第二話『旅のはじまり』
ククルシア共和国――
それは、グラン・エルヴス山脈の内部に広がる「星腕国家」の一つ。
星腕国家とは、山脈に沿って点在する国家群の総称である。
その中でもククルシアは、比較的なだらかな地形に位置し、外部との往来がしやすい国として知られている。
肥沃な平原と小高い丘。
無数に流れる川と、点在する湖。
その豊かな水源と土地を基盤に、交易と冒険者によって成り立つ共和国家である。
そして――
首都ククルシア。
石造りの城壁に囲まれ、赤レンガの建物が並ぶその街は、星腕国家の中でも屈指の交易都市として栄えていた。
「ここがククルシアかぁ……」
ティプスタンは、丘の上から街を見下ろしていた。
石の城壁。
規則的に並ぶ建物。
そして、門へと吸い込まれていく人の流れ。
「交易都市です」
隣でルベッカが淡々と説明する。
「ククルシア共和国の首都。星腕国家の中でも、特に治安の安定した都市です」
「共和国?」
「王はいません。市民が政治を行う体制の国家です」
「すごい国なんだね」
「冒険者の街なんだゾ!」
ミミリルが腕を組み、胸を張る。
ピョコリと耳が跳ねた。
城門をくぐった瞬間――
世界が一変した。
「……っ」
人。
人。
人。
石畳の大通りを埋め尽くす人の波。
露店の列。
響き合う声と音。
「焼きたてパンだよー!」
「川魚、安いぞ!」
「荷を運べ!急げ!」
香ばしい匂い。
獣の匂い。
鉄と油の匂い。
すべてが混ざり合い、押し寄せてくる。
「すごい……」
ティプスタンは完全に見入っていた。
パン屋。
果物屋。
鍛冶屋。
行き交うのは――
獣人。
そしてヒューマン。
だが、エルフやドワーフの姿はほとんど見えない。
ネクロクレイマンは……
区別がつかない。
ミミリルの耳が、興奮したようにピコピコと忙しなく動いている。
ルベッカは肩をすくめた。
ティプスタンは、ただ夢中で歩く。
すべてが新しい。
すべてが眩しい。
そのとき。
びゅうっ――
強い風が通りを駆け抜けた。
ティプスタンのマントが、大きくめくれ上がる。
「……」
一瞬の静寂。
ミミリルの耳がぴたりと止まる。
ルベッカが視線を逸らす。
そして――
「服を探しましょう」
静かな声。
「そ、そうだゾ!」
「え?」
ティプスタンは状況を理解していない。
「マントしか着てないの忘れてたゾ」
「……あ」
ようやく理解した。
完全に忘れていた。
ミミリルがティプスタンの腕を引く。
耳も前にぴょこんと傾く。
「とにかく服だゾ!」
「この先に総合装備店があります」
ルベッカが歩き出す。
「行きますよ」
ティプスタンはマントを押さえながら、小走りで後を追った。
☆
石畳に、コツ、コツ、と軽やかな音が響く。
新しいブーツだった。
「……なんか、まだ慣れないな」
ティプスタンは自分の姿を見下ろす。
擦れた革の上着。
しっかりしたズボン。
厚手のブーツ。
そして、深い赤のマント。
腰には小ぶりなナイフ。
ほんの数時間前まで何もなかったとは思えない。
「似合ってるゾ!」
ミミリルが笑う。
「そ、そうかな?」
「ねっ?」とルベッカに同意を求めるミミリル。
「そうですね。初級冒険者装備としては平均です」
「平均って褒めてるの?」
「はい」
ミミリルがケラケラ笑った。
耳も小刻みに揺れる。
「……あのさ。ほんとにこれもらっていいの?」
「問題ありません」
即答だった。
「誕生日プレゼントだゾ!」
ミミリルが割り込む。
「え?」
「ティプスタンの誕生日プレゼントだゾ!」
満面の笑み。
ティプスタンは一瞬キョトンとして、ミミリルとルベッカを見た。
ルベッカは小さく頷く。
「そういうことです」
ティプスタンは苦笑して頬をかく。
「……ありがとう」
「では、次です」
ルベッカが歩き出す。
「冒険者ギルドへ向かいます」
☆
「ここだゾ!」
