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禁忌の第七王子と精霊の少女─その恋は王国の理を覆す─  作者: 七天宮 凛


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第85話 黒く染まる聖域

 聖域から離れた黒い穴の前。

 そこではアルト達が、なおも溢れ続ける魔物達と戦っていた。

 シリウスの爪が振るわれるたび、魔物達が吹き飛ぶ。


 クラウスが前へ出る。


「……ここまでだ」


 何も起こらなかった。

 そう見えた次の瞬間。

 周囲を取り囲んでいたスケルトン達の身体が、不意に横へ滑るようにずれた。

 そして。

 まるで最初から切断されていたかのように、一斉に崩れ落ちた。


 上空ではルカの風が空を駆けた。

 レッドアイ達が次々と切り裂かれ、黒い霧となって消えていく。


「そこです」


 ユラが駆け抜ける。

 次の瞬間、魔物達の身体へ斬線が走った。

 魔物達が次々と崩れ落ちる。


 さらに。

 精霊兵達も戦列を立て直し、押し寄せる魔物達を着実に討ち取っていた。

 

 その時だった。


「ぐあああっ!」


 一人の精霊兵がオーガの一撃を受け、吹き飛ばされる。

 地面へ叩きつけられた精霊兵は、そのまま動かなくなった。

 近くにいた仲間の精霊兵が駆け寄る。

 だが。

 次の瞬間。

 倒れていた精霊兵の身体が淡い光へと変わり始めた。


「……っ」


 キャロラインの表情が変わる。


 しかし。

 いつもならその場で再生するはずだった。

 だが。

 淡い光へと変わった精霊兵の身体は。

 再生することなく、そのまま消えていった。

 

