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第14話『星火祭と少年』

 ククルシア共和国では、年に一度、星巡りの祝祭――『星火祭せいかさい』が開かれる。

 

 星の導きと加護に感謝を捧げるその夜、街は無数の祈りの灯りで満たされる。

 

 天より人の世へ注がれる星の恵みを祝い、また来る一年の無事を願う、ククルシアの人々にとって大切な夜だった。

 

 この日ばかりは、交易都市ククルシアの中心街も、いつもの賑わいとは少し違っていた。


 通りの上には色とりどりの布が幾重にも渡され、その合間には夜空の星を象った大ぶりの吊り灯火がいくつも掲げられていた。

 

 五芒星に近い立体灯火は、薄い透光素材ごしに金色のやわらかな光をこぼし、表面の蔦や花の透かし模様を淡く浮かび上がらせている。

 

 赤や金、橙色の房飾りが風に揺れ、無数の星灯火が宙に連なる光景は、まるで星空そのものが地上へ降りてきたようだった。

 

 屋台からは、焼けた肉の匂い、甘い蜜菓子の匂い、香草を煮込んだ湯気の匂いが入り混じって漂い、どこかで楽器が鳴り、別の場所では大道芸人が歓声を浴びている。

 

 街全体が、明るく浮き立っていた。

 

 その人波の中を、ティプスタン、ミミリル、ルベッカ、ガミが歩いていた。

 

「うわぁ……」

 

 思わず声が漏れる。

 

 ティプスタンにとって、生まれて初めてのお祭り。


 屋台の多さも、人の熱気も、灯りに染まる街の色も、何もかもが新鮮だった。

 

 見上げるたび、星灯火の光が胸の奥に落ちてくるようで、ティプスタンは自分でも知らない気持ちに包まれる。

 

「あっ、見て見て。星がいっぱい降りてきたみたいだ」

 

 ティプスタンがそう言うと、ルベッカが横から淡々と答えた。

 

「星火祭の祭具ですね。星の導きと加護を象徴する灯火具ですよ」

 

「へぇ……すごい……」

 

 ティプスタンは、その灯火具に施された精緻な細工にしばし見とれた。

 

 その横では、ガミがすでに別方向を向いていた。


 狼耳がぴんと立ち、鼻先がわずかに動いている。

 

「……うまそうな肉の匂いだ」

 

「あっちだゾ!」

 

 ミミリルのウサギ耳型魔導具が、びしっと同じ方向を向いた。

 

 次の瞬間、二人は競争でも始めるように駆け出した。

 

「今日は限界まで食ってやるぜっ!」

 

「負けないゾー!」

 

「ちょ、ちょっと!」

 

 ティプスタンが慌てて呼び止めるが、二人はもう人混みの中へ消えかけている。

 

 ルベッカはため息をついた。

 

「いつも通りですね」

 

「止めなくていいの?」

 

「止まりませんよ」

 

 即答だった。

 

「それより私は、古物商の露店と競売場を見てきます。祭りの時期は地方の商人も流れ込みますから、普段は出回らない貴重な資料が見つかる可能性があります」

 

 銀縁眼鏡の奥の青い瞳は、すでに古物商の並ぶ通りを見ていた。

 

「夕方には中央広場の噴水前で落ち合いましょう」

 

「うん」

 

 そうして四人は、それぞれ別行動を取ることになった。

 

 ガミとミミリルは食べ物屋台の海へ。

 

 ルベッカは古物商と競売場へ。

 

 そしてティプスタンは、一人、星火祭の中心街を歩き出した。



 

 

 人混みの中を歩きながら、ティプスタンは何度もきょろきょろと視線を動かしていた。

 

 焼き串を頬張りながら笑う人。


 子どもたちに光る飾り玉を売る屋台。


 輪投げをする遊戯台。


 声を張り上げて歌う吟遊詩人。

 

 どこを見ても、知らないものばかりだ。

 

(すごいなぁ……)

 

 胸の奥が、じんわり温かかった。

 

 抱えている問題を、今は全部少しだけ遠くに置いて、ただ祭りの中を歩く。


 ワクワクするような、ソワソワするような、不思議な気持ちになる。

 

 ティプスタンは、手にした財布を見下ろした。

 

 灰色の、ウサギの顔をした財布。

 

 耳が短く、なんともいえず不格好な形をしている。


 ミミリルの手作りだった。

 

 最初にこれを受け取った時、ティプスタンはつい――

 

「ネズミ……?」

 

 と言ってしまった。

 

 その瞬間、ミミリルの耳がぴんと立ち――

 

「ウサギだゾ!!」

 

 と、本気で怒られた。

 

 だから今では、これは立派なウサギの財布ということになっている。


 たぶん。

 

 そのウサギ財布は、今日は少し丸々としていた。

 

 冒険者ギルドの依頼で貯めたお金。


 さらに、ルベッカからのお小遣いまで入っている。

 

 ずっしりとした感触が、妙に嬉しい。

 

(何に使おうかな……)

 

 食べ物でもいい。


 何か記念になる小物でもいい。


 みんなに何か買うのも楽しそうだ。

 

 そんなことを考えているだけで、胸がそわそわした。

 

 ティプスタンは財布を握り直し、屋台を見てまわる。


 焼き菓子の匂いに惹かれて足を止め、通りの向こうで始まった演奏に見入り、輪投げの景品に飾られた、珍しいアイテムを眺める。

 

 気づけば、意識はあちこちへ飛んでいた。

 

 その時だった。

 

 誰かの肩が、軽くティプスタンにぶつかった。

 

「わっ」

 

「おっと、悪いな兄ちゃん」

 

 見知らぬ男がそう言って、人混みへ紛れていく。

 

 ティプスタンはぺこりと頭を下げ、気にせず数歩進み――ふと、手元を見た。

 

「あれ?」

 

 財布が、ない。

 

 さっきまで確かに持っていたはずの灰色のウサギ財布が、手の中から消えていた。

 

 ティプスタンは立ち止まる。

 

 頭が真っ白になった。

 

「え……」

 

 慌てて腰回りや服のポケット、マントの内側を探る。

 

 ない。

 

 どこにもない。

 

「うそ……」

 

 顔が青ざめる。

 

 だが、“盗まれた”とは思わないティプスタン。

 

(どこかで落としたんだ……!)