ミミリルがぴょこんと跳ねるように前へ出て、勢いよく指を伸ばした。
その先を追って、ティプスタンは顔を上げる。
そこには、古びているのに、どこか“生き生き”とした建物があった。
くすんだ木材と、無骨な石で組まれた外壁。
色は褪せ、表面には細かな傷や擦れがいくつも刻まれている。
一見すれば、ただの年季の入った建物――。
けれど。
中からは笑い声や怒鳴り声が漏れ聞こえる。
窓の向こうでは、誰かが手を振り、誰かが机を叩き、誰かが肩を組んでいた。
入口の上には、少し傾いた看板。
擦り減った文字が、それでも力強く――ここが冒険者ギルドであると主張していた。
思わず、ティプスタンの口元がわずかに緩む。
――なるほど。
ここは、ただの建物じゃない。
ミミリルが勢いよく扉を押し開けた――
その瞬間。
空気が変わった。
酒の匂い。
ぶつかるジョッキの音。
荒々しい笑い声。
ほこりっぽい匂い。
冒険者たちの熱気が、空間そのものを満たしていた。
「すごい……」
思わず漏れる声。
「登録を済ませましょう」
ルベッカは迷いなく受付カウンターへ向かった。
そこには、落ち着いた雰囲気の女性がいた。
「ようこそ、冒険者ギルドへ」
穏やかな声。
「冒険者の登録手続きをお願いします」
「かしこまりました」
そう言って、受付嬢は後の棚からスクロールを一つ取り出した。
そして、受付カウンターの前にそれを広げる。
縦に長い羊皮紙。
下部には大きな円形魔法陣。
そこから枝分かれする線。
その先に六つの円形魔法陣。
さらに細かな分岐がある。
種族の系統を示す魔導具だった。
「まずは種族判別をさせて頂きます」
「はい」
ルベッカが頷く。
「私は既に登録済みですので、こちらの二人をお願いします」
「了解しました」
「え、僕もやるの?」
「やるゾ!」
ミミリルがティプスタンの腕を引っ張る。
耳が楽しそうに揺れている。
「せっかくだし、一緒に登録するゾ!」
「……うん」
ティプスタンは頷いた。
「では、こちらへ手を置いて下さい」
受付嬢が一番大きな円形魔法陣を指さした。
ミミリルが手を置く。
受付嬢が詠唱を行う。
すると――
ジワッと。
赤いシミのようなものが滲み出した。
それは枝を這い上がり、分岐し、やがて一つに辿り着く。
「ふむふむ。ドワーフ型のネクロクレイマンですね」
受付嬢が言った。
それを確認して、羽ペンで羊皮紙に何かを記入する受付嬢。
「そうだゾ!」
ミミリルが胸を張る。
耳がピョコンと跳ねる。
次はティプスタンの番。
同じように手を置く。
赤いシミが流れる。
止まる。
「ふむふむ。ヒューマン型のネクロクレイマンですね」
同じく、羊皮紙に何かを記入する受付嬢。
ミミリルが覗き込む。
そして言った。
「ハズレだね」
「そうですね」
ルベッカが追従する。
「えっ?ハズレ?どうゆうこと?」
「ヒューマンは最も信頼性に欠ける種族なのです。ゆえに、ネクロクレイマンの中ではハズレタイプという認識が一般的です」
ルベッカが銀縁眼鏡を上げる。
「ヒューマンとは……」
短命な種族であること。
一貫性がないこと。
信仰をコロコロ変える節操の無さ。
欲望に弱く、いつも戦争をしていること。
などなどが、ルベッカの口からペラペラと並べられる。
ティプスタンの表情が曇る。
ミミリルの耳も下がる。
――コホン。
受付嬢が軽く咳払いをした。
ルベッカがハッとした表情になる。
「失礼。登録の途中でした」
ルベッカは受付嬢に向き直り、手続きを進めた。
落ち込むティプスタンを見かねたミミリルが声をかけた。
「……でもね!」
耳がピンッと跳ねる。
「寿命が短いから、今を全力で楽しく生きられるんだゾ!ミミリルは好きだな〜」
空気が、少しだけ和らぐ。
「ミミリル……」
ティプスタンの口角が自然と上がった。
「こちらが――お二人の冒険者証、通称ギルドカードになります」
