第73話 扉が、目を覚ます
ドラゴンの炎を真正面から受けたはずなのに。
黒鉄は、焼け焦げてもいない。
溶けてもいない。
まるで。
あの青白い炎そのものを、扉が飲み込んでしまったみたいだった。
その熱に炙り出されるように。
黒鉄の奥から、淡い紋様が浮かび上がっている。
複雑な線。
絡み合う水流みたいな模様。
青白い光が、その奥で静かに脈動していた。
「何だ……この紋様……?」
見たことがないはずなのに。
どこか、懐かしかった。
胸の奥が、微かに熱を持つ。
リアンは、吸い寄せられるみたいに扉の前へ立った。
「リアン……?」
ティアラの声も、今は遠い。
無意識だった。
リアンの指先が、ゆっくり紋様へ触れる。
その瞬間。
――キィン。
次の瞬間。
リアンの身体から、青白い光が溢れた。
髪が、ふわりと浮く。
青白い光が、肌を、指先を、静かに包み込んでいく。
まるで。
リアン自身が、扉と同じ光で出来ているみたいに。
「……っ?」
ティアラが目を見開く。
淡い青白い光が、リアンの腕を伝い、指先へ流れていく。
眠っていた何かが、 静かに目を覚ましていく。
リアン自身も、何をしているのかわかっていなかった。
ただ、このまま終わるのだけは、嫌だった。
あと少しなのに。
やっと、ここまで来たのに。
もし、この扉が開かなかったら。
ティアラは、どんな顔をする。
泣きそうなのを、隠すみたいに笑うのか。
――そんな顔だけは、見たくなかった。
そのためなら。
自分が壊れても、構わなかった。
胸が、痛い。
息が、苦しい。
それでも。 指だけは、止まらなかった。
この扉は。 最初から、リアンを待っていた。
複雑に絡み合った紋様を、ゆっくりなぞっていく。
次の瞬間。
なぞった線が、青白く発光した。
――ドクン。
紋様が、脈を打つ。
扉の奥で、何かが呼吸していた。
そのたびに。
――コン。
低い音が、扉の奥で鳴った。
扉の奥で、何かが目を覚ましていく。
リアンの指が、次の線をなぞる。
――ゴゥン。
今度は、さっきより重い音。
空気が、微かに震えた。
全員が、息を呑む。
誰も、声を出せなかった。
ユラだけが、細く目を細めていた。
「……扉が、リアン様へ反応してる」
小さな呟き。
だが、その声には僅かな動揺が混じっていた。
リアンの指先が、紋様をなぞるたび。
青白い光は、少しずつ広がっていく。
――ゴゥン。
――ゴォン。
――ゴォォン……。
音が、少しずつ大きくなっていく。
塔そのものが、脈打っているみたいだった。
ティアラは、胸の前でぎゅっと両手を握り締める。
鼓動が、うるさい。
わからない。
本当に、開くのか。
でも、確かに、扉は反応している。
まるで、眠っていた何かが、少しずつ目を覚ましていくみたいに。
リアンの指先が、最後の紋様をなぞり切った。
次の瞬間。
――ゴォォォォォンッ!!!!
凄まじい轟音が、塔全体へ響き渡った。
同時に。
扉へ刻まれていた紋様が、青白く激しく発光する。
「……っ!?」
ティアラが目を見開く。
次の瞬間。
紋様そのものが、扉の表面から浮かび上がった。
青白い線が、空中へ立体的に浮き出る。
まるで。
閉じ込めてはいけないものが、解放されるみたいに。
――ミシッ。
空間へ、亀裂が走る。
浮かび上がった紋様が、激しく脈打った。
そして。
――パキィィンッ!!
硝子みたいな音を立て、紋様が砕け散る。
砕けた光が、無数の粒となって宙へ舞った。
同時に、空間そのものへ張り付いていた透明な壁が、崩れるみたいに消えていく。
「……結界が……!」
ユラが、息を呑む。
黒鉄の扉が、ゆっくりと開いていく。
冷たい風だけが、静かに流れ出す。
その奥は、薄暗かった。
窓一つない、石壁の空間。
遥か高い天井から、淡い光だけが僅かに差し込んでいる。
静まり返った空間。
そのとき。
――ジャリ……。
暗闇の奥で。
鎖が、鳴った。




