↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ELVES《エルヴス》―命の器の継承者―  作者: 克
Resonance/空白の少年編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/54

第3話『邂逅』

 冒険者ギルド――依頼掲示板の前。


 ティプスタンたちは、壁一面に貼られた依頼書を見上げていた。


 討伐。


 護衛。


 素材採取。


 遺失物の捜索。


 中には、街中の雑用まである。


「こんなにあるんだ……」


 ティプスタンが感心したように呟く。


「冒険者の街だからな! 依頼だっていっぱいあるゾ!」


 ミミリルが得意げに胸を張った。


 頭につけたウサギ耳も、それに合わせるようにぴんと立つ。


 その隣で、ルベッカだけは浮かれる様子もなく、掲示板を端から端まで見渡していた。


「戦闘依頼は却下ですよ」


「でも、こういうのカッコいいゾ」


「却下です」


「早いゾ!」


 抗議するようにウサ耳が跳ねる。


「前衛を任せられる者がいれば話は別です。ですが、ティプスタンは生まれたばかりで戦闘経験なし。ミミリルは探索向き。私は研究職です」


 ティプスタンは黙って自分の手を見る。


 確かに、戦っている自分など想像もつかない。


 つい先ほどまで、この世界に存在すらしていなかったのだ。


「ですので、今は採取か捜索が妥当でしょう」


 ルベッカは迷いなく一枚の依頼書を剥がした。


『薬草採取』


 ククルシア南の森に自生する、


《チドメ草》三十束。


《ヤスラギ草》三十束。


 その採取。


 ティプスタンが横から依頼書を覗き込む。


「これなら僕にもできそうだね」


「危険が少なく、報酬も確実です。今の我々には十分でしょう」


「ご飯は、いっぱい食べられるかの?」


 ミミリルが真剣な顔で尋ねた。


「そこそこ食べられます」


「そこそこかぁ……」


「ただし、宿代までは厳しいので野宿です」


「うへぇ……」


 途端にウサ耳が垂れた。


 ルベッカは気にする様子もなく、再び掲示板へ視線を戻す。


「加えて、これも受けます」


 一枚。


 もう一枚。


 さらに一枚。


『森道で落とした猫目石の捜索』


『東の林道で失くした銀の腕輪の捜索』


『森で落とした真珠の首飾りの捜索』


「えっ、四つも?」


 ティプスタンが目を丸くする。


「薬草の採取場所へ向かう途中に、いずれの捜索範囲も含まれています。同じ場所を通るのであれば、まとめて受けた方が効率的です」


「なるほど……!」


「ついでに探せばいいんだな!」


 ミミリルの耳が再び立ち上がる。


「宝探しみたいで楽しそうだゾ!」


「遊びではありませんよ」


「でも、ちょっとくらい楽しんでもいいゾ!」


 ルベッカは小さく息をついた。


「依頼を達成できるのであれば、好きにしてください」


「うん!」


 こうして四つの依頼を受注した三人は、ククルシア南の森へ向かった。


 

☆


 

