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ELVES《エルヴス》―命の器の継承者―  作者: 克
Exile/玄冥郷編

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第27話『信頼の証』

 冒険者ギルド――受付カウンター。


「ティプスタン様、ミミリル様。ギルドカードの更新が完了しました」


「あ、ありがとうございます」


 ティプスタンは、どこかぎこちない手つきで受付嬢からカードを受け取った。


 手のひらに収まる金属製のカード。


 形も、冷たい感触も、初めて受け取った時と変わらない。


 ただ一つだけ。


 左上に空いていた星形の穴に、小さな赤い宝石が埋め込まれていた。


「おぉ……」


 隣でカードを受け取ったミミリルも、同じように声を漏らす。


 二人はしばらく、そこに輝く赤い星を見つめていた。


「これで、お二人は★モノステラ。一つ星の冒険者となります」


 受付嬢が穏やかに微笑んだ。


「一つ星……」


 ティプスタンは指先で宝石に触れた。


 星形に磨かれた宝石の縁が、ギルド内の灯りを受けて小さく煌めく。


 星無しの☆ノヴァから、★モノステラへ。


 ただ一つ、穴が埋まっただけ。


 それなのに、手の中のカードが以前より少し重くなったように感じられた。


「僕、危険なモンスターを倒したり、高難易度の依頼を達成したりしたら、ランクが上がるんだと思ってました」


「もちろん、それらも実績として評価されますよ」


 受付嬢は頷いた。


「ですが、高難易度の依頼は、ギルドへ寄せられる仕事のごく一部です。実際には、採取や捜索、荷運び、地域行事の手伝いといった日常的な依頼の方が、ずっと多いのです」


 ティプスタンは、これまでミミリルと受けてきた依頼を思い返した。


 薬草の採取。


 落とし物の捜索。


 地域行事の手伝い。


 どれも英雄譚に残るような仕事ではない。


 報酬だって、それほど多くなかった。


 それでも、その一つひとつが、街で暮らす誰かの困り事を解決していた。


「冒険者として継続して依頼をこなせること。そして、依頼人や仲間と大きな問題を起こさず、安心して仕事を任せられること」


 受付嬢は、二人のカードへ視線を落とした。


「一つ星は、実績とともにギルドから与えられる、最初の信頼の証なのです」


「信頼の証……」


 ティプスタンが呟く。


「ウチら、信頼されたんだな!」


 ミミリルが嬉しそうにカードを掲げた。


 頭に着けたウサギ耳型魔導具も、誇らしげにぴんと立っている。


「うん!」


 ティプスタンもカードを握り、小さく笑った。


 自分が冒険者になったという実感さえ、まだあまりない。


 それでも。


 これまで積み重ねてきたことを認めてもらえたようで、素直に嬉しかった。


 その横で。


「クッソ……」


 低い声が聞こえた。


 ガミが腕を組み、二人のカードを恨めしそうに睨んでいる。


 ガミもティプスタンたちと、ほぼ同じ時期に冒険者登録をしていた。


 だが、彼女のカードにある星形の穴には、今も何も埋め込まれていない。


「俺様も魔力が使えりゃ、討伐依頼をバシバシこなして、とっくに星の一つや二つ付いてんのによぉ」


「だから、討伐じゃなくてもいいんだって」


 ティプスタンが言った。


「収集依頼とか、地域活動の手伝いとかさ。ガミなら荷運びにも向いてると思うよ」


「そんなつまらねー依頼、できっかよ。途中で眠くならぁ」


「ガミは実績の前に、信頼がないんだゾ」


「ぷっ」


 後ろで聞いていたレヴィが吹き出した。


「言えてる」


「なんだと、この野郎」


 ガミは振り返るなり、レヴィの両頬をむんずと掴んだ。


 そのまま左右から、ぎゅっと挟み込む。


「ひ、ひったのは、ビビリルあろーが!」


「冒険者登録もしてねーくせに、生意気なんだよ。おめーは」


「ほっへ、はなへ!」


「何言ってんのか分かんねーなぁ?」


「やめるんだゾ、ガミ」


 ミミリルがガミの腕をぺしぺしと叩いた。


 ようやく解放されたレヴィは、赤くなった頬を両手で押さえる。


「クソッ……馬鹿力で挟みやがって」


「悔しかったら、お前も星を取ってみろ」


「だから俺っちは、冒険者じゃねーだろ!」


 そこで、ミミリルがぽんと手を打った。


「じゃあ、レヴィも冒険者に登録すればいいんだゾ」


「は?」


 レヴィの動きが止まった。


「ウチたちと一緒に依頼をこなすなら、登録してた方がお得だゾ」


「いや……俺っちは、いいよ」


 レヴィはわずかに視線を逸らした。


 そんなレヴィを、ティプスタンは黙って見つめた。


「レヴィ」


「なんだよ」


「嫌なら、無理に登録しなくてもいいと思うよ」


「……アニキ」


「冒険者じゃなくても、レヴィは僕たちの仲間なんだから。これからも一緒にいられるよ」


 レヴィは、しばらく何も言わなかった。


 ティプスタンの手にあるカード。


 そこに埋め込まれた、小さな赤い星へ目を向ける。


 やがて、ぷいっと顔を背けた。


「別に……嫌だとは言ってねーよ」


「じゃあ、登録すっか?」


 ガミが横から口を挟む。


「お前に言われると腹立つな!」


 レヴィはガミを睨みつけた後、受付カウンターへ向き直った。


「俺っちも登録する」


「かしこまりました」


 受付嬢は後ろの棚から、一枚の羊皮紙を取り出した。


 下部に描かれた大きな円形術式。


 そこから枝分かれするように伸びた細い線と、いくつもの小さな円。


 種族判別用のスクロールだった。


「あっ……」


 ティプスタンの表情が強張る。


 あれを使えば、レヴィがアルギオンだと知られてしまうのではないか。


 だが、レヴィは気にする様子もなく、右手をスクロールの上へ置いた。


 受付嬢が短い起動呪文を唱える。


 円形術式が淡く光り、レヴィが触れた場所から赤い染みがじわりと広がった。


 染みは細い線となって枝分かれし、いくつかの小さな円へ流れ込んでいく。


「ふむふむ。レヴィ様は亜人種ですね」


 受付嬢が告げた。


 ティプスタンの肩から、力が抜ける。


「では、こちらに必要事項を記載してください」


 受付嬢は特に疑う様子もなく、いつも通りに手続きを進めていった。


 いくつかの項目を記入し終えると、受付嬢は一枚の金属製カードをレヴィへ差し出した。


「こちらがレヴィ様のギルドカードです。現在のランクは☆ノヴァとなります」


 レヴィは差し出されたカードを受け取った。


 当然だが、左上の星形の穴には、まだ何も埋め込まれていない。


「これが……俺っちの」


 カードを眺めるレヴィの口元に、ほんの少しだけ笑みが浮かんだ。


 ティプスタンはその隣へ近づき、声を潜める。


「種族判別、大丈夫だったの?」


「ああ」


 レヴィも声を落とした。


「あのスクロール、大まかな種族しか分かんねーんだよ。珍しすぎる種族は、全部まとめて亜人種扱いだ」


「知ってたんだ」


「俺っち、ここで働いてたんだぜ。あれくらいの仕組みは知ってる」


「そっか……」


「心配してくれたのか?」


「当たり前じゃないか」


 ティプスタンが即答すると、レヴィは照れくさそうに鼻を擦った。


「ようこそ、星無しの世界へ」


 ガミが茶化すようにレヴィの肩を叩く。


「お前と一緒にすんな!」


「同じ☆ノヴァじゃねーかよ」


「俺っちは、すぐ星を取るんだよ!」


「俺様だって、その気になりゃすぐだ!」


 二人の言い争いが、ギルド内に響いた。


 

★


 

