第67話 光だけが届く場所
通路が、左右に分かれていた。
クラウスが、低く笑う。
「……どっちか選べってことか」
ルカが、壁を見上げる。
「道が、急に現れる……まるで生き物みたいだな」
リリスが、小さく息を呑む。
ユラは、無言で構えたまま。
リアンは、足元を見る。
右の通路。
床が、わずかに沈んでいる。
――露骨だ。
「……左だ」
リアンが、迷いなく踏み込む。
――罠を避けた、はずだった。
後ろを、仲間たちが追う。
一歩。
二歩。
そのとき。
足元で、硬い音が鳴った。
嫌な感触。
次の瞬間。
床が、抜けた。
全員の足場が、崩れる。
落ちる。
短い落下。
リアンはティアラを庇い、そのまま着地する。
リリスが、軽やかに降りる。
クラウスとルカも、距離を取って降り立つ。
ユラは――すでに構えていた。
そのすぐ後ろに、
ふわりと、光が降りる。
レイヴンだった。
落下の勢いを感じさせないまま、
静かに地へ足をつける。
そのとき。
上で、石が擦れる音がした。
リアンは、反射的に見上げる。
開いていた穴が、ゆっくりと閉じていく。
やがて――完全に塞がれた。
石の部屋だった。
壁に、継ぎ目はない。
出口は――ない。
クラウスが、周囲を見回す。
「……ずいぶん趣味の悪い歓迎だな」
ルカが、低く呟く。
「完全に閉じ込められたな」
そのとき。
足元の石が、ぬるりと歪んだ。
床から――
這い出るように、半透明の精霊兵が現れる。
ひとつ。
ふたつ。
数が、増えていく。
その手には、淡く透けた剣が握られていた。
輪郭が、揺れている。
触れれば、すり抜けそうな刃。
だが――確かに“斬る”気配があった。
リリスが、息を呑む。
「……なに……これ……」
その声が、わずかに震えた。
全員が、構える。
精霊兵は、動かない。
――待っている。
いつ踏み込んでもおかしくない距離で。
間合いは、保たれたまま。
誰も、踏み込まない。
クラウスが、眉をひそめた。
「……出てきたくせに、襲ってこないのか」
ルカが、精霊兵を見据えたまま言う。
「……なら、こいつらが鍵か」
視線だけで、精霊兵を示す。
「倒せば、何か動くんじゃないか?」
リアンは、短く息を吐いた。
視線は、精霊兵から逸らさない。
「……試す」
リアンは、踏み込む。
剣が、走る。
斬った。
――はずだった。
手応えが、ない。
刃は、何も切らずにすり抜けた。
空を斬ったような軽さだけが残る。
その瞬間。
精霊兵の瞳が、一斉にリアンを捉えた。
来る。
次の瞬間には、もう踏み込んでいた。
速い。
一体じゃない。
すべてが――リアンへ向かってくる。
四方から。
逃げ場を、潰すように。
リアンは、咄嗟に身を引く。
間に合わない。
刃が、頬のすぐ横を掠めた。
空気が裂ける。
冷たい感触が、遅れて走る。
頬に、熱が滲む。
――斬られた。
遅れて、血が滲む。
リリスが、割り込む。
「リアンお兄様!」
爪が、振り抜かれる。
確かに、捉えたはずだった。
だが。
感触が、ない。
爪は、そのまま精霊兵の身体をすり抜けた。
まるで、そこに“存在していない”かのように。
リリスの瞳が、揺れる。
「……っ、当たらない……!」
その瞬間。
精霊兵の視線が、動いた。
リアンだけではない。
リリスにも、向けられる。
標的が、増える。
二人へ。
同時に、踏み込んでくる。
リアンは、息を詰めた。
理解が、追いつかない。
――攻撃が、通らない。
なのに。
向こうの刃は、確かに“届く”。
クラウスが踏み込み、
ルカの風が走り、
ユラの刃が閃く。
だが――届かない。
――三人もまた、“標的”に加わる。
逃げ場が、削られる。
クラウスが、わずかに口元を歪める。
「……厄介だな。手応えがない」
そのとき。
精霊兵の視線が、広がった。
