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第50話 禁じられた誕生と、父の残したもの

 湖の上に立つ男は、ゆっくりと視線を動かした。

 ティアラだけではない。

 その場にいる全員を、静かに見ている。


 クラウスは無言で一歩前に出る。

 

 リリスも息を呑み、ルカは警戒を解かない。


 だが――

 ティアラだけが動かなかった。

 湖を見つめたまま、わずかに首をかしげる。


「……やっぱり」


 小さな声が落ちた。

 胸の奥で、何かがはっきりと繋がる。


「夢で……会ってる」


 あの時と同じ声。

 姿は見えなかった。

 けれど、この声だけは――

 確かに覚えている。


「ここ……知ってる」


 確信に近い感覚。


 男の銀青の瞳が細められる。


「そうか」


 静かな声だった。


「ならば、その感覚は正しい」


 リアンは眉をひそめる。


 ――正しい?


 男は水面を歩くように、一歩近づいた。

 波紋だけが広がり、沈む気配はない。


「ここは、精霊の記憶が最も濃く残る場所だ」


「……精霊の記憶?」


 ルカが低く呟く。


「ああ。そしてお前は――そのどちらにも属している」


 ティアラの瞳が揺れた。


「あなたは何者だ」


 クラウスの問いに、男はわずかに目を伏せる。


「かつて、精霊国を統べていた者だ」


 空気が変わる。


「……元精霊王、エルナティス」


 否定はなかった。


「今はただの観測者だ」


 穏やかな声音。

 だが、その場の誰もが理解する。


 ――そう呼ぶには、あまりに異質だった。


 リアンは一歩前に出る。


「……聞きたいことがあります」


 一瞬、ティアラを見る。


「……いいか」


 小さな頷き。

 迷いはある。

 それでも、逃げない顔だった。


「……教えてください」


 ティアラが踏み出す。


「光の器は……解けますか」


 静寂が落ちる。

 エルナティスは、すぐには答えなかった。

 やがて――


「解けない」


 迷いのない声だった。

 ティアラの肩がわずかに震えた。


 背後で、誰かが小さく息を呑む気配がした。

 

 クラウスの指先が、わずかに動く。

 何かを言いかけて――やめた。

 

 「……本当に……?」


 かすれた声。


 エルナティスは、わずかに目を細め――

 言葉の代わりに、ただ頷いた。

 

「解けないんですね……」


 ティアラは、わずかに目を伏せた。

 その睫毛が、かすかに震える。


 風が吹く。

 湖に浮かんでいた白い花びらが、静かに揺れた。


 リアンは横顔を見る。


 ――もしかしたら、というわずかな期待。


 それすら、打ち砕かれた。


 ティアラは、顔を上げない。


「光の器は、命そのものを結びつける術だ」


「無理に解けば、どちらかが失われる」


 沈黙が落ちる。

 その中で――


「……だが」


 空気がわずかに変わった。


「お前の父は、それに抗った」


 ティアラの顔が上がる。


「……え?」


「かつて、一人の男がここへ来た」


「まだお前が生まれる前だ」


 湖の水面に波が広がる。

 風にさらわれ、白い花びらがひとひら、宙へ浮かんだ。


「精霊王が、お前を消そうとしていると知ってな」


「……消す?」


「人と精霊の子は禁忌とされた」


「存在すること自体が、理に反すると」


 ティアラの手が震える。


「だが、その男は拒んだ」


 クラウスが、わずかに目を細める。


「理に背いてでも、お前を生かすと選んだ」


 その言葉は、静かに――だが確かに響いた。


 リアンの胸がわずかに軋む。


「お前は、本来ここに在るべき存在だ」


 その言葉に、ティアラの瞳が揺れた。


「……お父さんは……どうなったんですか」


 エルナティスは、わずかに目を伏せた。


「捕らえられた」


「今も、精霊国にいる」


 ティアラの息が止まる。


「……あの男は、お前に“術”を残した」


「本来、生まれることすら許されなかった命を――繋ぎ止めるためのものだ」


 空気が凍る。


「……アルト」


「それが、お前の父の名だ」


「……アルト……」


 ティアラは、その名をなぞるように呟いた。


 クラウスは何も言わない。

 ただ、わずかに視線を落とした。


 リリスもまた、そっと視線を伏せる。


 初めて聞くはずの名。

 それなのに――

 ティアラの胸の奥に、すとんと落ちていく。

 その名が、はじめて自分のものになるように。

 静かに、確かに。


「……生きてるんですか」


「少なくとも、精霊たちはそう伝えている」


 ティアラの手が、ゆっくりと握られる。

 震えを押さえるように。


「……そう、なんですね」


 ティアラは顔を上げた。

 瞳に宿る光が変わっていた。


「……なら」


 小さく息を吸う。


「行かないと」


 クラウスは、わずかに息を吐いた。


「……やはり、そう来たか」


 低く、変わらない声音だった。


 ルカは無言で肩の力を抜く。


 リアンはティアラの横顔を見る。


 ――揺らぎが、消えている。


 そこにあるのは、覚悟だった。


 エルナティスは静かに告げる。


「精霊国の中枢だ」


「理に最も近い場所に、あの男は置かれている」


「誰も、容易には近づけない」


 空気が、わずかに張り詰める。


「……辿り着けるかは、お前たち次第だ」


 誰も言葉を返さない。

 だが、その場の全員が同じ方向を見ていた。


 風が吹く。

 白い花が、水面で揺れた。


 その時――


「……随分と、厄介なものに見守られているな」


 エルナティスの視線が、ゆっくりとリアンへ向けられる。


 その意味は分からない。

 だが――

 リアンの奥で、何かが“揺れた”。

 視界の奥。

 深い水底のような場所で。

 巨大な蒼が、ゆっくりと目を開いた。

 声はない。

 それでも、何かが伝わる。

 湖の上に立つ男を、


 ――見返している。


 ほんの一瞬。

 静かに、視線が交わる。

 次の瞬間、すべては沈んだ。

 何もなかったかのように。


 リアンはわずかに目を細める。


 ――今のは……


 言葉にはしない。

 だが、胸の奥に、消えない“何か”だけが残る。


 風が吹く。

 白い花が、水面で揺れた。


 



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