   受付を離れたティプスタンは、ふと足を止めた。


 普段の依頼掲示板とは別に設けられた、大きな告知用掲示板。


 その前には、大勢の人だかりができている。


「なんだろう?」


 ティプスタンが人混みの向こうを覗き込むと、その中に見覚えのある姿を見つけた。


「フィオさん?」


 声に気づき、少女が振り返る。


 褐色の肌。


 青みがかった短い髪。


 髪の右側には、黒銀のカラス羽を模した髪飾り。


 今日は冒険者らしい服装ではなく、リュミナリア学園指定の学生服を身にまとっていた。


「あら。ティプスタン君。それに、みんなも」


 フィオは軽く手を上げた。


 その隣にも、同じ制服を着た少女がいる。


 肩まで伸びた栗色の髪を、低い位置で小さなツインテールにしていた。


 短く切り揃えられた前髪。


 濃褐色の瞳。


 すらりとした身体つきで、どこか少年のような快活さを感じさせる少女だった。


「こっちは友達のアンナ」


 フィオが紹介した。


「アンナ。前に話した、ティプスタン君たちだよ」


 フィオはティプスタンたち四人を、順番に紹介していく。


「初めまして」


 アンナは人懐こく笑い、軽く会釈した。


「よろしくね」


「う、うん。よろしく」


 ティプスタンも慌てて頭を下げた。


 二人が見ていた掲示板には、ひときわ大きな告知用紙が貼られている。


 中央には、観客で埋め尽くされた巨大な円形闘技場の挿絵。


 その中で、二人の戦士が武器を交えていた。


 上部には、太く目立つ文字。


『第一星腕・レグリア王国――国王主催コロシアム大会開催』


「レグリア王国?」


 ティプスタンが首を傾げた。


「コロシアム……?」


「第一星腕国家、レグリア王国。五つの星腕国家の中でも、特に強い軍事力を持つ王国です」


 アンナがティプスタンの隣へ寄り、説明する。


 妙に距離が近くて、ティプスタンはわずかに身体を固くした。


「そ、そうなんだ」


「王族や貴族を頂点とする、厳格な身分制社会です。古い家柄や名誉を重んじる一方で、武勇を示した人は、平民や冒険者でも評価されます」


 アンナは、告知用紙に描かれた闘技場を指さした。


「その象徴がコロシアムです。騎士も、冒険者も、傭兵も、身分を問わず腕を競うんですよ」


「コロシアムって、危険じゃないの?」


「レグリア王国の正規コロシアムでは、専用の試合場と身代わり人形を使うんです」


「身代わり人形?」


「はい。闘技者が受けるはずの傷を、土で造られた人形が肩代わりします。致命傷に相当する攻撃を受けると人形が壊れて、その時点で敗北です」


「じゃあ、相手の人形を先にぶっ壊せば勝ちか!」


 ガミが拳を打ち合わせた。


「まあ……大雑把に言えば、そうですね」


「遠距離魔法も使うんだろ? 観客は危なくねーのか?」


 レヴィが尋ねる。


「試合場の周囲には強力な防壁魔法が張られています。観客席まで攻撃が届くことはありません」


「へえ……」


 ティプスタンは、告知用紙に描かれた巨大な闘技場を見上げた。


 大勢の観客に囲まれながら戦う光景など、自分には想像もつかない。


「賞金も出るんだろ!?」


 ガミが身を乗り出した。


「はい。それとは別に、優勝者にはレグリア王国が所蔵する希少な魔導具の中から、好きなものが一つ贈られます」


「おぉ!」


 ミミリルのウサギ耳が興奮気味に揺れた。


「それに、大会で活躍すれば、王国軍や騎士団へ推薦されたり、貴族の支援を受けたりすることもありますよ」


「決めた!」


 ガミが拳を握る。


「俺様、これに出るぞ!」


「出るって言ってもなぁ」


 レヴィは告知用紙の下部へ目を向けた。


「レグリアまでの旅費。大会期間中の宿泊費。食費。装備の整備代。全部合わせたら、相当かかるぞ」


「金のことなら、ルベッカに頼めばいいじゃねーか」


「人の金をあてにすんなよ」


 レヴィは呆れたように眉を寄せた。


「ルベッカねーちゃん、呪怨を解く手がかりを探すために、かなり金使ってるから。あんまり無茶言うなよ」


「マジか」


「研究資料に魔導具、各地への情報料。ほとんど残ってねーみたいだぜ」


