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禁忌の第七王子と精霊の少女─その恋は王国の理を覆す─  作者: 七天宮 凛


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第80話 蒼銀の神狼シリウス

 轟音が響いた。

 大地が揺れる。


「なんだ今の……?」


 クラウスが振り返る。

 遥か聖域の方向。

 白金の光が消えていた。

 代わりに。

 黒い闇が空を染めている。


「まさか……」


 ユラも顔を上げた。

 嫌な予感がした。

 まるで。

 空そのものが侵食されているみたいだった。


 アルトは黙って聖域を見つめた。

 胸騒ぎではない。

 確信だった。

 何かが起きた。

 それだけは分かった。

 だが。

 考える暇はなかった。


 黒い穴から。

 次々と魔物が溢れ出す。

 倒しても。

 倒しても。

 後ろから新たな群れが現れる。


「ちっ……!」


 クラウスが前へ出た。

 剣を軽く持ち上げる。


「――空断」


 銀光が閃いた。

 次の瞬間。

 空間そのものが裂ける。

 押し寄せていたスケルトン達がまとめて両断された。

 レッドアイ達が悲鳴を上げる。

 だが。

 すぐに次の群れが押し寄せてくる。


「多すぎる……!」


 ユラが跳んだ。

 黒衣を翻しながら、夜色の軌跡が空を走る。


「……宵闇ノよいやみのは


 一瞬遅れて。

 スケルトン達の身体へ無数の斬線が浮かんだ。

 次の瞬間。

 まとめて崩れ落ちる。


 それでも。

 穴からは次々と新手が現れる。


 その横を――

 今度は鋭い風が駆け抜けた。

 上空では、ルカが静かに片手を掲げている。


「――風葬ふうそう千羽せんば


 無数の風刃が空へ放たれた。

 羽ばたくように広がった刃が、レッドアイの群れへ降り注ぐ。

 悲鳴が響いた。

 切り裂かれたレッドアイ達は地へ落ちることなく、

 黒い霧となって空中へ溶けていった。


 だが。

 終わらない。

 黒い穴は今も魔物を吐き出し続けていた。


「冗談だろ……」


 クラウスが顔をしかめる。

 倒しても。

 倒しても。

 数が減らない。

 底の見えない黒い穴から。

 次々と魔物が溢れ出してくる。

 スケルトン。

 レッドアイ。

 そしてオーガ。

 黒い奔流だった。


「また増えたぞ!」


 クラウスが舌打ちする。

 空断で切り裂いたはずの戦場を。

 新たな群れが埋め尽くしていく。

 終わりが見えない。

 穴からは今もなお。

 魔物達が湧き続けていた。


 その時だった。

 遠くから白銀の光が走る。

 空を駆けるように現れたのは精霊兵達だった。


「あれは……精霊兵?」


 ユラが目を見開く。


 精霊兵達は戦場を見渡す。

 次の瞬間。

 迷うことなく魔物の群れへ向かった。

 空では弓部隊が隊列を組み、 地上では剣兵と槍兵が駆け出す。


 アルトは聖域の方を見た。

 黒く染まった空。

 不意にティアラの顔が脳裏をよぎる。


 胸騒ぎが消えない。

 遅れれば取り返しのつかないことになる。

 そんな確信に近いものがあった。

 このまま足止めされるわけにはいかない。


 アルトは静かに右手を掲げた。

 掌へ紫の光が集まった。

 深い夜空を思わせる色。

 だが闇ではない。

 星のような輝きが光の奥で瞬いていた。


 アルトは静かに詠唱した。


「契約に従い現れよ――」


 光が膨れ上がる。


蒼銀そうぎんきば


 紫の輝きが掌から溢れ出す。


「凍てつく神域を駆ける者」


 アルトは片膝をついた。

 そして。

 輝く掌を大地へ叩きつける。


「来たれ――シリウス」


 轟ッ――!!


 大地へ巨大な召喚陣が浮かび上がる。

 紫銀の光。

 無数の紋様が脈打つように輝いていた。

 魔力の奔流が周囲へ吹き荒れる。


 近くにいた魔物達が思わず動きを止めた。

 スケルトンは獲物を追うことすら忘れたように立ち尽くす。

 レッドアイが不安げな鳴き声を上げる。

 オーガがゆっくりと顔を上げた。

 何かが来る。

 本能が危険を叫んでいた。


 次の瞬間。


 召喚陣の中心から巨大な影が現れる。

 青銀の毛並み。

 吐き出す息は白い霧。

 戦場そのものを見下ろすような巨体。


 神狼はゆっくり姿を現した。

 その瞬間。

 魔物達が一斉に後ずさる。

 本能的な恐怖に押されたように。

 シリウスは周囲を一瞥した。

 氷のような蒼い瞳が魔物達を映す。


『……鬱陶しいな』

 

