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ELVES《エルヴス》―命の器の継承者―  作者:
Exile/玄冥郷編

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第23話『骸の王』

 アンデッドの襲撃から一夜明けた朝。


 刻継こくけいの里上層は、ひどい有様だった。


 整然としていた白い石畳は血に染まり、白壁の建物には鋭い爪痕が無数に刻まれていた。


 上層を彩っていた低木は踏み荒らされ、石畳には巨大な爪痕と足跡が幾重にも残されている。


 黒い血痕、焼け焦げた跡、崩れた瓦礫――そこかしこに、モンスターたちが暴れ回った痕跡が生々しく刻みつけられていた。


 夜のうちに、クマシゲが密かに仕込んでいたアンデッドモンスターたちは、ユハの詩と、護衛の双子――シーとスー、そしてティプスタンたちの働きによって、どうにか無力化されていた。


 だが、負傷者は多い。


 重症を負った者もいる。


 恐怖で膝を抱えたまま動けなくなっている者もいた。


 その混乱の中で、さらに別の事実も明らかになった。


 ローワンが牢屋に閉じ込められていたのだ。


 ローワンは骸場がいばでのアンデッド発生後、センリョウに下層支援を強く訴えていた。


 だが、その際に、センリョウが呪怨持ちであることを知ってしまった。


 焦ったセンリョウは、ローワンに因縁をつけ、無実の罪を着せ、牢へ入れていた。


「ったく……腐ってやがるぜ」


 フラットが吐き捨てるように言った。


 ローワンは黙っていた。


 その表情には、単なる疲労ではない、重く沈んだ影が差している。


 上層の現実を知ってしまったからだ。


 信じていたものを踏みにじられたような失望が、静かに彼の目に滲んでいた。


 それでも――牢から解き放たれた彼の瞳には、なお戦う者の光が消えてはいなかった。





「アッシュ!」


 マー教授の声が、上層の中央広場に響いた。


 アンデッドモンスターの残骸が、音もなく崩れ始める。


 骨。

 腐った肉。

 黒ずんだ毛皮。


 それらが灰へと変わっていく。


 まるで、そこだけ時間が早送りされたかのように、残骸は細かな灰となって、さらさらと地面へ積もっていった。


「な、なんだありゃ……」

「骸が……消えた……?」

「どうなってんだ……?」


 周囲の上層住民たちが、ざわざわとどよめく。


 マー教授は屈み込み、地面に置いていた円盤型の魔導具を拾い上げた。


 直径は、コップ用のコースターほど。


 表面には微細な魔法陣と刻印紋様が刻まれており、中央には小さな紫色の魔石が埋め込まれている。


 ローワンが、眉をひそめた。


「マー殿。それは……なんですか?」


 マー教授は丸渕眼鏡を押し上げ、少し得意げに言った。


灰録円盤かいろくえんばん。通称アッシュシールを、灰化処理に特化させた改良品です。灰化円盤かいかえんばん――通称アッシュ、といったところですかね」


「アッシュ……」


 ローワンが呟く。


 そこで、ティプスタンが尋ねる。 


「時間の経った骸でも灰にできるんですか?」


「はい。このアッシュなら、ある程度、原形が残っていれば可能です」


 そこで、マー教授は「おや」と言って、灰化した骸の中へ手を伸ばした。


 細かな灰の中から、紫色の鉱石を拾い上げる。


「アッシュシールと同じく、魔鉱石や特殊素材が残ることもあります。ほら。こんなふうに」


「な、なんと!」


 ローワンは驚愕の表情を浮かべた。


 ティプスタンは、さらに気になったことを尋ねた。


「アッシュには、魔石が付いているんですね」


 マー教授は頷いた。


「はい。灰化に特化させた分、回数もこなせるように、出力を上げる必要がありましたから」


「なるほど……」


 広場に集められたアンデッドの残骸が、次々と灰になっていく。


 その光景を見ながら、ティプスタンは胸の奥に重いものを感じていた。


 みんなとは再会できた。


 けれど、喜び合う暇などなかった。


「なんで上層にアンデッドが……」

「本当に、終わったのか……?」

「ユキナガ様は……クマシゲ様はどうなったんだ……?」


