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ELVES《エルヴス》―命の器の継承者―  作者: 克
Passage/レグリアへの道編

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第31話『五人のかたち』

 昼下がり。


 メリシア邸――裏庭、旧訓練場。


「改めまして、アンナです。よろしくお願いします!」


 アンナは少し緊張した面持ちで頭を下げた。


 結い上げた栗色のポニーテールが、肩越しにさらりと揺れる。


 今日は学園の制服ではない。


 深い緑の短い上着の下には、生成り色の編み上げシャツ。


 首からは、不格好な鳥をかたどったネックレスが下がっている。


 茶色のハーフパンツを穿き、腰にはベルトと小物入れを備え、愛用の短杖を提げている。


 足元は、膝下まで届く革の編み上げブーツ。


 冒険者として依頼へ出る時の装いだった。


 魔術師らしいローブやフードの類はない。


 本人曰く、動きにくいから嫌なのだそうだ。


 アンナを迎えた四人も、以前とは少し装いが変わっていた。


 ティプスタン は《グレイブクロウの軽革鎧》。


 ミミリルは《グレイブクロウの革胸当て》。  


 ガミ は《グレイブクロウの革胴衣》。 


 レヴィは《グレイブクロウの防護革衣》。


 各々が身に着けているのは、玄冥郷から持ち帰ったグレイブクロウの外皮で仕立てた、艶のない漆黒の防具だった。


 昨日、アンナが五人目として加わることが決まった。


 だが、五人で腰を据えて話すのは、これが初めてになる。


「よろしくなんだゾ!」


 ミミリルが元気よく手を挙げた。


「俺様の邪魔すんなよ!」


「いきなりそれ?」


「何がだよ?」


「そういうところだゾ、ガミ」


「だから何がだよ!」


 早々に騒ぎ始める二人を見て、アンナがティプスタンへ顔を寄せる。


「……いつも、こんな感じなんですか?」


「うん」


「大丈夫なんですか?」


「……たぶん」


 アンナは苦笑した。


 五人は訓練場の隅へ腰を下ろした。


 まずは、互いに何ができるのか。


 そして、何ができないのか。


 そこから確認することになった。


「じゃあ、僕から話すね」


 ティプスタンは羽織っている赤いマントへ手を添えた。


 その下には、胸元から脇腹を覆う軽革鎧が覗いている。


「僕には魔力がない。だから、この術式魔導具のマントで疑似魔力を作って戦うんだ」


「疑似魔力……」


「《インスクリプト・ヴァーミリオン》を使うと、三分間だけ身体に疑似魔力を巡らせることができる」


 ティプスタンは胸元の留め金具を指した。


 五枚の赤い花弁が、中央の丸い宝石を取り囲んでいる。


「一回使うごとに、この花弁が一枚ずつ透明になる。元へ戻るまで、だいたい四時間。だから、短時間に使えるのは五回までだね」


 続けて、中央の宝石を指さす。


「こっちは、発動時間と再使用できるかを教えてくれるんだ。残り時間が少なくなると明滅して、三分経つと透明になる。そこから三分待てば赤色へ戻るんだ」


「つまり、三分間使った後は、最低でも三分間使えないんですね」


「うん」


 アンナは留め金具を興味深そうに眺めた。


「花弁が残りの使用回数。中央の宝石が効果時間と再使用の状態……。戦っている最中でも分かりやすい仕組みね」


「改良してもらったんだ。前は全部、感覚で判断するしかなかったんだけどね」


「さすがルベッカだゾ!」


 ミミリルが感心したように頷く。


「それと――」


 ティプスタンは少し間を置いた。


「最近、もう一つ使えるようになった力があるんだ」


「もう一つ?」


「《ヴァーミリオン・レゾナンス》」


「レゾナンス……?」


「簡単に言うと、僕と誰かを繋ぐ力……だと思う」


「繋ぐ?」


「繋がると、僕はその人の力を使える。それから、《インスクリプト・ヴァーミリオン》が発動している間なら、相手も僕の疑似魔力を使えるんだ」


「疑似魔力を……えっ? その人の力を使えるって、どういうことですか?」


 アンナが困惑したように眉を寄せる。


「実際に見せた方が早ぇんじゃねーか? アニキ」


 レヴィに促され、ティプスタンは胸元へ手を添えた。


「インスクリプト・ヴァーミリオン!」


 一枚の花弁が輝き、透明へ変わった。


 紅の疑似魔力が全身を駆け巡る。


 ティプスタンがレヴィへ意識を向けると、二人の間に細い紅光が伸びた。


 そのままアンナへ手を向け、三つの付与魔法を立て続けに使った。

 

 三度の翠光が瞬き、アンナの全身に力がみなぎる。

 

「えっ……?」

 

 アンナは驚いたように自分の両手を見る。

 