 城門を抜けると、石畳は次第に土の道へ変わっていった。


 街の喧騒も遠ざかり、代わりに草木を揺らす風の音が聞こえてくる。


 やがて三人の前に、深い緑に覆われた森が現れた。


「森だゾ!」


 ミミリルが真っ先に駆け込んでいく。


「離れすぎないように!」


「分かってるゾ!」


 返事はすでに少し遠い。


 森へ入ると、空気がひんやりと変わった。


 木々の隙間から細い光が差し込み、湿った土と青い草の匂いが漂っている。


 ルベッカは懐から手鏡型の魔導具を取り出した。


「まずはチドメ草から探しましょう。湿気の多い日陰に生えやすい植物です。川沿いを中心に探します」


 鏡を正面に掲げる。


「リフレクト・アクティベート」


 紫色の光が走り、鏡面に植物が映し出された。


 丸みを帯びた葉。


 赤みのある茎。


「これがチドメ草です」


 鏡面に触れると、別の植物へ切り替わる。


「そして、こちらがヤスラギ草」


「これは知らない草だゾ」


 ミミリルが首を傾げた。


「そうですか? ヤスラギ香の原料ですよ」


「ヤスラギ香?」


 ルベッカがミミリルを見る。


「精神と身体を鎮めるための香です。ネクロクレイマンが《スプリ》を行う際、痛みを和らげる目的で、よく使われるそうですが」


 沈黙。


 ミミリルの表情が固まった。


「……痛み、和らぐの?」


「一般的にはそのようです」


「…………」


「知らなかったのですか?」


 次の瞬間。


「道理で痛かったわけだゾ!!」


「知らなかったの?」


「知らなかったゾ! ……たぶん」


 ミミリルが頬を膨らませる。


 ティプスタンは苦笑した。


「終わったことは仕方ありません。それより、採取を始めますよ」


 三人は川の流れる方向へ進んだ。


 しばらくして。


「これじゃない?」


 ティプスタンが足元の草を指さす。


 ルベッカは一瞥した。


「違います」


「そっかぁ……」


「葉の形も茎の色も違います」


 ティプスタンが肩を落とす。


 少し離れた場所では、ミミリルが茂みの中を覗き込んでいた。


「あっ!」


 草むらへ手を伸ばし、一株摘み上げる。


「これは?」


 ルベッカが確認する。


「正解。それがヤスラギ草です」


「やったゾ!」


 ミミリルが胸を張る。


「ウチ、探索は得意だからな!」


「頼もしいね」


 ティプスタンが笑った。


 そこからは早かった。


 ルベッカが地形と植物の生育条件から場所を絞り、ミミリルが次々と薬草を見つけていく。


 ティプスタンも懸命に探した。


 探したのだが――


「これは?」


「雑草です」


「じゃあ、こっちかな?」


「毒草です。触らないでください」


「危なっ!」


 残念ながら、ほとんど役には立たなかった。


 昼を過ぎる頃には、必要な薬草がすべて集まっていた。


「三十束ずつ。数も問題ありません」


 ルベッカが採取袋の中身を確認する。


「終わったぁ……」


 ティプスタンが大きく伸びをした。


 ついでに森道や林道の周辺も探したが、残り三つの依頼品は見つからなかった。


「猫目石も、腕輪も、首飾りもなかったね」


「遺失物の捜索は、元々成功率が高くありません。薬草だけでも十分です」


 ミミリルが身を乗り出す。


「これでやっと、ご飯が食べられるゾ!」


「宿はありませんが」


「それより、今はお腹ペコペコで倒れそうだゾ! な? ティプスタン」

 

「う、うん」


 三人はそんな会話を交わしながら、ククルシアへの帰路についた。


 

☆


 

