第62話 決断の夜
夜の集まりへ向かう途中だった。
廊下の先に、人影。
視線が、襟元へ落ちる。
白銀の飾章。
見間違えるはずがない。
――アストラル王国。王族付きの護衛。
リアンは、足を止める。
気配を殺し、物陰へ滑り込んだ。
「レイヴン殿下。姿が見えず、探しました。
先に動かれるなら、一言いただけると――」
レイヴンは答えない。
ただ、視線だけを向ける。
「……父上に伝えろ」
「ミストフォルン王は、支援を望んでいない」
ほんの一瞬、沈黙。
「俺は、しばらくここに残る」
それきり、口を閉ざした。
――何をするつもりだ。
◆
部屋の中央にあるテーブルを囲み、全員が腰を下ろしていた。
クラウスが、ゆっくりと口を開く。
「これからのことを決めよう」
短い言葉が、場を引き締める。
「ティアラの父を救うため、精霊国へ向かう」
「その上で――光絶の儀も、止める」
空気が、わずかに張り詰めた。
リアンが、間を置かずに言う。
「……俺は行く」
言い切った。
リリスが、そっとリアンを見る。
それだけで、十分だった。
「……私も、行きます」
静かだが、確かな声だった。
ルカが、肩の力を抜くように笑った。
「精霊国、一度行ってみたかったんだ」
「――だから、僕も行く」
軽く笑ったまま、目は逸らさない。
ユラが、クラウスへ一瞬だけ視線を向ける。
すぐに、言葉を続けた。
「私も、同行させてください」
その声に、迷いはない。
そのとき――
扉が、静かに開く。
レイヴンが入ってきた。
誰も、口を開かない。
レイヴンの視線だけが、ティアラに向いている。
そのまま、席に着く。
クラウスが、軽くレイヴンに視線を向けた。
「ちょうどいいな。今決めてるところだ」
「精霊国に行く。ティアラの父を救うために」
短く、要点だけを告げる。
レイヴンは、何も言わない。
ただ――ティアラを見る。
クラウスの説明を、黙って聞く。
「……俺も行く」
一瞬だけ――
リアンと、レイヴンの目が合う。
言葉はない。
だが――
同じ場所へ向かう意思だけは、はっきりと伝わる。
けれど――
見ている先は、違っていた。
異を唱える者はいない。
ティアラが、顔を上げる。
ひとりひとりを、確かめるように見ていく。
最後に――リアン。
ほんのわずかに、表情が緩んだ。
「……ありがとう」
「みんながいてくれて、よかった」
小さな声だった。
それでも、はっきりと届いた。
場の空気が、少しだけ柔らいだ。
クラウスが、ひとつ頷く。
「じゃあ――明日の朝、出発だ」
そこで一度、言葉を切る。
「問題がある」
リアンが目を細める。
「……アストラル領か」
「ああ」
「避けては通れない」
ルカが肩をすくめる。
「目立てば終わりだね」
短い沈黙が落ちる。
クラウスが言う。
「――だから、先に動く」
「――明日の朝だ。準備しておけ」
空気が、変わる。
――もう、止まらない。
◆
――ミストフォルン領内での大規模な精霊反応と、ほぼ同時刻。
霧が、わずかに揺らぐ。
風ではない。
外界で起きた“何か”に呼応するように――境界そのものが、軋んだ。
精霊国。
静謐の間に、淡い光が脈を打つ。
「――反応、検知」
低い声が、静かに落ちた。
「座標、外界。ミストフォルン領内」
短い沈黙。
「王族核の出力、急激に上昇」
「広域展開――複数対象への同時干渉を確認」
空気が張り詰める。
「……人のために使ったか」
別の声が、淡く応じた。
「使用規模、異常」
「……一人で扱える量じゃない」
「それでも」
「……それでも、維持している」
短く、返る。
光の像が浮かび上がる。
そこに映るのは――
銀の髪の少女。
無数の命を繋ぎ止めた、その中心にいる存在。
「……理を、越えたな」
誰かが、そう呟いた。
沈黙が落ちる。
「精霊王の判断は」
問いが、静かに投げられる。
すぐには、声は返らない。
だが――
空間が、一瞬だけ“書き換わった”。
次の瞬間。
同じ答えが、全員の中にあった。
「……干渉の許容範囲を逸脱」
「放置は不可」
その判断が、言葉になる。
「対象、外界にて覚醒段階へ移行」
淡い光が、わずかに強まる。
「――回収を視野に入れる」
その決定は、静かに全体へと浸透していく。
迷いは、存在しない。
――だが。
ひとつだけ、わずかな揺らぎが生まれる。
「……だが」
低く、続く。
「これまでとは違う」
「今回は――」
わずかな間。
「禁域に触れている」
空気が、静かに張り詰めた。
「……本来、触れてはならない領域だ」
誰かが、抑えた声で言う。
「生死の理に、干渉している」
その事実だけが、重く落ちる。
光が、ゆっくりと収束していく。
それが導きなのか、
あるいは――制約なのか。
まだ、誰にも分からない。
確かなのは、ただひとつ。
精霊国ルミナシアは、
すでに次の段階へ移ろうとしている。