「今のは全部、レヴィの付与魔法だよ」


「す、すごい……。こんなことまでできるなんて」


「こんな感じで、僕はレヴィの力を使える。逆にレヴィは僕の疑似魔力を使えるから、自分の魔力を消費せずに魔法を使えるんだ」


「今のところ、疑似魔力で魔法を使っても、呪怨が悪化する兆候は出てねーからな」


 レヴィは得意げに両手を頭の後ろで組んだ。


 アンナの表情が引き締まった。


 ガミ、ミミリル、レヴィ。


 三人が五精霊の呪怨を抱え、自身の魔力を自由に使えないことは聞いている。


 そんな三人にとって、自分の魔力を使わずに戦えることの意味は大きい。


「……もしかして」


「ん?」


「この前の荷車の時、ガミさんが急に力を出せるようになったのも?」


「あ」


 ティプスタンも思い出した。


「それだよ。あの時、僕とガミが初めて繋がったんだ」


「繋がっていたんですか?」


「うん。僕とガミの間に、紅い光が伸びてた」


「……そんな光、見えませんでしたけど」


「レゾナンスの光は、繋がった相手にしか見えないみたいなんだ」


「ああ……」


 アンナは腑に落ちたように頷いた。


「あの時、何が起きたのか不思議だったんです」


「僕も、その時はよく分かってなかったよ」


「誰とでも自由に繋げるんですか?」


「今、狙って繋がれるのは、俺っちとミミリルだけだぜ」


「今のところなっ!」


 ガミが不機嫌そうに言った。


 ティプスタンは困ったように笑った。


「勝手に繋がったこともあるし、狙っても繋がらないこともあるんだよね」


「ガミさんとは?」


「あの時の一回だけ。あれも、僕が狙ったわけじゃないんだ」


「それなら、現時点ではガミさんへ安定して疑似魔力を送れないってことね」


「うん」


 ガミが不満そうに眉を寄せた。


「繋がらなくたって、俺様は戦えるぞ」


 ガミは拳を打ち合わせた。


「魔力がなくても、そこらの奴には負けねぇよ」


「でも、循環系の魔力を身体へ巡らせられない今は、ほとんど生身なんだよね」


 ティプスタンが言う。


「いつもの速さや力も出せないし、魔力が宿った攻撃をまともに受けたら危ないよ」


 ガミは苦い顔をした。


「んなもん、当たらなきゃいいだけだぜ!」


「その自信はどっから来るんだよ……」


 レヴィの目が細まる。


 アンナは思案するように腕を組んだ。


「なら、ガミさんと直接レゾナンスできなくても、レヴィ君の付与魔法で身体能力を補う手はあるわね」


 自分を包んでいる付与魔法を実感しながら続ける。


「生身のままよりは動けるし、攻撃を受けた時の危険も減らせるはずよ」


「レゾナンスが繋がりゃ、そんな心配いらねぇ!」


「繋がる根拠はあるの?」


「昨日、ティプスタンに唐揚げをやった!」


「唐揚げ?」


「力になりたいって気持ちが大事なんだゾ!」


