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第56話 守れなかった、その手で

 静寂は、すぐには終わらなかった。

 その中で――

 じわりと、異質な気配が広がっていく。


 空気が、重い。

 鼻をかすめる、異質な匂い。


 土でもない。

 葉でもない。


 どこか、刺すような――

 それが、逃げ場なく空気に満ちている。


 金色の霧が、洞窟の奥からゆっくりと滲み出していた。


 リアンは、まだその場に立ち尽くしていた。

 指先が、わずかに震えている。


 届かなかった。

 あの時――

 足りなかったのは、時間じゃない。

 救えなかった。

 その理由は――

 自分の、力だ。


 胸の奥に残る感触が、離れない。


「……リアン……」


 呼ばれても、すぐには反応できなかった。

 視線の先に、さっきまで“人だったもの”の残滓が焼き付いている。


「……リアンお兄様」


 今度は、すぐ傍からだった。

 白銀の耳が、かすかに震えている。

 リリスが、不安そうに見上げていた。

 リアンの指先が、わずかに動く。


「……匂い、強くなってます」


 リリスの声が、空気を裂いた。

 その瞬間、現実が引き戻される。


 金色の霧が、床を這うように広がる。

 

 リリスの耳が、ぴくりと大きく震える。

 顔を上げ、迷いなく一点を見据えた。


「……あっちです」


 小さく告げて、駆け出す。

 その後を追うように、クラウスとルカも動いた。

 リアンも、遅れて足を踏み出す。


 そのさらに後ろで――

 ティアラもまた、わずかに遅れて歩き出した。

 視線は落ちたまま。

 それでも、足だけは止まらなかった。


 辿り着いた先――

 地面が、不自然に抉れていた。

 岩の裂け目のような穴。

 そこから、金色の霧が溢れるように滲み出している。


 さきほどとは比べものにならないほど、

 空気そのものが、重く淀んでいた。


 その奥に――

 淡く光るものがあった。


 リアンの視線が、わずかに揺れる。


 ……あの光は。


 どこかで、見た光だ。


 ミストフォルン王城の中庭。

 アストラル王国行きの馬車。

 木箱に詰められていた、あの石。


 ――封光石。


 喉の奥で、言葉にならない何かが沈む。


 ルカの足が、一歩だけ前に出た。


「待っ――」


 その声は、途中で止まった。

 伸ばしかけた手が、わずかに止まる。

 その奥に見える、淡い光。

 一瞬だけ――視線が沈む。


「……どうした?」


 クラウスの声。

 ルカは、わずかに目を伏せた。


「……いや、なんでもない」


 短く、そうだけを言った。


 リアンは、息を吸った。

 片膝をつき、掌を穴へとかざす。

 指先に、蒼い光が灯る。


「――満ちて、繋げ」


 指先から、水が滲むように溢れた。


 静かに、しかし確実に――

 穴の奥へと流れ込んでいく。


 金色の霧が、わずかに揺らいだ。


 その瞬間、リアンの指先が止まりかける。


 脳裏に、さっきの光景がよぎった。


 崩れ落ちた身体。

 届かなかった手。


 胸の奥が、わずかに軋む。


 一瞬だけ、指先が鈍る。


 だが――

 ここで止めなければ、広がる。


 リアンは、そのまま力を込めた。


「……凍れ」


 水が一瞬で白に変わる。


 音もなく凍りつき、

 流れ込んだ水ごと、霧の通り道を塞いでいく。

 氷は、奥へ奥へと広がった。

 やがて――

 ぴたりと、霧の流れが止まる。

 空気の重さが、わずかに薄れた。


 その氷に、淡い光が重なる。

 伸びた指先が、静かに触れた。

 ティアラだった。

 顔を上げたその瞳は、もう迷っていない。


「……ここで、止める」


 はっきりとした声だった。


 白金の光が、静かに広がる。

 氷の表面が、軋むように震え――


 次の瞬間。


 透き通っていた氷が、

 硬質な輝きを帯びた結晶へと――変わった。


 ひび割れかけていた部分が、

 内側から組み替えられるように閉じていく。

 やがてそれは、

 外を拒む殻のように密度を増した。


 もう、溶けることはない。


 誰も、すぐには動かなかった。


 霧が止まっている。

 その事実が、遅れて伝わる。


「……止まった、か」


 クラウスが低く呟く。


 わずかな静寂。

 霧は、もう流れていない。


 そして――


「急ぐぞ。このままじゃ、ここにいるだけで終わる」


 踵を返し、出口へと駆け出す。


 ルカも、すぐにその後を追った。

 クラウスとルカの背が、闇の中へ消えていく。


 だが――

 ティアラは動かなかった。

 氷に触れたまま、膝をつき、

 封じた穴を見つめている。


 リアンは、ティアラへと手を伸ばす。

 迷いなく、引き上げるように――立たせた。


 ティアラが、小さく息を呑む。

 ゆっくりと顔を上げた。

 その視線が、リアンに重なる。


 ほんの一瞬。

 静かな時間が流れた。


 リアンは、わずかに視線を横へ流す。

 リリスが、そこにいる。

 一瞬だけ、視線が合う。


「……行くぞ、リリス」


 短く、それだけを告げる。


 リリスは、何も答えなかった。

 ほんのわずかに、息を呑む。

 

 視線は逸らさないまま――

 リアンの手元へと落ちた。

 ティアラの手を引いた、その手に。


 白銀の耳が、わずかに伏せられた。

 そのまま、上がることはなかった。

 次の瞬間、

 リリスは、何も言わずに地を蹴った。


 視界の先に、光が見えた。


 ――出口だ。


 誰も言葉を交わさないまま、

 ただ、そこへ向かって走る。


 ――まだ、終わっていない。







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