 不安と疑念が、上層の広場に広がっていく。


 その時だった。


「静まれぇぇぇ!」


 フラットの大声が、中央広場に響き渡った。


 ざわついていた上層住民たちが、一斉にそちらを見る。


 そこには、イワネが立っていた。


 小柄な身体。

 厚い肩。

 深い皺の刻まれた顔。


 その背後には、フラットと下層兵たち。


 少し離れた場所には、角鱗族のユハと、その護衛であるシーとスーの姿もあった。


 イワネは、上層の人々をまっすぐ見据えた。


 その視線には、長い時を生き、里の痛みを見続けてきた者の重みがあった。


「上層の者たち。よく聞きな」


 低く太い声が、広場に落ちる。


「上層の里長、ユキナガは、すでに死んでいた。お前たちが見ていたユキナガは、クマシゲが操っていた遺体だ。恐らく十年ほど前から、あの男に利用されていた」


 ざわり。


 広場が揺れた。


「ユキナガ様が死んで……?」

「何を言っているんだ……?」

「そんなはずがあるか!」


「黙れ!」


 フラットが、ぎろりと睨んだ。


 大きな猫耳が逆立ち、長い尻尾がぴんと伸びる。


「お前らを襲ったアンデッドと同じだ。クマシゲが魔導具で操作してたんだよ。だいたい、これだけのモンスターを上層に仕込むなんてこと、クマシゲひとりでできるわけねぇだろうが」


 反発しかけた男は、口をつぐんだ。


 イワネは、静かに続ける。


「クマシゲによるアンデッド操作。センリョウとギョウジの裏切り。ユキナガの死。これらが明らかになった以上、今の上層に里を預かれる者はいない」


 上層住民たちの顔に、動揺が走る。


「よって非常時の今、下層の里長であるあたしが、刻継の里全体の指揮を取る」


「で、ですが……下層の里長が、上層の指揮を取るなど……」


「下だ上だと争っている場合じゃないんだよ」


 イワネの声が、静かに広場を押さえつけた。


「今ここで苦しんでいる者は、上層の民でも下層の民でもない。刻継の里の者だ」


 その言葉に、上層住民たちの表情が揺れた。


 イワネは、一歩前へ出る。


「まず一つ、刻継の里すべてに刻み込め」


 広場の空気が、ぴんと張り詰めた。


「五精霊の呪怨は伝染しない。触れても、同じ空気を吸っても、同じ飯を食っても、うつることはない」


「本当なのか……?」

「近づくだけでも危ないんじゃないのか……?」


 不安げな声が、あちこちから漏れた。


 イワネは、そのすべてを受け止めるように、広場を見渡した。


「だが、魔力を使えば悪化する。進行も早まる。これは脅しではない。命に関わる事実だ」


 ざわめきが、今度は別の色を帯びる。


 恐怖だけではない。


 これまで隠されていたものを、急に突きつけられた戸惑いが混ざっていた。


「これより先、呪怨を理由に人を切り捨てることを禁ずる。隠蔽も、差別も、隔離も許さぬ。治療も、識晶も、支援も、刻継の里が一つとなって担う」


「そんなことをすれば、上層の暮らしは――」


「上層の暮らし?」


 フラットの緑色の瞳が、ぎろりと光った。


「お前らの暮らしを支えていた下層が、今まで、どれだけ血を流してきたと思ってやがる!」


 言われた男は、青ざめて口を閉ざした。


 別の女が、小さく呟く。


「でも……私たちは、何も知らされて……」


「知らなかったから、何も悪くない。そう言いたいのかい?」


 イワネの声には、怒りよりも深い疲労が滲んでいた。


 長い年月、上層と下層の歪みを見続けてきた者の声だった。


「知らなかった者もいるだろうさ。知ろうとしなかった者もいるだろう。見ないふりをした者もいる」


 広場が静まり返る。


「けれど、もう見えちまった。ユキナガの死も、クマシゲの嘘も、下層に押しつけられてきた淀みも」


 イワネが、そっと息を吐く。


「いつから、上層の暮らしと下層の暮らしを秤にかけるようになったんだろうねえ。同じ刻継の里の民だというのに」


 上層住民は、何も言えなかった。


 イワネは、灰になった骸の山へ目を向ける。


「あたしらは、魔石の便利さに救われるうちに、その裏で積もる病も、呪怨も、死臭も……少しずつ、下へ押し流すようになっちまった。

 

 その歪みを、“仕方のないことだ”って、里そのものが飲み込んでいたんだよ」

 