「そんな……」


 キャロラインが小さく呟く。


「生命の泉の加護が……届いていないわ」


 アルトの瞳が鋭く細められる。


「どういうことだ」


「あり得ない……生命の泉の加護が途絶えるなんて……」


 キャロラインの顔が青ざめる。


「聖域で、とんでもないことが起きてるわ」


 キャロラインは黒く染まった聖域の空を見つめた。

 シリウスが低く唸る。


『急がねば手遅れになる』


 アルトは唇を引き結ぶ。

 胸騒ぎがさらに強くなった。


 総力戦の末、戦線は確実に押し返されつつあった。

 だが。


「……減ってないな」


 クラウスが顔をしかめる。

 倒している。

 確かに倒している。

 それなのに。

 黒い穴の奥からは次々と新たな魔物が現れ続けていた。


「このままでは埒が明きません」


 ユラは僅かに眉を寄せた。


 アルトもまた黒い穴を見据えた。

 胸騒ぎは消えない。

 むしろ時間が経つほど強くなっている。

 一刻も早く聖域へ向かわなければならない。

 ティアラに何かあれば。

 そんな考えが脳裏を過った瞬間、胸が強く締め付けられた。

 だが。

 魔物達がそれを許さない。


 その時だった。


「……待って」


 不意にキャロラインが声を上げた。


「どうした?」


 アルトが視線を向ける。


 キャロラインは黒い穴を見つめていた。


「何か変よ」


 全員が黒い穴を見る。

 次の瞬間。

 穴から這い出ようとしていたスケルトン達が、不意に動きを止めた。


「……?」


 クラウスが眉をひそめる。


 さらに。

 レッドアイ達が怯えるように鳴き声を上げる。

 そして。

 まるで何かから逃げるように、一斉に穴の奥へと後退し始めた。


「なんだ……?」


 ルカが呟く。


 魔物達は戦うことすら忘れたように、我先にと穴の奥へ消えていく。

 先程まで絶え間なく溢れ出していた魔物の奔流が、嘘のように止まった。


 戦場に静寂が訪れる。


「終わった……のか?」


 クラウスが警戒したまま辺りを見回す。

 しかし。

 キャロラインだけは険しい表情を浮かべていた。


「違うわ」


「え?」


「止められたのよ」


 アルトの瞳が細められる。


「……誰に?」


 キャロラインは黒い穴を見つめた。


「魔物達が怯えている」


「……?」


「まるで、上位の存在に命令されたみたいに」


 キャロラインは静かに続ける。


「魔界の魔物は、格上の命令には逆らえない」


「つまり……」


「魔王、あるいはそれに匹敵する存在よ」


 シリウスも低く唸った。


『向こうもようやく異変に気付いたらしいな』


 アルトは黒く染まった空を見上げた。

 今なら行ける。

 魔物達が姿を消した今しかない。

 これ以上遅れれば――。

 取り返しのつかないことになる。


「全員、聖域へ向かう」


 アルトは迷いなく告げた。


「シリウス」


 神狼は低く唸る。


『ようやくか』


「頼む」


『言われるまでもない』


 シリウスはその場へ伏せた。


『乗れ』


 クラウスは思わず神狼を見上げる。


「……全員か?」


『急ぐのだろう』


 シリウスは当然のように言った。


「やった……!」


 ルカは子供のように目を輝かせながら、真っ先にシリウスの背へ飛び乗った。

 クラウスとユラも続く。

 キャロラインはその隣へ舞い降りた。


 周囲では、精霊兵達が一斉に羽を広げる。

 無数の羽が一斉に羽ばたいた。

 精霊兵達は空へ舞い上がり、聖域へ向かって飛び立っていく。


『振り落とされるな』


 次の瞬間。

 シリウスは大地を蹴った。

 青銀の巨体が白銀の森を駆け抜ける。

 木々が凄まじい勢いで後方へ流れていった。

 風が唸る。

 あまりの速度に、クラウス達は必死にシリウスの毛並みにしがみついていた。


「は、速すぎるだろ……!」


「喋る余裕があるだけましです」


 ユラが小さく息を吐く。


 ルカだけは少し嬉しそうだった。


 後方では、精霊兵達が必死に追従していた。

 だが、シリウスの速度はあまりにも速い。

 精霊兵達の姿は、あっという間に遥か後方へ遠ざかっていった。


 そんな中。

 誰もが異変に気付いていた。

 聖域へ近付くにつれ、空が徐々に黒く染まっていく。

 重苦しい闇。

 まるで空そのものが侵食されているようだった。

 嫌な予感が胸を締め付ける。


『……見えたぞ』


 シリウスが低く呟く。

 次の瞬間。

 シリウスは聖域へ飛び込んだ。


 そして。

 全員が言葉を失った。


 ティアラの目の前には、一人の男が立っていた。

 黒い翼。

 深紅の瞳。

 圧倒的な闇を纏う存在。

 ゼノだった。

 

 クラウスが息を呑む。

 ユラの表情から血の気が引いた。


「リアンっ……!」


 ルカの声が震える。


 誰もが、その場の惨状を理解した。

 状況は、既に最悪寸前だった。


 少し離れた場所では、レイヴンが地面へ倒れ伏していた。

 震える腕で、必死に立ち上がろうとしていた。


 さらにその先では、リアンが身体を起こそうとしていた。

 だが、何度立ち上がろうとしても、身体は言うことを聞かなかった。

 その傍らでは、リリスが泣きそうな顔でリアンを支えていた。


 そのさらに奥。

 セラフィオンは剣を地面へ突き立て、必死に立ち上がろうとしていた。


 その後ろでは、白い光の膜に包まれた台座の上で、ノエルが静かに横たわっていた。

 アルトの胸が大きく揺れる。

 やっと会えた。

 それなのに、駆け寄ることすらできない。

 奥歯を噛み締め、アルトは無理やり視線を引き剥がした。


 そのさらに奥には、生命の泉が広がっていた。

 静かな水面は、黒く染まった空を映し出していた。


 アルトの瞳が見開かれる。

 ゼノはもう、手を伸ばせばティアラに触れられるほどの距離まで迫っていた。

 

 今動かなければ、間に合わない。

 そう直感した。

 アルトはシリウスの背の上で、迷うことなく天星弓を構える。


「――ティアラ!」


 アルトの叫びが、聖域へ響いた。





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― 新着の感想 ―
リアン、そしてセラフィオンたちもが危うい状況。 この状況に恐るべき気配が。 続きも楽しみです°・*:.。.☆
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