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第49話 雲の上の湖に立つ者

 ちり、と。

 小さな音が、頭上から落ちてきた。


 リアンは顔を上げる。

 青い空。

 雲の隙間。

 そこから――

 ひとひらの花びらが落ちてきた。

 ゆっくりと回りながら、空気を漂う。

 光を受けて、かすかにきらめいていた。


 はらり。

 もう一枚。

 さらに一枚。


 花びらは、巨大な木の上から降ってきていた。

 リアンは見上げる。


 巨大な木。

 その幹は、雲の中へ消えるほど高かった。


 だが――

 途中まで枝がない。

 壁のような幹が、雲の中へ続いていた。


「……上に何かある」


 リアンが言った。

 そのとき、クラウスが木を見上げた。


「さて」


 肩をすくめる。


「どうやって登る?」


 ルカが一歩前へ出た。

 幹に手をかざす。


「風で上がるか」


 空気が揺れる。

 風が生まれかける。


 だが――


 幹に触れた瞬間、風は霧のように消えた。


 ルカが眉をひそめる。


「……弾かれた」


 クラウスが小さく笑う。


「なるほど。精霊の領域ってやつか」


「魔法はお断りらしい」


 ルカが小さく息を吐いた。


「面倒な木だな」


 誰も、すぐには木に触れようとしなかった。


 リアンは幹を見上げる。

 枝は、かなり上だ。

 だが登れない高さではない。


「先に行く」


 リアンは幹に手をかけた。

 身体を持ち上げる。

 足をかけられるわずかな凹みを探しながら、少しずつ高さを上げていく。


 ルカは、その背中を目で追った。

 まぶしいものを見るように。


 やがて枝に手が届いた。

 身体を引き上げる。

 振り返る。

 ティアラが登ってくる。

 その下。

 リリス。

 ルカ。

 クラウス。

 順番に登っていた。


 リアンは再び上を見る。

 枝から枝へ移る。

 だが途中で枝が途切れた。

 幹だけの場所。

 壁のような木肌が続いている。

 リアンは横の小さな突起に足をかけた。

 身体を持ち上げる。

 枝を掴む。

 振り返る。

 ティアラが来た。

 リアンは手を差し出す。


「ティアラ」


 ティアラは迷わず手を取る。

 リアンが軽く引く。

 ティアラの身体が足場へ移る。


「ありがと」


 ティアラがリアンを見て、ふっと微笑んだ。

 リアンは、少しだけ目を細めた。


「うん。気をつけて」


 リリスは、二人を見てそっと視線を落とした。


 その瞬間――

 足元が、空を踏んだ。

 身体が、傾く。

 下には、遠くなった地面。

 白い花が、小さく揺れていた。


 その腕を、リアンが掴んだ。

 落ちる前に、強く引き寄せる。

 ティアラもすぐに支えた。


 リリスが足場へ戻る。


「す、すみません……」


 リアンはリリスの様子を確かめる。

 怪我はない。


 リアンは、まだリリスの手を離していなかった。


「無事でよかった」


 リアンが静かに言う。

 リリスの耳が、ぴくりと揺れた。


 ティアラも、ほっと息をつく。


 リリスは小さく頷いた。


 そして、さっきリアンに掴まれた手を

 胸の前でそっと握りしめる。


 頬が、ほんのり赤かった。


 再び登る。


 空気が変わった。

 白い霧が近づいてくる。


 雲だった。


 リアンは枝を掴み、雲の中へ入る。


 その瞬間――

 世界の音が、消えた。

 視界が白く染まる。

 湿った空気だけが漂う。


 枝を掴み、身体を持ち上げる。

 白い雲が視界を覆う。

 冷たい水気が頬をかすめた。

 もう一歩。


 その瞬間――

 まぶしい光が差し込んだ。

 雲を抜けた。


 そこには――

 湖があった。


 空の上にあるはずのない水面が、静かに広がっている。

 青い空。

 どこまでも続く雲の海。

 巨大な木の頂上。

 そこに、静かな湖があった。

 空を映す水面。

 ゆるやかな波紋。


 白い花が、水に浮かんでいた。

 風が吹く。

 花びらが、ふわりと舞う。

 光の中で、きらめいた。


 まるで――

 空の上の湖。


「……きれい」


 ティアラは湖を見つめたまま、ぽつりと呟いた。

 ティアラの瞳に、湖の光が揺れた。


「ここ……」


 ティアラは小さく首をかしげた。


「なんだか、懐かしい」


 ティアラの声が、静かな湖に溶けた。

 リアンは湖の中央を見つめる。


 ――ここは、人の来る場所じゃない。


 そう感じた。


 湖の中央。

 水面の上に――

 一人の人物が立っていた。


 銀青の瞳が、静かにティアラを見ている。

 淡い白銀の髪。

 霧に溶けるような白い衣。


 まるで――

 最初から、彼女を待っていたかのように。


 そのとき。

 ティアラの紫の瞳の奥で、

 かすかな光が瞬いた。


 誰も、声を出せなかった。


 男は、わずかに笑う。


「……夢で会ったな」


 リアンは、思わずティアラを見た。


 ――夢?



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