 

 人を疑うより先に、そう考えてしまう。

 

 ティプスタンは人の流れに逆らうようにして、さっきまで歩いていた道を戻り始めた。


 屋台の前、大道芸を見た場所、輪投げ台のそば。


 地面を見ながら、必死に探す。

 

 けれど、見つからない。

 

「どこだ……どこ……」

 

 呼吸が浅くなる。


 焦りだけが大きくなっていく。

 

 ティプスタンはうつむいたまま歩き、気づけば少し高い石段の上にいた。

 

 そこから見下ろした祭りの通りは、変わらず明るく、楽しげで、だからこそ自分だけが取り残されたような気がした。


 頭上では星を象った灯火が揺れ、金色の光をやわらかくこぼしている。


 その美しさが、今はかえって遠く感じられた。

 

「どうしよう……」

 

 その時だった。

 

 少し離れた路地裏の方から、怒鳴り声が聞こえた。

 

「待てコラ!」 「てめぇ、ふざけんな!」

 

 ティプスタンが顔を上げる。

 

 石段の上から見下ろした先、表通りから一本外れた狭い路地に、人影がいくつか見えた。

 

 その中に、見覚えのあるものがあった。

 

 灰色の財布。

 

 ミミリル作の、不格好なネズ……いや、ウサギの財布。

 

「……!」

 

 路地の中では、赤いバンダナを頭に巻いた小柄な少年が、その財布を手の上でひょいと跳ね上げ、くるりと受け止めていた。

 

「へっへっへ」

 

 得意げに口元を歪めている。

 

 黒髪の短髪。


 エルフのような長い耳。


 しかし、肌はやや褐色を帯びている。


 少年らしい外見なのに、その目つきだけは妙に鋭く、すれて見えた。


 少年は財布をもう一度、手の上で軽く放り上げては受け止める。

 

 そのまま走り去ろうとしたが、次の瞬間、進路を無精髭の男が塞いだ。


 さらに背後から、仲間らしい男たちが三人。


 狭い路地の中で、少年は行き止まりへ追い込まれる。

 

 男たちの手には、ナイフがあった。

 

「痛い目みたくなけりゃ、おとなしく返しな」

 

 無精髭の男がにやりと笑う。

 

 少年は舌打ちした。

 

「うるせーな。落ちてたもん拾っただけだし」

 

「落ちてた?」

 

 無精髭の男が鼻で笑う。

 

「嘘こいてんじゃねぇ。返せ」

 

 ティプスタンは石段の縁へ駆け寄った。

 

 少し高い。

 

 だが、回り込んでいたら、その間に少年が刺されるかもしれない。

 

 短く息を吸い込み、ティプスタンは飛んだ。

 

 どすっ、と重い音を立てて、ティプスタンは少年と男たちの間へ降り立った。

 

「っ……!」

 

 思ったより高さがあり、足がびりっと痺れる。

 

 無精髭の男が眉をひそめた。

 

「あぁ? なんだテメー」

 

 ティプスタンは足の痺れをこらえながら、男たちを睨んだ。

 

「こんな小さな子を、大人が囲んで何してるんだ! しかも刃物まで……!」

 

「はぁ?」

 

 無精髭の男が呆れたように鼻を鳴らす。

 

「そこのガキが俺の財布を盗んだんだよ」

 

「違う!」

 

 ティプスタンは即座に言い返した。

 

「あれは僕の財布だ!」

 

 男たちの視線が、いっせいにティプスタンへ集まる。

 

 ティプスタンは少年の手にある灰色の財布を指差した。

 

「ミミリルの不格好なネズミ……いや、ウサギの財布なんて、他にあるわけない!」

 

 少年の肩がぴくっと震えた。

 

 無精髭の男はチッと舌打ちする。

 

「面倒くせぇな」

 

 そう言って、ナイフを持つ部下たちへ顎をしゃくった。

 

「ガキ二人だ。やっちまえ」

 

 三人の男たちが、一斉に襲いかかってきた。

 

 ティプスタンは反射的に構える。


 だが、今日は祭りを楽しむために来ていた。


 短剣も小盾も持っていない。


 旅人用の軽い服に、深紅のマントだけ。


 完全に丸腰だ。

 

(でも……!)

 

 逃げるわけにはいかない。

 

 男がナイフを振り下ろす。

 

 ティプスタンは半歩ずれて腕を取り、身体を沈めた。


 そのまま勢いを利用して背負う。

 

 ドンッ!

