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ELVES《エルヴス》―命の器の継承者―  作者: 克
Stigma/呪怨編

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第14話『星火祭と少年 Ⅱ』分割改稿版

 再び祭りの通りへ戻った。


 さっきまで慌てて走り回っていた道も、今度は違って見える。


 頭上では無数の星灯火が揺れ、やわらかな金の光を通りへ落としていた。


 ティプスタンはまず、肉串の屋台へ向かった。


 ガミなら絶対に飛びつきそうな、豪快な串焼きだ。


「これ、二本ください」


「あいよ!」


 一本をレヴィへ差し出す。


 少しためらったあと、レヴィは受け取った。


「……いただきます」


 言い方だけは妙に律儀だった。


 一口食べた瞬間、レヴィの目が見開かれる。


 だが、すぐに何でもない顔を作った。


「ふーん。まあ、食えなくはねーな」


 言いながら、食べる速度は明らかに速い。


 ティプスタンは少し笑った。


「なに笑ってんだよ」


「いや、すごくお腹空いてたんだなって」


「うるせー」


 でも、その声にはさっきほどの棘がなかった。


 そのあと二人は、焼き餅や爆ぜ果実の飲み物を楽しみながら通りを進んだ。


 レヴィは表通りよりも、裏手の抜け道や小さな屋台に詳しい。


「こっちの露店の方が、安くてうまいぜ!」


「そうなんだ?」


「観光客相手のとこは高い」


「へぇ……」


 ティプスタンが素直に感心するたび、レヴィは少し調子が狂ったような顔をした。


 やがて、二人は輪投げの屋台で足を止める。


 剣や盾、菓子、木彫りの飾りなど、景品がずらりと並んでいた。


 レヴィが興味津々に見つめている。


「やる?」


「子供の遊びだな……」


 そう言いながら、勢いよく輪を取った。


「うわっ」


 一投目、外れ。


「ちっ」


 二投目も弾かれる。


「なんでだよ!」


 三投目は力みすぎて、全然違う方向へ飛んだ。


「もう一回!」


「もう終わりだよ坊主」


「ぐっ……」


 悔しそうなレヴィを見て、ティプスタンは財布を開いた。


「僕もやってみる」


 狙うのは、五番の豪華な小盾。


 一投目、外れ。


 二投目も弾かれる。


 三投目。


 狙った場所には入らなかったものの――


 ぽすん。


 輪が、たまたま2番に入った。


「おっ。兄ちゃん、やるじゃねぇか」


 店主が差し出したのは、琥珀色の丸い宝石が付いたネックレスだった。


 ティプスタンはそれをレヴィへ差し出す。


「はい」


「……は?」


「レヴィに」


「なんで?」


「2番の景品を狙ってたみたいだから」


 レヴィは眉をひそめた。


「ね、狙ってねーよ。そんな女が付けるようなモノ」


 と言いつつ、しっかり受け取った。


 首からは下げず、ポケットへ雑に突っ込む。


「……まあ、売れば少しは金になるしな」


「うん」


 ティプスタンは笑う。


 レヴィは目を逸らしたが、さっきまでの苛立ちは消えていた。


 

☆


 

