第4話 揺れる光、守る誓い
ティアラの胸元が静かに上下し、眠りの呼吸が部屋を満たす。
だが、部屋の中心で眠る少女からただよう光だけは、その場に残る誰もが気づくほどに淡く脈動していた。
やがて、ティアラの睫毛が震えた。
「……っ」
小さな吐息とともに、揺らぐ光の中から澄んだ紫の瞳がゆっくりと開かれていく。
先ほどよりも意識が戻っているのか、瞳にはかすかな意思が宿り始めていた。
「ティア……?」
リアンが驚きと安堵の入り混じった声で呼びかける。
ティアラはまだ体を起こせずにいたが、その視線はリアンの方へ――まっすぐ伸びた。
そこに、先ほどのような怯えはなかった。
「……ここ……は……?」
声は弱く、空気に溶けてしまいそうだった。
ユラが柔らかく答える。
「アルシェ公爵家の屋敷です。あなたは森で倒れていました。クラウス様、リアン様、リリス様が保護したのですよ」
ティアラの視線が、ゆっくりと室内を巡る。
見知らぬ顔と、穏やかな気配。
そして――最後に、その視線がリアンへと吸い寄せられた。
差し出された手の温もりを、思い出す。
その視線が、自然とリアンに戻った。
「……あなたが?」
リアンは少し照れたように、しかし真剣に頷いた。
「放っておけなかったんだ」
ティアラはほんのわずかに笑みを浮かべる。
その微笑みがあまりに儚く、リリスは思わず胸の前で手を組んだ。
「……よかった……。怖かった、でしょう……?」
リリスの小さな声に、ティアラは瞬きをして、少しだけ首を横に振った。
「怖かったのは……次々と襲いかかる魔物と……影。わたしじゃ、止められなくて……」
言葉は震え、思い出すたびに胸を刺す痛みが滲んでいるようだった。
ユラが静かに前へ出る。
「ティアラ様。無理に話す必要はありません。魔力の流れがまだ不安定です」
ユラはティアラを見つめる。
その瞳がふいに揺れた。まるで“分かっている”と言いたげに。
「……触れただけで、分かるの……? わたしの……魔力……」
ユラは驚かずに、むしろ穏やかに微笑んだ。
「ええ。わたしは魔力の循環を見る訓練を受けています。あなたの魔力は、乱れてはいるけれど……芯が折れていない」
ティアラは一瞬だけ目を伏せた。
その指先が、わずかに強く毛布を握る。
その横でクラウスが腕を組みながら呟いた。
「精霊王族なら、魔力の質が桁違いでも不思議はないな」
「精霊……王族……なぜそのことを?」
アルバートは一歩近づき、落ち着いた声で言葉を重ねる。
「魔力は嘘をつかん」
ティアラの呼吸が、わずかに乱れた。
「だが安心しろ。ここでは、誰も手を出させん」
ティアラは一瞬だけ視線を伏せ、何かを言いかけて――小さく息を呑み込んだ。
そして、しばし沈黙し、小さく、震える声で答えた。
「……ありがとう……ございます……」
その言葉は、かすれた祈りのようだった。
リアンはそっと椅子に寄りかかり、ティアラの目線に合わせるように腰を低くした。
「ティアラ。僕はリアンだ。……君を、ひとりにはしない」
ティアラの瞳が揺れ、その奥に微かな光が宿る。
「リアン……」
名前を呼んだ声には――安心と、どこか懐かしさのような響きがあった。
その瞬間、ティアラの指が微かにリアンの手へ伸び、触れるか触れないかの距離で、指先が震えた。
まるで、光に導かれるように。
「……あなたの手……あったかい……」
リアンの胸が――一瞬だけ強く脈打つ。
指先が触れた瞬間、かすかな光が、ふたりのあいだで呼応した。
奪うでも、与えるでもない。
ただ、選ぶように。
アルバートはその様子を見て、静かに頷いた。
「……やはりな」
アルバートの声は低く沈む。
クラウスが静かに告げた。
「王が動く。時間はない」
その言葉に、部屋の空気がわずかに張りつめる。
だが――
リリスは、眠りかけたティアラの肩が僅かに震えているのに気づき、そっと毛布の端を引き寄せて掛け直した。
そのまま離れず、安心させるように小さく微笑む。
「無理しないで……ティアラ。ここはもう、安全だから……」
ティアラはふわりと目を細め、そのままリアンの手を握ったまま――再び瞼を閉じた。
眠りへ戻る少女を見守りながら、リアンは静かに呼吸を整える。
――王が欲しようと、俺は渡さない。
それは決意というより――
もう引き返せないという、静かな確信だった。
窓辺の光が、静かに揺れる。
それが王都を揺らす灯となることを――
この夜は、まだ知らない。