 ミミリルが得意げに口を挟む。


「好きって気持ちもな!」


 ガミも胸を張った。


「なに急にキモいこと言ってんだよ」


 レヴィが真顔で返した。


「なんだと!」


「……話が進まないので、続きをお願いします」


「う、うん」


 アンナに促され、ティプスタンは話を戻した。


「繋がっている間は、声を出さなくても頭の中で言葉を伝えられる。それと、二人同時に繋げられることも分かってる」


「頭の中で……」


「しっかし、アニキの能力、分かんねーこと多すぎだろ」


 レヴィが呆れたように言った。


「僕が一番そう思ってるよ……」


 ティプスタンは肩を落とした。


 すると、アンナが自分を指す。


「私とも繋がれるんでしょうか」


「試してみる?」


「ぜひ、お願いします!」


 アンナの濃褐色の瞳が、きらりと光る。


 話しているうちに、中央の宝石は再び赤色へ戻っていた。


 二人は向かい合った。


 ティプスタンが胸元へ手を添える。


「インスクリプト・ヴァーミリオン!」


 二枚目の花弁が輝き、透明へ変わった。


 紅の疑似魔力が全身を駆け巡る。


「じゃあ、いくよ」


「はい!」


 ティプスタンはアンナへ意識を向ける。


 何度か集中し直してみる。


 だが、二人を繋ぐ紅い光は現れない。


 やがて、中央の宝石が明滅を始めた。


 時間切れが近づくにつれ、赤い明滅の間隔が少しずつ短くなっていく。


 それでも、紅光は現れなかった。


 中央の宝石から赤い色が抜け落ちた。


 同時に、全身を包んでいた疑似魔力も消えていく。


「ダメ……みたいですね」


 胸元で両手を合わせ、自分なりに集中していたアンナが、残念そうに肩を落とした。


「ごめん」


「どうしてティプスタン君が謝るんですか」


 アンナは微笑んだ。


「初めてなんですから、これからですよ」


 そこへ、ガミが勢いよく割り込んだ。


「俺様もやる!」


「え?」


「昨日の続きだ! やるぞ!」


 ガミはティプスタンの正面へ座り込み、腕を組んだ。


 透明になった中央の宝石を、じっと睨みつける。


 やがて、三分が経った。


 透明だった中央の宝石へ、内側から赤い色が静かに広がっていく。


「よし! 戻ったな!」


 ガミが勢いよく立ち上がる。


 ティプスタンは、もう一度《インスクリプト・ヴァーミリオン》を発動した。


 ガミと向き合い、意識を集中する。


 ――結果。


「なんでだよぉぉぉぉ! 唐揚げ返せよぉぉぉ!」


 ガミは地面へ両膝をついていた。


「唐揚げ関係ねーだろ」


 レヴィが冷たく言い放つ。


「俺様は全部やったんだぞ!」


「何をだよ」


「優しくした! 水も持ってった! 唐揚げもやった!」


「やっぱキモいな」


「ちっくしょぉぉぉぉ!」


 

★


 

