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禁忌の第七王子と精霊の少女─その恋は王国の理を覆す─  作者: 七天宮 凛


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第75話 奈落より這い出る者

 凄まじい浮遊感が、全身を襲う。

 風が、耳元で唸っていた。

 砕けた石片が、崩壊した塔の残骸と共に無数に落ちていく。

 ティアラは、アルトへしがみついたまま息を呑んだ。


「っ……!」


 身体が、落ちる。

 どこまでも。

 奈落の底へ引きずり込まれるみたいに。


「風よ――ッ!」


 ルカの叫ぶような詠唱が響いた。

 次の瞬間。

 暴風が、全員の身体を包み込む。

 落下速度が、わずかに緩んだ。

 けれど。

 ルカの顔が、苦しそうに歪む。


「っ……人数が、多すぎる……!」


 風が、不安定に揺れた。

 全員分を支えるには、あまりにも負荷が大きい。


 ユラが、下を見た。

 凄まじい速度で、巨大な穴が眼下へ迫ってくる。


「……このままじゃ、地面に激突します……!」


「まずいッ――!」


 クラウスが、鋭く周囲を見渡す。


 だが。

 落下の勢いは止まらない。

 胃が、浮く。

 内臓ごと引きずり落とされるみたいな浮遊感。

 呼吸すら、うまく出来ない。

 風が、容赦なく全身を叩きつけてくる。

 

 砕けた塔の下。

 巨大な穴が、口を開けていた。

 その奥には。

 底の見えない暗闇が、広がっている。


 アルトが、とっさにティアラを抱き込んだ。

 まるで。

 自分の身体すべてで、娘を守ろうとするみたいに。


「お父さんッ!」


 ティアラが、震える声を上げ、

 アルトに必死にしがみつく。


「アルトッ!!」


 キャロラインが叫びながら飛んだ。

 透明な羽を激しく羽ばたかせながら、アルトの襟元へしがみつく。

 小さな両手で、必死に引っ張り上げた。


「だ、だめ……ッ」


 羽が、虹色の光を散らす。

 けれど。

 落下速度は、まったく変わらない。


「どうしよう……ッ」


 声が、震える。


「このままじゃ、アルトが……ッ」


 キャロラインの瞳へ、涙が滲む。


「やっと……会えたのに……ッ」


 小さな手が、ずるりと滑る。

 どれだけ引っ張っても。

 アルトの身体は、落ちていく。

 風が、凄まじい勢いで吹き抜けていく。

 砕けた瓦礫が、次々と横を通り過ぎた。


 その中で。

 リアンは、伸ばした手をゆっくり引き戻す。

 届かなかった。

 ティアラへ。

 その指先は、最後まで届かなかった。


「……っ」


 リアンは、唇を噛む。

 そして。

 もう片方の腕で、リリスを強く抱き寄せた。

 小さな身体が、震えている。


「リアンお兄様ッ……!」


 リリスが、叫ぶようにリアンへ縋りつく。

 怖い。

 このまま落ちれば、本当に死んでしまう。

 けれど。

 リアンの腕は、離れない。

 守るみたいに。

 失わないように。

 強く、抱き締めてくれている。

 その温もりに包まれていると。

 ほんの一瞬だけ。


 ――このまま、死んでしまってもいいかもしれない。


 そんな危うい感情が、胸を過った。

 だって。

 今だけは。

 リアンお兄様が、わたしだけのものみたいだったから。


 その瞬間だった。


 ――ゴォォォォッ!!