 森を抜けるには、まだ少し距離があった。


 行きとは違い、三人の足取りは軽い。


 初めての依頼で、ひとまず成果は得られた。


 あとは街へ戻り、報酬を受け取るだけ。


 ――そのはずだった。


 ティプスタンが足を止める。


「……ん?」


 鼻の奥に、かすかな違和感が残った。


 鉄のような。


 生臭いような。


「どうしました?」


 ルベッカが振り返る。


「今、変な匂いがした」


 ミミリルも足を止め、周囲を見回す。


 頭につけたウサギ耳型の魔導具が、ぴくりと動いた。


「なんか、嫌な気配がするゾ」


 ルベッカの表情から柔らかさが消えた。


「警戒してください」


 三人の声が止む。


 静かな森に、葉の擦れる音だけが残った。


「……うっ」


 かすかな呻き声。


 三人は一斉に振り向いた。


「今の……」


 ティプスタンが声のした方へ目を凝らす。


 木々の間。


 太い木の根元に、何かが倒れている。


「獣……?」


 灰色の毛が見えた。


 だが、身体の形は人間に近い。


 三人は慎重に距離を詰める。


 灰色の狼耳。


 褐色の肌。


 引き締まった身体。


 獣人の少女だった。


 服は裂け、身体のあちこちに深い傷が刻まれている。


「ひどい……!」


 ティプスタンは反射的に駆け出した。


「待ってください、ティプスタン!」


 ルベッカの制止は間に合わない。


 少女の傍らへ膝をつき、顔を覗き込む。


 呼吸は浅い。


 それでも、まだ生きている。


「大丈夫!? 聞こえる?」


 少女の瞼がわずかに動いた。


 琥珀色の瞳が、ぼんやりとティプスタンを捉える。


「……誰だ、お前」


 掠れた声だった。


「冒険者だよ。今、手当てするからね」


「冒険者……」


 ミミリルも駆け寄り、傷口を見て息を呑んだ。


「血がすごいゾ……!」


 ルベッカはすぐに採取袋を開いた。


「チドメ草を使います」


 草を潰し、傷口へ当てる。


 ミミリルは自分の布を裂き、手早く患部へ巻いていった。


 ティプスタンは少女の身体を支え、水筒を口元へ近づける。


「少しずつ飲んで」


 少女はわずかに水を口に含んだ。


「大丈夫だからね」


「…………」


 苦しそうに、少女は言った。


「変なやつだな、お前ら」


「そうかな?」


「普通……知らないやつに、そこまでしねぇだろ」


 ティプスタンは少し考えた。


「生まれたばかりだから、普通がまだよく分からないよ」


 少女が一瞬、黙る。


「……やっぱ変だな」


 張り詰めていた空気が、ほんのわずかに緩んだ。


 ――ざっ。


 背後で、草を踏む音がした。


 少女の表情が凍りつく。


 ティプスタンたちは同時に振り返った。


 木々の間に、一人の男が立っていた。


 二メートル近い巨体。


 赤銅色の肌。


 岩のように盛り上がった筋肉。


 灰色の短髪と顎髭。


 額には大きな傷が走っている。


 そして何より異様なのは、その目だった。


 黒く染まった結膜の中で、深紅の瞳だけが鈍く光っている。


 ティプスタンの背筋を、冷たいものが這った。


 腕の中の少女が震えている。


 男は三人を見渡し――ティプスタンを見据えた。


 露骨な嫌悪が、その顔に浮かぶ。


「……ヒューマンのガキか」


 吐き捨てるような声。


 ティプスタンの身体が勝手に強張った。


 怖い。


 理由など分からない。


 ただ、本能が逃げろと告げている。


 男は倒れている獣人の少女へ視線を移した。


「ヒューマンはどいてろ」


 低い声が森に響く。


「そいつに用がある」


 ティプスタンの喉が鳴った。


 足が震える。


 逃げたい。


 今すぐ、この場から離れたい。


 けれど。


 腕の中には、傷だらけの少女がいる。


 ここを退けば、この子はどうなる。


 そう思った瞬間、震えていた足に力が戻った。


「……いやです」


 小さな声だった。


 男の眉が動く。


「何だと?」


 ティプスタンは唾を飲み込んだ。


「この人は怪我してるんです。それに、震えてる」


 男の口元が歪む。


「オレがつけた傷だからな」


「……!」


 ミミリルがすぐにティプスタンの前へ出た。


「それ以上近づくな!」


 ルベッカも手鏡型の魔導具を構える。


「接近は控えてください」


 ルベッカが告げる。


「控えなかったら?」


「抵抗します」


 男はしばらく三人を眺めていた。


 やがて、心底面倒そうに息を吐く。


「……殺すか」


 男が地面を蹴った。


「っ!」


 姿が消えた。


 そう錯覚するほどの速さだった。


 ティプスタンが反応するより早く、風圧が頬を打つ。


 気づけば目の前に、小さな背中が飛び込んでいた。