 

 男の身体が石畳へ叩きつけられた。

 

「がっ!?」

 

 スメラギ・ソウイチロウに教わった、丸腰での護身術だった。

 

 だが、すぐに二人目と三人目が左右から迫る。

 

 右から振られた刃を腕で払った瞬間、左の男が間合いへ踏み込んでくる。

 

 ティプスタンは身をひねってかわすが、反撃の隙はなく、じりじりと路地の奥へ押し込まれていった。

 

 その時だった。

 

「――アクセラ!」

 

 背後から少年の声がした。

 

 次の瞬間、ティプスタンの身体がふっと軽くなる。

 

「えっ?」

 

 同時に、襲いかかる男へ少年が手をかざした。

 

「――スロウトン!」

 

 鈍い光が男の身体をかすめる。

 

「なっ、なんだこれ!?」

 

 男の動きが、目に見えて鈍くなった。

 

 ティプスタンは驚きながらも、すぐにその変化を理解した。

 

(速い……! 身体が、軽い……!)

 

 補助魔法だった。


 冒険者養成所リュミナリア学園の授業で、一度それを体験していたティプスタンにとって、理解は早かった。

 

 足が軽い。


 間合いをとりやすい。

 

 鈍化した男の懐へ一気に入り込み、掌底を胸へ打ち込む。


 男がぐえっと声を漏らしてよろめいたところへ、少年が横から足を払った。


 男が転ぶ。


 もう一人が振り向く前に、ティプスタンはその手首を掴んで壁へ押し付ける。

 

 ナイフが石畳へ落ちた。

 

「くそっ!」

 

 男が呻く。

 

 そこへ少年が蹴りを入れ、男を崩した。

 

「なかなかやるじゃん」

 

 少年が口の端を吊り上げる。

 

「そっちも!」

 

 ティプスタンが短く返す。

 

 だが、その直後だった。

 

 ドゴッ!

 

 重い音が路地に響いた。

 

「ぐはっ!」

 

 瞬間、ティプスタンの目に、無精髭の男の拳が、少年の腹部へ食い込むところが映る。


 少年の身体が吹き飛んだ。

 

 少年は背後の木箱へ叩きつけられ、箱がばきばきと壊れる。


 そのまま、ぐったりと動かなくなった。

 

 ティプスタンが息を呑む。

 

 無精髭の男が、正拳突きのような構えをしている。

 

 その両手には鉄の拳甲が装備されていた。


 しかも、ただの拳甲ではない。


 継ぎ目に沿って紫の光がうっすらと流れている。


 魔導具だ。

 

「こんなガキ相手に何してんだ、テメェら」

 

 無精髭の男は、倒れた部下たちへ吐き捨てる。

 

「恥さらしが」

 

 空気が変わった。

 

 さっきまでのチンピラじみた雰囲気とは違う。


 重心が落ち、視線が研がれる。


 どうやら、この男はそれなりの使い手らしかった。

 

 ティプスタンは息を整える。

 

 身体はまだ軽い。


 少年のバフが続いているのだろう。

 

 けれど、丸腰のままだ。

 

 無精髭の男が拳を構える。

 

「ガキにしちゃマシだが――丸腰で俺に勝てると思ってんのか?」

 

 ティプスタンは答えない。

 

 男が踏み込んだ。

 

 拳が頬をかすめる。


 続く二打目を、ティプスタンはかろうじてかわした。


 だが、反撃手段がない。


 護身術の技は多くは教わっていない。

 

 しかも相手は武道家だ。


 さらに、魔導具を通して拳甲へ魔力を宿している。


 制御系。


 装備の防御は硬い。


 しかし、身体の防御は薄い。

 

 ティプスタンは一度、大きく下がった。

 

 その足元に、先程倒した男とナイフが転がっていた。

 

 とっさに拾う。

 

 けれど、魔力を帯びた拳甲と、ただのナイフ。


 分が悪い。

 

 ティプスタンはひとつ、深く息を吸った。

 

 そして胸元の留め金具へ触れる。

 

「――インスクリプト・ヴァーミリオン!」

 

 瞬間、五つの花弁を模した赤い宝石から、赤い光が深紅のマントへ走った。

 

 中心を囲む花弁のうちの一枚が、すっと透明に変わる。

 

 熱が走る。

 

 胸の奥から、何かが全身へ巡るような感覚。

 

 ルベッカから、自分のマントが超高度な術式魔導具へ変質していることを知らされた。


 これは、試作で組み込まれた発動方式だった。

 

 ルベッカが唯一読み取れた術式刻印『ヴァーミリオン』。


 それを主軸として、起動させた時、マントが“疑似魔力”を生成することが分かった。

 

 今のティプスタンは、魔石ひとつ分に相当する魔力を身体へ宿している。


 実際は魔力ではないらしい。


 試作運用中なので、詳しくはまだ分からないことが多い。


 効果時間は花弁ひとつで三分。


 今のティプスタンは三分間だけ、魔力を身体に宿す循環系となったのだ。


「あぁん? なんだそりゃ」

 

 無精髭の男が怪訝そうに眉をひそめた。

 

 次の瞬間。

 

 ティプスタンの姿が、フッと男の間合いに近づいた。

 

「なっ――」

 

 男が驚く。

 

 少年のバフも重なっている。


 速い。

 

 男はとっさに腕を上げ、防御の構えを取った。


 だがその分、足元が疎かになる。

 

 ティプスタンは迷わず低く沈み込んだ。

 

 狙いは足。

 

 男の支えを崩す。

 

 スパンッ、と足払いが決まる。

 

「うおっ!?」

 

 無精髭の男が尻餅をついた。

 

 ティプスタンはとっさにナイフで追撃しようとして――はっとした。

 

(ダメだ)


 それはやりすぎだ。

 

 一瞬の判断だった。

 

 ティプスタンはナイフを放り捨て、拳をまっすぐ突き出した。

 

 ポット・ポークンの技。


  

 獅子神流ししがみりゅう――《獅突しとつ



 ドゴッ!