「マジかよ……」


 ガミは露骨に肩を落とした。


 呪怨を解くために使われたと聞けば、さすがのガミも文句は言えない。


「まあ、費用なら、ククルシアの代表に選ばれれば負担してもらえるよ」


 フィオが言った。


「なにっ!?」


 ガミが勢いよく振り返る。


「毎年、レグリア王国の大会へ出場する代表を決める『ククルシア代表選抜戦』があるの」


 フィオは、レグリア王国の大会告知から少し離れた場所を指した。


 そこには、別の大きな告知用紙が貼られている。


「個人戦から一名。グループ戦から一組五名が代表に選ばれるの。代表になれば、レグリアまでの旅費や宿泊費、大会期間中の支援費用をククルシア共和国が負担してくれるよ」


「マジか!?」


「それに、代表選手には本戦への優先出場権も与えられます」


 アンナが補足した。


「その代表選抜戦は、いつだ!」


「告知を見ろよ。今から一週間後って書いてあんだろ」


 レヴィが呆れたように言う。


 フィオはその様子を見て苦笑した。


「私たちは、その告知用紙を学園へ運ぶために来たの」


「学園の使いっ走りです」


 アンナが冗談めかして肩をすくめる。


「学園内や街に貼り出す分を、これから受け取るところなんです」


 その時、受付カウンターから声がした。


「フィオ様。ククルシア代表選抜戦の告知用紙が準備できました」


「あ、はーい」


 フィオは返事をした後、何かを思い出したようにティプスタンを見た。


「あの時は、ありがとうね。ティプスタン君」


「え?」


「イッサを助けてくれて」


 ティプスタンは少し戸惑い、後頭部を掻いた。


「いや……邪魔しただけな気もするけど」


「そんなことないよ」


 フィオは、はっきりと言った。


「ティプスタン君が来てくれなかったら、イッサは今ここにいなかったかもしれない」


「…………」


 ティプスタンは照れくさそうに視線を逸らした。


「じゃあ、受け取ってくるね」


 フィオが受付へ向かう。


 その姿を見送っていると、アンナがティプスタンへ一歩近づいた。


 少し背を屈め、顔を覗き込む。


「ティプスタン君ってさ」


「う、うん?」


「魔力ゼロって本当?」


「……うん」


 胸の奥が、わずかに痛んだ。


 その言葉を聞くと、学園で向けられた好奇の視線を思い出してしまう。


 だが。


「魔力ゼロなのに、魔王に立ち向かったんでしょ!」


 アンナの濃褐色の瞳が、きらきらと輝いた。


「すごい!」


「え?」


 思いがけない反応に、ティプスタンは目を瞬かせた。


 隣でミミリルが、まるで自分が褒められたかのように胸を張る。


 ウサギ耳も得意げにぴんと立った。


「そうなんだゾ! ティプスタンはすごいんだゾ!」


「無謀なんだよ、コイツは」


 ガミが横から口を挟む。


「弱いくせに、すぐ無茶しやがる」


「ティプスタンは弱くないゾっ!」


 ミミリルの耳が勢いよく逆立った。


「ガンハートとも互角に戦ったんだゾ!」


「それ、何度聞いても信じらんねーんだよな」


 ガミが疑わしそうにティプスタンを見る。


 ティプスタン自身、ガンハートとの戦いをほとんど覚えていなかった。


 ミミリルの話では、紅い光をまとった自分が、深淵の魔王ガンハートと渡り合っていたらしい。


 けれど。


 どうやって戦ったのか。


 なぜ戦えたのか。


 自分には、まるで実感がない。


「でも、本当にすごいです!」


 アンナが興奮気味に続けた。


「かなわないかもしれない相手に、それでも仲間を見捨てず立ち向かったんでしょ? 普通はなかなかできませんよ」


「そ、そうかな……」


 ティプスタンは頬をかいた。


「アンナ。行くよ」


 受付から戻ってきたフィオが、告知用紙の束を両腕に抱えていた。


「今行く」


 アンナは返事をして、フィオのもとへ駆け寄った。


「じゃあ、またね。みんな」


 フィオが言う。


 アンナも、その隣で小さく手を振った。


「またね、ティプスタン君」


 二人は紙束を抱え、冒険者ギルドを出ていった。


 

