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第54話 揃った“たすけて”

 光が、内部で弾けた。

 遅れて――

 球体が、歪む。

 膨張し、収縮し。

 脈打つそれは、形を保てなくなったように揺らいでいた。


 ――崩れる。


 リアンは、そう確信した。

 中心にあった巨大な口が、ゆっくりと閉じていく。

 裂け目が収束し、歪んだ輪郭がほどけていく。


 やがて。

 口は完全に消えた。

 残ったのは――

 ただの、歪な球体だけだった。


 終わる。


 そう思えた、その瞬間。

 球体の表面が、わずかに波打つ。


 ――浮かび上がる。


 小さな口が、ひとつ。

 表面から、滲み出るように現れた。

 内側から、押し出されるように。


 ひとつ。


 ふたつ。


 みっつ。


 球体の表面を埋め尽くすように、無数の口が、浮かび上がっていく。


 内側から、外へ。

 押し広げるように。


 その瞬間。


 口角が、ゆっくりと吊り上がる。

 ひとつではない。

 無数の口すべてが、

 同じ角度で、

 同じ速さで、


 ――笑った。


 肉が、引き伸ばされる。

 輪郭が、浮かび上がる。


 ――顔だ。


 ひとつではない。

 すべての口が、

 それぞれ、人の顔へと変わっていく。

 目が、開く。

 焦点の合わない瞳。

 それでも確かに、“誰かだったもの”。

 立体になる。

 面だったはずのそれが、前へとせり出す。

 押し出されるように。

 球体の表面から――

 “生えてくる”。

 頭部が、現れる。

 肩が続く。

 腕が、引きずられるように外へ出る。

 歪な形のまま、

 ひとつ、またひとつと――

 地面へと、落ちた。

 鈍い音。

 崩れる音。

 形を保てないまま、

 人だったものが、崩れ落ちていく。

 最後に残っていた球体も、

 内側から崩れ、

 静かに、消えた。


 ――静寂。

 

 重く沈んでいた空気が、わずかに緩む。


 誰も、すぐには動かなかった。

 やがて。

 ひとりが、息を吐く。

 それが合図のように、緊張がほどけていく。

 結界の内側で、誰もが、わずかに肩の力を抜いた。

 終わった。

 そう思えた。

 作業員たちも、兵たちも――

 助かったのだと。


 ――その時。


 地面に倒れていた“それら”が。

 同時に、口を開いた。


「……たすけて」


 声の高さも、間も――すべて同じだった。


「……たすけて」


 繰り返す。

 ずれない。


「……たすけて」


 空気が、凍る。

 それは――

 祈りではなかった。


「……たすけて」


 ――違う。


 これは、“助けを求めている声”じゃない。


 その口元が――吊り上がる。


 助けを求めながら、笑っている。


「……たすけて」


 空気が、凍りつく。


 その時。

 ティアラが、一歩前へ出た。


「……まだ、間に合うかもしれない」


 かすかな声。

 それでも、迷いはなかった。


 白金の光が、静かに満ちる。


「――還りなさい。穢れを祓い、あるべき姿へ──」


 ――浄化魔法セラフィック・リヴァージョン


 やわらかな光が、前へと伸びる。

 かすかな虹を帯びながら――


 倒れていた者たちへと、触れていく。

 包み込むように。


 拒むことなく、受け入れるように。

 静かに、染み込むように――

 広がっていく。


 前と同じ光だった。

 変わらないはずの、浄化の光。


 それなのに。


 リアンの奥で、何かが引っかかる。


 ほんの僅かに。

 虹の色が――歪む。

 淡いはずの輝きが、どこか、濁って見えた。


 揺らぎが、不自然に乱れる。

 脈のように、わずかに、ずれている。


 気づくほどではない。

 それでも――何かが、ずれていた。


 光はそのまま地面へと広がり、倒れていた者たちを、すべて包み込んだ。


 触れた、その瞬間――


 “たすけて”の声が、止まった。


「……っ」


 リリスが、小さく息を呑む。


 ――助かった、と錯覚した。


 倒れている“それら”は――誰ひとりとして、動かなかった。


 リアンの胸に、拭えない違和感が残る。


 顔から、表情が消えている。


 そのとき。

 胸が、ひどく重くなった。

 息が、入らない。

 浅い呼吸が、喉で引っかかる。

 肺が、空気を求めて軋む。


 ――息が、足りない。


 閉じた結界の中。

 すでに、限界を迎えていた。


「……もう、もたないな」


 クラウスの声が、低く落ちる。

 わずかに眉を寄せたまま、前を見据える。


「このまま結界を維持すれば、先にこっちが落ちる」


 結界の外。

 濃度の濃い霧が、ゆらりと揺れている。

 解けば――吸う。

 吸えば――侵される。

 理解は、早かった。

 逃げ場は、ない。


「……解除する」


 短い一言。

 誰も、止めなかった。

 止められなかった。


 次の瞬間。

 光の膜が、音もなくほどけた。

 外気が、一気に流れ込む。

 肺が、空気を取り戻す。

 焼けつくようだった呼吸が、わずかにほどける。

 息が――通る。

 だが。

 鼻の奥を刺す、あの匂い。

 さっきよりも、濃い。


 ――まずい。


 そう思った、その直後。


 倒れている“それら”は――

 ひとり。

 またひとりと。

 顔が、わずかに緩んでいく。


 歪んでいた輪郭が、戻る。

 濁りが、引いていく。


 ――戻る。


 そう、見えた。


 焦点の合わなかった瞳が、

 ゆっくりと、こちらを捉える。


 そこにあったのは――

 “人の顔”だった。


「……あ……」


 かすれた声。

 助けを求めるのではない。

 ただ、そこに在るだけの、人の声。

 

 ――間に合う。


 リアンの胸に、確かな感触が走る。

 その瞬間。

 すべての表情が――消えた。

 ぴたりと。

 まるで、切り替わるように。

 感情が、抜け落ちる。

 瞳から、光が消える。

 無表情。

 そして――

 同時に、口が開いた。


「……たすけて」


 声は、寸分の狂いもなかった。

 さっきまで――確かに、人だった。




 


 



 








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