 

 拳が無精髭の男の腹へめり込む。

 

「ぐほぁっ!?」

 

 男は息を詰まらせ、そのまま石畳へ転がった。


 しばらく痙攣するように身をよじり、それきり起き上がらない。

 

 路地に静けさが落ちる。

 

 ティプスタンは肩で息をしながら、赤い光の残滓をまとったまま立っていた。

 

 やがて、ふっと力が抜ける。

 

「……終わった」


 


 

 バンダナの少年は気絶していた。

 

 ティプスタンは壊れた木箱のそばで倒れていたその身体を背負い、路地を出た。

 

 少年は思ったより軽かった。

 

 祭りの中心から少し外れた、人気の少ない場所まで戻る。

 

「……ん」

 

 少年が目を覚ました。

 

 そして、自分がティプスタンにおぶわれていると分かった瞬間、びくっと身体を跳ねさせる。

 

「うわっ」

 

 ばっと飛び降り、数歩距離を取った。

 

 鋭い目が、ティプスタンを睨む。

 

「……助けたのか?」

 

「うん」

 

 ティプスタンは素直に答えた。

 

「あの場に放っておくわけにはいかないよ」

 

 少年は黙る。

 

 しばらく沈黙が流れた。

 

 ティプスタンは迷った末、そっと聞く。

 

「……あの財布、盗んだのは君なの?」

 

 すると少年は、ぱっと顔をしかめた。

 

「ちっげぇーよ!」

 

 思いきり否定する。

 

「オレっちがアンタの財布を取り返してやったんだよ!」

 

「え?」

 

 ティプスタンは目を瞬いた。

 

 少年は腕を組み、ふんと鼻を鳴らす。

 

「あの無精髭が、祭りの人混みでアンタの財布すったの、見てたんだよ。で、オレっちがそいつらから横取りした」


「横取り……」

  

「そしたら、あいつらに気づかれた。それだけだ」

 

 真意は分からない。


 なぜこの少年が、わざわざ危険をおかして、そんなことをしたのか。

 

 けれど、財布は無事に戻ってきた。


 それだけで良かった。

 

 ほっと息が漏れる。

 

「……ありがとう」

 

 まっすぐ言った。

 

 少年が、ぴくっと肩を揺らす。

 

「べ、別に。たいしたことじゃねーよ」

 

 そっぽを向く。

 

 その時。

 

 ぐぅぅぅ、と、少年の腹が鳴った。

 

 間髪入れずに、ティプスタンの腹も鳴る。

 

 一瞬、間があって――ティプスタンは思わず笑ってしまった。

 

「あはは」

 

 少年は赤くなる。

 

「笑うな!」

 

「ご、ごめん。でも、なんか……」

 

 ティプスタンは目元を和らげた。

 

「お礼に、何か食べようよ。一緒に」

 

「は?」

 

「お昼ごはん。屋台で。ちょうど僕もお腹空いてたし」

 

 少年はしばらく黙っていたが、やがていかにも不本意そうに顔をしかめた。

 

「……しょ、しょーがねーな」

 

 ティプスタンは笑う。

 

「僕はティプスタン」

 

 少年は少し迷ってから、ぶっきらぼうに言った。

 

「……レヴィ」

 

「よろしく、レヴィ」


 フンッ、と鼻を鳴らしてレヴィは応えた。


 


 

 再び祭りの通りへ戻った。

 

 さっきまで慌てて走り回っていた道も、今度は違って見える。

 

 頭上では無数の星灯火が揺れ、やわらかな金の光を通り一面に落としていた。

 

 房飾りが風にかすかに鳴り、祭りのざわめきの上に、どこか祈りめいた静けさを重ねている。

 

 ティプスタンは最初に、肉串の屋台へ向かった。


 ガミなら絶対に飛びつきそうな、豪快な串焼きだった。赤く焼けた肉から、じゅうじゅうと脂が落ちている。

 

「これ、二本ください」

 

「あいよ!」

 

 店主が景気よく応じる。

 

 ティプスタンが一本をレヴィに差し出すと、少しためらってから受け取った。

 

「……いただきます」

 

 言い方だけは妙に律儀だった。

 

 一口食べた瞬間、レヴィの目が見開かれる。


 茶色い瞳が、キラキラと輝いたように見えた。

 

 だが、すぐに何でもない顔を作る。

 

「ふーん。まあ、食えなくはねーな」

 

 言いながら、食べる速度は明らかに速い。

 

 ティプスタンは黙ってそれを見て、少しだけ笑った。

 

「なに笑ってんだよ」

 

「いや、すごくお腹空いてたんだなって」

 

「うるせー」

 

 でも、その声にはさっきほどの棘がなかった。

 

 そのあと二人は、焼き餅の屋台を覗いたり、爆ぜ果実の飲み物に驚いたりしながら、少しずつ通りを進んだ。

 

 レヴィは祭りの表通りより、裏手の抜け道や目立たない小さな屋台に詳しかった。

 

「こっちの露店の方が、安くてうまいぜ!」

 

「そうなんだ?」

 

「観光客相手のとこは高い」

 

「へぇ……」

 

 ティプスタンが素直に感心するたび、レヴィは少し調子が狂ったような顔をした。

 

 やがて二人は、輪投げの屋台の前で足を止めた。

 