★


 

 昼。


 冒険者ギルド内の酒場にて。


 ティプスタンたちは、丸いテーブルを囲んで昼食を取っていた。


 焼きたての黒パン。


 豆と燻製肉を煮込んだスープ。


 香草と岩塩をまぶした揚げ芋。


 そして、ガミの前には山盛りの肉。


 テーブルの中央には、ククルシア代表選抜戦の告知用紙が広げられていた。


「頼むっ!」


 ガミがティプスタンたちの前で両手を合わせた。


「代表選抜戦に一緒に参加してくれ!」


「声がデカい」


 レヴィが耳を押さえる。


 ガミは当初、個人戦へ出場する気満々だった。


 しかし告知用紙には、個人戦へ参加できるのは★モノステラ以上の冒険者に限ると記載されている。


 ☆ノヴァであるガミは、参加条件を満たしていない。


 その事実を知ったガミは、一度は料理にも手を付けられないほど落ち込んだ。


 だが、ミミリルがグループ戦の参加条件を見つけた瞬間、目の色が変わった。


「だから、俺っちも、ミミリルもガミも呪――」


 レヴィは周囲の客を見回し、声を落とした。


「……魔力、まともに使えねーだろーが」


「やってみねーと分かんねーだろーが!」


「分かりきってんだよ!」


「ダメ元で参加するだけなら、別にいいんじゃないか?」


 ミミリルが、ガミの前にある骨付き肉を見つめながら言った。


 ガミの顔が、ぱっと明るくなる。


「そうだそうだ! 肉食うか? ミミリル!」


 普段なら決して人に譲らない、一番大きな骨付き肉を差し出した。


「おお!」


 ミミリルは満面の笑みで受け取る。


「お前ら、食い物で結託すんなよ」


 レヴィは呆れながら、告知用紙を指で叩いた。


 トントン。


「参加するだけなら構わねーけど、グループ戦には五人必要だ」


 レヴィは、テーブルを囲む面々を順番に指した。


「アニキ。ミミリル。ガミ。俺っち」


 四人。


「あと一人、どうすんだよ?」


「誰でもいいだろ」


「誰でもよくねーよ」


 レヴィは告知用紙の参加条件を指さした。


 参加できるのは、冒険者ギルドに登録している者に限られる。


 さらに、五人のうち三人以上は★モノステラ以上でなければならない。


「アニキとミミリルは一つ星」


「うん」


「そうだゾ」


「俺っちとガミは星無し。つまり、五人目は絶対に一つ星以上じゃなきゃ参加できねー」


「ルベッカがいるじゃねーか」


 ガミが言った。


 その瞬間。


「絶対にダメだゾ!」


 ミミリルが骨付き肉を置いた。


 口のまわりにはソースが付いていたが、その目は真剣だった。


「ルベッカはまだ病み上がりなんだゾ! 選抜戦なんかに出したらダメだゾ!」


「別に戦わなくてもいいだろ。端っこに立ってるだけで――」


「ダメだゾ!」


「いや、だから何もしなくて――」


「絶対にダメだゾっ!」


 ウサギ耳が激しく揺れた。


 そこに妥協の余地はない。


「僕も、ルベッカはやめた方がいいと思う」


 ティプスタンも言った。


「無理はさせたくない」


「ちぇっ」


 ガミは不満そうに鼻を鳴らした。


「てか、ルベッカねーちゃんに言ったら、大会に出ること自体止められんじゃねーか?」


「……まあ、確かにそうだな」


 レヴィの言葉に、ガミはあっさり納得した。


 レヴィは告知用紙を眺めながら、顎に手を当てる。


「ここにいる四人だと、前衛が多すぎんだよな」


 短剣と盾で戦うティプスタン。


 拳闘士のガミ。


 槍使いのミミリル。


 レヴィは強化付与魔法を扱えるものの、呪怨の影響で魔力を安易には使えない。


 勝ち目が薄いことは、レヴィにも分かっていた。


 それでも。


 出ると決めるのなら、少しでも勝てる形にはしたかった。


「欲しいのは、遠距離から支援できるやつだな」


 レヴィは告知用紙を睨みながら、ぶつぶつと条件を整理している。


 口では無理だと言いながら、もう半分はやる気らしい。


「レヴィも楽しそうだゾ」


 ミミリルが言った。


「こういう大会がどんなもんか、気になるだけだ」


「一つ星で、遠距離支援が得意な人か……」


 ティプスタンは知り合いの顔を思い浮かべた。


「リリネアさんとか?」


 レヴィが顔を上げる。


「ああ。リリネアか」


「リリネアちゃんなら適任だゾ!」


 ミミリルも頷いた。


「回復魔法も使えるし、遠距離から魔法も撃てる。それに一つ星だゾ」


「よし。そいつに頼もうぜ」


 ガミはそう言うと、もう話は終わったとばかりに料理へ手を伸ばした。


「後は任せた」


「お前が一番出たがってんだろ! 人任せにすんなっ!」


 レヴィが突っ込む。


 その時だった。


「レヴィ。ちょっといいか?」


 ギルド職員の男が、書類の束を抱えてやって来た。


 レヴィが嫌そうに眉を寄せる。


「なんだよ」


「代表選抜戦の告知を出してから、受付が混みっぱなしなんだ。参加申請書の仕分けだけでも手伝ってくれないか?」


