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禁忌の第七王子と精霊の少女─その恋は王国の理を覆す─  作者: 七天宮 凛


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第63話 覗き込む影

 朝の空気は、ひどく澄んでいた。

 城門の前に、一行は集まっていた。

 支度はすでに整っている。

 言葉は少ない。


 ふと、近衛の一人が歩み出る。


「陛下より、言伝を」


 静かに頭を垂れる。


「此度の働きに感謝する、と」


「そして――いつでも、この地は諸君らを迎える、とのことです」


 短い言葉だった。

 だが、それで十分だった。

 誰も軽くは受け取らない。


 リアンは、わずかに視線を上げる。


 城の高み――その奥を、一瞬だけ見た。

 何も見えない。

 それでも、確かに“見られている”気がした。


 ――ありがとうございます。


 胸の内で、静かにそう呟く。


 そのとき。


「ちょうどよかった」


 軽い声が、その場に落ちた。

 振り返ると、エルフィナが立っていた。

 いつものように、どこか余裕のある笑みを浮かべている。


「今日、発つって聞いたの」


 ひらりと手を振る。


「私も、アストラルに戻るところなの」


 ちらりと馬車へ視線を向ける。


「よかったら――途中まで、一緒にどうかしら?」


 あまりにも自然な誘いだった。

 用意されていたかのようなタイミング。

 けれど、不自然に感じる者はいない。


 クラウスが、短く息を吐く。


「助かるな」


 すぐに、準備が整えられる。

 用意された馬車は二台。


 リアンが、何も言わずに一台へと乗り込む。

 その動きを見て、ティアラは迷わなかった。

 自然に、その隣へと腰を下ろす。

 レイヴンも続く。

 視線は、最初からティアラに向けられていた。

 ルカもまた、何気ない顔で同じ馬車へと乗り込む。


 ――四人。席は、埋まった。


 もう一台の馬車が、静かに待っている。

 そちらが、残された側だった。


 リリスは、足を止めた。

 視線だけが、リアンの方へ向く。

 ほんの一歩、踏み出しかけて――

 止まる。

 そのまま、動けなかった。


「こっち、空いてるわよ」


 やわらかな声が、かかる。

 エルフィナだった。


 わずかに、逡巡。

 リリスは足を止めたまま、そちらへと向きを変えた。

 クラウスは、その流れを見て、何も言わずもう一台へ。

 ユラもまた、その後を追う。

 扉が閉まる。

 馬車が、ゆっくりと動き出した。

 窓の外で、ミストフォルンの城がゆっくりと遠ざかっていく。

 振り返る者は、いなかった。



 揺れの中、車内には言葉がほとんど落ちなかった。

 静けさだけが、残る。


 レイヴンの視線は、ずっとティアラに向けられている。

 窓の外へ逸れる気配はない。


 ティアラの胸が、小さく跳ねた。

 呼吸が浅くなる。


「……そんなに見られると、恥ずかしい」


 レイヴンは、わずかに首を傾けた。


「恥ずかしい?」


 ルカはそのやり取りの間、何気ない顔のまま――

 向かいにいるリアンへ視線を送る。

 ほんの一瞬だけ。

 まるで、反応を探るように。

 そしてすぐに視線を外した。


 レイヴンの目は、ティアラから離れない。

 ただ、瞬きがわずかに遅れる。

 何かを理解しようとするように。


「……だって、ずっと見てるから」


 ティアラの言葉に、レイヴンはすぐには答えなかった。

 ただ、視線だけが静かにそこにある。


 リアンが、低く息を吐くように言った。


「少しは周りを見ろ」


 レイヴンはようやく視線を窓の外へ向けた。

 それは一瞬だけの、形だけの動きだった。

 すぐにティアラへ戻る。

 そこから視線が外れることはなかった。



 もう一台の馬車。

 揺れに合わせて、わずかに距離が近づく。

 クラウスの肩が、触れた。

 ユラは、ぴくりと小さく反応する。

 すぐに姿勢を正すが、次の揺れで、また触れる。

 そのたびに、呼吸がわずかに乱れた。

 視線は、まっすぐ前へ。

 クラウスの方は、見ない。

 指先だけが、かすかに力を帯びていた。


 ――そのとき。

 クラウスが、ふと視線を向けた。

 黒と深藍のコート。

 揺れる裾に、淡い銀の刺繍が走る。


「……その格好」


 一度、言葉を切る。


「アルシェ家では、メイド服しか見てなかったが――」


 短く、視線をなぞる。