 景品がずらりと並んでいる。


 高そうな剣や盾といった装備品もあれば、変わった形の菓子、木彫りの飾りや装飾品も置かれていた。


 レヴィが興味津々といった表情で見つめている。

 

「やる?」

 

 ティプスタンが聞くと、レヴィはふんと鼻を鳴らした。

 

「子供の遊びだな……」

 

 そう言いながら、勢いよく輪を取る。

 

 だが――

 

「うわっ」

 

 一投目、外れ。

 

「ちっ」

 

 二投目、惜しいが弾かれる。

 

「なんでだよ!」

 

 三投目、さらに力みすぎて全然違う方向へ飛んだ。

 

 屋台の親父が苦笑する。

 

 レヴィは明らかにイライラしていた。

 

「もう一回!」

 

「もう終わりだよ坊主」

 

「ぐっ……」

 

 悔しそうに歯噛みするレヴィを見て、ティプスタンは財布を開いた。

 

「僕もやってみる」

 

 輪を受け取り、景品を見つめる。

 

 豪華な装飾が施された小盾に目が向いた。


 五番と書かれたところを狙う。

 

 一投目、外れ。

 

 二投目、縁に弾かれる。

 

 三投目。ティプスタンは息を整え、そっと手首だけで輪を放った。


 これも弾かれ、狙ったところには入らなかったものの――

 

 ぽすん、と小さな音がした。

 

 輪が、たまたま2番に入った。

 

「おっ」

 

 店主が目を丸くする。

 

「兄ちゃん、やるじゃねぇか」


 店主が2番の景品をティプスタンに手渡した。


 それは、琥珀色の丸い宝石の付いたネックレスだった。

 

 ティプスタンは景品を受け取り、それをレヴィへ差し出す。

 

「はい」

 

「……は?」

 

「レヴィに」

 

「なんで?」

 

「2番の景品を狙ってたみたいだから」

 

 レヴィは眉をひそめた。

 

「ね、狙ってねーよ。そんな女が付けるようなモノ」

 

 と言いつつ、受け取る。

  

 そして首から下げるでもなく、ポケットへ雑に突っ込んだ。

 

「……まあ、売れば少しは金になるしな」

 

「うん」

 

 ティプスタンは笑う。

 

 レヴィは目を逸らした。

 

 けれど、さっきまでの苛立ちは消えているようだった。


 


 

 祭りを回りながら、ティプスタンは何度か噴水広場の方角を確かめていた。

 

 夕方には集合だ。

 

 けれど、その前にルベッカのいる古物商の露店も少し見てみたいと思っていた。

 

「そろそろ、ルベッカの方にも行こうかな」

 

「ルベッカ?」


 三角コーンにのった、丸い三段アイスをペロペロ舐めながら、レヴィが言う。

 

「うん。仲間だよ。古物商の露店とか競売場に行くって言ってたから」

 

「じゃあ、あっちだな」

 

 レヴィが顎で示す。

 

 どうやら、この祭りの地理にもやたら詳しいらしい。

 

 二人は古物商の露店が並ぶ通りへ向かった。

 

 そこは食べ物屋台の熱気とは少し違う、埃っぽい熱気に満ちていた。


 古びた剣、欠けた石板、用途不明の金属器具、ぼろ布に包まれた巻物。


 商人たちの目はぎらついていて、いかにも胡散臭い。

 

 そんな中、ティプスタンの足がふと止まった。

 

「……あ」

 

 露店の端に、薄汚れた赤い小盾が立てかけられていた。

 

 中央に、見覚えのある紋がある。


 輪っかのような形の炎が燃えているように見える。

 

 静寂の回廊林の、遺跡の石板で見た緋幻紋に、どこか似ていた。

 

 ティプスタンは吸い寄せられるように近づいた。

 

 すると、奥からリザードマン系の亜人の店主がぬるりと現れた。


 緑がかった鱗の顔に、人懐っこいような胡散臭いような笑みを浮かべている。

 

「お客さん。お目が高い!」

 

 細い舌をちろりと覗かせながら言った。

 

「こいつぁ、幻の金属『緋々色金』……をモデルに作られた盾ですぜ」

 

「ひひいろかね?」

 

 ティプスタンが聞き返す。

 

「そう! あのミスリルより軽く、アダマンタイトよりも硬く、オリハルコンよりも丈夫な、幻の金属でさぁ!」

 

 店主は勢いよく盾を持ち上げ、ティプスタンへ手渡した。

 

 受け取った瞬間、ティプスタンは驚いた。

 

 見た目より軽い。かなり軽い。

 

「でもレプリカだろ?」

 

 レヴィが、すぐ横から冷めた声で言った。


 三段だったアイスは、もうなくなりかけている。

 

 店主の鱗顔がぴくっと動く。

 

「た、確かにレプリカですがね! それを作ったのは、かの有名な鍛冶職人ヤマト・タケルですぜ!」

 

「へぇ……」


 レヴィがアイスを舐めながら、気のない返事をした。

 

「その証拠に、盾の裏に精霊言語で名前が刻印されてやす!」

 

「精霊言語……?」

 

 ティプスタンが盾を裏返す。

 

 確かに、見慣れない文字列が刻まれていた。

 

 その横からレヴィが覗き込み、次の瞬間、眉をひそめる。

 

「ヤマタノ・タケシじゃねーかよ」

 

「え?」

 

 ティプスタンが目を丸くする。

 

 店主は慌てた。

 

「な、何言ってんでさぁ! 言いがかりはよしてもらいてーな! 名のある学者先生のお墨付きでさぁ。こいつぁ間違いなくヤマト・タケルの作だってね」

 