受付嬢は微笑みを浮かべながら、小さな板状のカードを二枚差し出した。
ティプスタンとミミリルはそれを受け取り、まじまじと眺める。
手のひらほどの大きさの金属製のカード。
「……なんか、穴が空いてるゾ?」
ミミリルがカードをかざして穴をのぞき込む。
カードの左上には、小さな星型の穴が一つ空いていた。
受付嬢はこくりと頷く。
「はい。それがランクを示す印です。現在のお二人は――☆ノヴァ。まだ星を持たない状態です」
そう言って、受付嬢は冒険者ランクのガイドシートをカウンターに提示した。
☆星無し
ノヴァ(Nova)
まだ星を持たない駆け出し冒険者。
ギルドに登録したばかりの新人。
★一つ星
モノステラ(Mono Stella)
一定量の依頼をこなした経験のある冒険者。
基本的な依頼を任されるようになる。
★★二つ星
デュオステラ(Duo Stella)
特定の依頼をこなした経験のある冒険者。
危険度の高い依頼にも参加できる。
★★★三つ星
トライステラ(Tri Stella)
緊急依頼をこなした経験のある冒険者。
ここからグラン・エルヴスの入山を認められる。
★★★★四つ星
テトラステラ(Tetra Stella)
特殊緊急依頼をこなした経験のある冒険者。
ギルド協会・国・都市から直接依頼要請がある。
★★★★★五つ星
ペンタステラ(Penta Stella)
特殊緊急依頼を高確率で達成できる実績のある冒険者。最高位。
あらゆる権限を付与される。
現在、世界に数人しか存在しない。
「一つ星★――モノステラになると、そこの星型の穴にスタールビーが一つ嵌め込まれます」
「へぇ……」
「以降、ランクが上がるごとに星は増えていきます。ランクが上がるということは、冒険者の経験と実績が認められたことを意味します。それに伴い、通常は受けられない依頼を受けられるようになりますし、ギルド協会や国などから直接依頼要請が届くこともあります」
少しだけ声を落とし、続ける。
「五つ星★★★★★――ペンタステラ。最高位ともなれば、五つの宝石が埋め込まれた状態となります。最高ランクの実力と実績が認められた証です。一国の王以上の権限が付与されることもあります」
シートを見つめるティプスタンの手に力が入る。
ペンタステラ。
――の方ではなく、トライステラ。
文面に記載された「グラン・エルヴス」という文字をじっと見つめるティプスタン。
受付嬢は柔らかく微笑む。
「なお、このカードには魔力認証が施されています。本人以外が使用することは出来ません」
「そんなすごい物なんだ……」
「はい。依頼の受注、報酬の受け取り、身分証明――すべてこのカード一枚で行います。紛失には十分お気をつけください」
ティプスタンは小さく息を呑み、もう一度カードを見る。
まだ何も埋まっていない星。
空っぽの証。
――けれど。
「……これが、僕のギルドカード」
ぽつりと呟いたその声に、受付嬢は優しく頷いた。
「はい。あなたの物語は、そこから始まるのです」
ティプスタンはゆっくり頷いた。
そのとき。
ぐうぅぅぅ……
ミミリルのお腹が鳴った。
「腹が減っては戦はできぬだゾ」
耳がぐったりしている。
「まずはご飯だゾ!」
元気に歩き出そうとする。
――しかし。
「待ってください」
ルベッカが止めた。
二人が振り向く。
「資金が尽きました」
「「え?」」
完全に同時だった。
「先ほどの登録料で、残金はゼロになりました」
静かな宣告。
沈黙。
ミミリルの耳が、ゆっくりと垂れる。
「そんな……あんまりだゾ」
ティプスタンも固まる。
「つまり」
ルベッカが続ける。
「収入を得る必要があります」
一拍。
ミミリルの耳が、ぴんっと跳ね上がる。
「依頼をこなすゾ!!」
「うん!」
「同意です」
三人は冒険者用掲示板へ向かった。
☆三話に続く☆




