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第7話 光の器 後編

 ティアラの胸元が静かに上下し、眠りの呼吸が部屋を満たす。

 アルバートが皆を見渡し呟く。


「しばらく休ませよう」


 場の空気は少しだけ落ち着きを取り戻した。

 だが、部屋の中心で眠る少女からただよう光だけは、その場に残る誰もが気づくほどに淡く脈動していた。

 やがて、ティアラの睫毛が震えた。


「……っ」


 小さな吐息とともに、揺らぐ光の中から澄んだ紫の瞳がゆっくりと開かれていく。

 先ほどよりも意識が戻っているのか、瞳の焦点は少しずつ形を成していく。


 「ティア……?」


 リアンが驚きと安堵の入り混じった声で呼びかける。

 ティアラはまだ体を起こせずにいたが、その視線はリアンの方へ――まっすぐ伸びた。

 先ほどと違い、迷いは少しだけ薄れている。


「……ここ……は……?」


 声は弱く、空気に溶けてしまいそうだった。

 ユラが柔らかく答える。


「アルシェ公爵家の屋敷です。あなたは森で倒れていました。クラウス様、リアン様、リリス様が保護したのですよ」


 ティアラの視線が、ゆっくりと室内を巡る。

 見知らぬ顔と、穏やかな気配。

 そして――最後に、その視線がリアンへと吸い寄せられた。

 光の中で差し出された手――

 自分を抱き上げた温もり――

 ここへ連れてきてくれた腕――

 その断片が繋がったのか、ティアラの表情にほのかな安心が広がる。


「……助けて、くれたの……?」


 リアンは少し照れたように、しかし真剣に頷いた。


「放っておけなかったんだ」


 ティアラはほんのわずかに笑みを浮かべる。

 その微笑みがあまりに儚く、リリスは思わず胸の前で手を組んだ。


「……よかった……。怖かった、でしょう……?」


 リリスの小さな声に、ティアラは瞬きをして、少しだけ首を横に振った。


「怖かったのは……次々と襲いかかる魔物達と……影。わたしじゃ、止められなくて……」


 言葉は震え、思い出すたびに胸を刺す痛みが滲んでいるようだった。

 ユラが静かに前へ出る。


「ティアラ様。無理に話す必要はありません。魔力の流れがまだ不安定です」


 ユラはティアラを見つめる。

 その瞳がふいに揺れた。まるで“分かっている”と言いたげに。


「……触れただけで、分かるの……? わたしの……魔力……」


 ユラは驚かずに、むしろ穏やかに微笑んだ。


「ええ。わたしは魔力の循環を見る訓練を受けています。あなたの魔力は……美しい流れを持っている」


 ティアラの頬が、少しだけ赤くなる。

 その横でクラウスが腕を組みながら呟いた。


「精霊王族なら、魔力の質が桁違いでも不思議はないな」


「精霊……王族……なぜそのことを?」


 アルバートは一歩近づき、落ち着いた声で言葉を重ねる。


「君の血は、精霊の最高位――“精霊王家”のものだ。我々には敵対する意思はない。しばらくここで傷を癒やすといい」


 ティアラは一瞬だけ視線を伏せ、

 何かを言いかけて――小さく息を呑み込んだ。


 そして、しばし沈黙し、

 小さく、震える声で答えた。


「……ありがとう……ございます……」


 その言葉は、かすれた祈りのようだった。

 リアンはそっと椅子に寄りかかり、ティアラの目線に合わせるように腰を低くした。


「ティアラ。僕はリアンだ。……君を、ひとりにはしない」


 ティアラの瞳が揺れ、その奥に微かな光が宿る。


「リアン……」


 名前を呼んだ声には――安心と、どこか懐かしさのような響きがあった。

 その瞬間、ティアラの指が微かにリアンの手へ伸び、触れるか触れないかの距離で、指先が震えた。

 まるで、光に導かれるように。


「……あなたの手……あったかい……」


 リアンの胸が――一瞬だけ強く脈打つ。

 ティアラの指先の光の粒子がリアンの指先に流れていく。

 アルバートはその様子を見て、静かに頷いた。


「やはり……彼女の器は、お前か」


 クラウスが肩をすくめる。


「……こりゃあ、しばらく騒がしくなりそうだな」


 リリスは、眠りかけたティアラの肩が僅かに震えているのに気づき、そっと毛布の端を引き寄せて掛け直した。

 そのまま離れず、安心させるように小さく微笑む。


「無理しないで……ティアラ。ここはもう、安全だから……」


 ティアラはふわりと目を細め、そのままリアンの手を握ったまま――再び瞼を閉じた。

 眠りへ戻る少女を見守りながら、リアンは静かに呼吸を整える。


 ――この子を、ここから遠ざけてはいけない。


 その感覚は、決意というよりも、

 すでに戻れない場所へ踏み込んでしまったという静かな実感に近かった。


 そして、アルシェ家の屋敷の窓辺で揺れる光は、これが大きな渦の始まりであることを、まだ誰にも教えようとはしなかった。











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