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禁忌の第七王子と精霊の少女─その恋は王国の理を覆す─  作者: 七天宮 凛


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第40話 霧の王と、光絶の儀

 霧の奥へと、馬車はゆっくりと進んだ。

 石畳に車輪が触れる音が、静かな城内に溶ける。

 重厚な門が背後で閉じる音が、低く響いた。

 霧の奥にも、森の匂いが残っていた。


 玉座の間には、石と木の匂いが残っていた。

 灰緑の壁。

 丸みを帯びた柱。

 アストラル王宮とは違う。

 張り詰めているのに、どこか森の静けさがあった。


 高座の王は、微動だにしなかった。

 白銀の髪の奥で、紫の瞳だけがこちらを見ている。

 玉座の脇で、尾がゆるやかに揺れた。

 その一段下には、王太子が立っている。

 側近たちは、壁際から動かない。

 誰一人、声を挟まない。


 王の視線が娘のエルフィナへ向く。

 わずかに、瞳が揺れた。

 だが何も問わない。

 

 そして、ゆっくりと視線を巡らせた。

 最初に映ったのは、青年。

 その腕に支えられる、銀髪の少女。

 紫の瞳は薄く揺れ、足取りはまだ危うい。


 王の視線が、そこで止まった。

 白銀の耳が、緊張で震えている。

 耳先だけ、深い紫。

 その色を見た瞬間、王の尾が、わずかに揺れた。

 娘によく似た色だった。


「……そなたが、リリスか」


 祖父に名を呼ばれた。

 初めてだった。

 低く、穏やかな声。

 リリスは一歩前へ出る。


「はじめまして、お祖父様。叔父様。

 お会いできて、嬉しいです」


 小さな手がぎゅっと握られている。

 王は静かに頷いた。


「……私もだ」


 王太子が穏やかに言葉を添える。


「よく来てくれた」


 リリスの肩から、わずかに力が抜けた。


 エルフィナが進み出る。


「お父様。リリスたちを、しばらく王宮に滞在させていただけませんか?」


 王は間を置かず頷いた。


「何日でもいるがよい」


 短く、揺るがぬ言葉。

 クラウスが一礼する。


「ありがとうございます」


 リアンも頭を下げる。

 支える腕は、少しも揺れない。


 王の視線が、リアンへ向く。


 ——その瞬間。


 空気が、軋んだ。

 リアンの透き通る青の瞳。

 その奥で、蒼き龍が静かに目を開く。


 王の尾が、止まった。

 紫の瞳が、わずかに細められる。

 