 ひと騒ぎした後。


「じゃあ次、俺様な!」


 ガミが拳を突き出した。


「俺様は《循環系》! 魔力を身体に巡らせて、ぶっ飛ばす!」


「雑すぎんだろ」


 レヴィが呆れる。


「魔力さえ使えれば、思いっきり暴れられんだけどな!」


「使えねぇ方が、周りは安全でいいんじゃねーか?」


「んだと、コラッ!」


「次はウチだゾ!」


 ミミリルがウサギ耳型魔導具をぴょこんと動かした。


「ウチは索敵と槍で戦うゾ! 敵を見つけて、近づいてきたら槍で止める!」


「ガミみたいに敵へ突っ込むより、近づいてくる相手を止める方が得意だゾ!」


「誰が考えなしに突っ込んでるって?」


「そこまで言ってないゾ」


「それから、ミミリルの魔力系統は《構築系》なんだ」


 ティプスタンが補足すると、アンナは頷いた。


「次、俺っちだな」


 レヴィは投擲紐を手に取った。


「俺っちは《生成系》。こいつで遠くから狙うのと、短時間だけ効く付与魔法が得意だ。動いてる相手でも、射線さえ通りゃ狙えるぜ」


 アンナは先ほどの実演を思い返した。


「なるほど。とっさの遠距離攻撃もできるし、味方の身体能力も補える。かなり幅広く援護できそうね」


「まあな!」


 レヴィは得意げに鼻を鳴らした。


「じゃあ、最後は私ね」


 アンナは腰の短杖へ手を添えた。


「私も《生成系》。使うのは、ほとんど風魔法」


「ほとんど?」


「風魔法以外は……あんまり得意じゃないの」


 アンナは少しだけ目を逸らした。


「風をぶつけて相手の体勢を崩したり、飛んでくる物の軌道を逸らしたり。味方の背中を押して、移動や跳躍を助けることもできるわ」


「前でも後ろでも活躍しそうだね」


 ティプスタンが言うと、アンナは少し照れた。


「その代わり、私一人で相手を倒し切るのは難しいです。誰かと連携した方が、力を発揮できると思います」


 これで、五人に何ができて、何ができないのか。


 おおよその輪郭は見えてきた。


「次は、グループ戦の細かいルールも確認しておかない?」


 アンナが話題を切り替えた。


「そういえば、仲間探しに夢中で、細かなところまでは確認してなかったね」


 ティプスタンが言った。


「ウチも、五人で戦うってことしか知らないゾ」


「ざっくりとなら、まあ」


「あん? 五人でまとめて戦うんじゃねーのか?」


 ガミだけは、それで十分だと思っていたらしい。


 アンナは近くに落ちていた棒を拾った。


「ただ相手を倒せば終わり、という試合ではないのよ」


「じゃあ何すんだ?」


「まず、試合場には二つの《星核》というものが置かれるわ」


 アンナは地面へ大きな長方形を描き、その両端へ小さな丸を一つずつ加えた。


「こっちが私たちの星核。反対側が相手の星核よ。先に相手の星核を完全破壊した方が勝ち」


「なるほど!」


 ガミが拳を叩いた。


「じゃあ俺様が突っ込んで――」


「そのまま殴ってもダメよ」


「なんでだよ!」


「星核は防護魔法で覆われてるの。その状態で攻撃しても、有効な損傷にはならないわ」


 アンナは長方形の中央へ、一つの円を描いた。


「相手の星核へ有効な攻撃を通すには、先にこの《中央陣》を占有する必要があるの」


「占有?」


「円の中に、味方が一人だけいる状態を作るの」


 アンナは小石を一つ、中央陣へ置いた。


「これで占有成立です。占有している間だけ、相手側の星核を覆う防護魔法が解除され、攻撃が有効になります」


「中央を取ってる間に、別の奴が星核を壊すわけだな」


 レヴィが言う。


「そう。ただし――」


 アンナは同じ円へ、もう一つ小石を入れた。


「味方が二人以上入れば、占有は解除されるわ」


「えっ、味方でもダメなのか?」


 ミミリルが身を乗り出した。


「ええ。占有を維持できるのは、味方一人だけよ」


 片方の小石を取り除き、代わりに黒い石を置く。


「敵が一人でも入れば争奪状態になって、占有は解除。占有している人が円の外へ出ても同じよ」


「つまり、味方が一人だけ中に残って、敵を入れないようにするんだね」


「はい」