 そう言って、盾に付いた札を見せる。

 

 ティプスタンは首を傾げた。


 ティプスタンには精霊言語は理解出来ない。


 ゆえに、どちらが正しいのかも分からなかった。

 

 しかし、ルベッカが今、研究中の精霊言語は、すごく難しい事だけは知っていた。


 それを、レヴィがすらすら読めているようで、ティプスタンには不思議だった。

 

 レヴィは店主を睨みながら、不機嫌そうにアイスを舐めている。

 

 ティプスタンはあらためて盾を見つめる。

 

 汚れてはいる。


 古びてもいる。


 けれど、妙に気になった。

 

「この盾って、いくらくらいですか?」

 

 店主の目がきらりと光る。

 

「なんせ珍しいアイテムですからねぇ。本来は十万ギタンなんですが――今日は祭りだ! 特別に八万ギタンにまけますぜっ!」

 

「八万!?」

 

 ティプスタンとレヴィの声がきれいに重なった。

 

 ティプスタンの財布の中には、今や五千ギタンほどしかない。


 とても無理だ。

 

「こんな薄ぎたねー盾が八万もするわけねーだろ」

 

 レヴィが吐き捨てる。

 

「しかもこれ、断魔素材じゃねーかよ」

 

 店主の顔が強張った。

 

 ティプスタンがレヴィを見る。

 

「だんま素材?」

 

「魔力を宿せない素材のことだよ」

 

 レヴィは盾の札を指差した。

 

「魔導具化できねーし、魔力の流れも不安定にする。魔力使う冒険者には嫌われる素材。ハズレもいいとこだぜ」

 

「そ、そんなことは……!」

 

 店主が汗ばんだ声を出す。

 

「地方によっちゃ魔除け扱いなんでさぁ!」

 

 レヴィは、にやっと口角を上げた。

 

「へぇー」

 

 そして通りの方へ向き直り、大きく息を吸い込む。

 

「みなさーん! この店に呪われた断魔素材が――」

 

「待って待って待って!」

 

 店主が飛びつくように止めに入る。

 

 レヴィは涼しい顔をしていた。

 

「断魔素材、引き取ってやってもいいぜ」

 

「……いくらで?」

 

「5000ギタン」

 

「ごっ……!?」

 

 店主がのけぞる。

 

 だが、周囲の客の視線が少しずつこちらに集まり始めていた。

 

 レヴィはさらにニヤリと笑う。

 

「ほら、早くしねーと、オレっち大声出しちゃうぜ?」

 

 店主はしばらく悩み、やがて肩を落とした。

 

「……分かりやした。五千でいいです」

 

「毎度!」

 

 レヴィが勝ち誇ったように言う。

 

 ティプスタンは呆気に取られながらも、財布から五千ギタンを払った。

 

 そして、緋幻紋の盾を受け取った。

 

 本当に軽い。

 

 けれど、その軽さの奥に、不思議な存在感があった。


 


 

 夕方。

 

 中央広場の噴水前。

 

 西日が石畳を染め、空は少しずつ群青へ向かい始めていた。


 広場の周囲では、星灯火がひとつ、またひとつと灯りを深めていく。


 昼の名残を飲み込みながら、祭りの街はこれからさらに鮮やかな夜へ入ろうとしていた。

 

 ティプスタンはベンチに座り、手に入れた小盾の汚れを布で拭いていた。


 西日に照らされると、表面の紋様が少しだけ赤みを帯びて見える。

 

 レヴィはその隣で、腕を組んでいた。

 

「……本当に良かったのか? アニキ」

 

「え?」

 

 ティプスタンが顔を上げる。

 

「いや、その盾」

 

 レヴィは顎をしゃくる。

 

「呪いのアイテムかどうかは置いといて。断魔素材なんて、魔力を扱う冒険者には、面倒なアイテムなのは事実だぜ」

 

 ティプスタンは盾を見つめたあと、少し笑った。

 

「僕には魔力は関係ないかな」

 

「……は?」

 

 レヴィは意味が分からないという顔をした。

 

 だがティプスタンは、それ以上は言わなかった。


 代わりに、あらためてレヴィへ向き直る。

 

「今日は本当にありがとう、レヴィ」

 

「な、なんだよいきなり」

 

「財布を取り返してくれたし、助けてもくれたし、盾も安く買えたし」

 

 ティプスタンはまっすぐ言う。

 

「レヴィがいなかったら、きっと全部うまくいかなかった。それに、すっごく楽しかったよ」

 

 レヴィは言葉に詰まった。

 

 こういうふうに、真正面から礼を言われることに、レヴィは慣れていない。


 耳のあたりが少し赤い。

 

「……貸しだからな」

 

 うつむいて、そう言った。

 

「うん」

 

 ティプスタンは笑った。

 

 その時だった。

 

「おーい! ティプスターン!」

 

 元気いっぱいの声が響く。

 

 振り向くと、ミミリルとガミがこちらへ歩いてきていた。


 ガミは両手に大きな肉串を持ち、もぐもぐと口を動かしている。


 ミミリルは、まるで探索帰りのような大荷物を背負っていた。

 

「掘り出し物のアイテムをいっぱい手に入れたゾ!」

 

 ミミリルが得意げに胸を張る。

 

 その瞬間、背後からすっと静かな声が落ちた。

 

「また無駄なものを買ったのですか?」

 

 ルベッカだ。

 

 振り返ると、彼女もまたミミリルに負けず劣らずの荷物を抱えていた。


 紙束、石板、巻物、そして見覚えのない古い器具まで混じっている。

 

