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第7話 迫る影、崩れゆく壁

 森の影が動いた。

 結界の亀裂が、音を立てて押し広げられた。


 リアンはティアラを抱き寄せ、胸の光を強く意識する。

 光は防壁となり、亀裂から押し寄せる闇を必死に食い止めた。


「……来るぞ」


 アルバートの低い声が屋敷内に響く。

 闇の気配がただ者ではないことを告げる。


 木々のざわめきの中から、黒い影が複数、結界の壁を押し広げるように迫ってきた。

 黒衣に包まれた集団。

 王直属の影――夜織。

 先頭の夜織が、低く告げる。


「少女を確保する。抵抗は不要だ」


 その一言で、屋敷内の空気が凍りついた。

 目的は明確だった。

 彼らはティアラを、連れ帰るために来ている。


 リアンは氷の刃を手元に立ち上げ、目の前の闇を牽制する。

 ユラは剣を構え、結界の亀裂から侵入する夜織たちを迎え撃つ準備を整える。

 リリスは尾を大きく揺らし、結界を補強しつつ警戒を怠らない。


 夜織が散る。

 気づけば、逃げ道は狭まっていた。

 

 刃が月光を弾く。

 結界が低く軋んだ。


 リアンはティアラを守るため、胸の光を力の限りまで引き出す。


 アルバートの視線が走る。

 指示が飛ぶ。


 その声をかき消すように、結界の亀裂が、さらに広がる。

 ぱきり、と薄氷が割れるような乾いた音。

 黒い布のような影が裂け目からうねり込み、屋敷へ流れ込んだ。

 夜織は十数名。滑るように散開し、瞬時に陣形を組む。

 足音ひとつ立てず、その輪が静かに締まっていった。


 その背後で、クラウスが静かに構えている。


 ティアラは小さく震えた。リアンは無意識に彼女を背へ隠す。


「――ここで、終わらせる気はない」


 氷の魔力が呼応し、リアンの手元に淡い蒼光が集まる。

 胸の奥の光は怒りと恐怖で脈打ち、薄い膜のようにティアラの周囲を包んでいた。


 その時――。


「動くなッ!」


 床を蹴る音と同時に刃が閃く。


 リアンが氷刃を振るうより早く、銀の軌跡が横切った。


「くっ……!」


 ユラの剣が火花を散らし、敵の刃を受け流す。

 間合いを殺し、致命を避ける――それだけで、尋常ではない技量だ。


「左だ!」


 アルバートの声。


 直後、銀の尾が弾ける。

 リリスの結界が衝撃を吸い込み、亀裂を縫い止める。


「……離さない……」


 背後で、水の気配が膨らんだ。

 ティアラの震える詠唱が響く。


「《アクア・サークレット》……」


 淡い水膜が広がる。

 刃が触れ、波紋が走る。


「護りの魔法まで……」


 夜織の声が低く沈む。


 その隙を、アルバートが踏み込んだ。

 無色の衝撃が空気を裂き、複数の影を押し返す。


 ユラは、わずかに目を細めた。


 氷と水。

 ぶつからない。

 溶け合っている。


「……そういうことですか」


 アルバートが一歩前へ出る。


「我が屋敷を踏みにじるとは……覚悟はできているな?」


 刹那、彼の周囲で無属性の魔力が蠢いた。

 圧縮された透明の力が空気を歪ませる。

 夜織たちが一斉に構え直す。


「少女は王宮へ連れ帰る。王命だ。――公爵といえど、邪魔するなら排除する」


 淡々とした声。

 

 その瞬間、ティアラの身体が震えた。


「……王宮……?」


 胸の奥が、冷たく沈んだ。

 次の瞬間、瞳の縁が虹色に揺れる。

 リアンの背に触れた指先が、わずかに力を込める。


 リアンは気づき、そっとティアラに声をかける。


「大丈夫だ。絶対に渡さない」


 ティアラは、小さく息を呑んだ。

 リアンの光が、温かく、怖さを溶かすように流れ込む。


 だが、夜織たちは間合いを詰めはじめていた。

 床を蹴る音が重なる。

 黒い影が一斉に跳びかかった。

 蒼い軌跡が闇を裂く。

 ユラの剣が受け止める。

 透明な衝撃が屋敷を震わせた。

 その隙に、リリスの尾が亀裂を縫い止める。

 水紋だけが、足元で揺れていた。


 それでも夜織は止まらない。

 無駄のない刃が、次々と迫る。

 

 リアンは息を呑んだ。


 ――このままじゃ、押し切られる。


 胸の光が脈打つ。

 ティアラの震えが背中越しに伝わる。


「……守る。必ず」


 次の瞬間、リアンの足元に氷の魔術陣が浮かび上がった。

 幾何学の紋が静かに回転し、冷気が奔る。

蒼い光が床を覆い──

 氷が軋んだ。

 冷たさが、足元から這い上がる。


 夜織の足が一瞬だけ止まる。


「……これは、氷の結界? いや……もっと……」


 床一面に、淡蒼が広がる。

 水と氷が、境を失っていた。


 ティアラの瞳がわずかに揺れた。


 水にも、光にも似ている。

 冷たいのに、拒まない。


 夜織たちの足が、氷に縫い止められたように鈍る。


 アルバートが驚きに目を細めた。


「……リアン、その魔法を……?」


 アルバートの喉が、わずかに鳴る。


「その色……青白き光は――まさか」


 夜織の一人が、鋭く顔を上げた。


「……予言――」


 ──予言――?


 リアンは眉を寄せる。


 氷が軋む。


「俺はただ――守るだけだ」


 夜織の“予言”は、そこで断ち切られた。


 血が床を濡らしても、歩幅は乱れない。

 倒れた仲間すら、振り返らない。


「任務を続行する」


 先頭の夜織が、短く命じた。


 リアンはそれ以上、言葉を重ねなかった。

 ただ前へ出る。


「ティアラには、指一本触れさせない」


 声は震えていない。

 蒼い瞳は、氷の刃よりまっすぐだった。


 夜織の一人が刃を構え、静かに言った。


「ならば……力ずくで行くまでだ。少女は王宮に帰すべき存在だ」


 夜の空気が裂ける。

 次の衝撃が、屋敷の柱を軋ませた。


 屋敷に、青白い光が立ち上る。


 王の影が、すぐそこまで迫る。


 それでも――

 

 リアンは、退かない。




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