「相手を全員倒したら勝ちじゃねーのか?」


 ガミが尋ねた。


「人数が減っても、星核を壊さない限りは基本的に勝ちにはならない。逆に、相手が五人残っていても、先に星核を破壊すれば勝ちになるわ」


「なら、相手を全員ぶっ倒してから星核を壊してもいいんだな!」


「できるなら、それでも構わないけど……」


 アンナは地面に描いた試合場を、棒の先で軽く叩いた。


「それと、試合時間は十分間よ。時間までにどちらの星核も壊せなかった場合は、中央陣を占有していた累計時間で勝敗を決めるの」


「累計時間?」


「占有が成立している間だけ、その陣営の時間が加算されるわ。中央陣に組み込まれた術式が自動で記録して、試合終了後に審判が確認するのよ」


「じゃあ、星核を壊せなくても、中央を長く取ってれば勝てるのか?」


「そう。相手より一秒でも長ければ、判定勝ちになるわ」


「たった一秒でもか?」


「一秒でもよ。ただし、どれだけ上回っていても、星核を破壊されたらその時点で負け」


「なるほどな」


 レヴィが顎へ手を添えた。


「星核を壊せば即勝ち。壊せなかった時だけ、中央を長く取ってた方が勝つってことか」


「そういうことね」


「じゃあ、両方とも一度も中央を取れなかったらどうなるの?」


 ティプスタンが尋ねた。


「双方とも敗北扱いとなって、勝利者は出ません」


「両方負けるの?」


「はい。そんなことは、めったにありませんけどね」


「そんな心配いらねーよ!」


 ガミが拳を打ち合わせた。


「俺様が最初に中央を獲るからな!」


「もう自分が中央へ行くことになってんのかよ」


 レヴィが呆れた声を漏らす。


「相手もここ取りに来んだろ?」


「まあ、当然だな」


「だったら、強ぇ奴が来るに決まってる」


 ガミの口元が吊り上がる。


「そいつと真正面からやれるなら、俺様向きじゃねーか!」


「結局そこかよ」


「でもガミ」


 ミミリルが中央陣を指した。


「取った後も、中に残らないとダメなんだゾ?」


「それがどうした?」


「敵が目の前を走っていったら?」


「追いかけてぶっ飛ばす!」


「だから追うなって話だよ」


 レヴィが呆れる。


「それに、レゾナンスなしで中央を守り続けられるのかよ?」


「できらぁ!」


「相手が魔力で身体強化してても?」


「できらぁ!」


「答えになってねぇぞ」


「うるせぇ!」


 このままでは話が進まない。


 アンナは地面に散らばる小石へ手を伸ばした。


「ひとまず、自分たちを石に見立てて考えてみない?」


 色の違う五つを拾い、それぞれに振り分ける。


 灰色がガミ。


 緑色がレヴィ。


 黄色がミミリル。


 茶色がアンナ。


 赤色がティプスタン。


 相手側には、黒い石を五つ並べた。


「まずは、試合開始時に動きやすそうな場所へ置いてみて」


「俺様はここ!」


 ガミは迷わず、自分の石を中央陣へ置いた。


「そこだけは譲らねーんだな」


「強ぇ奴が来る場所だからな!」


「ウチはガミの近くだゾ!」


 ミミリルは中央陣のすぐ外へ黄色い石を置いた。


「敵が中へ入ろうとしたら、槍で邪魔する!」


「俺っちは……この辺だな」


 レヴィは自陣寄りの斜め後方へ緑色の石を置いた。


「中央にも手が届くし、自分たちの星核からも離れすぎない方がいい」


 アンナは中央と自陣の中間へ、茶色の石を置いた。


「私はここね。前にも後ろにも動ける場所がいいわ」


「じゃあ僕は――」


 ティプスタンは、自陣の星核近くへ赤い石を置いた。


「ここで星核を守る。かな」


「……待てよ」


 レヴィが配置を眺めた。


「これ、守る方に寄りすぎじゃね?」


「え?」


「中央の占有時間は稼げるかもしれねぇ。でも、誰が向こうの星核を壊しに行くんだよ?」


 アンナは中央陣へ置かれた灰色の石を見た。


「そうね。中央を長く取れれば判定では有利になる。でも、星核を壊されたらそれまでだもの」


「やっぱ、中央を取ったら星核は狙った方がいいな」


 レヴィが敵陣側へ目を向けた。


「ええ。中央を維持する役と、自陣を守る役。それとは別に、星核を攻撃する役も必要ね」