 朝の冷たい風が、血の匂いと灰の匂いを運んでいく。


「その淀みを、今ここで終わらせる」


 その言葉を、誰も否定できなかった。


 白い石畳の上に、灰だけが静かに積もっていた。





 骸場がいば大穴深層。


 暗がりの水路洞窟に、水音だけが響いていた。


 ぽたん。


 ぽたん。


 岩肌を伝った水滴が、黒く濁った水面へ落ちる。


 サンサロは、足元のぬかるみに顔をしかめながら進んでいた。


「クマシゲ様……?」


 返事はない。


 だが、気配はあった。


 濃い死臭。

 腐敗した肉片。

 そして、胸の奥をざわつかせるような、嫌な圧。


 洞窟の奥。


 薄い外光がわずかに差し込む場所。


 そこに、骸の山があった。


 腐った皮。

 砕けた牙。

 人のものとも、獣のものとも分からない骨片。


 その上に、ひとりの男が立っていた。


 裸の上半身。


 もともと小太りだった身体は、さらに異様に膨れ上がっていた。


 脂ぎった黒髪が乱れ、口元には見慣れた粘つくような笑みが貼り付いている。


「クマシゲ様!」


 サンサロは駆け寄った。


 だが、途中で足が止まる。


 暗くて、よく見えなかった。


 見えているのは、クマシゲの上半身だけだった。


 胸元には火の呪印。


 その少し下には、黒い石のようなものが、皮膚へめり込むように張り付いている。


 その石が、どくん、と脈打った。


「クマシゲ様……そのお身体は……」


 クマシゲは、ゆっくりと振り向いた。


 笑っていた。


 いつものような、ねっとりとした笑み。


 だが、その足元。


 影の中で、何かが動いた。


 ぐちゅり。


 肉が擦れる音。


 ずるり。


 骨が組み替わるような音。


 その時、外から差し込む光がわずかに強くなった。


 サンサロの顔から、血の気が引いた。


 見えてしまった。


 クマシゲの腰から下にあるもの。


 脚ではない。


 人のものではない。


 巨大な黒い何かが、骸の山に沈みながら、ゆっくりと息をしていた。


 濡れた毛皮。

 骨の浮いた背。

 長い尾。

 そして、闇の中でぎらりと光る、濁った瞳。


「ひっ……」


 サンサロの喉から、声にならない息が漏れた。


 クマシゲは、そんなサンサロを見下ろして、静かに笑った。


「おや。どうしました、サンサロ」


 その声は、いつものクマシゲだった。





 骸場がいば周辺。


 シーは、骸場を囲むように地面へ還元符を設置していた。


 札が小石で固定され、土の上に一定の間隔で並べられていく。


 ティプスタンたちは、その作業を見守っていた。


 空は低く曇っている。


 骸場から立ち上る淀んだ空気が、雲まで腐らせているようだった。


 シーが最後の一枚を地面に設置する。


「これで、準備は整いました」


「これから、どうするんですか?」


 ティプスタンが尋ねる。


 シーは淡々と答えた。


「まずは骸場周辺の骸を炎で一気に灰化処理します。そのままでは瘴気と毒煙が発生しますので、そこへユハ様の浄化の詩を重ねて処理していただきます」


「炎で燃やして、詩で浄化……」


「はい。炎でまずは細かく、脆くします。そこへ、詩の浄化効果を加えます。そうすれば、骸場全体をむらなく処理できます」


 蛇骨の里長、ユハはこくりと頷いた。


「大丈夫。私がちゃんと浄化してみせるわ」


「ユハ様、無理はなさらないで下さい」


 シーが言う。


 スーが横で、にやりと笑った。


「兄さま、心配しすぎ」


「当然だ」


「顔、ちょっと赤いよ」


「黙れ」


 そんな二人のやり取りに、レヴィが呆れたように鼻を鳴らす。


 ティプスタンはその様子を見て、少しだけ息を緩めた。


 その時だった。


 ぐらり。


 地面が揺れた。


「……え?」


 次の瞬間。


 ゴォォォ。


 骸場中央の大穴から、羽根の生えた巨大な何かが飛び出した。


 黒い影が空を覆う。


 バサッ。


 バサバサバサッ。


 濡れたような羽音が、骸場全体に響く。


 ティプスタンの目が見開かれる。


 それは、羽根を持った骸黒犬がいこくけんだった。


 三つあったはずの頭は、二つしかない。


 片方の首は途中で抉れたように欠け、黒い肉がぬらぬらと蠢いている。


 尾は赤黒く、長い鞭のようにとぐろを巻いていた。


 そして。


 その背中に、クマシゲがいた。


 乗っているのではない。


 繋がっている。


 クマシゲの下半身は、骸黒犬の背肉へ深く沈んでいた。


 腰から下にあるべき脚はなく、代わりに黒い筋肉と腐った毛皮が、臍のあたりまで絡みついている。


 人と獣の境目は曖昧で、縫い目のように走る黒い血管だけが、二つの肉体を無理やり繋ぎ止めていた。


 失ったはずの右腕も再生している。


 だが、それも人の腕ではない。


 骨が外側へ突き出し、指先には獣の爪が生えていた。