「俺っちは、もうギルドの下働きじゃねーぞ」


「分かってる。でも、お前なら慣れてるから手早く処理できるだろ?」


「嫌だね」


「頼むよ。昼飯代をギルド持ちにするから」


 レヴィは、食べ終えた皿へ目を落とした。


「……追加もいいのか?」


「一皿だけな」


「ったく。仕方ねーな」


「結局、食い物なんだゾ」


 ミミリルが呆れたように言う。


 すると、酒場の給仕が一枚の依頼書を手に、テーブルのそばを通りかかった。


「保育院への配達補助をお願いできる冒険者はいませんか? 急な欠員が出てしまって」


 ミミリルのウサギ耳がぴんと立った。


「近くの保育院か?」


「はい。食事を運ぶだけの簡単な依頼です」


「ウチがやるゾ!」


 ミミリルは元気よく手を上げた。


 ガミが目を丸くする。


「そんなつまらねー依頼、よくやる気になるな」


 ミミリルは誇らしげに胸を張った。


「こういう依頼を積み重ねるから、信頼されるんだゾ」


「うっ……」


 先ほど受付で言われたばかりの言葉を返され、ガミが言葉に詰まる。


「じゃあ、リリネアさんのところには僕とガミで行ってくるよ」


 ティプスタンが言った。


「おう。俺っちはここの書類を片づける」


「ウチは保育院へ行ってくるゾ」


「五人目、ちゃんと連れてこいよ」


「簡単に言わないでよ」


 ティプスタンは苦笑しながら、告知用紙を折り畳んだ。


「とりあえず、リリネアさんに相談してみよう」


 

★


 

 リュミナリア学園――医療棟。


「悪いけど、あちきは出られないんだわさ」


 頭の左右から太い三つ編みを垂らし、一直線に切り揃えた長い前髪で目元をすっかり覆った、ピンク髪の小柄なドワーフの少女。


 リリネアは、小さな両手を胸の前で合わせ、申し訳なさそうに頭を下げた。


「なんでだよ!」


 ガミが声を上げる。


「レグリア王国で、医療班の補助をすることになってるんだわさ」


 リリネアは、部屋の隅に積まれた木箱を指した。


 箱の側面には、それぞれ「包帯」「薬草」「治療器具」と記されている。


「国王主催の大会は規模が大きいから、ククルシアからも医療関係者を派遣するんだわ。あちきは選抜戦が始まる前にレグリアへ入って、治療場所や医療物資の準備をしないといけないんだわさ」


「そこをなんとか!」


 ガミが両手を合わせ、リリネアへにじり寄る。


「ガミ、困らせちゃダメだよ」


 ティプスタンがガミの腰へ両腕を回し、後ろへ引いた。


「離せ、ティプスタン! 五人目がいなくなるだろーが!」


「リリネアさんには大事な仕事があるんだから!」


「そこをなんとか休めねーのかよ!」


「無茶言っちゃダメだよ!」


 ティプスタンはガミをさらに強く引いた。


「ごめんね、リリネアさん」


「気にしなくていいんだわさ」


「離せって! まだ話は終わってねー!」


「終わってるよ!」


 騒ぎ続けるガミを引きずるようにして、ティプスタンは医療棟を出た。


 

★


 

  医療棟の裏手には、物資保管用の倉庫が並んでいた。


 普段なら作業員たちの掛け声や馬蹄の音が絶えない場所だが、今は妙に静かだった。


 レグリア王国へ運ぶ医療物資の積み込みは、すでに終わっているらしい。


 少し離れた場所から、馬の嘶きと作業員たちの声が聞こえていた。


 緩やかな坂の途中には、医療物資を満載した大型の荷車が一台、残されている。


 牽引棒の伸びる前部は坂上へ。


 荷台の後部は坂下へ。


 後輪の坂下側には太い角材が渡され、荷車を仮留めしていた。


 坂上にある倉庫の壁には、荷車を固定するための鉄製の環。


 坂を下った先には、倉庫の軒を支える太い石柱が立っている。


 その少し脇では、アンナが空箱の上に輸送札を並べ、枚数を確認していた。


「あれ、ティプスタン君。と、ガミさん」


 顔を上げたアンナが、軽く手を振った。


 ティプスタンも会釈を返す。


「フィオは一緒じゃねーのか?」


 ガミが言った。


「フィオは告知用紙を配りに行きましたよ。私は医療物資の方を頼まれて」


 アンナは輸送札を揃えながら笑った。


「朝からずっと働きっぱなしなんじゃない? 大丈夫?」


「じっとしてるより、身体を動かしてる方が好きなんですよ」


「見るからにそんな感じだな」


 ガミが遠慮なく言った。


「それって、褒めてるんですか?」


 アンナがじとっとガミを睨む。


 ティプスタンは慌てて二人の間へ入った。


「ご、ごめんね。ガミ、今ちょっと機嫌が悪いんだよ」


「余計なこと言うんじゃねーよ」


 ガミは不貞腐れたように顔を背け、荷車の坂下側へ歩いていく。


 その時だった。


 ギィ……。


 荷車の下で、木が軋んだ。


「え?」


 ティプスタンが振り返る。


 後輪を止めていた角材が、砂利を噛んだままゆっくりとずれた。


 ギギッ――。


 次の瞬間。


 ゴロッ!


