第66話 導きは、ここまで
淡い光が、ふわりと灯った。
闇が、押し退けられる。
その中に――ひとりの少女が立っていた。
ティアラの瞳が、揺れる。
「……ミレ……ミレア、なの……?」
少女は、静かに膝を折った。
「……ティアラ様。ご無事で、何よりです」
その声に。
ティアラの表情が、はっきりと崩れた。
リアンの腕から、そっと離れる。
足元が揺れ、わずかによろめく。
そして――一歩、踏み出す。
次の瞬間、堪えきれず駆け寄った。
「ミレア……!」
手を取る。
確かめるように、強く握る。
「助けてくれたのね……ありがとう……」
リアンも、ゆっくりと立ち上がる。
視線は、少女から逸らさない。
――知り合い、か。
クラウスは、小さく息を吐いた。
わずかに力を抜く。
「……敵って感じじゃないな」
ルカは、周囲に意識を向けたまま、低く呟く。
「……気配は、他にない。今のところはな」
レイヴンは、ミレアを静かに見据えている。
その視線だけが、わずかに鋭い。
リリスは、息をひとつ吐く。
張り詰めていた肩の力が、わずかに抜けた。
ユラは、無言のまま。
だが、その手は剣から離れていた。
ミレアは、わずかに視線を伏せる。
だが、すぐに顔を上げた。
「ティアラ様……ここは危険です」
「精霊国に留まるべきではありません」
「今すぐ、ここを離れてください」
ティアラは、首を振る。
「……それは、できない」
即答だった。
迷いは、ない。
クラウスは、肩をすくめた。
分かっていた、とでも言うように。
ミレアの表情が、強張る。
「……捕まれば、幽閉では済みません」
「――処分されます」
一瞬。
音が、消えた。
空気が、凍りつく。
ルカの視線が、わずかにティアラへ向く。
クラウスは、何も言わない。
レイヴンの光が、わずかに揺れた。
リリスの肩が、かすかに震える。
リアンは――動かない。
ただ、ティアラを見ている。
止めるつもりは、ない。
重い沈黙が、落ちる。
だが――
「……それでも」
「行かないわけには、いかない」
ティアラの声だけが、静かに響く。
その視線は、揺るがない。
一歩も、退かない。
「父を救い出すまでは――精霊国を去ることはない」
その瞬間。
ミレアの動きが、止まった。
「……ティアラ様……」
ティアラは、手を取ったまま、強く握る。
そのまま、視線を逸らさない。
「ミレア」
「……父のこと、何か知っているの?」
ミレアは、わずかに息を止める。
レイヴンの視線が、さらに鋭くなる。
「……中枢に、塔があります」
「精霊国の中心にある塔です」
「この国の力――すべての源に、最も近い場所に建っています」
ミレアの声が、わずかに落ちる。
一瞬、言葉を止める。
「その最上階に――幽閉されていると、聞いています」
わずかな沈黙。
クラウスが、小さく笑う。
「……いいな。目指す場所ははっきりした」
ミレアは、続ける。
「……ここは、精霊国の通路です」
足元には、古い石の通路が続いていた。
崩れてはいない。
だが――長く使われていない気配だけが、残っている。
「かつて使われていたものですが……今も繋がっています」
「迷路のように入り組んでいますが――」
一瞬、言葉を選ぶ。
「中枢へ、辿り着けるはずです」
「ですが……安全ではありません」
ティアラの手を、ミレアがわずかに強く握り返した。
「……中枢は、この先――あちらの方角です」
暗がりの奥を、指し示す。
「ですが……通路は真っ直ぐには繋がっていません」
「分岐を誤れば、遠ざかることもあります」
そこで、ミレアは言葉を止めた。
わずかな沈黙。
「……私は、ここでお別れします」
再会したばかりだった。
それでも――その声は、揺れなかった。
「……本来、ここに来ること自体が許されていません」
「ですが……ティアラ様をお救いするために」
「ほんの僅かな時間だけ、持ち場を離れました」
「……これ以上は、戻らなければ怪しまれます」
ティアラの指が、わずかに強くなる。
離さないように。
繋ぎ止めるように。
「……待って」
思わず、声が零れた。
だが――
ミレアは、ほんの一瞬だけ視線を揺らし。
何かを言いかけて――やめた。
それでも。
静かに、その手をほどいた。
「……どうか、ご無事で」
微笑んだのかどうかも、分からない。
淡い光が、ふっと揺れる。
そのまま――遠ざかる。
「……ミレア……」
呼びかけは、届かない。
足は、止まらない。
闇が、戻る。
――導きは、ここまで。
足元も、先も見えない。
そのとき。
淡い光が、灯った。
レイヴンだった。
掌の上に、小さな光球が浮かび、
静かに周囲を照らす。
「……進める」
短く、告げる。
リアンは、一歩、前へ出た。
示された方角へ。
迷いは、ない。
「行こう」
石の通路に、足音が響く。
暗がりの奥へ。
中枢へ向かって――進み出す。
一歩。
二歩。
その瞬間。
足元から、低い振動が走った。
通路が、わずかに揺れる。
――何だ。
振り返る。
背後の通路が、静かに閉じていく。
石壁がせり上がり、完全に塞がれる。
戻れない。
同時に。
前方の通路が、ゆっくりと“分かれた”。
左右へ。
闇が、口を開ける。
――選べ、と言うように。
そして。
右の通路の床が、わずかに沈み込んだ。