 クマシゲの背中からは、大きな羽根が生えている。


 バサバサと羽音を鳴らしながら、それはゆっくりと地面へ降り立った。


 誰も、すぐには動けなかった。


 ティプスタンも。

 レヴィも。

 シーもスーも。

 ユハでさえ、一瞬、息を呑んでいた。


 クマシゲの胸元。


 火の呪印の少し下。


 そこに、握りこぶし大ほどの黒い石がめり込んでいた。


 石は心臓のように脈打ち、黒い光を内側から滲ませている。


 ――闇魔石やみませき


 クマシゲは、ユハに気づいた。


 そして、にこりと笑った。


「おやおや。これは、これは。ユハ様。先程はお世話になりました」


 その笑みを見た瞬間、その場にいた全員の背筋を、冷たいものが撫でた。 


「ユハ様!」


 シーとスーが、とっさにユハの前へ立った。


 クマシゲは、くくく、と愉快そうに笑う。


 その時。


 クマシゲの背中の羽根が、ゆっくりと膨らんだ。


 いや、羽根ではない。


 羽根の内側から、何かを分離しようとしていた。


「あ、あぁ……」


 うめき声が漏れる。


 聞き覚えのある声だった。


 ミリミリ。


 肉がちぎれるような音。


 骨が剥がれるような音。


 羽根の根元が裂け、赤黒い肉の膜がぶらりと垂れた。


 その奥から、人の顔が押し出される。


 歪んだ口。

 血走った目。

 引きつった笑み。


 クマシゲの背中から現れたのは――ガルヴァルの身体を持ったギョウジだった。


「ウッヒャッハー!」


 ギョウジは叫び、翼を広げて空へ飛び出した。


「ギョウジさん……!」


 ティプスタンが息を呑む。


 だが、異変は終わらない。


 骸黒犬の二つある頭のうち、一つがクマシゲから分離し始めた。


 ミリミリ、ミリミリ。


 肉が裂け、骨が伸び、黒い毛皮が岩のような装甲をまとっていく。


 それは一体の獣型モンスターへと形を変えた。


 ティプスタンは、それに見覚えがあった。


 ストーンベア。


 だが、それは犬のような頭部と長い前脚を持つ、歪な怪物だった。


 クマシゲが顎をしゃくる。


 ギョウジは奇声を上げながら、刻継の里上層へ飛び去った。


 さらに、骸黒犬から分離した獣型の怪物が、地面を砕きながら下層へ駆け出す。


「まさか……!?」


 ティプスタンが振り向く。


 クマシゲは、再びユハへ視線を戻した。


「ユハ様。ここでのんびりしていて良いのですかな? もう一体の私の眷属が、蛇骨の里へ向かっておりますよ」


「なにっ!」


 全員の声が重なった。


 ユハの顔色が変わる。


 シーの目が鋭く細まった。


「では、貴様を始末して戻るとしましょう」


 シーが顔の前に、念じるように指を立てる。


 地面に設置された還元符が、淡く光り始めた。


「深き火脈よ。封じられし熱よ。骸を焼き、淀みを祓え」


 ボッ。


 ボボボボボッ。


 骸場中央の大穴周辺から、炎が巻き上がった。


 設置された還元符を起爆剤にするように、炎は渦を描きながら広がっていく。


 火は骸を舐め、黒い毛皮を焼き、腐肉を爆ぜさせる。


 熱風がティプスタンの頬を叩いた。


 やがてそれは、クマシゲを覆うように燃え上がり、空へ突き出す巨大な火柱となった。


 ゴゴゴゴゴッ!


「す、すげぇ……」


 レヴィが呟く。


 ティプスタンも息を呑んだ。


 炎の熱が、離れた場所にいる彼らの肌まで刺す。


 骨まで灰にする強力な火力が、クマシゲを襲う。


 はずだった。


 だが。


 炎が、クマシゲへ吸い込まれていく。


 火柱が内側へ歪む。


 赤い炎が細く捻じれ、黒い石を中心に収束していく。


 燃え盛るはずの炎は、まるで餌のように闇魔石へ呑み込まれていった。


 バシュウゥ……。


 炎が消えた。


 クマシゲは、何事もなかったかのように立っている。


 焦げ跡ひとつない。


 むしろ、胸元の黒い石は先ほどよりも不気味に脈打っていた。


 クマシゲはシーに向かって、人差し指を立てる。


「私に炎は悪手ですよ。護衛の方」


「なっ……」


 スーが目を見開く。


 シーも、わずかに表情を崩した。


 その時、ユハが息を吸った。


 やわらかい歌声が、骸場に響く。


 その音は不思議な力を持っていた。


 荒れた空気へ染み込み、瘴気をほどき、乱れた魔力の流れを鎮めていく。


 骸場の臭気が、ほんのわずかに薄れた。


 重く淀んだ空気が、震えながらほどけていく。


 クマシゲの身体が、ぐらりと揺れた。


 胸元の闇魔石が、ぎちりと嫌な音を立てる。


「それは邪魔くさいですねぇ〜」


 骸黒犬の残った一つの頭が、大きく口を開いた。


 咆哮。


 耳を突き刺すような衝撃が放たれた。


「ぐっ!」


 ティプスタンたちは、思わず耳を押さえる。


 同時に、赤黒い鞭のような尾が伸びた。


 狙いは、ユハ。


 ビュッ!


