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第9話『紅の外套とスタイル』

 ククルシア共和国。


 冒険者養成所《第3星腕リュミナリア学園》


 ――屋外訓練所。

 

 踏み固められた土の広場では、生徒たちがそれぞれの課題に取り組んでいた。


 木剣がぶつかる乾いた音が、空気を震わせる。 


 詠唱の声が重なり、魔力のざわめきが広場を満たす。


 その合間に、怒号と歓声が弾けるように響いた。

 

 そんな訓練所の片隅。

 

 簡素な屋根と長椅子が置かれた休憩スペースで、ティプスタンはひとり、自分のマントの留め金具にそっと指を添えていた。

 

 胸元を留めるその金具は、五枚の花弁を模した赤い宝石が放射状に並ぶ、繊細な金細工だ。


 中心の宝石を囲む花びらの宝石は、今は四枚が赤く、一枚だけが透明になっている。

 

 使える回数は、残り4回。

 

 ティプスタンはごく真剣な顔で、しかし内心では妙にわくわくしながら、小さく息を吸った。

 

「……よし」

 

 そして、いかにもそれらしい声色で呟く。


「軽き風、我が衣に集え――」

 

 間を置く。

 

 なんだか違う気がした。

 

「いや、もう少し……それっぽく……」

 

 顎に手を当て、考え込む。

 

「空の理よ、紅に宿りて羽となれ――」


 それも嫌いではない。

 

 だが、まだ足りない。


 何が足りないのかは分からないが、とにかく足りないのだ。

 

 ティプスタンはむう、と唸った。

 

 別に意味はない。

 

 ただ、どうせなら、かっこよく言いたい。


 それだけである。

 

 やがて、ティプスタンは三つ目の候補を試した。

 

「風の精よ、我が外套に宿れ――」

 

 うん、悪くない。

 

 少しその気になれた。

 

 ティプスタンはひとり頷くと、満を持して唱える。

 

「風の精よ、我が外套に宿れ――リフト・ヴェルム」

 

 次の瞬間。

 

 胸元の花弁のひとつが、すっと透明に変わった。

 

 それと同時に、深紅のマントが、ふわりと小さく舞い上がった。

 

「おお……!」

 

 ほんの少し。

 

 本当に、ほんの少しだけ。

 

 だが確かに、自分の言葉で、自分のマントが反応した。

 

 ティプスタンは思わず口元を押さえた。

 

(ムフフ……)


 思わず頬が緩む。

 

 術式魔導具。

 

 魔力のない自分でも扱える可能性。

 

 その話をルベッカから聞いた時、胸の奥が熱くなったのを覚えている。

 

 そして頼み込み、試作として施してもらったのが、このマントの術式刻印だった。

 

 効果はたった一つ。

 

 特定の呪文と、ティプスタンの声に反応して――マントがふわりとなびく。

 

 それだけ。

 

 たったそれだけなのに。

 

 ティプスタンにとっては、それがたまらなく嬉しかった。

 

 自分が“魔法を使っている感じ”がする。

 

 それだけで、心が少し前を向く。

 

 もちろん実用性は皆無に近い。


 空気中の魔力を集めて動かす構造上、蓄積量は限られ、再充填にも時間がかかる。


 一枚の花弁が赤に戻るまで、およそ4時間。


 1日に5回も使えれば良い方だ。

 

 それでも――今のティプスタンには、十分すぎるくらいの宝物だった。

 

「次はこれかな……」

 

 また一人、かっこいい前口上を考え始めた、その時だった。

 

「――っしゃあああ! いっくぜ、ポークン先生ぇ!!」

 

 訓練所の中央付近から、聞き慣れた元気の良すぎる声が響いた。

 

 ティプスタンが顔を上げる。

 

 そこでは、ガミとポット・ポークンが向かい合っていた。

 

 互いの両腕には、訓練用の革の拳甲魔導具が装着されている。

 

 どうやらまた、ガミが“訓練”という名目で勝負を挑んだらしい。

 

「ポークン先生、今日はぶっ飛ばしてやるからな!」


「毎度毎度、困るんだな……でも、来るなら相手はするんだな」

 

 ポット・ポークンは鼻先をぽりぽりとかいた。

 

 困ったような顔なのに、どこか少しだけ喜んでいるようにも見える。

 

 ガミは低く構えた。

 

 その瞬間、拳甲にはめ込まれた紫色の魔石が一瞬きらりと光り、革と革の継ぎ目に沿って光が走る。

 

「いっくぜっ!」

 

 ガミが地を蹴った。

 

 速い。

 

 灰色の尾が一直線に流れ、褐色の身体が一気に距離を詰める。

 

 振り抜かれた拳が、ポット・ポークンの顔面へ届く、その寸前。

 

 ポット・ポークンの拳甲もまた光った。

 

 ――ドゴンッ!!

