第78話 邂逅──黒翼来襲──
白銀のドラゴンが空を裂くように飛ぶ。
風が唸る。
遥か前方。
黒い翼の男の姿は、すでに豆粒ほどの大きさになっていた。
それでも。
確かに見える。
聖域へ向かう影。
リアンは視線を逸らさない。
間に合え。
ただそれだけを願っていた。
リアン達が追う先。
黒い翼の男は、すでに聖域へ辿り着こうとしていた。
聖域の上空。
男は飛翔を止める。
深紅の瞳が眼下を見下ろした。
白銀の木々。
その中心に広がる聖なる泉。
そして。
溢れるほど濃密な光。
男の口角が僅かに上がる。
ゆっくりと降下を始めた。
戦いは既に始まっていた。
白銀の森を埋め尽くすほどの魔物。
倒しても。
倒しても。
後ろから次の群れが現れる。
黒い波のようだった。
地鳴りのような足音が響く。
木々がなぎ倒される。
大地が揺れる。
その奔流が一直線に聖域へ押し寄せていた。
その前へ立ちはだかるのは、白銀の鎧を纏った精霊兵達だった。
精霊王セラフィオン直属の親衛隊。
王の剣であり、王の盾。
その使命はただ一つ。
王の意思を守ること。
今この瞬間。
彼らが守るべきものは聖域だった。
剣が閃く。
魔物が倒れる。
だが。
精霊兵もまた砕け散った。
身体が崩れる。
光となって散る。
――それでも。
聖域の泉から溢れる光が揺らめく。
散った光が導かれるように集まり始めた。
断たれた身体が繋がる。
失われた輪郭が埋まる。
白銀の鎧が再び形を取り戻す。
そして。
精霊兵は再び剣を構えた。
空では白銀の弓を携えた精霊兵達が飛翔している。
放たれた光の矢が魔物を貫いた。
だが、魔物は止まらない。
まるで何かに呼ばれているように。
聖域の最奥――生命の泉へ向かって。
「止めろ!」
精霊兵の一人が叫ぶ。
「生命の泉へ近づけるな!」
「一歩たりとも通すな!」
白銀の剣が振るわれる。
光の矢が降り注ぐ。
生命の泉のほとり。
白い結界に包まれた台座の上で、ノエルは眠っていた。
戦場の中心とは思えないほど穏やかな寝顔だった。
長い眠りの途中。
その前に立つ男がいる。
精霊王セラフィオン。
白金に輝く瞳が戦場を見つめている。
魔物がどれだけ押し寄せようと。
セラフィオンは一歩も動かない。
まるで。
世界そのものがそこに立っているかのようだった。
だが。
その時だった。
セラフィオンの視線がゆっくりと空へ向く。
空気が変わった。
魔物達が一斉に空を見上げた。
精霊兵達の動きも鈍る。
戦場そのものが息を呑んだ。
何かが来る。
違う。
来るのではない。
もう、そこにいた。
セラフィオンは目を細める。
そして。
聖域に影が落ちた。
一瞬。
白銀の光が陰る。
誰もが空を見上げた。
戦場全体を覆うほど巨大な存在感。
漆黒の翼。
深紅の瞳。
ねじれた二本の角。
男は静かに地面へ降り立つ。
その視線は真っ直ぐに聖域へ向いていた。
まるで。
最初からそこだけを目指していたかのように。
深紅の瞳が泉を映す。
白い結界。
その中で眠る女。
そして。
その前に立つ男。
男の口元が僅かに歪んだ。
セラフィオンの白金に輝く瞳が細められる。
黒い翼の男。
見たことがない。
だが分かる。
あれは魔物ではない。
災厄そのものだ。
男もまたセラフィオンを見ていた。
深紅の瞳。
白金に輝く瞳。
二つの視線がぶつかる。
その瞬間。
戦場が遠のいた。
唸り声も。
剣戟も。
爆ぜる魔法の音も。
すべてが消える。
ただ。
二人だけがそこにいた。