 その尾がユハの首へ巻きついた。


「がはっ!」


 ユハの身体が持ち上がる。


「ユハ様!」


 スーが短中槍たんちゅうそうを振るった。


 鋭い一閃。


 赤黒い尾が切り離され、ユハの身体が地面へ落ちる。


「ゴホッ、ゴホッ……!」


 ユハは咳き込みながら地面に伏せた。


 白い首には、痛々しい締め付け跡が残っている。


「おばさんっ!」


 レヴィが駆け寄る。


 ユハは苦しげに、それでも片目を閉じてウインクした。


「ゴホッ……お、おねえさんね……レヴィちゃん……」


「それどころじゃねぇ!」


 ティプスタンも駆け寄り、ユハを守るように前へ立った。


「貴様ッ!」


 シーの表情が怒りに歪んだ。


 冷静だった瞳に、初めて明確な怒りが宿る。


 バッと両手を組み、シーは詠唱を始めた。


「深き蒼流よ、牢獄の柱となれ。

閉ざされた水棺より、穿槍を咲かせよ。

その咎人ごと、沈め貫け!」


 水魔法――《水牢尖棺すいろうせんかん・ネレイドスパイク》


 クマシゲの周囲の地面から、六つの巨大な水柱が噴き上がった。


 水柱がクマシゲを囲み、その内側から鋭利な水槍を次々と撃ち出した。


 ズドドドドッ!


 水槍が四方からクマシゲを襲う。


 肩を貫く。

 脇腹を裂く。

 獣の背を穿つ。


 だが、突き刺さった水は次の瞬間には湯気となり、クマシゲの肉体から弾け飛んでいた。


「くあぁっ!」


 シーは額に青筋を浮かべ、両手を強く握りしめた。


 魔力が尽きるまで。

 怒りが尽きるまで。


 水柱から数多の水槍が放たれ続ける。


 だが――


「ぬるいですねぇ」


 クマシゲの低い声。


 バシュウゥ。


 水が蒸発した。


 クマシゲの身体から水蒸気が噴き上がる。


 次の瞬間、その水蒸気を切り裂くように黒い風が舞った。


 水柱は霧となり、空へ散っていく。


 そこに立っていたものは、もはや“クマシゲ”と呼べる存在ではなかった。


 三メートルを超える巨躯。


 全身は無数の骨で編み上げられた鎧に覆われている。


 人骨だけではない。


 巨大獣、牙獣、甲殻系モンスターの骨が混ざり合い、歪に癒着していた。


 骨鎧の隙間から、腐った肉と黒く変質した筋肉が見える。


 完全な骸骨ではない。


 肉塊に骨を植え付けた怪物。


 頭部には、僅かにクマシゲの面影が残っていた。


 乱れた黒髪。


 獣のように吊り上がった眼。


 胸元の闇魔石から、全身へ黒い紋様がひび割れのように広がっている。


 右手には、巨大な骨槍。


 骸を従え、骨を纏い、死臭の上に立つ王。


 それはまさに――『邪骨王じゃこつおう


「す、姿が……変わった……?」


 ティプスタンが思わず口にした。


 シーは息を吐き、膝をつく。


「くっ……」


 クマシゲが、ユハめがけて骨槍を構えた。


 黒いオーラが、長槍へ宿る。


 ティプスタンの心臓が跳ねた。


「インスクリプト・ヴァーミリオン!」


 深紅のマントの留め金具。


 五枚の赤い花弁のひとつが透明へと変わる。


 疑似魔力が、ティプスタンの身体へ流れ込んだ。


 脚に力が宿る。

 視界が鋭くなる。

 心臓の鼓動が、熱を持つ。


 ティプスタンは地面を蹴った。


 泥が跳ねる。


 身体が前へ飛ぶ。


 次の瞬間。


 クマシゲの手から、骨の長槍が放たれた。


 グォォォッ!


 不気味な音を立て、長槍がユハを襲う。


 速い。


 黒い線になって空気を裂き、一直線にユハへ迫る。


 ティプスタンはその前へ飛び込み、緋幻紋の小盾を構えた。


 ギャリギャリギャリッ!


 盾の表面を、骨槍が削るように滑る。


 腕に衝撃が走る。


 肩が外れそうになる。


 足裏が泥を削り、身体ごと後ろへ押し込まれる。


 重い。

 

 まともに受け止めたら、腕ごと持っていかれる。


 逸らせ。


 止めるな。


 流せ。


 ティプスタンは盾をひねった。

 

皇流短剣盾術すめらぎりゅう・たんけんじゅんじゅつ――」


 足を踏み込み、腰を回す。


旋皇せんおう盾刃流じゅんじんながし》

 

「うおぉぉぉ!」


 ギャリンッ!


 骨の長槍が盾から離れた。


 僅かに軌道を逸らされた槍は、ユハから一メートルほど離れた地面へ突き刺さる。


 ズガンッ!