 ミミリルが目を丸くした。

 

「ルベッカも人のこと言えないゾ!?」

 

「これは精霊言語の解読に必要な資料です」

 

 ルベッカは淡々と、脇に抱えた石板を持ち上げる。

 

 ティプスタンの横から、レヴィがぬっと顔を出した。

 

「料理でもすんの?」

 

「……はい?」

 

 ルベッカが首を傾げる。

 

 ガミ、ミミリル、ルベッカの三人の視線が、一斉にティプスタンへ向いた。

 

「誰?」

 

 その圧に、ティプスタンは少し慌てた。

 

「えっと、いろいろあって……」

 

 ティプスタンは財布の件から路地裏の騒動、レヴィと一緒に祭りを回ったことまで、一通り説明した。

 

 話を聞き終えたルベッカは、まずレヴィを見た。

 

 次に、自分の持つ石板を見た。


 そして静かに聞く。

 

「なぜ先程、これが“料理でもすんの?”という感想になったのですか?」

 

「だって、それ」

 

 レヴィが石板を指差す。

 

「精霊に供える草餅のレシピじゃん」

 

 ルベッカの表情が固くなった。

 

「……そんなことはありません」

 

 低い声で言う。

 

「これはギルドから許可を得て手に入れた精霊資料群をもとに、私が独自に分析してたどり着いた、精霊言語刻印石板です」

 

「いや……。精霊言語なのは間違いねーけどさ」

 

 レヴィは肩をすくめた。

 

「書かれてんの、草餅の作り方じゃん」

 

「なぜ、そんなことが分かるのです?」

 

 ルベッカの声が少しだけ強くなる。

 

 ティプスタンたちは思わず顔を見合わせた。


 珍しい。


 ルベッカがここまでむきになるのは。

 

 精霊の呪いを解かなければならないという焦りが、彼女をいつも以上に頑なにさせているのかもしれない。

 

 レヴィは気圧された様子もなく、むしろ不思議そうに言う。

 

「雰囲気」

 

「雰囲気?」

 

「文体の雰囲気がそうじゃん。その石板は供物用の言い回しだな」

 

 ルベッカの眉がぴくりと動く。

 

「精霊言語は、基本ルールが確立されていません。文体差が多すぎて、体系化も困難です。雰囲気とは?」

 

「だから、なんとなくそう組んだ方が分かるじゃん」

 

 レヴィは、あくまで感覚で言った。

 

 ルベッカは明らかに納得していない。

 

 その様子に、ティプスタン、ミミリル、ガミは微妙な違和感を覚えた。

 

 ルベッカは荷物の中から、今度は巻物を取り出した。

 

「では、これはどうです?」

 

「んー?」

 

 レヴィが受け取って眺める。

 

 しばらく無言。

 

 やがて、じわじわと顔が赤くなっていった。

 

 ルベッカは真面目な声で言う。

 

「これは、精霊誕生の秘密が記された書物だと、私は推測しています」


 眼鏡を押し上げるルベッカ。

 

「ま……まあ、誕生はあってんじゃねーの?」

 

 レヴィが目を逸らす。

 

「そうでしょう」

 

 ルベッカが食いつく。

 

「しかし、こことここの文体解釈が不可解で――」

 

「し、しらねーよ!」

 

 なぜかレヴィが怒気を強めた。

 

 理由が分からない。

 

 ルベッカは気にもとめず、なおも論理で詰めようとする。

 

「この比喩表現と、この接続構造が――」

 

 レヴィがぼそりと言った。

 

「これ、精霊言語で書かれたポルノ小説じゃねーか。しかも……かなりエロい」

 

 空気が止まった。

 

 ルベッカが、無表情になる。

 

 ティプスタンも固まる。

 

 ガミも肉串を持ったまま止まった。

 

 ミミリルだけが首を傾げる。

 

「ポルノってなんだ?」

 

 誰も答えなかった。


 ティプスタンも「ポルノ」という言葉の意味を知らなかった。


 しかし、「エロい」という言葉に、触れてはいけないモノだと察する。

 

 数秒の沈黙のあと――

 

 ルベッカが、すっと巻物をレヴィの手から取り戻した。

 

「……本日の検証は、ここまでにしておきます」

 

 声だけは平静だった。

 

 だが銀縁眼鏡の奥の目が、ほんのわずかに泳いでいる。

 

 ガミが小さくティプスタンの耳元で囁く。

 

「ルベッカのやつ、珍しく効いてるな」

 

「しーっ」

 

 ティプスタンも小声で返す。

 

 ミミリルはまだ事情が分かっていない顔で、ルベッカとレヴィを交互に見ていた。

 

「草餅の次は、なにを作るんだ?」

 

「そこはもう、気にしなくていいと思うよ」

 

 ティプスタンがやんわりと言うと、ミミリルは「そうなのか?」と首を傾げた。

 

 その頃には、広場の空はすっかり夜の色へ沈み始めていた。

 

 頭上で揺れる星灯火の金の光が、噴水の水面に映ってきらめく。


 通りの向こうでは笑い声と楽の音が重なり、祭りはまだ終わる気配を見せない。

 

 レヴィはそんな光景を、ティプスタンの隣で黙って見ていた。

 

 人混みへ消えて行ってしまいそうな少年が、今はまだその場に立っている。

 

 ティプスタンは、そんなレヴィへ向けて笑いかけた。

 

「もう少し一緒に回らない?」

 

 レヴィは一瞬だけ目を丸くし、それからそっぽを向いた。

 

「……気が向いたらな」

 

