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禁忌の第七王子と精霊の少女─その恋は王国の理を覆す─  作者: 七天宮 凛


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第28話 言葉にされなかった信頼

 王宮の奥深く。

 静養室だけが、異様に静かだった。


 クラウスが扉に手をかけ、静かに押し開く。

 薄暗い室内。

 中央の天蓋付きの寝台に、青白い顔をしたティアラが横たわっていた。

 その傍ら、椅子に座る一人の少女の背中が目に入る。

 黒と白のメイド服。

 肩から腕にかけて包帯が巻かれ、血が滲んでいた。


「……ユラ」


 クラウスの声に、ユラの肩が小さく震える。

 顔だけをこちらに向ける。

 クラウスとリアン。

 そして、その後ろに立つルカの姿に、遅れて気づいた。

 慌てて立ち上がった瞬間、肩に痛みが走る。

 ユラは、一瞬だけ顔を歪めた。


 「クラウス様、リアン様……申し訳ありません」


 俯いたまま、ユラは言った。

 クラウスは静かに首を振り、彼女の前に進む。

 そして、何も言わずに、その頭に手を置いた。


「謝ることはない」


 その一言に、ユラの瞳が揺れた。


「……いえ、私は……皆さんを、裏切って……」


 声が、わずかに震えた。

 ユラはそれを隠すように、俯いたまま言葉を続けようとする。

 だが、続きを紡ぐ前に、クラウスの手が、そっと頭に触れた。

 拒絶でも、問い詰めでもない。

 ただ、そこにいることを確かめるような、静かな温度だった。


 クラウスの手は、離れなかった。

 責められるよりも、その優しさのほうが苦しかった。


「怪我は……ひどくないか」


 ユラは、目を見開いた。


「……はい。私は、大丈夫です」


 そう言いながら、ユラは無意識に、自分の腕を押さえた。

 包帯の白が、じわりと赤く染まっていた。

 クラウスは、その様子を一瞥すると、静かに外套を脱いだ。

 そして何も言わず、ユラの肩にかける。


「……血で、汚れてしまいます」


 小さく、遠慮がちにそう告げると、

 クラウスは気にした様子もなく、肩をすくめた。


「気にしなくていい。……それより、アルシェ家の皆は」


「……皆さん、無事です」


 それを答えた瞬間、喉の奥が痛んだ。


「それだけで十分だ。ありがとう」


 その言葉を、ユラは理解できなかった。

 責められなかった。

 疑われもしなかった。

 だからこそ、苦しかった。

 次の瞬間、堪えていた涙が零れ落ちた。

 拭うことも、堪えることもできず、ただ、頬を伝って落ちていった。


 リアンは、寝台の傍へ歩み寄る。

 青白い頬に、そっと手を伸ばした。

 淡い光が、わずかに立ち上がる。

 それは、触れた指先へと、静かに流れ込んだ。

 次の瞬間、胸の奥に、鋭い痛みが走る。


「……ティアラは」


 リアンが口を開きかけた、そのとき。


「ティアラ様は……」


 ユラが、かすれた声で告げた。


「無理をして魔力を使いすぎ、精霊核にひびが入っています」


 胸の奥に、冷たいものが沈んだ。


「……ひびを修復できなければ、このまま目覚めることなく……」


 クラウスの喉が、わずかに鳴った。

 嫌な想像が、

 一瞬で脳裏を過る。

 ティアラだけじゃない。


 ――やめろ


 クラウスは無意識に、拳を握っていた。


 その先の言葉を、ユラは口にできなかった。

 

 レイヴンは、ティアラから目を逸らさなかった。

 