 角材が弾き出される。


 医療物資を満載した荷車が、坂下へ動き始めた。


「ガミ!」


「ん?」


 振り返ったガミの肩へ、荷台の後部がぶつかった。


「ぐっ――!」


 ガミは反射的に両手を突き出した。


 だが、止まらない。


 荷車は重量に任せて坂を下り、ガミの身体ごと押していく。


 靴底が石畳を擦る。


 その背後には、倉庫の軒を支える太い石柱が立っていた。


「止まりやがれ……!」


 ガミは全身へ魔力を巡らせようとする。


 肉体強化。


 それさえ使えれば。


 だが。


 全身へ送り込もうとした魔力が、途中で途切れた。


「クソッ……魔力が練れねぇ!」


「ガミ!」


 ティプスタンは駆け出した。


 だが、ガミは荷台の真後ろにいる。


 荷車と石柱の間へ回り込める隙間はない。


 その直後。


 ガコンッ!


「なっ――」


 荷車の片輪が、石畳の脇にある浅い排水溝へ落ちた。


 荷台が大きく傾く。


 そのまま荷車全体が、横を向き始めた。


 このまま旋回すれば、ガミは荷台と石柱の間に挟まれる。


 同時に、坂上へ伸びていた牽引棒が大きく振れ、ティプスタンの身体を薙ぎ払おうと迫ってきた。


「くっ!」


 ティプスタンは咄嗟に牽引棒へ飛びついた。


 両腕で抱え込み、全体重をかける。


「ぐぅ……!」


 止まらない。


 靴底が石畳の上を滑っていく。


「インスクリプト・ヴァーミリオン!」


 胸元に並ぶ五枚の赤い花弁。


 そのうち一枚が光を放ち、色を失って透明へ変わった。


 ドクンッ。


 紅の疑似魔力が、ティプスタンの全身を駆け巡った。


「止まれぇ……!」


 石畳を強く踏みしめる。


 振れ続けていた牽引棒が止まった。


 荷車の旋回も止まる。


 だが、手は離せない。


 離した瞬間、荷車は再び横を向き、ガミを巻き込んで倒れてしまう。


「ガミ、大丈夫!?」


「これが大丈夫に見えんのかっ!」


「こっからだと見えないんだよ!」


 荷車の向こうから、苦しげな声が返ってくる。


 ガミは荷台を押し返そうとしているが、その身体は少しずつ坂下へ押し込まれていた。


 石柱まで、もうほとんど距離がない。


「風魔法――《ウィンド・ブレース》!」


 風が弾けた。


 アンナの放った風が、傾いた荷台の側面へ叩きつけられる。


 横倒しになりかけた荷車が、寸前で踏みとどまった。


「誰か! 来てください!」


 アンナが倉庫の向こうへ叫ぶ。


 だが、返事はない。


 作業員たちは、まだ戻ってこない。


 アンナが助けを呼びに走ろうとした、その瞬間。


 ぐらり。


 風が揺らぎ、荷台が再び傾いた。


 積み荷の木箱が、一斉に軋む。


「っ……!」


 アンナは足を止めた。


 ――駄目だ。


 ――私が離れたら倒れる。


 短杖を両手で握り直し、風を立て直す。


 ガミが荷車の後退を食い止める。


 ティプスタンが牽引棒を押さえ、旋回を止める。


 アンナが風で横転を防ぐ。


 三人のうち、誰か一人でも力を抜けば終わる。


 ギギギギッ――。


 荷車が不気味な音を立てた。


 ティプスタンは歯を食いしばり、牽引棒へしがみつく。


 どれほど耐えていたのか。


 腕の痛みと荒い呼吸で、時間の感覚はとうに失われていた。


 ズズッ。


 ガミの足が滑った。


「ぐっ……!」


 背中が石柱へぶつかる。


 もう後ろへは下がれない。


 荷車の重みが、ガミの肩と胸へ食い込んでいく。


「腕も……脚も……もう、もたねぇ……!」


 ガミの膝が沈む。


 ティプスタンの両腕も震え始めた。


 アンナの風も揺らぎ、短杖を握る腕が小刻みに震えている。


 三人とも、限界だった。


 その時。


 視界の下端で、赤い光が明滅した。


 一度。


 短い間を置いて、もう一度。


「……っ!」


 花弁の中央にある丸い宝石が、鼓動のように明滅している。


 残り時間が一分を切った合図だった。


 ルベッカが加えてくれた計時術式が、力の終わりを警告していた。


「あと一分もない……!」


 疑似魔力が切れれば、荷車の力に押し切られる。


 それまでに、どうにかしなければならない。


 けれど、どうすればいい。


 自分の力だけでは、これ以上は――。


 ――ガミを助けたい。


 ティプスタンが、そう強く願った瞬間。


 胸の奥が脈打った。


 ドクンッ。


「え……?」


 紅の細い光が、ティプスタンの胸元から伸びた。


 傾いた荷車をすり抜けていく。


 その先。


 荷車の向こう側にいるガミへと繋がった。


「なんだ……これ……」


 ティプスタンの中にある疑似魔力が、細い紅光を通してガミの身体へ流れ込んでいく。


 途中で途切れていたガミの魔力の道を、紅の力が繋いでいく。


「これは……」


 ガミは考えるより先に、その力を全身へ巡らせた。


 沈んでいた膝が持ち上がる。


 曲がっていた腕が伸びる。


「これなら……!」


 ガミは石畳を強く踏みしめた。


「いけるっ!」


 ズンッ!