 低い声が響く。

 次の瞬間。

 シリウスは空へ向かって咆哮した。


『――――ォォォオオオオオオオッ!!』


 轟音が戦場を揺らす。

 空気が震えた。

 大地が鳴動する。

 衝撃波が周囲へ広がった。


 魔物達がまとめて吹き飛ぶ。

 スケルトンは砕け散り。

 レッドアイ達は悲鳴を上げながら吹き飛ばされる。

 オーガですら尻もちをつき、その巨体を震わせた。


 さらに。

 黒い穴から現れようとしていた魔物達まで押し戻される。


 その隙を逃さなかった。

 空では精霊兵の弓部隊が一斉に矢を放つ。

 降り注ぐ光の矢が魔物達を次々と撃ち抜いた。


 地上では槍兵達が前進する。

 崩れた魔物の群れへ突撃し、

 次々と討ち取っていく。

 魔物達の勢いが僅かに止まる。


 戦場に一瞬の静寂が訪れた。


「おいおい……反則だろ……」


 クラウスが思わず呟いた。

 普段は余裕を崩さない彼ですら目を見開いている。


「まさか……」


 ユラが息を呑む。

 青銀の神狼を見上げながら。


「……あれは伝説の神狼?」


 信じられないものを見るような声だった。


「すご……」


 ルカが目を輝かせていた。


「乗りたい」


「……今か?」


 クラウスが呆れたように眉をひそめる。

 だが。

 ルカは真剣だった。

 ユラは二人のやり取りを横目で見た。

 こんな状況だというのに。

 ルカはいつも通りで、

 クラウスも変わらない。


 だが。

 黒い穴の奥ではなおも何かが蠢いていた。


 シリウスは鼻を鳴らした。

 白い霧が広がる。


『……騒がしいな』


 青銀の毛並。

 氷のような蒼い瞳がアルトを見下ろした。

 先ほどまで戦場を震わせていた神狼とは思えないほど静かな視線だった。


『……ずいぶん久しぶりだな』


 アルトは小さく息を吐く。

 

「ああ」


 神狼の口元が僅かに歪んだ。


『また厄介事か』


「見れば分かるだろ」


 短い沈黙。

 そして。


『違いない』


 シリウスは白い吐息を零した。

 冷気が周囲へ広がる。

 その時だった。


「シリウス!」

 

 キャロラインが嬉しそうな声を上げる。

 ふわりと飛び上がり、

 青銀の毛並みに頬を寄せた。


『……なんだ』


「相変わらずね」


『お前もな』


 アルトは軽く飛び上がる。

 そのままシリウスの背へ着地した。


 高い視界。

 戦場全体が見渡せる。

 だが。

 アルトの表情は変わらなかった。

 押し戻されたはずの魔物達が再び穴から這い出してくる。

 黒い奔流は止まらない。

 アルトは空を見上げた。

 深い紫の瞳が細められる。


「風よ」


 微かな風がアルトの周囲に集まる。


「星を貫く矢となれ」


 紫の光が掌へ収束した。


「――天星弓てんせいきゅう


 光が形を持つ。

 一振りの長弓。

 夜空を閉じ込めたような紫の弓が現れる。

 アルトは迷わず弦を引いた。

 魔力が一本の矢を形作る。

 放たれた紫の軌跡が空を裂いた。


 だが。

 その矢は魔物へ向かわない。

 真っ直ぐ空高く昇っていく。


「――流星矢りゅうせいや


 次の瞬間。

 夜空に紫の星々が瞬いた。

 それは一斉に降り注ぐ。

 流星の矢。

 無数の光条が空を埋め、

 レッドアイ達を次々と撃ち抜いた。

 悲鳴が響く。

 黒い光が弾ける。

 魔物達は黒い霧となり、

 跡形もなく消えていった。


『相変わらず容赦がないな』


「お前もだろ」


 シリウスは低く唸る。


 次の瞬間。

 青銀の巨体が戦場を駆ける。


 その爪が振るわれるたび、

 魔物達が吹き飛んでいく。


 崩れた隊列へ精霊兵達が雪崩れ込んだ。


 空からは光の矢が降り注ぎ、

 地上では剣と槍が魔物を押し返していく。


 戦況は確かに好転していた。


 それでも。

 黒い穴から現れる魔物の勢いは止まらない。


 アルトは聖域を見上げた。

 黒い空。

 胸騒ぎが消えない。

 戦況は持ち直しつつある。

 それなのに。

 嫌な予感だけが強くなっていく。


 キャロラインが聖域の方を見る。


「……急いだ方がよさそうね」


「……ああ」


 アルトは短く答えた。

 聖域の上空を覆う黒が、先ほどよりも広がっている。

 まるで空を喰らうように。

 ゆっくりと。

 確実に。

 闇は侵食を続けていた。


 アルトは眉を寄せる。

 一刻も早く向かわなければならない。

 今すぐ聖域へ向かうべきだ。

 そう思う。

 それなのに。

 魔物達がそれを許さない。

 黒い穴からは今もなお、

 新たな魔物が溢れ続けていた。



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異世界ファンタジー 第七王子 王家の闇 貴族社会 王宮陰謀 双子 出生の秘密 精霊 七属性 魔法 能力覚醒 成長物語 シリアス ゆっくり恋愛 純愛
― 新着の感想 ―
皆がその攻撃をやめない 。 それは魔物許さないという意思。 そしてそれはとてつもない状況。 どんどん溢れ出してくる今の状況。 続きも楽しみです°・*:.。.☆
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