 一方、ルカは寝台の周囲を一周し、足を止めた。

 初めて目にする精霊を、興味深そうに見下ろしている。

 沈黙を破ったのは、ルカだった。


「そんなに深刻にならなくてもいいんじゃない?」


 ルカは、軽く言った。


「精霊核、だったっけ。ひびが入ったなら、直せばいいだけでしょ」


 その言葉に、リアンははっとしたように顔を上げる。


 ――確かに、そうだ。


 壊れたのなら、直せばいい。


 だが、ユラは首を横に振った。

 その表情は、先ほどまでよりもずっと硬い。


「……確かに、直せないわけではありません」


「ですが、回復魔法では不可能です。精霊核そのものに刻まれた傷は、別の力で――」


 そこで、言葉が止まる。


「……ブルードラゴンの生き血が必要になります」


 人の魔術では、届かない傷だった。

 静養室の空気が、再び重く沈んだ。


 ティアラの指先は、冷たかった。

 触れているはずなのに、命の温度が零れ落ちていくようだった。


 ユラが言い切るよりも早く、リアンが口を開いた。


「取りに行こう」


 即答だった。

 クラウスが、低く息を吐く。


「ドラゴンに血を分けてくれと言って、素直に応じてくれると思うか?」


「そもそも、今では伝説だ。本当に生きているかどうかすら怪しい」


「だからこそ、面白そうじゃない?」


 言葉を遮るように、ルカが笑う。

 レイヴンは何も言わない。

 ただ、寝台に横たわるティアラから、一瞬も視線を外さなかった。

 ユラが、静かに続ける。


「ネヴァリス山脈に囲まれた、アクエリオ湖です」


 記憶をなぞるように、確かな声で。


「そこに、ブルードラゴンを見たという記述が、古い書物に残っていました」


 そして、少しだけ視線を伏せる。


「……ただ、今もそこにいるのか。生きているのかまでは、わかりません」


 リアンが、静かに口を開いた。


「ここで、じっとしていても何も変わらない」


 ティアラから目を離さぬまま、続ける。


「わずかでも望みがあるなら、行くべきだ」


 クラウスは、肩をすくめた。


「仕方ないな」


 苦笑にも似た息を吐き、視線を上げる。


「伝説のドラゴン様のご尊顔を、一度くらい拝みに行くとしようか」


 その軽口に、場の緊張がほんのわずかに緩む。


「僕も行く」


 ルカの返事は早かった。


 ティアラから目を離さないまま、レイヴンが口を開く。


「……俺は、ここに残る」


 短い言葉。


「誰かが、そばにいなければならない」


 それ以上は、語らなかった。

 静養室に、短い沈黙が落ちた。

 その中で、ユラが一歩、前に出る。


「……私も――」


 言葉は、そこで途切れた。

 クラウスが、静かに首を振る。

 視線はやわらかく、しかし迷いはなかった。


「ユラ。お前は、無理をするな」


 包帯の巻かれた肩に、目を向ける。


「怪我をしている。今は、安静にしていろ」


 それだけでは終わらなかった。


「それに……ティアラのそばに、誰かが必要だ」


 静かに、しかし確かに。


「頼む。ここで、彼女についていてやってくれ」


 ユラは、唇を噛みしめる。

 行けないことよりも、

 必要とされたことのほうが、胸に刺さった。


「……はい」


 かすれた声で、そう答える。

 そのとき、リアンが振り返った。


「ユラ。レイヴン」


「ティアラを、頼む」


 レイヴンは、短く頷く。


「……ああ」


 視線は、今もティアラから離れない。

 ユラは、寝台へと戻り、そっと手を伸ばした。

 冷たい指先を、両手で包む。

 冷たかった。

 それでも、手を離せなかった。













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― 新着の感想 ―
ブルードラゴン。ワクワクしてくる設定で、存在ですね。ファンタジーらしくて良いですね。ただ、生き血というのが厄介ですね。私は野蛮人のようです。生かしておいて血をもらうほうが、厄介で難解に感じられます。例…
ティアラを救うためにリアンもレイヴンも皆立ち上がる。 ユラには守っていただかないとですね。 そしてブルードラゴンの生き血を。 ルカも行ってくれそうですし楽しみです°・*:.。.☆
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