「ミミ――」


 鈍い音。


 何が起きたのか、分からなかった。


 男の腕が、ミミリルの腹部を貫いている。


「…………」


 ティプスタンの思考が止まった。


 ミミリルの身体が、小さく揺れる。


 ウサ耳が力なく震えた。


「ミミ……リル?」


 ようやく声になった。


 ミミリルはゆっくり振り返る。


 口元が震えている。


「……無事か……?」


「なんで……」


 掠れた声しか出ない。


 ミミリルは笑おうとした。


 いつものように。


 けれど――笑顔にはならなかった。


 ごぼっ。


 口元から血が溢れる。


 ティプスタンの目が見開かれた。


 男が腕を引き抜く。


 支えを失ったミミリルの身体が、その場へ崩れ落ちた。


「ミミリル!!」


 ティプスタンの叫びが森に響いた。


 小さな身体が地面の上で、微かに震えている。


 男はそんなミミリルを一瞥しただけだった。


「くだらん」


 興味すら失ったような声だった。


「やれやれ……」


 森の奥から、しわがれた声が届いた。


「ちょっと見せてもらうだけで良かったのじゃがのぉ」


 木陰から、一人の老人が姿を現した。


 赤銅色の肌。


 黒い結膜と深紅の瞳。


 片眼鏡をかけ、白い髪と長い髭を垂らしている。


 腰は曲がり、一本の杖をついていた。


 見た目だけなら、ただの老人だった。


 ――なのに。


 老人が一歩、こちらへ近づく。


 それだけで、森の空気が変わった。


 鳥の声が消える。


 虫の羽音さえ聞こえなくなる。


 獣人の少女が、歯を鳴らすほど震えている。


 ルベッカの頬にも一筋の汗が流れる。


 ティプスタンは、息をすることすら忘れそうになった。


 顎髭の男とは違う。


 何が違うのかは分からない。


 ただ――関わってはならない何か。


 そんな感覚だけがあった。


 老人の深紅の瞳が、ゆっくりとこちらへ向く。


 その視線が触れただけで、全身から嫌な汗が噴き出した。


「…………」


 老人は何も言わない。


 その沈黙を破ったのは、傷ついた獣人の少女だった。


 震える手を腰へ伸ばす。


 小さな革袋を掴むと、残った力を振り絞るように老人へ投げた。


「……これ、だろ」


 老人は片手で受け取った。


 それを見届けた途端、少女は糸が切れたように意識を失う。


「ふぅむ……」


 老人が袋の口を開き、中身を覗き込んだ。


 顎髭の男が尋ねる。


「どうです?」


 しばらくして。


 老人がつまらなそうに鼻を鳴らした。


「ガラクタばかりじゃのぉ」


 顎髭の男は肩をすくめた。


 老人は次に、地面へ倒れているミミリルへ視線を落とした。


「可哀想にのぉ」


 言葉とは裏腹に、その声は冷たかった。


「無駄死にじゃったのぉ」


 ティプスタンの胸の奥で、何かが軋んだ。


 老人は革袋を獣人の少女の傍らへ放り投げる。


「行くぞい」


「はっ」


 それだけだった。


 二人は何事もなかったかのように背を向け、森の奥へ歩いていく。


 追う者はいない。


 追える者など、いなかった。


 やがて、二人の気配が完全に遠ざかる。


 森に静けさが戻った。


 誰も動けなかった。


「……ミミリル」


 最初に声を出したのは、ティプスタンだった。


 腕の中で意識を失っている少女を、そっと地面へ横たえる。


 そして、ふらつく足でミミリルへ近づき、その傍らに膝をついた。


「ミミリル……」


 震える手で、その身体を抱き起こした。


 返事はない。


「ミミリル!」


 ルベッカも駆け寄る。


「聞こえますか! 返事をしてください! ミミリル!」


 いつも淡々としている声が、わずかに揺れていた。


「ミミリル!」


 反応はない。


 さっきまで微かに動いていたウサ耳も、今は力なく垂れている。


 ティプスタンの頭が真っ白になった。


 どうすればいい。


 何をすれば助かる。


 何一つ分からない。


 ただ、腕の中の身体から温もりが失われていくことだけは分かった。


「……嫌だ」


 掠れた声が漏れる。


 自分に名前をくれた。


 誕生日を祝ってくれた。


 ほんの少し前まで、くだらないことで笑っていた。


 それなのに。


「こんなの……嫌だ」


 ティプスタンはミミリルを抱きしめる。


 離したくなかった。


「ミミリル……」


 胸の奥が焼けるように熱い。


 視界が滲む。


 耳鳴りがする。


 目の前の景色が、ゆっくりと遠ざかっていく。


 そして――


 ティプスタンの意識は、そこで途絶えた。


 

☆4話に続く☆

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。