 夕方が近づき、ティプスタンは噴水広場の方角を確認した。


「そろそろ、ルベッカの方にも行こうかな」


「ルベッカ?」


 三段アイスを舐めながらレヴィが聞く。


「うん。仲間だよ。古物商の露店とか競売場に行くって言ってたから」


「じゃあ、あっちだな」


 祭りの地理にも詳しいらしい。


 二人は古物商の露店が並ぶ通りへ向かった。


 古びた剣、欠けた石板、用途不明の金属器具、ぼろ布に包まれた巻物。


 食べ物屋台とは違う、どこか埃っぽい空気が漂っている。


 その中で、ティプスタンの足が止まった。


「……あ」


 露店の端に、薄汚れた赤い小盾が立てかけられていた。


 中央には、輪のような炎を思わせる紋。


 静寂の回廊林の遺跡で見た緋幻紋に、どこか似ている。


 ティプスタンが近づくと、奥からリザードマン系の店主が現れた。


「お客さん。お目が高い!」


 細い舌をちろりと覗かせる。


「こいつぁ、幻の金属『緋々色金(ひひいろかね)』……をモデルに作られた盾ですぜ」


「ひひいろかね?」


「そう! あのミスリルより軽く、アダマンタイトよりも硬く、オリハルコンよりも丈夫な、幻の金属でさぁ!」


 盾を受け取ったティプスタンは驚いた。


 見た目より、かなり軽い。


「でもレプリカだろ?」


 横からレヴィが言った。


 店主の鱗顔がぴくっと動く。


「た、確かにレプリカですがね! それを作ったのは、かの有名な鍛冶職人ヤマト・タケルですぜ!」


「へぇ……」


 レヴィはアイスを舐めながら、気のない返事をする。


「その証拠に、盾の裏に精霊言語で名前が刻印されてやす!」


「精霊言語……?」


 ティプスタンが盾を裏返す。


 見慣れない文字列が刻まれていた。


 レヴィが横から覗き込み、眉をひそめる。


「ヤマタノ・タケシじゃねーかよ」


「え?」


 店主が慌てた。


「な、何言ってんでさぁ! 名のある学者先生のお墨付きでさぁ。こいつぁ間違いなくヤマト・タケルの作だってね」


 ティプスタンには精霊言語は読めない。


 ただ、ルベッカが研究しているほど難解な言語を、レヴィがすらすら読んでいることが不思議だった。


「この盾って、いくらくらいですか?」


 店主の目が光る。


「本来は十万ギタンなんですが――今日は祭りだ! 特別に八万ギタンにまけますぜっ!」


「八万!?」


 二人の声が重なった。


 ティプスタンの財布には、今や五千ギタンほどしかない。


「こんな薄ぎたねー盾が八万もするわけねーだろ」


 レヴィが吐き捨てる。


「しかもこれ、断魔素材じゃねーかよ」


 店主の顔が強張った。


「だんま素材?」


「魔力を宿せない素材のことだよ」


 レヴィが盾を示す。


「魔導具化できねーし、魔力の流れも不安定にする。魔力使う冒険者には嫌われる素材。ハズレもいいとこだぜ」


「そ、そんなことは……! 地方によっちゃ魔除け扱いなんでさぁ!」


「へぇー」


 レヴィがにやりと笑い、通りへ向き直った。


「みなさーん! この店に呪われた断魔素材が――」


「待って待って待って!」


 店主が慌てて止める。


 レヴィは涼しい顔だった。


「断魔素材、引き取ってやってもいいぜ」


「……いくらで?」


「5000ギタン」


「ごっ……!?」


「ほら、早くしねーと、オレっち大声出しちゃうぜ?」


 周囲の視線が集まり始める。


 店主はしばらく悩んだ末、肩を落とした。


「……分かりやした。五千でいいです」


「毎度!」


 ティプスタンは呆気に取られながら五千ギタンを払い、緋幻紋の盾を受け取った。


 本当に軽い。


 それなのに、妙な存在感があった。


 

☆


 