 

 物凄い音が訓練所に響く。

 

 だが。

 

「えっ……」

 

 ティプスタンは目を見張った。

 

 真正面から受けたにもかかわらず、ポット・ポークンは微動だにしていない。

 

 対するガミは、獣耳をぴくりと震わせた。

 

「……まだ威力が足んねーのか?」

 

 悔しげに呟くと、ガミは一度下がり、すうっと目を閉じる。

 

 呼吸を整え、両腕を構え直す。

 

 次の瞬間――


 拳甲の魔石が、ブォン、と鈍く光った。

 

 紫色のオーラが、ガミの腕にまとわりつく。 


 ティプスタンの目にも、それははっきりと見えた。

 

「おお……」

 

 ティプスタンは思わず声を漏らす。

 

 ガミは再びポット・ポークンに飛び込んだ。

 

 今度は一撃では終わらない。


 左右の拳を交互に叩き込み、連続で打ち込む。

 

 ドドドドドッ!!


 ドドッドドッ!!

 

 防御に徹するポット・ポークンの腕に、衝撃が重なり、さすがにその足元がずるずると後退しだした。

 

「よっしゃ! これなら――!」

 

 ガミの琥珀色の瞳が勝機を掴む。

 

 ぐっと腰を落とし、全身の力を左腕へ込める。

 

 渾身の一撃。

 

 そう思った、次の瞬間。

 

「っ、あ……!?」

 

 振り抜く、その直前――


 ガミの動きが、ぴたりと止まった。

 

 その場で両腕を抱えて顔をしかめる。

 

「いっ、てぇ!? な、なんだこれ……!」

 

 ティプスタンには何が起きたのか分からなかった。

 

 するとポット・ポークンは、構えを解いて静かに言った。

 

「道具に頼り過ぎなんだな」

 

「……は?」

 

「道具の特性を、考慮できていないんだな」

 

 ポット・ポークンはガミの拳甲を指差した。

 

「『拳が道具に守られている』と思い込むと、自分の拳そのものへの魔力配分が疎かになるんだな。身体の保護が足りないまま出力だけを上げると……そうなるんだな」

 

 ガミは痛みに顔をしかめながらも、悔しそうに唇を噛んだ。

 

「……くそっ」

 

 その姿を見て。

 

 ティプスタンは、胸元の留め金具をそっと握った。

 

 マントがふわりとなびくだけの術式魔導具。


 モチベーションの支えにはなっているものの…… 


 ニヤニヤしている場合じゃない。

 

 そんな思いが、急に胸へ差し込んできた。

 

 がむしゃらながらにガミは前に進んでいる。

 

 それに比べて自分はどうだろう。

 

 “魔法っぽい”ことができて浮かれていた。

 

 これでは駄目だ。

 

 戦うために――

 

 いや、守るために。

 

 自分も進まなければならない。


 

 


 しばらくして。

 

 ガミは両手に包帯を巻き、休憩スペースの長椅子にどかっと座っていた。

 

 ティプスタンはその隣に腰を下ろす。

 

「大丈夫?」

 

「……まぁ平気だ」

 

 そう言ってガミは鼻を鳴らした。

 

「でも、すごく強くなってるね。ガミ」

 

「まだまだだぜ!あんなの」

 

 ぶっきらぼうに返しながらも、その目はどこか真剣だった。

 

 ふと、ティプスタンの視線が、ガミの隣に置かれた練習用の拳甲へ向いた。


(すごかったな……)


 詠唱なしで、あんなふうに光って――


 ん?


 ある違和感に気づく。


 数秒、考えて――


「あ」


 気づいた。


「そういえばさ、ガミもポークン先生も……魔導具使う時、詠唱してないよね?」

 

「あ〜?」

 

 ガミは面倒くさそうに頭をかく。

 

「そんなもん、いちいち言ってられっかよ」

 

「いや、でも、詠唱しないで使えるもんなの?」

 

「んー……なんかこう、自分の体を動かすように、グワッてやると使えんだよ」

 

「グワッて……」

 

 あまりにも雑な説明に、ティプスタンは苦笑する。

 

 だがその時――

 

「間違ってはいないんだな」

 

 声がした。

 

 振り向くと、ポット・ポークンがいつの間にか戻ってきていた。

 

「循環系においては、詠唱が必要なのは、強力な技を使用する時くらいなんだな」

 

