第27話 精霊の光は、まだ消えていない
言葉は、短く、断定的だった。
玉座の間から、音が消える。
誰も動かなかった。
ユラの喉が、小さく鳴った。
それでも、膝は折れなかった。
そのとき。
アストレアの間の扉が、低く鈍い音を立てて開いた。
「――陛下」
現れたのは、王の側近であるマティアスだった。
その背後に、白衣を纏った王宮魔術師が数名控えている。
白衣の魔術師たちが、ティアラを囲む。
幾重もの光が灯る。
だが、そのうちのひとりが、 術式を組みかけたまま、止まった。
嫌な沈黙が落ちる。
「命を受け、精霊の少女を診せていただきました」
王は、頷きだけで続きを促した。
「肉体の損傷は、回復可能です」
魔術師の声は、事務的だった。
「精霊核が損なわれています。
……通常の術式では、届きません」
誰も、息をしなかった。
「我々では、目覚めさせられません」
それ以上、言葉が続かなかった。
だからこそ。
「――陛下」
静かな声が、沈黙を切り裂いた。
玉座の傍らに立つ男――シオンが、一歩前に出る。
「……その死、今である必要はありません」
視線が、ゆっくりと横たえられた少女へ向く。
「精霊核が損なわれています。
通常の術式では、届きません」
事実だけを、並べる。
「ユラなら、届く可能性があります」
「……まだ、役に立ちます」
王は、すぐには答えなかった。
視線だけが、静かにティアラへと向けられる。
「――目覚めさせてみせろ」
命令だった。
「出来たなら、考えてやる」
それでも。
ユラは、迷わず膝をついた。
「……はい」
◆
高く、静かな図書塔で。
三人は、ようやく状況の異常さを理解し始めていた。
「……いつから、そこに?」
最初に口を開いたのは、レイヴンだった。
椅子に腰掛けたまま、ルカは足を組み、にこりと笑った。
「ずっと居たよ。
君たちが、王家封蔵庫へ行く前から」
リアンとクラウスは、思わず視線を交わした。
気づかなかった。
気配も、魔力も。
レイヴンだけが、表情を変えない。
そのとき、ようやく理解が追いつく。
この図書塔には、最初から四人いた。
「王家封蔵庫に、何か面白い情報でもあったのかい?」
探るような視線。
軽い口調。
リアンは、即座に距離を取った。
「……あなたには、関係ありません」
その言葉に、ルカは一瞬だけ目を細める。
「……その顔」
ルカは、楽しそうに笑った。
「ああ。もう始まってるんだ」
わずかな沈黙。
「それに――
僕、最近ずっと退屈してたんだ」
空気が、わずかに軋んだ。
「――もう、遅いかもしれない」
ルカが、何気なく言った。
「何の話だ」
クラウスが鋭く返す。
「アストレアの間は、長居する場所じゃない。
あそこは“見せるため”の場所だ」
その言葉に、レイヴンがわずかに目を伏せた。
次の瞬間。
「……光が、移動している」
低く、確信に満ちた声だった。
三人の空気が、一斉に張り詰める。
「ティアラは、もうアストレアの間にはいない」
「静養室だろうね」
ルカが続ける。
「隔離じゃない。
――“回復中”ってことにして、隠しておくための部屋だよ」
その言葉に、リアンは目を細めた。
……厄介だ。
だが。
今は、切るべきじゃない。
「……勝手について来るなとは言いません」
リアンは、静かに告げた。
「ただし、自分の指示に従ってください。
それができないなら――ここで別れます」
「ま、リアンが言うなら」
クラウスは肩をすくめる。
「好きにすればいい。
裏切ったら――その時は容赦しないけどな」
ルカは一瞬きょとんとしたあと、
小さく笑った。
「はは……厳しいね。でも、嫌いじゃない」
肩をすくめて、あっさりと言う。
「分かったよ。君の指示に従う」
「……止まった」
レイヴンが、低く呟く。
「光が?」
クラウスが眉を寄せる。
レイヴンは、静かに頷いた。
「……静養室だ」
レイヴンが、短く告げた。
それ以上の説明はなかった。
だが、誰も疑わなかった。
ルカの口元が、わずかに緩む。
「だから言ったでしょ」
まるで、最初から分かっていたかのように。
クラウスが、ふっと息を吐いた。
「……なるほど」
軽い調子だが、目は鋭い。
「たまたまだよ」
ルカは曖昧に笑う。
「⋯⋯まぁ、見てればね」
レイヴンは、誰の言葉にも反応しなかった。
「……静養室へ行く」
リアンは、そう言った。
誰も、異論は口にしなかった。
図書塔には、静寂だけが残った。
まるで、何かが始まる前みたいに。




