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禁忌の第七王子と精霊の少女─その恋は王国の理を覆す─  作者: 七天宮 凛


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第70話 必ず、助けるから

 終わった。

 そう思った瞬間だった。

 轟音。

 中央の頭が、自分の牙を暴走した右の喉へ突き立てていた。

 肉が裂ける。

 血が飛ぶ。


『ガァァアアアッ!!』


 悲鳴。

 それでも中央の頭は、無理やり炎の軌道を逸らした。

 青白い奔流が、螺旋階段の壁を焼き裂く。

 石が溶け、崩れた階段が遥か下へ落ちていった。


 中央の頭の口元から、血が滴っていた。

 噛み裂いたのは、自分自身の首だった。


 リアンが目を見開く。


「お前……」


 そのとき。

 レイヴンが低く呟いた。


「……中央を見ろ」


 ティアラが息を呑む。

 赤く染まりきった瞳の奥。

  わずかに。 青が残っていた。


「まだ壊れてない」


 その声は、確信だった。


 中央の頭は、苦しげに唸りながらティアラを見ていた。

 赤く染まりきっていない瞳。

 まだ。

 理性が残っている。


 ティアラは、炎の熱の向こうから、その瞳を真っ直ぐ見返した。


 助けを求めるみたいな瞳だった。

 喉は裂け、 血が流れ、 それでもドラゴンは、 ティアラを庇っていた。


 ルカの笑みが、僅かに消えた。

 勝てない。

 真正面から戦っていい相手じゃない。

 なのに。

 ティアラは止まらない。

 リアンも、もうティアラしか見えていなかった。


「……無茶しすぎだろ」


 掠れた声が漏れた。

 それでも。

 ティアラは、ドラゴンから目を逸らさない。

 胸の奥が、熱くなる。


「もう苦しまなくていいから……!」


「もう一度だ!!」


 クラウスが叫ぶ。

 口の端から血を流しながら、それでも立ち上がっていた。


「今なら通る!!ぶち壊せ、ティアラ!!」


 ティアラが頷く。

 白金の翼が大きく広がった。

 塔の闇を押し返すように、光が溢れる。


 次の瞬間。

 ガギギギギギギッ――!!

 鎖が、ドラゴンの喉へさらに深く食い込む。

 肉が裂けた。

 赤黒い血が噴き出す。


『――ガァァアアアアアアアアッ!!!!』


 咆哮。

 耳の奥が痺れた。

 熱風が肌を焼く。


 リアンは息を呑んだ。

 まずい。

 近づくだけで焼ける。

 わかる。

 あの炎に触れた瞬間、

 人間なんて骨も残らない。


 レイヴンは、迫る炎を転移で躱しながら、

 冷静に距離を測っていた。

 近づけば死ぬ。

 あの炎は、そういう熱量だった。

 

 それでも。

 ティアラだけが、止まらない。


 リアンの足が、止まりかけた。

 怖かった。

 喉が震えるほど。


「ティアラ!!逃げろ!!」

 

 リアンは、叫ぶ。

 だが、ティアラは動かない。

 白金の光の中で、 彼女だけがドラゴンを見ていた。

 

 心臓が、嫌な音を立てた。

 次の瞬間には、 あの白い炎に焼かれるティアラの姿が、 脳裏へ焼き付いて離れない。


 やめろ。


 やめろやめろやめろ。


 ティアラに触れるな。


「リアンお兄様、だめっ!!」


 リリスの指が、咄嗟にリアンの袖を掴む。

 だが。

 リアンは止まらない。

 駆け出す勢いのまま、指先がするりと離れた。

 熱より先に、胸が痛かった。


 リアンは無意識に床を蹴っていた。

 一瞬でティアラの前へ出る。

 庇うみたいに腕を広げた。


「下がれ……!」


 リアンの声が、震えていた。

 これ以上、

 誰かが傷つくところなんて、

 見たくなかった。


 だが。

 ティアラは、リアンの背へ隠れない。

 そっと。

 彼の横へ並ぶ。


「こんな顔で苦しんでるのに……

 見捨てられるわけないじゃん……!!」


 泣きそうな声だった。

 澄んだ紫の瞳は、真っ直ぐドラゴンを見ていた。


「だから……ッ!!

 こんなの、もう終わりにする!!」


 熱だけで肺が焼けそうだった。

 足が震える。

 本能が、逃げろと叫んでいる。

 それでも。

 ドラゴンの悲鳴だけが、耳から離れなかった。


 こんなのが。

 どれほど長い時間、続いていたのだろう。

 想像もできない。


 ――一人で?


 こんなの。

 壊れない方が、おかしかった。


 ティアラは両手を強く握る。

 白金の翼が、さらに強く輝いた。

 塔の闇が押し返されていく。


「なんで……」


「そんなになるまで、

 誰も助けてくれなかったの……!!」


 ドラゴンが苦鳴を漏らす。

 鎖が喉へ沈む。

 呼吸が潰れる。

 それでも。

 炎だけが止まらない。


 ティアラは唇を噛んだ。


「返して……!!」


 白金の翼が、

 さらに強く輝く。

 塔の闇が押し返されていく。


「もうやめてぇぇぇッ!!」


 その瞬間だった。

 中央の頭の瞳が、大きく揺れる。

 赤の奥。

 消えかけていた青が、わずかに戻った。

 だが。

 鎖が、それを許さない。


 ガシャァァンッ!!