「それも、似合ってるな」


 ユラの肩が、わずかに揺れた。

 はっとしたように、クラウスを見る。

 視線が合う。

 今度は、逸らせなかった。

 頬に、ほんのりと熱が差す。

 わずかに、瞳が揺れた。


「ユラさんは、何を着ても似合います」


 リリスが、やわらかく言う。

 エルフィナが、小さく微笑んだ。

 ユラは、ほんの一瞬遅れて口を開く。


「……ありがとうございます」



 馬車は、国境へと近づいていく。

 やがて――

 クラウスの視線が、鋭く細まった。


 前方。

 街道に、列ができている。

 荷馬車、旅人。

 列は、思うように進まない。


 止められ、覗き込まれ、通される。

 その繰り返しだった。


 だが――

 兵の数が、多い。


 人相書きを掲げる兵が、

 通る者の顔を見比べている。


 「銀髪の少女だ。見落とすな」


「年は十代半ば。全員確認しろ」


 低い声が、列のあちこちで飛ぶ。

 クラウスの目が、わずかに細まった。


「……止めろ」


 短く告げる。

 馬車が減速し、列の最後尾に滑り込む。

 前の馬車が止まる。

 兵が覗き込み、やがて通される。


 また一台。

 さらに一台。

 進みが、遅い。


「……銀髪の少女を探しているな」


 クラウスの声は低い。

 エルフィナが、かすかに息を吐いた。


「王宮が動いてるわね」


 やがて――


「次だ」


 声がかかる。

 馬車が止まる。

 扉の外で、気配が止まった。


「身分確認を行う。顔を見せろ」


 クラウスは、何も言わずに扉を開けた。

 外気が流れ込む。


 視線が、差し込んでくる。

 エルフィナ。

 リリス。

 ユラは、視線を伏せたまま動かなかった。

 呼吸だけが、わずかに乱れた。

 そして、クラウス。


 人相書きと照らし合わせるように――

 ひとりずつ。


 わずかな沈黙。

 兵の目が、一瞬だけ細まる。

 何かを測るように。

 視線が、ユラの上でわずかに止まった。


 ――だが。


「……問題ない。通れ」


 短く告げられる。

 扉が閉まる。

 馬車が、再び動き出した。

 列を抜ける。


 だが――

 クラウスは、窓の外から視線を外さない。


「……問題は、あちらだな」


 低く呟く。

 視線の先。

 リアンたちの馬車が、止められている。


 兵の数が、明らかに多い。

 囲むように、集まっていた。


 エルフィナも、静かに目を向ける。


「……大丈夫かしら」


 リリスの指先が、ぎゅっと握られる。

 窓の外。

 止められたままの馬車。


「……リアン、お兄様」


 呼びかけは、届かない。


 進むほどに、小さくなっていく。

 距離だけが、開いていく。


 それでも――

 リリスは、目を逸らせなかった。



 ――その視線の先で。


 リアンたちの乗る馬車。

 足音が、すぐ外で止まる。

 窓に、影が落ちた。

 兵の気配が、迷いなく近づいてくる。


 ――まっすぐ、ここへ。


 馬車の中の空気が、張り詰める。

 ティアラの指先が、震えた。


「……私を、探してる」


 かすれた声。


 レイヴンの視線が、一瞬だけ外へ流れる。

 気配を測るように。

 だが、すぐにティアラへ戻る。

 震え。

 浅い呼吸。

 そのすべてを捉え――

 ただ、見ている。

 焦りも、迷いもない。


 レイヴンの目が、わずかに細まった。

 その視線は、揺れない。

 迫る気配よりも――

 ティアラの変化を、優先していた。


 ルカは、息を止め――すぐに押し殺す。


 リアンは動かない。

 窓の外を見据えたまま。

 迫る気配を、静かに測っている。


 足音が、一歩。

 さらに、もう一歩。

 すぐ外で、止まる。

 気配が、窓に張り付く。


 ――見ている。


 誰も、動かない。


 革靴の底が、砂を踏む音。

 ひとつ。

 またひとつ。


 ティアラの指先が、わずかに震える。


 息を潜める音さえ、邪魔になる。


 音が、途切れた。

 逃げ場は、もうない。


「……中を確認する。扉を開けろ」





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― 新着の感想 ―
リアンたちが馬車で向かう。 すると馬車を検査するため。 ティアラを捉える為の動きが。 皆が緊張する中。 ついにティアラの乗った馬車が。 続きも楽しみです°・*:.。.☆
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