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9 魔女裁判

聖ローゼマリー女学院の敷地内には、美しい庭園がある。

薄桃色の睡蓮の花が咲く池を囲んだその庭園は、張り詰めたような緊張感に包まれていた。

学園の生徒と関係者が集められ、魔女裁判が始まろうとしているのだ。


「生徒諸君、聞いてくれ。」


生徒会長フリーデリンテが語りかける。


「我らの学友マヤの突然の死に、皆が胸を痛めたことだろう。

彼女の命を奪った事件は、学園がはじまって以来の残虐な出来事だ。

この事件は我らの心に恐怖という悪魔を植え付けた。

我らが恐怖に負け、互いに疑いの目を向けるのを見て、学園に潜む魔女はほくそ笑んでいる。」


フリーデリンテは「しかし、我々は魔女に立ち向かわねばならない。」と声を張り上げる。


「この学舎に平穏を取り戻すため、我々の手で悪き魔女を学園から追い出すのだ。

これより、魔女裁判をはじめる。」


フリーデリンテの宣言に生徒たちは歓声を上げた。


「カメリア嬢、こちらへ来てくれ。」


フリーデリンテの手招きを受け、カメリアは生徒たちの前に歩み出る。


「探偵たる貴方はこの学園の謎を解くことが出来たかな。」


カメリアは堂々と「もちろんですわ。」と微笑んだ。


「では、どうか我々に示してくれたまえ。

マヤの命を奪った魔女は誰なのかを。」


「お引き受けいたしましたわ。」


そしてカメリアは言う。


「マヤの命を奪った犯人は、この方です。」


カメリアが指し示す先にいたのは…。


「貴方ですわね、ガースン神父様。」


「いったい何を言い出すのだ。」


ガースン神父は眉を吊り上げる。

しかしカメリアは臆することなく話しはじめる。


「犯行が行われたのは、礼拝堂と寮を繋ぐ渡り廊下だと思われていました。

しかし、これは誤りです。

真夜中の渡り廊下は人目につきにくいとはいえ、音は響きます。

気がついた者はいなかったのですから、屋内で犯行が行われたと考える方が自然です。」


「では、どこで犯行が行われたというのだね。」


いらつきを滲ませたガースン神父に、カメリアは「礼拝堂の中ですわ。」と答えた。


「礼拝堂を拝見いたしましたところ、祭壇の前の床板に細い傷が幾つもついていましたわ。

あれは鞭でつけられたものでしょう。」


ガースン神父は「血痕が残っていたのは渡り廊下だけだろう。」と反論する。

けれどもカメリアは「犯人が血痕を拭き取ったのですわ。」と言うのだった。


「神聖な場所である礼拝堂は、常に清潔にしていなければなりませんから。」


「まさか、その礼拝堂の鍵を管理しているのが私だから、というだけで私を犯人扱いしているのではないだろうな。」


ガースン神父はカメリアを睨みつけたが、カメリアは「根拠は他にございます。」と微笑んだ。


「マヤはロザリオを握りしめていました。

しかし、あれは彼女のものではなかったのです。

神学よりも医学を好み、医学の発展に身を捧げたマヤが最期にした事は神への祈りではなかった。

彼女は犯人を示すため、犯人の物であるロザリオを最期まで離さなかったのです。」


カメリアは「礼拝堂には、これが落ちていたのですよ。」と手を上に掲げた。

その手にあったのは、木製の珠。

ロザリオの珠だ。


「先ほど私はグレーテ様に、聖ローゼマリー女学院の生徒に学園から配布されるロザリオを見せていただきました。

こちらの珠はその生徒用のロザリオのものよりもひとまわり大きいのです。」


神父用のロザリオは、腰から下げるために通常の物よりも珠が一回り大きいのだ。


「さらに、マヤの握りしめていた十字架も生徒用のものとは違っていました。

ロザリオの装飾は己の信仰を表すものですわ。

学園のマザー達に確認していただければ、誰のものかはわかるはずです。」


ガースン神父はぐっと顔を顰め、「しかし、私にはマヤを殺さねばならぬ理由がないだろう。」と苦しげに述べた。

そんな彼にカメリアは冷たく言う。


「貴方はマヤに罰を与えたのでしょう?」


ガースン神父は目を見開いた。


「マヤは父親の実験に協力していました。

それはガースン神父様、貴方からすれば神に背く行為だった。

だから貴方はあの日マヤを礼拝堂に呼び出し、彼女を鞭で打って罰したのです。」


ガースン神父は誰よりも神に従順で、教えに背く生徒には罰を与える厳しい教育者だった。


あの夜ガースン神父がマヤを呼び出したのは、体調不良を理由に頻繁に授業を休むことを咎めるためかもしれない。

あるいは、マヤの身体に起きた変化はもう隠しきれない段階だったのかもしれない。

鞭の痛みから逃れるため、マヤ自身が告白したのかもしれない。


正確なことはわからないが、ガースン神父はマヤの秘密を知った。

そして彼は、マヤを。



「マヤはその激しい暴力に耐えきれず、礼拝堂を逃げ出し渡り廊下で力尽きました。

ガースン神父様、貴方は倒れた彼女を助け起こすこともせずに立ち去りましたね。

衰弱したマヤは夜の寒さに晒され冷え切ってしまったのです。」


マヤを死に至らしめたその行為は、教育などではなく殺人だ。

言葉を失ったガースン神父に歩み寄ったのは、フリーデリンテだった。


「ガースン神父、貴方は自分が神に背いた魔女だと認めますか。」


問われたガースン神父は「認めるわけがないだろう!」と叫ぶ。


「私は魔女などではない!」


「そうですか。」


フリーデリンテが合図し、数人の生徒がガースン神父を取り囲んだ。

「何をする!」というガースン神父の叫びを無視して、生徒たちは彼を縛り上げた。


「魔女裁判なのだから、水審をするのだよ。」


フリーデリンテは妖しく微笑んだ。


「魔女ならば清き水には受け入れられぬはず。

水に沈めば貴方の潔白は証明される。

しかし水に浮くのならば貴方は忌まわしき魔女だ!」


ガースン神父を取り囲んだ生徒達は、彼を池の淵へと連れて行こうとする。


「待て、これは裁判なんだろう。

まだ私の主張を聞いていないじゃないか。」


そう言って抵抗するガースン神父に、フリーデリンテは冷ややかな眼差しをよこした。


「これは近代的な裁判ではない。

貴方が信じていた価値観に基づく魔女裁判だ。

水に沈む以外に貴方の潔白を示すすべはない。」


ガースン神父は青ざめた。

池の淵へと立たされた彼は、「待ってくれ、罪を認める!」と叫んだ。


「私は神の教えに背いた…。

マヤを殺したのは、私だ…。」


項垂れる彼を見るフリーデリンテは、軽蔑を隠さなかった。


「そこまでだ。」


響く声をあげたのは、スタンフォード警部補だった。

スタンフォード警部補はガースン神父から生徒達を引き離し、ガースン神父を捉えた。


「ガースン神父。

貴方を殺人容疑で逮捕する。」


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