 夕方。


 中央広場の噴水前。


 西日が石畳を染め、星灯火がひとつ、またひとつと灯りを深めていた。


 ティプスタンはベンチに座り、手に入れた小盾の汚れを拭いている。


 レヴィは隣で腕を組んでいた。


「……本当に良かったのか? アニキ」


「え?」


「いや、その盾。呪いのアイテムかどうかは置いといて、断魔素材なんて魔力を扱う奴には面倒なアイテムなのは事実だぜ」


 ティプスタンは盾を見つめ、少し笑った。


「僕には魔力は関係ないかな」


「……は?」


 レヴィは意味が分からないという顔をした。


 ティプスタンはそれ以上説明せず、あらためてレヴィを見る。


「今日は本当にありがとう、レヴィ」


「な、なんだよいきなり」


「財布を取り返してくれたし、助けてもくれたし、盾も安く買えたし」


 まっすぐレヴィを見る。


「レヴィがいなかったら、きっと全部うまくいかなかった。それに、すっごく楽しかったよ」


 レヴィは言葉に詰まった。


 耳のあたりが少し赤い。


「……貸しだからな」


「うん」


 その時だった。


「おーい! ティプスターン!」


 振り向くと、ガミとミミリルが歩いてきていた。


 ガミは両手に肉串。


 ミミリルは、探索帰りのような大荷物を背負っている。


「掘り出し物のアイテムをいっぱい手に入れたゾ!」


 その背後から、静かな声が落ちた。


「また無駄なものを買ったのですか?」


 ルベッカだ。


 だが彼女もまた、紙束、石板、巻物、古い器具などを大量に抱えている。


「ルベッカも人のこと言えないゾ!?」


「これは精霊言語の解読に必要な資料です」


 ルベッカが石板を持ち上げた。


 するとティプスタンの横から、レヴィが顔を出す。


「料理でもすんの?」


「……はい?」


 三人の視線が一斉にティプスタンへ向いた。


「誰?」


「えっと、いろいろあって……」


 ティプスタンは財布の件から、路地裏の騒動、レヴィと祭りを回ったことまで説明した。


 話を聞き終えたルベッカは、レヴィと手元の石板を交互に見る。


「なぜ先ほど、これが“料理でもすんの?”という感想になったのですか?」


「だって、それ」


 レヴィが石板を指差した。


「精霊に供える草餅のレシピじゃん」


 ルベッカの表情が固まる。


「……そんなことはありません」


「いや……。精霊言語なのは間違いねーけどさ。書かれてんの、草餅の作り方じゃん」


「なぜ、そんなことが分かるのです?」


 ルベッカの声が少し強くなる。


 珍しい。


 精霊の呪いを解かなければならないという焦りもあってか、いつも以上に頑なだった。


「雰囲気」


「雰囲気?」


「文体の雰囲気がそうじゃん。その石板は供物用の言い回しだな」


 ルベッカの眉がぴくりと動く。


「精霊言語は、基本ルールが確立されていません。文体差が多すぎて、体系化も困難です。雰囲気とは?」


「だから、なんとなくそう組んだ方が分かるじゃん」


 レヴィは、あくまで感覚で言っている。


 ティプスタンたちは顔を見合わせた。


 ルベッカは荷物から、今度は巻物を取り出す。


「では、これはどうです?」


「んー?」


 レヴィが受け取り、しばらく眺めた。


 やがて顔がじわじわと赤くなる。


「これは、精霊誕生の秘密が記された書物だと、私は推測しています」


「ま……まあ、誕生はあってんじゃねーの?」


「そうでしょう」


 ルベッカが食いつく。


「しかし、こことここの文体解釈が不可解で――」


「し、しらねーよ!」


「この比喩表現と、この接続構造が――」


 レヴィがぼそりと言った。


「これ、精霊言語で書かれたポルノ小説じゃねーか。しかも……かなりエロい」


 空気が止まった。


 ルベッカが無表情になる。


 ティプスタンも固まった。


 ガミも肉串を持ったまま止まる。


 ミミリルだけが首を傾げた。


「ポルノってなんだ?」


 誰も答えなかった。


 数秒後、ルベッカがすっと巻物を取り戻す。


「……本日の検証は、ここまでにしておきます」


 声だけは平静だった。


 だが、銀縁眼鏡の奥の目がほんの少し泳いでいる。


 ガミがティプスタンへ囁いた。


「ルベッカのやつ、珍しく効いてるな」


「しーっ」


「草餅の次は、なんだったんだ?」


「そこはもう、気にしなくていいと思うよ」


 ティプスタンがやんわり言うと、ミミリルは「そうなのか?」と首を傾げた。


 いつしか空は、すっかり夜の色へ沈んでいた。


 星灯火の金の光が噴水の水面に揺れ、通りからは笑い声と楽の音が響いている。


 レヴィは、ティプスタンの隣でその光景を黙って見ていた。


 ティプスタンはそんなレヴィへ笑いかける。


「もう少し一緒に回らない?」


 レヴィは一瞬だけ目を丸くし、それからそっぽを向いた。


「……気が向いたらな」


 ぶっきらぼうな声。


 けれど、その足はまだ、どこにも向かっていなかった。


 星を象った灯火が風に揺れ、やわらかな金色の光が五人の上へ降り注ぐ。


 まるで本当に、星の加護が地上へ下りてきたかのように。


 星火祭の夜は、まだ続いていく。



☆15話に続く☆

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