第41話 最後まで残った者だけが
朝の光が、静かに部屋を満たしていた。
目を覚ましたリアンは、そのままティアラの部屋へ向かう。
控えめに扉を叩き、中へ入った。
ティアラは穏やかな顔で眠っている。
昨日より、顔色はずっと良かった。
リアンはそっと額に手をのせる。
その瞬間――
毛先から、淡い光の粒が、ひとつ零れた。
零れた光は散らない。
リアンの掌へ集まり、
そのまま、ティアラの内へ沈んでいった。
ゆっくりと、ティアラのまぶたが開く。
視線が重なる。
「……リアン」
掠れた声で名を呼ぶ。
「ああ。情報を集めに行ってくる」
ティアラは小さく頷き、安心したように再び目を閉じた。
リアンは手を離し、部屋を出る。
廊下でクラウスと合流した。
「ティアラの様子は」
「落ち着いている」
クラウスは短く息を吐いた。
階段を降りるにつれ、下階のざわめきが強くなる。
中庭へ出ると、城内は慌ただしかった。
兵士が木箱を担ぎ、従者が駆ける。
並んだ荷馬車の車輪が石畳を軋ませている。
庭の端で、リリスが兵士を呼び止めていた。
「迷いの森って、どんな場所ですか?」
兵士は腕の荷を抱え直す。
「……入った者の多くは戻りません」
「魔物でもいるのですか?」
兵士は首を振った。
「魔物がいるとは聞いておりません。ただ――」
兵士は小さく息を吐いた。
「戻らなかった者は、皆……」
わずかに視線を伏せる。
「微笑んでいたそうです。眠るように」
リリスの表情が、こわばる。
「微笑んで……?」
「そのまま、目を覚ますことはなかったと」
背後で木箱が積み上げられる音が響いた。
「戻ってきた者もおります」
兵士はわずかに声を落とした。
「北棟にいる、元近衛のラドール殿もそのひとりです」
リアンは黙って聞いていた。
そのとき。
近くの荷馬車の布がずれた。
木箱の隙間から、淡い光を帯びた鉱石が覗く。
リリスが目を留める。
「それは?」
兵士は素早く布を押さえた。
「封光石です。……お手を触れませぬよう」
「封光石?」
「儀式に使うものとだけ。詳しいことは、申し上げられません」
一礼すると、兵士は足早に持ち場へ戻った。
「積み終え次第、出るぞ!遅れるな、アストラル行きだ!」
別の兵の声が庭に響く。
リアンの視線が、荷馬車へと留まる。
封光石。
儀式。
アストラル。
ばらばらだった言葉が、ひとつに繋がっていく。
──王都が、動き始めている
◆
昼の喧騒が嘘のように、城は静まり返っていた。
風の抜ける露台に、ルカが立っている。
月明かりに照らされた淡い髪が、白く透ける。
クラウスはしばらく離れて見ていたが、やがて歩み寄った。
「冷えるな」
「平気。風が気持ちいい」
ルカは月を見たまま、小さく笑う。
「昨日からだ」
クラウスは静かに言う。
「無理をしている」
ルカの指先が、手すりを強く掴む。
「……聞こえたんだろ」
空を見たまま。
「昨日の、光絶の儀って言葉」
否定はしない。
そのとき、回廊を曲がったリアンが足を止めた。
声が届く距離だった。
「祝福……?」
ルカが、小さく笑った。
「そんな綺麗なものじゃない」
手すりを掴む指先が、わずかに震える。
「……光絶の儀は」
そこで、声が止まった。
喉が、引き攣る。
「……いや、いい」
ルカは唇を噛む。
風だけが、静かに吹き抜けた。
だが。
「選ばれた者だけが、生き残る」
押し殺したはずの声が、零れた。
「……違う」
ルカの指先が、白く軋む。
「最後まで残ったやつだけだ」
クラウスの視線が揺れる。
「……その儀式に、ルカも参加するのか」
ルカは答えない。
風だけが吹き抜けた。
「何があるのかは分からない」
クラウスは低く言う。
「でも、ルカが怯えてるのは分かる」
ルカの指先が、強く強張る。
ルカはしばらく月を見ていた。
「僕に、“その先”はない」
笑っている。
なのに、その目だけが、もう生きていなかった。
クラウスは黙る。
そして低く告げる。
「一人で抱えるな」
ルカの肩がわずかに揺れる。
それが、
笑ったせいなのか、
泣きそうになったせいなのか、
クラウスには分からなかった。
「……一人で消えるみたいな顔するな」
「……辛いときは、俺を頼れ」
ルカは答えなかった。
だが、握り締めていた指先の力が、わずかに緩む。
離れた場所で、リアンは静かに目を伏せた。
――最後まで残ったやつだけだ。
その言葉だけが、離れなかった。
最初から、誰かが消えるための儀式みたいだった。
それでも、目を逸らさない。
月は何も語らない。
ただ、風だけが、静かに冷えていった。