 凄まじい風圧が、下から吹き上がった。


「……っ!?」


 ティアラが、目を見開く。

 崩壊した塔の外壁。  

 砕け散る瓦礫の隙間から、白い光が差し込んでいる。

 その中を。

 白銀の巨大な影が、翼を広げながら急上昇してきた。

 三つの首。

 巨大な翼。

 陽光を受けた白銀の鱗が、眩しく輝く。

 白銀のドラゴンが、そのままアルトとティアラの真下へ滑り込む。

 次の瞬間。

 硬い鱗の感触が、足元へ伝わった。


「……え……?」


 ティアラが、目を見開く。

 気づけば。

 二人は、ドラゴンの背へ乗っていた。

 風が、長い髪を激しく揺らす。


 ティアラは、震える瞳で足元を見つめた。


「あなた……!?」


 ドラゴンは、咆哮も上げなかった。

 ただ。

 巨大な翼を広げたまま、落下する仲間たちの下へ飛び込んでいく。

 リアン。

 リリス。

 ルカ。

 クラウス。

 そして、ユラ。

 次々と、その背へ受け止めていった。


「っ……助かった……」


 ルカが、その場へへたり込むように膝をついた。

 額には、汗が滲んでいる。

 肩が、荒く上下していた。

 風魔法の余韻みたいに、周囲の空気がまだ微かに揺れている。

 クラウスは、ドラゴンの背へ着地すると同時に周囲を見渡した。


「……レイヴンは?」


 その言葉に。

 ルカの顔色が変わる。


「……っ!」


 二人が、咄嗟に周囲を見渡した。

 だが。

 どこにも姿がない。

 その瞬間。

 ドラゴンの背の上へ、金色の光が現れた。

 淡い光粒が、空中へ舞い上がる。

 そして。

 光が、人の形へ収束していく。


 次の瞬間。

 そこへ、レイヴンが静かに立っていた。

 淡い金髪が、風に揺れる。

 表情は、いつも通り無表情だった。

 落下していたはずなのに。

 レイヴンだけが、まるで最初からそこに立っていたみたいだった。


「……よかった……無事で……」


 ルカが、安堵したように息を吐く。

 レイヴンは、何も答えなかった。

 ただ。

 青い瞳だけが、静かにティアラを見つめていた。


 リアンは、そっとリリスの身体を離した。

 視線は、すでに塔の下へ向いていた。


「……」


 腕の中から、温もりが消える。

 リリスの瞳が、わずかに揺れた。

 離れていくリアンの手を、静かに見つめる。

 ほんの少し前まで。

 あの腕は、私だけを抱き締めてくれていた。

 ほんの少し前まで。

 あの腕の中は、わたしだけの場所だった。

 胸の奥が、ちくりと痛む。


 けれど。

 リアンはもう、周囲へ視線を向けていた。


 崩壊した塔。

 砕け散った瓦礫。

 そして。

 塔の真下――。

 地面を抉るみたいに開いた、巨大な穴。

 底の見えない暗闇が、ぽっかりと口を開けていた。


「……なんだ、あれ……」


 ルカの声が、掠れる。

 穴の周囲。

 そこに。

 黒い点みたいなものが、無数に蠢いていた。


「……?」


 クラウスが、片手を額へかざす。

 眩しい光を遮るみたいに目を細めた。


「……ん?」


 ドラゴンが、高度を下げる。

 それに合わせるみたいに。

 穴の周囲にいた“何か”が、少しずつ大きく見え始めた。

 ユラの銀青の瞳が、細くなる。


「……動いています」


 その声に。

 全員の視線が、穴へ向いた。

 近づく。

 どんどん。

 巨大な穴が、急速に迫ってくる。


 そして。

 穴の奥から。

 巨大な人型の魔物が、這い上がってきた。

 頭には、一本の巨大な角。

 水色の皮膚は、ぬめるみたいに不気味な光を反射している。

 その腕が、穴の縁へ食い込んだ。

 ズルリ、と。

 巨大な身体が、暗闇の中から姿を現す。


「っ……」

 

 ティアラの息が止まる。

 その隣で。

 キャロラインの顔色が変わった。


「オーガ……!?」


 だが。

 それだけじゃなかった。

 その周囲から。

 無数の骸骨達が、穴から這い出してくる。

 カク、カク、と。

 壊れた人形みたいな動きで。

 骨が擦れる、不快な音を鳴らしながら。

 空洞の眼窩の奥では、青白い光が不気味に揺らめいていた。


「スケルトンまで……!?」


 キャロラインの声が震える。

 さらに。

 黒い小さな影が、穴の奥から一斉に飛び立った。

 悪魔みたいな羽。

 三叉槍を握った、小さな異形。

 赤い単眼が、ぎょろりと蠢いた。

 キィ、キィ、と耳障りな声を鳴らしながら。

 無数の影が、空を埋め尽くしていく。


「レッドアイの群れ……!?」


 キャロラインの顔が、さっと青ざめた。


「っ……そんな……」


 掠れた声が零れる。

 キャロラインの羽が、小さく震えた。


「魔界へ、繋がってる……!」











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― 新着の感想 ―
何とかドラゴンに助けられたリアン達。 だがたどり着いたそこはなんとはなんと魔界。 続きも楽しみです°・*:.。.☆
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