「じゃあ俺様が――」


「お前は中央から出んな」


「だったらウチが行くゾ!」


「ミミリルが離れたら、ガミの援護が薄くならない?」


 ティプスタンが尋ねる。


「なら俺っちが狙うか」


 レヴィは緑色の石を少し前へ動かした。


「中央を取れたら、射線を探して相手の星核を攻撃する」


「それが一番よさそうね」


 アンナが頷く。


「私はレヴィ君が動きやすいように援護するわ。必要なら、一緒に前へ出る」


「でも、二人とも前へ出たら、自陣の守りはアニキだけになるな」


「ウチが中央の近くにいるから、戻ることもできるゾ」


「ミミリルが離れたら、ガミの援護がなくなるだろ」


 レヴィが言う。


「一人の場所を変えるだけで、他も全部変わるんだね」


 ティプスタンは五つの石を見つめた。


 中央陣を維持する者。


 その外から支える者。


 相手の星核を攻撃する者。


 自分たちの星核を守る者。


 五人しかいないのに、必要な役目はいくつもある。


「そういえば」


 アンナがティプスタンの石を指した。


「ここから中央まで、レゾナンスは届くんですか?」


「あ……」


「距離に制限はあるんです?」


「そこも正確には分からないんだ」


 ティプスタンは、自分の石と中央陣を見比べた。


「ミミリルとレヴィで試した時は、訓練場の中でかなり離れても繋がったままだった。でも、限界を調べる前に《インスクリプト・ヴァーミリオン》の三分が終わっちゃって」


「離れた相手とも繋げるんですか?」


「少なくとも、相手がどこにいるか分かっていれば、離れていても成功したよ」


「それなら、ティプスタン君が後方にいても、中央にいる仲間を支援できる可能性はありますね」


「ガミとは、まだ狙って繋げないけどね」


「…………」


 全員の視線がガミへ集まった。


「俺様が悪いみたいに言うな!」


「なんも言ってねーだろーが」


 レヴィが言う。


 アンナは地面へ置かれた灰色の石を見つめた。


「レゾナンスなしで、ガミさんが中央を維持できるかも課題ですね」


「できらぁ!」


「相手が一人とは限らないわよ」


「何人来てもぶっ飛ばす!」


 ガミの根拠のない言葉に、アンナが少し困ったように腕を組んだ。


「大丈夫なのかよ……これ」


 レヴィがため息をつく。


「まあ、分かってることだけで考えるしかねーな」


 レヴィは黒い石を一つ手に取った。


「じゃあ次。相手に中央取られたら?」


「俺様が奪い返す!」


「ウチも外から手伝うゾ!」


「その間に別の奴が、俺らの星核へ来たら?」


「僕とアンナさんで止める……かな」


 ティプスタンが答える。


「私は最初、中央と自陣の間にいるから、どっちにも動けるわ」


「なら俺っちは、敵の動きを見て前後を決める」


 レヴィが自分の石を動かした。


「星核へ来る奴が多けりゃ戻る。中央が取れそうなら、攻撃へ回る」


「でも、相手がどう動くか分からないと、細かいところまでは決められないね」


「そうね」


 アンナは地面の石を見つめた。


「最初から、すべての動きを決めるのは無理だと思うわ」


「じゃあ、どうすんだよ?」


「今は、もっと大まかでいいんじゃない?」


「大まか?」


「試合開始時にどこへ立つか。中央を取っている時と、相手に取られた時に何を優先するか。そのくらいよ」


 アンナは、動かしていた石を一つずつ戻していく。


「相手の能力も作戦も分からないもの。細かな動きは、実際に戦いながら変えるしかないわ」


「そっか……」


 ティプスタンは、並び直された石を見る。


「だったら、最初の動きと役割だけ合わせておこうか」


「うん。そこから先は、実際に動いて考えましょう」


「なら俺様は中央!」


 ガミが、自分の石を真っ先に中央陣へ置いた。


「それはもう分かったって」


「中央は相手も取りに来るからな」


 ガミが得意げに胸を張る。


「強ぇ奴が来る場所を俺様が押さえてりゃ、その間ずっと占有時間も増える。相手の星核も殴れるようになるし、他の奴らは好きに動ける!」