 荷車の後退が止まった。


 ガミを石柱へ押し潰す寸前で。


 中央の宝石は、なおも赤い光を明滅させている。


 その間隔は、少しずつ短くなっていた。


 残された時間は、もう僅かしかない。


「ティプスタン! 向きを戻せ!」


「わ、分かった!」


 ガミが押す。


 ティプスタンが牽引棒を引く。


 アンナの風が、傾いた荷台を支える。


「せーのっ!」


 ガゴンッ!


 排水溝へ落ちていた車輪が、石畳へ乗り上げた。


 荷車が、坂に対して真っすぐな向きへ戻る。


 その時。


「荷車が動いてるぞ!」


「早く固定しろ!」


 倉庫の向こうから、複数の声が響いた。


 馬と固定具を取りに行っていた作業員たちが、血相を変えて駆け戻ってくる。


「車輪止めを!」


 アンナが叫ぶ。


「急げ!」


 作業員たちは後輪へ新しい車輪止めを打ち込み、荷車へ太い縄を掛けた。


 数人がかりで縄を引き絞り、その端を坂上の固定環へ結びつける。


「固定できたぞ!」


 それでもティプスタンは、すぐには手を離さなかった。


 牽引棒を握ったまま、本当に動かないことを確かめる。


 ギシッ。


 荷車は大きく軋んだが、坂を下ることはなかった。


「もう大丈夫だ! 離していいぞ!」


 作業員の声を聞き、ティプスタンはようやく牽引棒から腕を離した。


 ガミも荷車を押していた両手を下ろす。


 アンナが短杖を下ろした。


 三人が荷車から数歩離れた、その時。


 胸元の丸い宝石が、ひときわ速く明滅した。


 一度。


 二度。


 三度。


 そして――。


 ふっ。


 宝石から赤い色が抜け落ち、透き通った無色へと変わった。


 全身を巡っていた疑似魔力が消える。


 同時に、ティプスタンとガミを結んでいた細い紅光も消えた。


「はぁ……はぁ……」


 アンナはその場に膝をついた。


 ティプスタンも片膝をつき、荒い息を繰り返す。


 ガミは自分の両手を見つめた。


 拳を握る。


 開く。


 もう一度、強く握った。


「ガミ!」


 ティプスタンが心配そうに顔を覗き込む。


「怪我は?」


「ねーよ」


 ガミは短く答えた。


「ティプスタン」


「ん?」


「今のは、お前の力か?」


「たぶん……」


「ふぅん」


 ガミの口元が、ゆっくりと吊り上がった。


「ティプスタン」


「何?」


「俺様を、絶対にコロシアムに連れていけ」


「なんで僕が連れていくことになるのさ」


「今の力がありゃ、俺様も戦えんだろ!」


「いつでも使えるとは限らないよ」


「だったら使えるまで特訓だ!」


「そんな簡単に言わないでよ!」


 言い争う二人を見て。


「ふふっ……」


 アンナが小さく笑った。


 ようやく呼吸も落ち着いてきたらしい。


 その間にも、作業員たちは荷車の周囲を慌ただしく動き回っていた。


 外れた角材を調べ、後輪や車軸に異常がないか確かめる。


 固定用の縄をもう一本追加し、荷崩れが起きていないか、木箱を一つずつ点検していった。


「車輪に異常はない!」


「積み荷も無事だ!」


「縄をもう少し張ってくれ!」


 ティプスタンは石畳へ座り込み、痛みの残る両腕を揉んだ。


 何度か深く呼吸を繰り返すうちに、激しく鳴っていた心臓も、少しずつ落ち着いていく。


 やがて、荷車を確認していた作業員の一人が大きく息を吐いた。


「よし。これでもう動かない」


 その時。


 ティプスタンの胸元へ、かすかな熱が戻った。


「あ……」


 透明になっていた中央の宝石へ、内側から赤い色が広がっていく。


 じわりと元の丸い赤色を取り戻していった。


 《インスクリプト・ヴァーミリオン》の効果が切れてから、三分。


 再び使用できる状態になったのだ。


 五枚の花弁のうち、先ほど使用した一枚は透明なまま。


 その中央では、丸い宝石だけが元の赤色へ戻っている。


 ティプスタンは、その宝石へ指先で触れた。


 以前、ルベッカに三分間の経過が分かりづらいのだと何気なく漏らした。


 その言葉を覚えていた彼女が、花弁中央の宝石へ新たな計時術式を加えてくれたのだ。


 あの明滅がなければ、力が切れるのも分からないまま、牽引棒へしがみついていたかもしれない。


 ティプスタンは心の中でルベッカへ感謝し、宝石から指を離した。


 その隣で、アンナが額に滲んだ汗を手の甲で拭い、制服の胸ポケットへ手を入れた。


 中から折り畳んだハンカチを引っ張り出す。


 その時。


 ハンカチの端に引っかかり、一枚の金属製カードが一緒に飛び出した。


 カラン。


「あっ」


 カードは石畳へ落ち、そのままガミの足元まで滑っていく。


 アンナが手を伸ばすより早く、ガミが拾い上げた。


「なんだ、これ……」


「ちょっと、それ返してください!」


 ガミはカードを返そうとして――ふと、その左上に目を止めた。


