央陣も、先ほど顔を合わせた冒険者たちも、ここからは障害物に隠れて見えない。
敵の星核も同じだ。
試合が始まれば、相手がどう動くのかは分からない。
「ほれ。ミミリル」
「おう!」
ガミが腰を落とす。
ミミリルが、その背中へよじ登った。
「うんしょ!」
「落ちんなよ!」
「大丈夫だゾ!」
ガミが立ち上がる。
アンナは短杖を握り直した。
レヴィも腰の投擲紐へ手を添える。
ティプスタンはアンナとレヴィより少し後ろへ立った。
★
観客席。
試合場を見下ろす一角に、リュミナリア学園の生徒たちが座っていた。
「見ろよ、コウ」
タンクスがフィールドを指さす。
「ゼロがいるぜ」
「ん?」
コウが目を細める。
「ゼロってなんだ?」
「知らねーのか? 魔力測定で魔力ゼロだった奴だよ。あの赤髪の奴だ」
タンクスはティプスタンを指した。
「え? ゼロとかあるのか?」
「あるみてーだな。珍しいから学内じゃ結構知られてるぜ」
タンクスが鼻を鳴らした。
「なんか魔導具で、三分だったかな。何回か魔力を使えるらしいけどな」
「三分……」
コウが呟く。
「健気っていうか、哀れだよな。三分だけ魔力使えるようになったからって、なんだっての。そこまでして、何がしてーんだアイツ」
「へぇ」
コウは頬杖をついたまま、ティプスタンの装備へ目を向ける。
「短剣と小盾か。短剣盾術っぽいな」
「ああ。イッサと同じ皇流らしいぜ」
「イッサと同じ……」
「まあ、イッサとは天と地……いや、ライオンと蟻くらい差があるだろうけどな」
ククッと笑うタンクス。
コウは答えず、ティプスタンから目を離さなかった。
「なんか、面白そうな奴だな」
★
ティプスタンは胸元へ手を添えた。
あとは――
号砲を待つだけ。
一瞬。
大闘技場の喧騒が遠のいた。
ドンッ!!
号砲が、大闘技場を震わせた。
★38話に続く★