 ——見られている。


 そう感じた瞬間、喉の奥で、本能が軋んだ。


 ——龍。


 玉座の間に、沈黙だけが落ちた。

 やがて王は、ゆっくりと瞼を伏せる。


「客間へ案内せよ」


 従者が前へ出る。

 リアンたちは一礼し、下がる。


 扉が閉まりかけた、その時――


「……お父様、光絶の儀で……」


 エルフィナの声。

 そこで扉が閉まる。

 廊下に出た瞬間。


「光絶の儀……」


 ルカの声が、わずかに震えた。

 その顔から血の気が引いている。

 だが、それ以上は何も言わない。

 押し黙る。


 ──光絶の儀。


 その言葉だけが、

 妙に耳に残った。


 リアンは問いかけない。

 ただ、ティアラを支える腕に少しだけ力を込める。


 王宮の廊下が、ひどく冷たく感じた。



 案内された客間は、霧を思わせる淡い緑の帳に包まれていた。

 木の香りが落ち着く。

 窓の外には王城の庭と、その向こうに広がる森。


 ティアラは、リアンに支えられながら寝台に腰を下ろす。

 その肩を離すのをためらうように、リアンの手が一瞬だけ残った。

 ティアラは小さく息をつき、そっと横になる。


「無理はするな」


 リアンの声は、落ち着いている。

 ティアラの紫の瞳が、わずかに揺れる。


「……もう少しだけ、動ける」


「今は動くな」


 迷いのない声。

 ティアラは、しばらく彼を見て――

 ゆっくりと目を閉じた。


 クラウスが窓辺に立つ。


「ここなら、しばらくは落ち着ける」


 ルカの指先が、まだわずかに震えていた。


 ——光絶の儀。


 その言葉を思い出した瞬間、

 喉の奥が、ひどく冷える。

 だが、ルカは何も言わなかった。


 リアンはティアラを見下ろす。


「ティアラの体調が戻るまで、ここで休む」


 静かに続ける。


「回復したら、迷いの森へ向かう」


 リリスが目を瞬かせる。


「迷いの森……?」


 リリスが目を瞬かせる。


「戻って来られないって噂の……?」


 クラウスが振り返る。


「森の奥に、かつての精霊王がいる」


 空気が、わずかに変わる。

 ティアラがゆっくりと上体を起こす。


「……その人に会えば、母を助ける方法が分かるかもしれない?」


「可能性はある」


 クラウスは静かに答える。

 ティアラの指が、布を強く握った。


「……会いに行きたい」


 リリスがすぐに言う。


「私も一緒に行きます」


 まっすぐな声。

 ルカはしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。


 「……迷いの森は王都の北だ」


 ルカが低く告げた。

 リアンは小さく頷く。


「詳しいことは明日確認する」


 今は焦らない。

 ティアラが回復することが先だ。


「ティアラが回復次第、迷いの森へ向かう」


 リアンの視線は揺れなかった。


 窓の外で、霧が静かに流れている。

 森は、霧の奥で静かに息づいていた。



 同じ時刻。 アストラル王宮では――

 朝の鐘が鳴ろうとしていた。


 静養室の扉が、静かに叩かれる。

 コン、コン。


 ユラは顔を上げる。


「レイヴン様まで疑われる必要はありません」


 視線が交わる。


「後は、私が引き受けます」


 レイヴンの瞳が、静かに細められる。


「今すぐ、転移を」


 小さく頷き、足元に魔法陣が浮かぶ。

 光が揺れ、次の瞬間、姿は消えた。


 再び、扉が叩かれる。

 

 ユラは椅子に座り直し、寝台へ上体を預ける。

 看病の途中で眠ってしまったかのように。


「入ります」


 扉が開く。

 王の側近――マティアス。

 

 ユラはゆっくりと顔を上げる。


「……ティアラ様が」


「お姿が、ありません」


 マティアスの目が見開かれる。


「何だと?」


 寝台へ踏み出し、掛布を払う。空だ。

 喉が小さく鳴った。


「……いつからだ」


「分かりかねます」


 視線が窓辺へ走る。


「王に報告する」


 踵を返す足取りは早い。

 扉が閉まる。


 ユラは、しばらく動かなかった。

 やがて、そっと指を開く。

 白く残った跡が、ゆっくりと戻っていった。



 王都アストラル。

 謁見室――《アストレアの間》。

 白銀と黄金の光が交差し、玉座に座す王の表情は影に沈んでいる。


 マティアスは片膝をついた。


「ご報告申し上げます。ティアラ様が、静養室より姿を消しました」

 

 王はすでに異変を察していた。


「静養室の光が消えた」


「は」


「結界は破れておらぬ」


 王宮を囲む光の術式に乱れはない。


「室内の状況は」


「争った痕跡はありません。出血も見当たりませんでした」


「……そこに、精霊の少女はいないのだな」


「はい」


「死ねば、光の残滓が残る」


 だが、それもない。


「ならば、生きている」


 声色は変わらない。


「第七は?」


「宮内のどこにも確認できておりません。クラウス様も同様に」


 玉座の間に、沈黙が落ちた。


「退出の記録は?」


「ございません」


 王の指先が、肘掛けを一度だけ叩いた。


「王宮に在らず、記録もない」


「術式に干渉できる者は限られる」


 王はわずかに視線を落とす。


「第七とクラウスが関与している可能性が高い」


 マティアスの背筋が張る。

 王の声が、さらに低く落ちた。


「直ちに王宮内外を封鎖せよ」


「御意」


「街道、転移陣、すべてを監視下に置け」


 命令に淀みはない。


「精霊の少女を捜索せよ」


 マティアスの息を呑む音だけが、小さく響いた。


「必ず、生きて連れ戻せ」


 マティアスは、すぐには返事をしなかった。

 その言葉だけが、妙に重かった。


「損なうことは許さぬ」


 マティアスの喉が、小さく鳴った。


「御意」


「ユラは拘束いたしますか?」


「泳がせよ」


「第七が接触を試みるやもしれぬ」


「監視をつけよ。動向と接触者をすべて記録しろ」


「御意」


「光絶の儀の準備は?」


「封光石が不足しております。エルフィナ様が再度、発掘要請へ向かっております」


「構わぬ」


「儀は予定通り執り行う」


 玉座の背後で、光が脈打つ。

 王宮を包む結界は、静かに輝き続けている。

 ただ一人の少女が、その内側から消えたとしても。





















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異世界ファンタジー 第七王子 王家の闇 貴族社会 王宮陰謀 双子 出生の秘密 精霊 七属性 魔法 能力覚醒 成長物語 シリアス ゆっくり恋愛 純愛
― 新着の感想 ―
ミストフォルン王宮ではリアンがティアラを抱えたまま王へと謁見する。 そんな中ひとまず胸を撫で下ろす。 そしてここでマティアスに逃亡が見つかってしまいますが果たして!?
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