 土煙が舞った。


「あっぶねぇ〜……」


 レヴィが息を吐く。 


 ユハはまだ咳き込みながら、レヴィの耳元へ何かを囁いた。


「えっ? 今? なんで?」


 レヴィが目を丸くする。


 ユハがさらに小さく囁く。


「そ、そんなんじゃねーよ!」


 レヴィの頬が赤くなった。


 クマシゲが、訝しげにティプスタンを見る。


「なんだ? 貴様は……」


 少し考えるように首を傾げる。


「あ〜。外界から来たガキかぁ〜」


 ティプスタンは、緊張した面持ちでクマシゲを見つめた。


 黒いオーラが、クマシゲの全身を不気味に包んでいる。


 膝が、わずかに震える。


 怖い。


 それでも。


 背後には、レヴィがいる。


 ユハがいる。


 シーとスーがいる。


 引くわけにはいかない。


 ティプスタンは、刺突剣『直継』の柄をぎゅっと握った。


 ぽつり。


 頬に冷たいものが触れた。


 雨だった。


 ぽつり、ぽつりと降り始めた雨が、骸場の臭気を濡らしていく。





 刻継こくけいの里下層。


 悲鳴が響いていた。


「モ、モンスターだ!」

「重症者を先に避難させろっ!」

「子供を奥へ!」


 フラットが下層兵へ指示を飛ばす。


 その視線の先。


 岩を纏った巨大な犬型モンスターが、里を襲っていた。


 ストーンベアのような岩の装甲。


 犬のように伸びた頭部。


 長い前脚。


 それが地面を砕きながら、中央の小屋へ突進してくる。


 その前に、泣き叫ぶ子供がいた。


「あぶねぇ!」


 フラットが飛び出し、子供を抱きかかえる。


 だが、モンスターの突進はもう目の前だった。


 そこへ。


 ぬっと、黒く大きな影がフラットの前へ立った。


 ローワンだった。


 破鎚斧はついふに埋め込まれた魔石から、紫色の光が走る。


「下がってろ、フラット!」


 ズギャンッ!


 破鎚斧の槌部分が、モンスターの頭部をえぐった。


 岩の装甲が砕け、黒い肉片が飛び散る。


 首を失ったモンスターが、ぐらりとよろめく。


 だが、倒れない。


 その身体が、徐々に姿を変えていく。


 四足だったものが、二足で大地に立つ。


 岩が膨らみ、腕が伸びる。


 首のない巨大なゴーレムのような姿へ変わっていく。


「なんだ、こいつは……!」


 ローワンが追撃のため、破鎚斧を振り上げた。


 その時だった。


 ドシュッ!


 ゴーレムの腹部から、サーベルが飛び出した。


 ローワンの腹部へ突き刺さる。


「な……にっ……!」


 ローワンは目を見開いた。


 そのサーベルには、見覚えがあった。


「クハハハハッ!」


 笑い声が響く。


 ゴーレムの腹部が、もぞもぞと蠢いた。


 岩と肉の隙間から、人の形が浮かび上がる。


 金髪。

 垂れ目。

 人を小馬鹿にした笑み。


「サ、サンサロ……!」


 ローワンが呻く。


 サンサロは、にやりと笑った。


「久しぶりだなぁ、ローワン」


 シュバババババッ!


 サンサロのサーベルの突きが、ローワンを襲う。


「くっ……!」


 ローワンは大盾を構えた。


 金属音が連続して弾ける。


 だが、そこへゴーレムの巨大な腕が振り下ろされる。


 ゴシャッ!


 鈍い音が響き、ローワンの巨体が吹っ飛んだ。


 背中から地面に叩きつけられ、血を吐く。


「ローワン!」


 フラットが叫ぶ。


 彼女は地面を蹴った。


 背後からサンサロへ飛びかかり、マッドクロウの爪を加工した双爪を振りかぶる。


 低く。

 速く。


 獣のように懐へ潜り込む。


 だが、ゴーレムのもう片方の腕が伸びていた。


 大きな岩の手が、フラットの身体を横から掴む。


「うっ……!」


「惜しかったなぁ〜」


 サンサロがニヤリと笑う。


 岩の手に力が入る。


 ミシッミシッ。


「がっ……あ……!」


 フラットの顔が苦痛に歪む。


 サンサロは、膝をつくローワンをちらりと見た。


「あ〜。そう言えば、ローワンはフラットに惚れてんだったなぁ〜」


「な、なにを……」


 ローワンが呻く。


 サンサロは、フラットを掴んだ岩の腕を自分の方へ引き寄せた。


「よく見りゃ、可愛い顔してんじゃねーか。フラットちゃん」


「てめぇ……」


 フラットがサンサロを睨む。


 サンサロは楽しげに目を細め、サーベルの切っ先を、フラットの防具の留め金具へ当てた。


「獣人型のネクロクレイマンってのは、ヒューマン型とどう違うのかねぇ〜。少し調べてみるか?」


「この……変態野郎が……」


「やめろぉぉぉ!」


 ローワンが叫ぶ。


 その瞬間、ゴーレムのもう片方の腕が、ローワンへ襲いかかった。


 ズゴシャッ!