「……一応、考えてはいるんだな」


「一応ってなんだ!」


「ガミには合ってると思うゾ!」


 ミミリルも自分の石を置いた。


「ならウチは中央の外から、ガミを援護するゾ! 敵を中へ入れないようにするんだゾ!」


「俺っちは後ろ寄りから全体を見る」


 レヴィも続ける。


「中央を取れたら、射線を探して相手の星核を狙う。取られた時は、中央と自陣の両方を牽制する」


「私は、その間に入るわ」


 アンナも石を戻した。


「中央が押されたら前へ。自陣が危なければ後ろへ。中央を取れたら、レヴィ君が攻撃しやすいように支援する」


「僕は自陣側かな」


 最後に、ティプスタンが赤い石を置いた。


「星核を守りながら、レゾナンスでみんなを援護する。危なくなったら、僕も前へ動くよ」


「ひとまず、それくらいでいいんじゃね?」


 レヴィが五つの石を見回した。


 細かな動きまでは決まっていない。


 ガミとレゾナンスできる保証もない。


 それでも、試合開始直後の配置と、それぞれの役割。


 最低限の方針だけは、五人で共有できた。


「よし!」


 ガミが拳を打ち合わせる。


「じゃあ明日の特訓で、まずはこの動きを試してみるか!」


「それなら俺っちも異論なし」


「あ、それならちょうどいいゾ!」


 ミミリルが、思い出したように声を上げた。


「クエンティン、明日は選抜戦を想定した特訓をするって言ってたゾ!」


「星核戦をやるのか?」


「そこまでは知らないゾ!」


「肝心なところ聞いてねーじゃねぇか!」


「舞台を整える時間が欲しいって言ってたゾ!」


「舞台……?」


 アンナが首を傾げた。


「何を用意してるのかしら」


「なんでもいい!」


 ガミが待ちきれないとばかりに身を乗り出した。


「ぶっ飛ばす相手がいりゃ、それでいい!」


「お前、もう作戦どうでもよくなってんだろ」


 レヴィが肩をすくめた。


 

★


 

 その後も、いくつかの状況を想定し、石を動かしてみた。


 だが――


「フンッ! フンッ!」


 やがて訓練場の端から、勢いのいい声が聞こえ始めた。


 ガミだった。


 自分の役割が決まったところで満足したらしく、いつの間にか一人で拳を振っている。


「……あいつ、いつ抜けた?」


 レヴィが半眼になる。


「ウチが明日の特訓について伝えた後、すぐだゾ」


「もう考える気ねーじゃねぇか」


「俺様は中央で戦う!」


 聞こえていたらしい。


 ガミは拳を振りながら言い返した。


「だったら考えるより、勝てるように鍛えた方が早ぇ!」


「そういう問題じゃねーだろ……」


 レヴィは額を押さえた。


「でも、今日はこの辺でいいんじゃない?」


 アンナが空を見上げる。


 いつの間にか陽は西へ傾き、訓練場には長い影が伸びていた。


「そうだね」


 ティプスタンも立ち上がった。


「明日、実際に動けば分かることもあるゾ!」


「今日決めた配置を試せる特訓なら、ちょうどいいんだけどな」


「どんな特訓か楽しみだゾ!」


 そんなやり取りを聞きながら、ティプスタンは地面へ目を落とした。


 そこには、五つの色石が並んでいた。


 昨日、アンナが加わって五人になった。


 けれど、人数が揃っただけではチームにはならない。


 誰かが前へ出た時、誰が支えるのか。


 一人が持ち場を離れれば、残る四人の役割も変わる。


 今日は初めて、それを五人で考えた。


 まだ粗い。


 実際に戦えば、思い通りにはいかないかもしれない。


 見落としていることも、あるだろう。


 それでも――


「ティプスタン君?」


 アンナが振り返った。


 夕陽を受けたポニーテールが、その背で揺れる。


「どうしました?」


「……ううん」


 ティプスタンは五つの石を見て、笑った。


「なんでもない」


 選抜戦まで、あと四日。


 ばらばらだった五人に。


 ようやく、自分たちなりの〝かたち〟が見え始めていた。


 

★32話に続く★

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