 ぽりぽりと鼻をかきながら、続ける。

 

「魔力循環を意識すればいいんだな」

 

「魔力循環……?」

 

「魔力は血液のように“流す”ものなんだな。筋肉に力を入れるのと同じ感覚なんだな」

 

 ティプスタンは目を瞬かせる。

 

「コツさえ掴めば、詠唱なしでも発動できるんだな」

 

「す、すごい……」

 

 ポット・ポークンは真顔で付け加えた。

 

「近接戦闘では、詠唱は大きな隙を生むんだな。喉を潰されたり、声が出ない状況もあるんだな」

 

「……!」

 

「だから、直感的に使えなければ意味がないんだな」

 

 その言葉に、ティプスタンは思わず息を呑んだ。


 あらためて、ガミの拳甲を見つめるティプスタン。 

 

 自分の中で、ここ数日考えていたことが少しずつ形になっていくのを感じている。

 

 ルベッカに術式魔導具の話を聞いてから、ティプスタンは基礎訓練のたびに考えるようになっていた。

 

 ――もし、僕に魔力があったなら?

 

 その仮定で自分を見つめ直した時、ひとつの考えが浮かんでいた。

 

 自分は、ガミのように前へ突っ込んで敵を倒す役には向いていない。

 

 だったら、自分が目指すべきなのは――

 

 仲間を守ることに特化したスタイルじゃないか?

 

 そう思い始めていた。

 

 しかし、魔力で身体を強化できない自分には、防具は必須だ。

 

 身を守るものがいる。

 

 だが、ただ重い防具を装備しても、自分の体では扱いきれない。

 

 なら、どういう戦い方がいいのだろう。

 

 ティプスタンは少し悩んだ末、立ち上がった。

  

「ポークン先生!」


 その場を去ろうとしていたポット・ポークンを呼び止める。

 

「どうしたんだな?」

 

 ティプスタンは、頭の中で整理しながら言葉を選んだ。

 

「僕、……戦うなら、仲間を守れるスタイルがいいと思ってるんです。前に出て倒すっていうより、守ったり、支えたり……そういう感じで」

 

 ポット・ポークンは、何も言わずにティプスタンを見つめる。


「それで、体を守る防具とか、盾とかが必要だと思ってるんですけど……でも僕、体も細いし、大きい盾を振り回すのはたぶん向いてなくて」

 

 自分で言いながら、うまくまとまっていない気もした。

 

 だがポット・ポークンは、途中で遮らずに最後まで聞いてくれた。

 

 そして、少しだけ考え込むように、鼻をぽりぽりかいてから言った。

 

「それなら――短剣盾術が良いかもしれないんだな」

 

「たんけん……じゅんじゅつ?」


「短剣と小型の盾を組み合わせて戦う技術なんだな。守りを固めながら、細かく対応できるんだな。大きな力より、位置取りと判断が大事になるんだな」

 

 ティプスタンの胸が、少しだけ高鳴った。

 

「それ、僕にもできるでしょうか?」


「できるかどうかは、やってみないと分からないんだな」


 そう言って、ポット・ポークンは、訓練所の中央から少し離れた隅の方を指差した。

 

「短剣盾術を本気で学びたいなら、オイラより適任がいるんだな」

 

「え?」

 

 ティプスタンがその先を見る。

 

 そこでは、数人の生徒が見守る中、ヒューマンの老人男性と、少年が向かい合っていた。

 

 互いに手にしているのは、訓練用の木製の短剣と小盾。

 

 男は無駄のない構えで静かに立ち、少年は額に汗を滲ませながら必死に食らいついている。

 

 派手さはない。

 

 しかし、その動きに、どこか吸い寄せられた。


 打ち込まれた一撃を盾で受け流し、衝撃をいなすと同時に間合いを詰める。

 

 半歩ずれるだけで、攻防が入れ替わる。

 

「……あの人が?」


「そうなんだな」

 

 ポット・ポークンは頷く。

 

「あの人なら、恐らく君の求めてるものを教えてくれるんだな」

 

 ティプスタンは、ごくりと喉を鳴らした。

 

 紅のマントが、風もないのにかすかに揺れた気がした。

 

 守るためのスタイル。

 

 その入口が、今ようやく目の前に現れたのかもしれない。

 

 ティプスタンは木剣と盾を打ち合わせる音を見つめながら、そっと拳を握る。

 

 ――僕も、強くなりたい。

 

 倒すためじゃない。

 

 守るために。

 

 その想いを胸に、ティプスタンは一歩、前へ踏み出した。


  

☆10話に続く☆

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