 鈍い音。


 破鎚斧を持つローワンの腕が、嫌な方向へ曲がった。


「ぐあぁぁぁ!」


 ローワンの叫びが響く。


 額から血が流れ、片目にかかる。


 サンサロは、肩を揺らして笑った。


「冗談。冗談だよ。こんな汚いネクロクレイマンなんかに興味なんてねぇ〜よ。バァ〜カが。クハハハハ!」


 ビチャ。


 サンサロの頬に、唾が飛んだ。


 フラットだった。


「へっ。人間だった頃より、ずいぶん流暢に話すじゃねーかよ。泣き虫サンサロ君」


 びきりっ。


 サンサロの額に青筋が浮かぶ。


「このっ。汚ねぇネクロクレイマンがぁ!」


 フラットを掴んだ岩の腕が、地面へ振り下ろされる。


 その刹那――


鬼岳崩砕きがくほうさい山崩やまくずし》


 ズドンッ!


 ピンク色の巨大な影が、サンサロへ突進してきた。


 鬼族の娘、モモネだった。


「ぐがはぁっ!」


 モモネの肩越しの突進が、サンサロの腹部にめり込む。


 ズダァンッ!! 


 サンサロの身体が仰向けに吹き飛び、岩の身体ごと地面へ叩きつけられた。


 岩の手が緩み、フラットが地面へ落ちる。


「おなごに、いやらしかことしてよか男は、惚れとる相手だけじゃ」

 

 モモネは、ふんっと鼻を鳴らした。


「くそっ……」


 サンサロが起き上がろうとする。


 その目の前に、ローワンが立っていた。


 大盾は捨てている。


 折れた利き腕をだらりと揺らし、もう片方の手で、破鎚斧を力強く握っていた。


 足元はふらついている。


 腹から流れた血が、腰布を赤黒く染めていた。


 呼吸のたびに肩が上下し、喉の奥から血の混じった息が漏れる。


 それでも、ローワンは倒れない。


 紫色の光が、破鎚斧に走る。


「ま、待て! ローワン!」


 サンサロの顔が引きつる。


 ローワンは、大きく振りかぶった。


破鎚斧術はついふじゅつ――」


 声は低く、怒りに震えていた。


黒墜葬こくついそう


 ズガァァァァンッ!


 地響きのような衝撃。


 破鎚斧の槌が、サンサロごと岩の身体を叩き潰した。


 地面が陥没する。


 そこに残ったのは、砕けた岩と、肉片だけだった。


 ローワンは大きく息を吐く。


「……終わった」


 だが。


 サンサロの潰れた身体から、灰色の煙が漂い始めた。


 煙は遺体の上で固まり、ゆらゆらと形を変える。


 そして、フラットへ向かって移動し始めた。


「フラット!」


 ローワンは破鎚斧を捨て、身体を引きずりながら、フラットの前へ出た。


 灰色の煙が、ローワンを包む。


「うぅ……ぐぅ……!」


 ローワンの身体が震えた。


「ローワン!」


 フラットの叫び声が、下層に響いた。





 刻継こくけいの里上層。


 大橋前。


 上層兵の小隊は、暗雲漂う空へ向かって矢を放っていた。


 狙うは、一体の飛行モンスター。


 ガルヴァルの身体を持った異型のギョウジだった。


 だが、雨のように飛び交う矢は、空を切るばかりだった。


「ウヒャッハー!」


 ギョウジが空で叫ぶ。


 黒い翼を広げ、橋の上を見下ろしている。


「ウヒッ。お、俺は自由だ。風の呪怨から解放されたっ。しかも、空を自由に飛び回れるっ。サ、サイコーだぜっ!」


 その目は血走り、焦点が定まっていなかった。


 理性は、ほとんど残っていない。


 一本の矢が、ギョウジの頬をかすめた。


「チッ……雑魚どもが……」


 ギョウジの目が、ぎょろりと橋の上の兵へ向く。


 翼をたたみ、急降下した。


 鋭い鉤爪が、ひとりの上層兵を捉える。


 その瞬間。


 火魔法――《フレイムボール》


 火球が、ギョウジを襲った。


「クアッ?!」


 ギョウジが身をひねる。


 続けて、黄色い斧が振り下ろされた。


 ドガッ!


