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第8話 錨となる光

 夜の空気が裂ける。

 そのまま、黒い影が一斉に跳躍した。

 夜織の刃が氷結の魔術陣を切り裂こうと突き進む。

 リアンは胸の光をさらに膨らませ、氷刃を空中で連続展開。蒼白の軌跡が影を断つ。

 その直後、刃が届くはずの距離で、空気がわずかに歪んだ。

 音もなく、影の動きが鈍る。空間そのものが拒絶したかのように、夜織の一撃が失速する。


「ティアラ、離れるな!」


 リアンの背後で、クラウスが一歩だけ踏み出していた。

 視線は敵陣全体を捉え、無詠唱のまま“形のない防壁”を編み上げている。

 空気が歪み、攻撃の軌道が逸れる。

 

 ユラは剣を回転させ、飛びかかる敵を正確に弾き飛ばす。

 無駄のない動きだったが、その踏み込みはどこか慎重で、決定打を避けるようにも見えた。

 深藍色の髪が風に揺れ、銀青の瞳が一瞬だけ敵を捉える。

 刹那、剣先から火花が散り、床にひびが走る。


「アルバート様、正面を押さえて下さい!」


 アルバートの深い青い瞳が冷たく光り、彼の掌から無色の衝撃波が放たれる。

 数人の夜織が吹き飛び、空気が裂ける音だけが残った。

 その衝撃が仲間に及ぶ前に、クラウスの結界がわずかに収束し、余波を“無”に還す。

 リリスの尾が一閃する。白銀の毛並みが月光を反射し、薄紫の結界が亀裂を塞ぐ。

 ティアラは震えながらも手を組み、指先に水の魔力を集める。

 視線は自然と、リアンの背へと向いていた。

 無意識のうちに、そこが一番安定する場所だと知ってしまっているかのように。

 微かに虹色の紋章が瞳の端に浮かび、淡い水の膜が仲間たちを包む。


「《アクア・サークレット》……!」


 前とは違う。

 恐怖に縋るような魔力ではなく、戻る場所がある水の流れだった。

 水の輪が広がり、氷結と光と融合する防御陣が屋敷の中に形を成す。

 水の流れは、迷わず一点へ集まった。

 氷の中心へ。

 リアンの背へ。

 リアンは、その感覚に小さく息を詰めた。

 守っているはずなのに、皆の魔力の流れが――自分を起点に、揃えられている。


 違う。

 自分が立ち続けなければ、すべてが崩れる。

 その確信が、あまりにも自然に胸へ落ちた。


 次の瞬間、光が弾ける。


 ――自分が命じるよりも先に。


 冷気が奔る。

 空間が、凍りついた。

 氷が軋む。


 ――冷たすぎる。


 誰の声でもない感覚が、場を満たす。


 クラウスの結界が、わずかに軋んだ。


 アルバートが息を呑む。


 青白い冷光が夜を裂く。


「……青白き光……」


 それ以上は、言葉にならなかった。


 刃が閃き、氷陣が軋む。


「……いや。戦闘中だ、集中しろ!」


 声が、わずかに早い。


「リアン、出力を抑えろ」


 無色の衝撃波が、氷の広がりを押し返す。

 声は低い。

 だが、その指先がわずかに強張っていた。


 アルバートの視線は、静かにリアンを捉える。

 間合いを詰める夜織を見据えながらも、声には焦りはない。

 だが、その低さと鋭さが、逆に周囲に緊張を強いる。


 夜織の黒刃が氷陣をなぞる。


「……」


 布の奥の視線が、リアンを測るように止まった。


「……守護ではない」


 次の瞬間、陣形が変わる。

 黒刃は退かず、だが踏み込まない。

 試すように。

 黒刃が左右に走り、影が次々と伸びる。

 壁際に控えていた者たちも合流し、リアンたちを挟み込むように移動する。


「──ならば、力ずくで排除する」


 夜織が低く呟き、闇の刃を地面に突き刺すと、影が蠢き、黒い触手のように伸びてきた。

 だがその一部が、クラウスの足元で唐突に“消失”する。

 魔力の流れが断たれ、影は形を保てず崩れ落ちた。


「くっ!」


 リアンが氷刃を突き出し、触手を切り裂く。

 その瞬間、胸の奥で、ティアラの鼓動が重なった気がした。


 彼女の水の魔力が、迷いなくこちらへ寄ってくる。


 その流れに、ティアラは息を呑んだ。


 自分から、預けている。

 それなのに、胸が一瞬だけ冷えた。

 この光は――強すぎる。


 氷と光が反射して影を断ち、氷刃はさらに鋭さを増す。

 だが次の瞬間、別の影が彼の側面を襲う。


「リアン!」


 ティアラの叫びが、胸の奥に直接響く。

 光と水の共鳴が短く脈打ち、リアンの魔力が応えるように立ち上がった。


 ユラの剣が火花を散らす。

 弾かれた影を、直後にアルバートの衝撃波が吹き飛ばした。


 余波が走る前に、空間がわずかに歪む。

 クラウスだ。


 裂けかけた結界を、白銀の尾が縫い止める。

 リリスが低く唸った。


 だが夜織は一歩も引かない。

 冷徹な動きで陣形を維持し、夜織の影がさらに迫る。

 黒い刃の旋律が屋敷を震わせ、闇の圧力が仲間たちに押し寄せる。


 リアンは胸の光を最大限に膨らませ、氷刃を大きく振るう。

 屋敷の床に青白い光が走り、夜織の足が再び止まる。


「……ここまでか?」


 夜織が静かに問いかける。

 血も恐怖もない声が、逆に凄まじい威圧を放つ。


 リアンは氷刃を握り直し、ティアラを守る意志を瞳に宿す。


 ──絶対に、渡さない。


 俺がいる限り。


 ――その言葉が、何を引き寄せるのかも知らずに。


 夜は深い。

 青白い光が屋敷の天井を染め上げる。

 その色は王都の空へと伸びていく。

 理そのものに、かすかな亀裂が走るように。


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