 鈍い音。

 黒い鎖が、喉を締め上げる。

 ドラゴンが苦鳴を漏らした。


 左右の頭が、同時に口を開いた。

 青白い炎が膨れ上がる。

 まずい。

 心臓を、氷水へ突っ込まれたみたいだった。


「ティアラ!!」


 リアンが反射的に前へ出る。

 庇おうと、腕を伸ばした。

 だが。

 炎が、速すぎた。

 青白い奔流が、一瞬でティアラへ迫る。


 次の瞬間。

 中央の頭が、 無理やり左の首へ噛みついた。

 肉が裂ける。


『ガァァアアアッ!!』


 悲鳴。

 炎の軌道が逸れる。

 だが。

 右の頭の炎だけは、

 止まらない。

 青白い奔流が、真正面からティアラへ迫る。


 中央の頭が、庇うようにその前へ割り込んだ。

 轟音。

 白銀の鱗が焼ける。


『ァァアアアアアッ!!』


 焼けた鱗が剥がれ、血が飛び散った。

  それでも。 中央の頭は退かなかった。

 焼かれながらも、 ティアラを庇うように、 無理やり前へ伸びていた。


 ティアラが目を見開く。


「あなた……」


 ドラゴンの瞳が、真っ直ぐティアラを見ていた。

 助けを求めるみたいに。

 縋るみたいに。


「今だァ!!」


 クラウスが叫ぶ。


「ぶち壊せ!!」


 ティアラが頷く。

 白金の翼が、眩く広がった。

 闇だった塔の内部が、 一瞬だけ昼みたいに白く染まる。

 ドラゴンの赤い瞳が、わずかに揺れた。


「光よ――」


 雷鳴。

 白金の雷が、ティアラの周囲で荒れ狂う。

 塔の壁が、びりびりと軋んだ。

 

 それでも。

 ティアラは前を見る。

 逃げない。

 目を逸らさない。


「その鎖を――断ち切れぇぇぇッ!!」


 白金の雷が、黒い鎖を呑み込む。

 一瞬。

 塔の中から、“黒い悲鳴”みたいな音が響いた。


 次の瞬間。

 ――ガァァァンッ!!


 鎖が、爆ぜた。

 黒い破片が、ぱらぱらと床へ落ちる。


 誰も、動かなかった。


 炎も。

 咆哮も。

 もう、ない。

 ただ。

 ドラゴンの荒い呼吸だけが、

 静かな塔に響いていた。


 ドラゴンの巨体が、大きく震えた。

 やがて。

 ドラゴンが、息を呑む。

 初めて。

 本当に初めて。

 苦しみのない呼吸をした。

 赤く染まっていた瞳から、ゆっくりと色が消えていく。

 荒れ狂っていた炎も、静かに消えた。

 苦しげだった呼吸が、少しずつ落ち着いていく。

 まるで。

 溺れていた存在が、ようやく息を吸えたみたいに。


 崩れた階段の破片だけが、遥か下へ落ちていく。

 その音の中で。

 中央の頭が、ゆっくりとティアラを見る。

 もう、その瞳に殺意はなかった。


 炎が消える。

 鎖の音も、止まった。

 静寂だけが、塔に落ちる。


『……なぜだ』


 掠れた声だった。


 ドラゴンの瞳が、

 信じられないものを見るみたいに揺れる。


『なぜ、まだ私を見る』


『こんな私を……

 なぜ助ける』


 ティアラは静かにドラゴンを見上げた。

 裂けた喉。

 血に濡れた白銀の鱗。

 苦しみに歪んだ呼吸。

 ずっと。

 このドラゴンは、一人で壊され続けていた。

 胸が痛かった。


「……一人で苦しんでるの、見過ごせなかった」


 紫の瞳が、真っ直ぐドラゴンを見つめる。


「こんなの、おかしいよ……!」


「こんなの……

 一人で耐えられるわけないじゃん……!」


 ドラゴンの瞳が、わずかに揺れる。

 信じていいのかわからないみたいに。

 長い沈黙のあと。

 ドラゴンは、ゆっくり頭を垂れた。

 敵意ではない。

 まるで。

 ずっと赦しを待ち続けていた存在みたいだった。


 






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異世界ファンタジー 第七王子 王家の闇 貴族社会 王宮陰謀 双子 出生の秘密 精霊 七属性 魔法 能力覚醒 成長物語 シリアス ゆっくり恋愛 純愛
― 新着の感想 ―
ティアラは恐るべきドラゴンから皆を守ろうと奮闘する。 そんなティアラを守ろうとするリアン達。 そしてドラゴンは。続きも楽しみです°・*:.。.☆
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