第53話 届いたはずの一撃
白に見える、濁った光が弾けた。
――なのに、音がなかった。
何も、伝わってこない。
――遅れて、来る。
――息が、できない。
肺が、焼けるように痛んだ。
視界が、揺れる。
濁った光に、歪んだ世界が、ゆっくりと輪郭を取り戻していく。
リアンの全身から、青白い光が噴き上がっていた。
引き出した覚えもない。
ただ――溢れた。
内側から、押し出されるように。
制御を離れた魔力が、輪郭をなぞるように走る。
足元から、指先から、視界の端に至るまで。
青白い光が、脈打つ。
そのまま、前へ。
迫り来る、白に見える濁った光を――
正面から、押し返した。
光と光がぶつかる。
空間の中央で、激しく軋む。
だが。
押し負けない。
そのまま、押し返す。
光とも影ともつかないそれが――わずかに、押し戻される。
――押し返せる。
濁った光は、弾かれるように霧散し――
一瞬、空間が静まり返る。
だが。
終わりではない。
球体が、脈打った。
表面に散らばっていた無数の口が――
ゆっくりと、動き出す。
位置を変え、寄り集まり――
ひとつへ。
中心に、収束する。
歪な塊の中央に。
巨大な口が、形を成していく。
裂けるように開き。
奥に、光が溜まる。
膨張する。
収まりきらないほどに。
空間そのものが、引き攣る。
――来る。
リアンの足が、自然と踏み込まれる。
その瞬間。
背後で、気配が揺れた。
ティアラの呼吸が、浅くなる。
背中に、熱が走る。
押さえ込まれていたものが、軋むように揺れている。
だが――まだ、形にはならない。
その直後。
球体の口が、ゆっくりと開いた。
――止める。
次の瞬間。
歪んだ光の奔流が、空間を引き裂くように解き放たれた。
一直線に、空間を削りながら――
叩きつけられる。
リアンは、正面から受けた。
青白い光が、弾ける。
ぶつかった瞬間――
空間が、軋んだ。
押し合う。
互いに削り合うように、火花のような光が散る。
だが――
止まらない。
光に似た成れの果ての奔流が、前へと迫る。
足元が、軋む。
――足りない。
呼吸を、押し殺す。
光を、さらに押し出す。
だが。
その瞬間。
脳裏に、あの目がよぎる。
助けを求めていた、人の目。
――元は、人だ。
指先に集まった魔力が、行き場を失ったまま震える。
青白い光が、ほんの僅かに沈む。
そのすぐ後ろで。
リリスが、胸の前でぎゅっと両手を握りしめた。
小さく、肩が震えている。
息は、浅い。
それでも――顔は上げたまま。
まっすぐに、リアンの背中を見ている。
「……リアンお兄様」
震える声だった。
けれど。
「……助けて、あげてください」
祈るように。
それでも、縋るのではない。
託す声だった。
その隙を、逃さず。
光に似た成れの果ての奔流が、一気に押し返してくる。
――しまっ……。
その時。
「迷うな、リアン」
クラウスの低く、鋭い声が飛んだ。
同時に。
「リアンお兄様ッ!」
リリスの叫びが、重なる。
視界の端で。
ルカの指が、短く印を結ぶ。
風が、走る。
青白い光に、絡みつくように。
流れが、変わる。
だが――それでも、足りない。
押し返される。
それが、目前まで迫る。
指先の感覚が、消えかける。
光が――保てない。
足元が、わずかに滑った。
その瞬間。
クラウスの指先が、わずかに揺れた。
結んでいた印が――ほんの僅かに、崩れる。
結界が、軋む。
光の膜に、細い亀裂が走った。
――間に合わない。
青白い光が、軋む。
ひび割れるように、出力が乱れる。
押し返される。
一歩。
さらに――もう一歩。
押し切られる。
次の瞬間には――
すべてが、飲み込まれる。
そう確信した。
その刹那。
ティアラの瞳に、紋が浮かび上がる。
淡く、しかし確かな光。
遅れて。
背中の熱が、限界を越える。
抑え込まれていた力が、解ける。
白金に近い光が、音もなく溢れ出した。
そのとき。
ティアラの毛先から、細かな光が零れ落ちた。
白金の粒。
雪のように、淡く。
だが、意志を持つように――
ゆっくりと、リアンの方へと流れていく。
掌へ。
触れた瞬間。
青白い光が、わずかに震えた。
――流れ込んでくる。
拒む間もなく。
やわらかな光が、内側へと溶けていく。
次の瞬間。
青白い光が、明確に強まった。
同時に。
ティアラから溢れ出していた白金の光が、さらに広がる。
砕けるでも、燃え上がるでもなく。
やわらかく空間へと溶け込みながら――
輪郭を持たないまま揺らぎ。
やがて。
幾重にも重なる光が、形を結ぶ。
翼。
そう呼ぶしかない光が、背に広がっていた。
一本一本を主張するのではなく。
層となって、重なり合い。
ただそこに在ると分かる、静かな存在。
ティアラが、リアンの隣に立つ。
迷いなく。
並ぶ。
そのまま、詠唱が紡がれる。
「――還りなさい。穢れを祓い、あるべき姿へ」
白金の光が、静かに満ちる。
それは――
浄化魔法。
やわらかな光が、前へと伸びる。
かすかな虹を帯びながら、青白い光へと絡みつく。
混ざるのではない。
包み込むように。
拒むことなく、受け入れるように。
螺旋を描きながら、重なっていく。
次の瞬間。
クラウスの指が、再び印を結ぶ。
――ひびが、走る。
透明な球体の表面に、細い亀裂が浮かび上がった。
「……想定より早いな」
わずかに息を吐く。
だが、その手は止まらない。
――後方で、気配が揺れる。
リリスが、不安げにこちらを見ていた。
クラウスは、ほんのわずかに振り返る。
口元に、かすかな笑みを浮かべた。
「心配するな。まだ余裕はある」
それだけ言って、クラウスはすぐに前へと視線を戻す。
その声とは裏腹に――
結界の奥では、亀裂がじわりと広がり続けていた。
指先が、わずかに震えている。
空気が、震えた。
ひとつ目の結界の外側に、もう一層、淡い光が展開される。
二重。
内側の亀裂を覆い隠すように、新たな層が、静かに噛み合った。
だが――
衝撃のたびに、外側の膜がわずかに歪む。
風が、さらに強まる。
ルカの魔力が、流れを押し上げる。
加速。
圧縮。
収束。
――行ける。
リアンの迷いが、消える。
青白い光が、もう一段強く脈打った。
白金の光が、それを包み込む。
その奥で、淡い虹の螺旋が完成する。
次の瞬間。
重なった光が――
光に似た奔流を――押し返した。
一気に。
押し切る。
そのまま、一直線に。
球体の口へと――突き刺さる。
内側で、光が弾けた。
――確かに、届いたはずだった。
そう、思った。