リアンだけではない。
リリス。
クラウス。
ルカ。
ユラ。
五人すべてへ。
標的が、増える。
次の瞬間。
踏み込んできた。
同時に。
四方から。
リアンは、身を引く。
刃が、空気を裂く。
リリスが跳ぶ。
クラウスが、半歩ずらす。
ルカの風が、軌道を逸らす。
ユラが、紙一重でかわす。
だが。
反撃が、できない。
逃げるだけになる。
床から、また現れる。
ひとつ。
またひとつ。
数が、増えていく。
終わりが、見えない。
――削られる。
確実に。
先に尽きるのは――こちらだ。
その瞬間。
ティアラが、一歩、踏み出しかけた。
「ティアラ」
リアンの声が、止める。
「攻撃するな。標的にされる」
短く、断言する。
ティアラの動きが、止まる。
視線が、揺れる。
精霊兵の数だけが、増えていく。
削られていく。
そのとき。
光が、揺れた。
レイヴンだった。
静かに、精霊兵を見ている。
刃が迫る。
リアンへ。
リリスへ。
――そのとき。
「……見えた」
呟いたのは、レイヴンだった。
ただ一人、動かずに。
見ていた。
戦いではなく――“構造”を。
静かに、息を落とす。
次の瞬間。
レイヴンの足元に、白い光が滲んだ。
床を這うように広がり、
紋様が浮かび上がる。
円が、描かれる。
ひとつ。
またひとつ。
重なりながら――精霊兵の足元へと伸びていく。
逃がさないように。
囲い込むように。
「光よ、影を閉じ込めろ――」
紋様が、繋がる。
円が、完成する。
次の瞬間。
それが――上へ“立ち上がった”。
床にあったはずの光が、壁のようにせり上がり、
精霊兵を、閉じ込める。
「──白き獄門、今ここに……」
静かな詠唱。
光が、収束する。
「白耀獄門」
完全に、閉じた。
光の檻が、沈黙する。
閉じ込められた精霊兵が――止まる。
動かない。
そのまま。
崩れる。
音もなく。
形を失い、
光に溶けるように――消えた。
だが――
白い紋様の外にいた数体が、踏み込んでくる。
間合いが、詰まる。
リアンは、精霊兵を見据える。
――斬れない。
なら。
別のやり方を、探すしかない。
その瞬間。
誰も、動けない。
時間すら、止まったかのように。
「……違う」
ティアラの声が、わずかに震えた。
「これ……斬るものじゃない」
一瞬。
全員の動きが、止まる。
息をひとつ、吸う。
「……光で、“ほどく”もの」
確信するように、言い切る。
「古き契約の光よ――」
光が、集まる。
ティアラから溢れた光が収束し、
背後で、かたちを取る。
翼だった。
淡く、しかし確かな光を宿した翼。
静かに広がる。
その輪郭が、わずかに滲んでいる。
「……いま、我が祈りに降り注げ!」
次の瞬間。
精霊兵の頭上に、光の線が現れる。
細く、鋭い。
まっすぐに、位置を定める。
「聖輝降」
――落ちた。
光が、突き刺さる。
一直線に。
逃げ場なく、貫く。
触れた瞬間。
精霊兵の輪郭が、ほどけた。
砕けるでもなく。
燃えるでもなく。
そのまま――光に溶ける。
音もなく。
ひとつ。
またひとつ。
消えていく。
完全に。
何も残さず。
静寂が、落ちた。
光が、静かに薄れていく。
背に広がっていた翼が、
ゆっくりと形を崩していく。
ほどけるように。
粒となって、
淡く、やさしく――空気へと溶けていく。
誰も、すぐには動かない。
荒い息だけが、残る。
リアンは、剣を下ろす。
周囲を、見渡す。
もう――敵はいない。
そのとき。
石の壁が、低く鳴った。
全員の視線が、動く。
壁が、ゆっくりと開いていく。
左右へ。
新たな通路が、現れる。
まるで――
次の選択を、強制するように。
奥で――通路そのものが、動いていた。
石が、意思を持つように。
――道が、組み替えられている。




