第9話 第七王子と、癒えぬ光
リアンの胸の奥で、ようやく息が戻った。
青白い光が、ゆっくりと引いていく。
張り詰めていた空気が、ほどける。
――その静寂の中で。
アルバートの膝が、崩れた。
片膝をつく。
血が、床に落ちた。
「お父様……!」
掠れた声。
リリスだった。
壁に手をつきながら、無理やり体を起こす。
足元が揺れる。
一歩。
また一歩。
よろめきながら、アルバートのもとへ向かう。
その側で崩れ落ちた。
リリスの無理な動きに、クラウスが小さく息を吐く。
「無茶しすぎだろ」
軽い調子の言葉。
だが、その視線は鋭い。
クラウスは迷いなくアルバートの横へ回り込む。
その動きを追うように、ユラも無言で距離を詰めた。
ほんのわずか、間合いを近く取る。
リアンも歩み寄る。
視線が、アルバートの傷へ落ちる。
深い。
血が、止まらない。
そのとき。
寝台の上で上体を起こしていたティアラが、わずかに息を呑む。
足を下ろす。
床に触れた瞬間、体が小さく揺れた。
それでも――
ゆっくりと、アルバートのもとへ歩み寄る。
そして。
柔らかな手が、そっと重ねられた。
震える指で、アルバートの脇腹に触れる。
息を吸い込む。
「……癒やしの光よ」
声は小さい。
だが、確かに届く。
「傷を閉ざし、命を繋げ――消えぬように」
淡い光が、指先から溢れた。
温かな光。
静かに、傷へと染み込んでいく。
「……白癒光」
光が、満ちる。
血が、止まる。
裂けていた肉が、ゆっくりと閉じていく。
完全ではない。
それでも、確かに塞がっていく。
やがて。
光が、静かに消えた。
ティアラの手が、わずかに震える。
「……私の力では、傷口を塞ぐことしかできません……」
俯いたままの声。
悔しさが、滲んでいる。
「それだけで十分だ」
低く、穏やかな声。
アルバートだった。
ゆっくりと息を吐く。
「……ありがとう」
その言葉に。
ティアラは、顔を上げた。
視線が、リアンたちへ向く。
小さく息を吸い込む。
「……皆さんも……ありがとうございます……」
わずかに震える声が、静寂に溶けた。
そのやり取りを、すぐ側で聞きながら。
リリスが、アルバートの腕を掴む。
強く。
離さないように。
「……よかった……お父様……」
小さな声が、こぼれる。
安堵が、滲む。
だが、体はもう限界に近い。
そのまま、力が抜けるように寄りかかった。
リアンの視線が、わずかに動く。
リリスを捉える。
まだ立てていない。
呼吸も、浅い。
胸の奥が、わずかに揺れた。
「……大丈夫か」
短い言葉。
リリスの肩が、びくりと震える。
ゆっくりと顔を上げる。
その瞳が、まっすぐにリアンを捉えた。
痛みの中で。
それでも――
わずかに、安堵が滲んだ。
リアンは、わずかに視線を落とす。
胸の奥に残る感覚が、ゆっくりと沈んでいく。
守れた。
完全ではない。
それでも――失ってはいない。
ひとつ、引っかかる。
あの言葉。
夜織が、口にしたもの。
リアンは、ゆっくりと口を開いた。
「……父上」
視線が、アルバートへ向く。
「夜織が口にしていた言葉……」
一瞬、言葉を選ぶ。
「第七王子。それに――予言とは、何ですか」
静かな問い。
室内の空気が、わずかに変わる。
アルバートは、すぐには答えない。
目を閉じる。
わずかな沈黙。
そして、ゆっくりと開いた。
「……今は、まだ話す時ではない」
短い言葉。
だが、はっきりとした拒絶。
「いずれ話す」
視線が、リアンへ向く。
「時が来たら、な」
それだけだった。
リアンは、何も言わない。
ただ、その言葉を受け止める。
――まだ、か。
胸の奥に、わずかな違和感が残る。
だが。
追及はしない。
今は、それよりも――
守るべきものが、目の前にある。
リアンは、静かに視線を落とした。
その瞳に残る青白い光が、わずかに揺れる。
消えきらない。
まだ、そこにある。
制御しているはずの力が、完全には収まらない。
胸の奥で、わずかに軋む。
――この力は。
どこまで、届く。
どこまで、守れる――まだ、足りない。
思考は、そこで止まる。
それ以上、踏み込むべきではないと、直感が告げていた。
ふと。
隣で、小さく息を呑む気配。
ティアラだった。
その瞳に、かすかな光が残っている。
完全には、消えていない。
リアンの光に、呼応するように。
微かに、揺れていた。
視線が、重なる。
一瞬。
言葉はない。
だが――
確かに、繋がった。
――そう、思った。
外は、夜のままだ。
だが。
何かが、確実に動き始めていた――。
誰にも、止められないまま――。




