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禁忌の第七王子と精霊の少女─その恋は王国の理を覆す─  作者: 七天宮 凛


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第39話 母の国へ 

 馬車が、真横に並んだ。

 激しく蹄を打ち鳴らしながら、もう一台が隣を走る。

 距離は、もはや逃げ場と呼べるほどもない。

 窓越しに、御者台の影がはっきりと見える。

 木枠が軋み、風を裂く音が重なった。


 その瞬間――

 リリスの身体が強く跳ねた。

 伏せていた耳が一気に立ち上がり、淡い紫の瞳が見開かれる。

 視線は、隣の馬車へ。



 揺れる車内。

 護衛に囲まれて座る、一人の女性。

 白銀の尾が、朝靄を撫でた。

 狐耳。

 氷紫の瞳。


 その姿を見た瞬間、 リリスの呼吸が止まる。


「……っ」


 喉が震え、言葉にならない音が漏れる。


「お母様――!!」


 叫びが、夜明け前の空気を裂いた。

 リリスは座席から身を乗り出していた。

 窓枠を掴む指が、白くなる。

 淡い紫の瞳が、震えていた。


 リアンは視線を隣の馬車へ向ける。

 窓越しに、目が合った。

 その瞬間。

 女の瞳が、揺れた。


 ――エルフィナ。


 リリスの母。


 御者台から、鋭く息を呑む気配が伝わった。

 車体の紋章を見て、 クラウスの目が細くなる。


「――アルシェ家の馬車だ」


 クラウスの低い声が緊張を帯びる。


「止まれ!!

 エルフィナ、馬車を止めろ!!」


 手綱が強く引かれ、馬が嘶く。

 並走していた二台の馬車が、ゆるやかに速度を落とす。


 追っ手じゃない。


 ――敵じゃ、ない。


 リアンは、ようやく息を吐いた。


 やがて、二台の馬車はゆるやかに速度を落とした。

 土煙が静まり、張り詰めていた空気がわずかにほどける。


 クラウスが御者台から降りる。


 同時に、隣の馬車の扉が静かに開いた。

 先に護衛が地に降り立ち、周囲を確認する。

 その後ろから、ゆっくりと一人の女性が姿を現した。


 白銀の髪が、朝の光を受けて揺れる。

 氷紫の瞳が、こちらを見た。

 エルフィナは静かに地へ降り立つ。


 すぐ前に停まる馬車。

 その扉の奥に、リアンの姿がある。

 氷紫の瞳が、静かに揺れた。


 リアンは、ティアラへ一瞬視線を落とす。


「少し待っていてくれ」


 小さく告げると、ティアラは不安そうに頷いた。

 リアンは馬車を降りる。

 続いてリリス、ユラも地面へ。

 リリスは、躊躇いなくエルフィナへ駆け寄った。


「お母様……どうしてここに?」


 その声には、再会の喜びと戸惑いが混じっている。


 エルフィナは、小さく息を吐いた。

 次に顔を上げたときには、 もう表情は崩れていなかった。


「王命を受け、ミストフォルンへ向かっている途中なの」


「あなたたちは……なぜここに?」


 クラウスが一歩前に出る。


「ミストフォルンへ向かう途中だった」


 短く、余計なことは言わない。


 エルフィナの視線が、静かに移る。

 馬車の窓の奥。

 薄く身を横たえるティアラの姿。

 その気配の弱さに、わずかに眉が寄った。


 リリスが言う。


「お母様、ティアラの体調が良くないの」


 エルフィナは、ほんの一瞬だけ目を閉じた。

 何かを察したように。


「……そう。ならば、しばらくミストフォルンの王城で休むといいわ」


 柔らかな声音だった。

 けれど、瞳だけは笑っていない。

 そして、ゆっくりと視線を横へ。

 ルカへ向けられる。


「そちらの方は……?」


 静かな問い。

 ルカは、にこりと笑った。


「僕はリアンたちの友達だよ」


 一瞬。

 リアンとクラウスが、同時にルカを見る。

 ルカは笑みを崩さなかった。


 ――名乗る気はないらしい。


 エルフィナの瞳が、わずかに細められる。

 その一瞬だけ、空気が冷えた。

 だが追及はしない。


「……そう」


 風が、静かに草を揺らす。

 そしてエルフィナは、改めてリアンを見る。


「話は、城で聞きましょう」


 穏やかな声音。

 だが、逃げ場はない。

 リアンは小さく頷いた。


「……わかりました」


 エルフィナは、わずかに微笑んだ。


「行きましょう。ミストフォルンは、すぐそこです」


 再び馬車へ。

 二台は並び、霧の向こうの国境へと進み出す。



 国境を越えた瞬間、 空気が変わった。

 湿った森の匂い。

 獣耳の子どもが駆け抜け、 尾を揺らした少女が笑う。

 人と獣人が、 当たり前みたいに並んで歩いていた。


 リリスの視線が、落ち着かなく揺れる。

 行き交う耳や尾を、何度も目で追っていた。

 母の母国。

 なのに、見るもの全部が初めてだった。

 リリスは、唇をきゅっと結ぶ。


 ルカは窓の外を興味深そうに見つめている。

 森と町が溶け合う景色に、隠しきれない好奇心が滲む。


 クラウスだけは、景色を見ていなかった。

 兵の配置。 城壁。 逃げ道。

 無意識みたいに、目が動いている。


 リアンは、ほとんど景色を見ていなかった。

 視線は、馬車の奥。


 ──もう少しだ。


 リアンは、何度もティアラの呼吸を確かめた。

 指先が震えるたびに。


 やがて馬車は、なだらかな丘を登りはじめる。

 霧の向こうに、灰緑の城壁が浮かび上がる。

 白いアストラル王宮とは違う。

 森と土の色をまとった城だった。


 ――ミストフォルン王城。


 巨大な門が目前に迫る。

 石と木で造られた重厚な扉。

 軋みを上げながら、 ゆっくりと開いていく。

 霧が、流れ込む。

 ミストフォルンの門が、開いた。







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― 新着の感想 ―
リリスの母エルフィナと出会う。 そしてミストフォルンへと向かう。 エルフィナはティアラに何かを感じたのでしょうが今は。 続きも楽しみです°・*:.。.☆
 馬車の緊迫した並走シーンから、ミストフォルンへの幻想的な入国まで、一気に引き込まれました!まるで映画を観ているかのような没入感で、息を呑みながら読み進めました。  特に痺れたのが、エルフィナとの遭…
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