 星形の穴には、小さな赤い宝石が埋め込まれている。


「お前、★モノステラじゃねーか!」


「だから返してってば!」


 アンナは慌ててカードを取り返した。


「遠くから魔法が撃てて、そのうえ一つ星……」


 ガミがアンナを上から下まで見つめる。


「な、なんですか?」


 アンナは警戒するようにカードを胸元へ抱えた。


 ガミの口元が、にやりと吊り上がる。


「決めた!」


「何をですか?」


 ガミは、びしっとアンナを指さした。


「お前が五人目だ!」


「……はい?」


「俺様たちと、ククルシア代表選抜戦のグループ戦に出ろ!」


「嫌です!」


 間髪入れずに返された。


「なんでだよ!」


「頼み方ってものがあるでしょう!」


「俺様が誘ってやってんだぞ!」


「だから、その言い方が嫌なんです!」


「んだと!?」


 ガミが食ってかかろうとする。


「待って、ガミ!」


 ティプスタンは慌てて二人の間へ入った。


「なんだよ!」


「そんな誘い方じゃ、断られて当然だよ!」


「じゃあ、お前が誘えよ!」


 ティプスタンは小さく息を吐き、アンナへ向き直った。


「ごめんね、アンナさん」


「いえ。ティプスタン君が謝ることじゃないですけど」


 アンナはじとっとした目で、その後ろにいるガミを見る。


 ティプスタンは気を取り直し、改めて口を開いた。


「あの……僕たち、ククルシア代表選抜戦のグループ戦に出ようと思ってるんだ」


「はい……」


「でも、グループ戦は五人必要で、まだ一人足りないんだ」


「それで、私を?」


「うん」


 ティプスタンは、アンナが持つギルドカードへ目を向けた。


「参加する五人のうち、三人以上が一つ星じゃないといけないんだ。僕たち四人の中で一つ星なのは、僕とミミリルだけだから……五人目は絶対に一つ星以上の人じゃないと参加できなくて」


「なるほど……」


 アンナは手の中のカードへ視線を落とした。


 赤い星を、親指でそっとなぞる。


「それだけじゃないんだ」


 ティプスタンは、固定された荷車を振り返った。


「さっき、アンナさんが助けてくれたでしょ?」


「私は風で支えただけですよ」


「それでもだよ」


 ティプスタンは首を横に振った。


「僕とガミだけだったら、どうなってたか分からなかった」


 傾いた荷台。


 石柱へ押し込まれるガミ。


 牽引棒へしがみつく自分。


 アンナが荷車の横転を防いでくれたからこそ、三人で持ちこたえることができた。


「僕たち、近くで戦う人ばかりなんだ。だから、アンナさんみたいに離れた場所から魔法を使えて、周りを見て動ける人が来てくれたら……すごく助かると思う」


「ティプスタン君……」


「もちろん、急に言われても困ると思うし、無理にとは言わないよ」


 アンナは答えなかった。


 手の中にあるギルドカードを、じっと見つめている。


 何かを考え込んでいるように見えた。


「アンナさん?」


「あ……」


 アンナが顔を上げる。


「ごめんなさい。ちょっと、考え事をしてました」


「そっか」


 ティプスタンはそれ以上聞かなかった。


 アンナは、もう一度だけ手の中の赤い星へ目を落とす。


 ククルシアの代表になれば――レグリアへ行ける。


「…………」


 アンナはカードを胸元へ抱いた。


「少し、考えさせてもらえませんか?」


「もちろん」


 ティプスタンはすぐに答えた。


「急に誘ったのはこっちなんだから。ゆっくり考えてよ」


「……ありがとうございます」


 アンナはほっとしたように微笑んだ。


 その瞬間。


「よっしゃ! 五人目決定だぜ!」


 ガミが拳を突き上げた。


「「だから、まだ決めてない!」」


 アンナとティプスタンの声が重なった。


 二人は顔を見合わせた。


 そして同時に、呆れたような笑いをこぼした。


 その背後では、作業員たちが固定を終えた荷車から、ずれた木箱を慎重に下ろしていた。


 参加条件を満たす五人目は、まだ決まっていない。


 アンナが仲間になるかどうかも、まだ分からない。


 ただ。


 何もなかった場所に、小さな可能性が生まれていた。


 ティプスタンの視線が、アンナの手の中へ向かう。


 そこには、小さな赤い星。


 冒険者として積み重ねてきたものを認められた証。


 信頼の証。


 今日出会ったばかりのアンナと、自分たちの間には、まだそれはない。


 互いのことすら、ほとんど知らない。


 だから。


 これから知っていけばいい。


 少しずつ、積み重ねていけばいい。


 三人で立て直した荷車は、太い縄に繋がれ、坂の途中で静かに止まっていた。


 荷車を固定する縄だけが、風を受けてかすかに震えていた。



★28話に続く★

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