 だが、ギョウジは寸前でかわし、再び空へ逃げた。


 大橋の上。


 そこには、斧型ギター――雷鳴斧弦らいめいふげんルテウスを構えたマー教授。


 そして短杖を構えたリリネアが立っていた。


「んあぁ? 外界の奴らかぁ〜。うざってぇ」


 ギョウジの漆黒の大翼が広がる。


 無数の黒羽が、翼の隙間から軋むように逆立った。


 低く濁った声。


黒翼葬雨こくよくそうう ヘル・フェザー》


 翼が、爆ぜるように解放された。


 放たれた羽根は、ただの羽毛ではない。


 硬質化した黒い羽。


 刃のように鋭い凶器。


 それが豪雨のごとき速度で大地へ降り注ぎ、空気を裂きながら無数の黒閃を描いた。


「ぎゃあぁぁ!」


 上層兵たちの悲鳴が響く。


 水魔法――《ウォーター・ドーム》


 リリネアが、とっさに自身とマー教授を水の壁で覆った。


 だが、ギョウジの羽根は、水壁を削るように突き抜けてくる。


「リリネアさん!」


 マー教授がルテウスを構え、リリネアを庇う。


 ドスッ。


 ドスッドスッドスッ。


 黒羽が、マー教授の身体に突き刺さった。


「くっ……」


 マー教授が膝をつく。


 雷鳴斧弦らいめいふげんルテウスは、天候が悪い時、本来の力を発揮できない。


 雨の気配。

 重たい雲。

 湿った空気。


 雷鳴は、まだ遠い。


「マー先生!」


 リリネアが駆け寄ろうとする。


 しかし、その瞬間、ギョウジが高速で滑空した。


 鋭い鉤爪が、リリネアの顔面を狙う。


「リリネアさん!」


 マー教授が叫ぶ。


 爪が届く。


 その寸前――


 白銀の影が、リリネアのフードをくわえて引いた。


 ギョウジの爪が空を切る。


 白銀の巨狼――マリだった。


「マリ!」


 マリはフードをくわえたまま頭を軽々と振り上げ、その背へリリネアを乗せた。


「なんだぁ? モンスター?」


 ギョウジが訝しむ。


 リリネアはマリの背で短杖を構えた。


 火魔法――《フレイムボール》


 火球がギョウジへ飛ぶ。


「ブァ〜カ! そんなとろい攻撃が当たるかよっ!」


 ギョウジはひらりと火球をかわした。


 火球が背後へ逸れる。


 その瞬間、リリネアは小さな手のひらを、ぎゅっと握った。


「散っ!」


 バシュッ!


 火球が弾け、無数の火の粉へ散った。


「クワッ?!」


 ギョウジが怯む。


 その目の前に、白銀が飛び込んだ。


 マリの首元の虹色の宝石――エーテリウムが淡く輝く。


 青白い霊紋の光が、マリの身体へ走った。


氷華裂爪ひょうかれっそう フロスト・クロー》


 マリの爪が、ギョウジの顔を裂いた。


 だが、浅い。


「クソっ! 犬っころがぁ!」


 ギョウジは上空へ逃げる。


 大橋に着地したマリとリリネアを、ギロリと睨みつけた。


「殺してやる……! まとめて串刺しにしてやるよぉ!」


 ギョウジが再び翼を広げる。


 だが、その時だった。


 マリに裂かれた傷口から、白い冷気が噴き出した。


「な、なんだ?!」


 パキ。


 パキパキパキッ。


 傷口から湧き出る冷気が、氷へと変わっていく。


 氷はギョウジの頬を覆い、首へ広がり、翼の付け根へ伸びていく。


「なんだ、これはぁぁぁ!」


 ギョウジが叫ぶ。


 氷は止まらない。


 羽根の隙間へ入り込み、翼を重くしていく。


 身体の片側が凍りつき、飛行の均衡が崩れた。


「ひっ、ひいぃぃぃ!」


 ギョウジは凍りつく翼を無理やり羽ばたかせた。


 氷の欠片が空中に散る。


「まだだ……まだ飛べるっ!」


 だが、凍った翼は風を掴めない。


 身体が大きく傾き、黒い羽根が雨に濡れ、さらに重く沈む。


「飛べ……飛べ、飛べよぉぉぉ!」


 ギョウジは必死に翼をばたつかせた。


 だが、そのたびに氷は翼の骨を軋ませ、羽根を引き剥がしていく。


 空が遠ざかる。


 風が逃げる。


 手に入れたはずの自由が、指の間からこぼれ落ちていく。


「違う……俺は落ちねぇ……俺は、上に行く側なんだよぉぉぉ!」


 ギョウジの身体が、スピードを上げて落下し始める。


 気づいた時には、もう目の前に地面があった。


「や、やめ――」


 グシャッ!


 大橋の向こう、禁足地方面の岩場へ――黒い翼の怪物が墜落した。


 轟音とともに岩肌が砕け、黒い羽根が雨の中へ散る。


 岩場へ叩きつけられたギョウジだったものは、わずかに痙攣し――やがて動かなくなった。


 その裂けた胸元から、淡い緑色の煙が滲み出した。


 煙は揺らめき、彷徨うように漂ったあと――


 雨霧の中へ溶けるように霧散し、静かに消えた。



☆24話に続く☆

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