 ぶっきらぼうな声だった。

 

 けれど、その足はまだ、どこにも向かっていなかった。

 

 星を象った灯火が風に揺れ、やわらかな金色の光が五人の上へ降り注ぐ。

 

 まるで本当に、星の加護が地上へ下りてきたかのように。

 

 星火祭の夜は、まだ続いていく。



☆15話に続く☆ 

★作中登場アイテムについて★


【深紅のマント(ヴァーミリオン版)】

何の変哲もないマントから、ルベッカが簡易術式刻印を施した術式魔導具マントとなり、さらにガンハートと対峙したことで、さらなる進化を遂げたティプスタンのマント。


「——顕現せよ、刻まれし紅の術。

インスクリプト・ヴァーミリオン!」


と言う詠唱文句を密かに考えていたティプスタンだったのだが、実戦でカッコ付けているヒマはないので、「インスクリプト・ヴァーミリオン」と最低限の詠唱で済ます。


■機能(現在判明中)

魔力ゼロのティプスタンが三分間だけ、魔力を使うことが出来る。

実際は疑似魔力であり、魔力とは別のエネルギー。

マントの留め金具である五つの赤い花弁が使用できる目安となっている。

一つの花弁で約三分間「身体に疑似魔力を宿す」ことができ、その間だけ、ティプスタンは魔力系統「循環系」能力者になれる。すぐに次の三分間が使える訳では無く、数分のインターバルを必要とする。

しかし、ヴァーミリオン版に進化したことで、「リフト・ヴェルム」と詠唱すると、マントがふわりとなびく。という機能が使いたい放題になった。

これにより、ティプスタンはさらなるモチベーションを維持できるようになった。

夜中に興奮し過ぎて、ルベッカとメリシアから「早く寝なさい!」と怒られた。


【緋幻紋の丸い小盾】

星火祭の古物商の露店で手に入れた盾。

くすんだ朱色で、盾の中央には丸い輪っかのように燃えた炎のマークがある。緋幻紋という紋と似ているので、「緋幻紋の盾」と呼んでいる。

幻の金属『緋々色金(ヒヒイロカネ)』をモデルに作られたレプリカ。

世界的有名な鍛冶職人ヤマト・タケルの作と札に書いてあるのだが、レヴィが言うにはヤマタノ・タケシという人物の作らしい。

■緋々色金の特徴。

ミスリルよりも軽く、アダマンタイトより硬く、オリハルコンよりも丈夫といわれる超希少金属である。

しかし、緋々色金は断魔素材であり、魔力を扱う冒険者には無用の産物。

断魔素材とは、魔力を宿すことが出来ない素材のこと。

魔導具化できず、用途も限られ、魔力の流れを不安定にさせるとされ、忌み嫌われている。

実際は「魔力の流れを不安定にする」ことは無いのだが、魔力はイメージの力で扱う以上、思い込みが障害となることはある。



■各魔力系統最強金属

ミスリル(Mithril)

特性:超軽量・高強度・魔力伝導◎

色のイメージ:青銀色

強み:防具・武器どちらにも最適

弱点:超レア、加工に高い技術が必要。「最強“素材”」というより最強“実用金属”

★向いている系統:制御系

制御系が装備に魔力を宿すことで、さらに強力な装備になるゾ!



アダマンタイト(Adamantite)

特性:超高強度・魔力伝導◎

色のイメージ:赤みを帯びて黒い

強み:とにかくめちゃ硬い

弱点:物凄く重い。加工はミスリルやオリハルコンに比べればしやすいが、重い。

とにかくめちゃ重い。

★アルギオンの用いる装備によく使われている。

筋肉バカのアルギオン専用といっていいゾ!



オリハルコン(Orichalcum)

特性:高強度・魔力増幅・自己修復

色のイメージ:金色〜赤金(ローズゴールド寄り)

強み:装備の壊れやすい循環系には理想の金属。魔力増幅効果もあり、強靭な肉体を得られる。

弱点:ミスリルと同じく超レア、加工に高い技術が必要。ミスリルより重い(鉄と同じくらい)。

ゆえに、肉体強化のできる循環系が扱いやすい。魔力伝導率は普通の金属(鉄とか)と同じ。

★向いている系統:循環系

軽い損傷は自己修復するので、家計に優しくてエコロジーだゾ!



エーテリウム(Aetherium)

特性:魔力の流れを極限まで増幅・変換。

色のイメージ:虹色。

強み:魔法武器・魔導具の出力において最強。魔石の最上級版みたいな石。

弱点:耐久は普通。希少だが、カネさえあれば手に入る。

ミスリルやアダマンタイトに付ければ想像を絶する武器になるが、耐久性が低いので、近接戦闘など打ち合う武器よりも、遠距離系の杖や装飾に用いられる。

★向いている系統:生成系と構築系

ルベッカに買ってもらおうとしたら、怒られたゾ!



緋々色金ヒヒイロカネ

特性:幻の最強金属。ゆえに詳細不明。

色のイメージ:深紅〜朱色(血のような赤)

強み:アダマンタイトの硬さとミスリルの軽さ、オリハルコンの丈夫さを凌駕するとされる金属。

弱点:断魔素材のため、魔導具化出来ない。呪いの金属とされ忌み嫌われている。

★向いている系統:なし

こんなの誰が使うのか分からないゾ!


【まとめ】

硬さ最強 → アダマンタイト

丈夫さ最強 → オリハルコン

実用最強 → ミスリル

魔力特化 → エーテリウム

特殊→ヒヒイロカネ

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