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第26話 消されていた存在──盤面の外に置かれたもの

 静寂が、重く沈んでいた。

 光の檻は、変わらずそこにある。

 揺らぎも、緩みもない。

 ただ、逃げ場が存在しないという事実だけが、空間として固定されていた。

 床に散らばった書物の間で、リアンは立ち尽くしていた。

 家系図。

 開いたままの頁。

 「死亡」という文字だけが、異様なほど鮮明だ。

 頭の奥で、何かが崩れ落ちる音がした。

 怒りでも、悲しみでもない。

 驚きですらない。


 ――納得に、近い感覚。


 そうだったのか、という理解が、冷たく沈んでいく。

 クラウスは、何も言わなかった。

 声をかけるべきか、触れるべきか。

 そのどちらもが今ではないと、本能が告げていた。

 リアンは、ゆっくりと息を吐く。

 浅い。

 それでも、途切れはしなかった。


「……俺は」


 声が出たことに、自分で気づく。

 震えてはいない。

 感情も、まだ形を持っていない。


「……存在してはいけなかったのか」


 問いではない。

 確認だった。

 クラウスの喉が、小さく鳴る。

 否定も、肯定もできない。

 残された選択は、沈黙だけだった。

 リアンは家系図から視線を外し、封蔵庫の奥を見渡す。

 白石の壁。

 壁龕に収められた文献。

 光を拒むような、黒ずんだ背表紙。


「……だから、か」


 言葉が、ひとつずつ落ちる。

 すべての断片が、一本の線に収束する。

 “王子”という立場が、与えられなかったのではない。


 ――消されていた。


 最初から、存在しなかったことにされていた。

 クラウスは、拳を握りしめた。

 爪が、掌に食い込む。


「……リアン」


 名を呼ぶ。

 それだけ。

 リアンは、ゆっくりと振り返る。

 視線が合う。

 だが、そこに助けを求める色はなかった。


「俺は、王子になりたいわけじゃない」


 唐突だった。

 けれど、迷いはない。


「王子だと認められたいとも、思ってない」


 事実を並べるような声。


「ただ……」


 一瞬、言葉が止まる。

 感情が、理解に追いついていない。


「ただ、何も知らないままでいるのは、嫌だ」


 それだけだった。

 クラウスは、静かに頷く。


「……理解できる」


 それ以上、何も言わない。

 慰めもしない。

 覚悟を促すこともしない。

 リアンの中で芽生えかけているものを、言葉で縛らないために。

 その時。

 光の檻の向こうで、何かが脈打った。

 結界が動いたわけではない。

 圧が増したわけでもない。

 ただ――

 “見られている”という感覚。

 リアンは、ゆっくりと顔を上げる。


「……誰かに、見られてる」


 低く、息と同じ高さで言葉が零れた。


「ああ。気づいていた。おそらく……」


 クラウスは、結界から視線を外さない。

 胸の奥で、不吉な符号が噛み合っていく。

 この結界。

 レイヴンの光とは、決定的に位相が違う。

 防衛でも、封印でもない。

 閉じることだけを目的にした、極端に整理された光。

 そして――

 アルシェ家の結界に走った亀裂。

 同時刻。

 ほぼ同時に起きた、二つの異変。

 偶然と片づけるには、出来すぎている。

 クラウスは、ゆっくりと息を吐いた。


「……仮に、だ」


 言葉を選ぶように、低く続ける。


「これが王の介入だとしたら……全部、説明がつく」


 リアンが、視線だけを向ける。


「アルシェ家の結界を壊し、戦力を削ぐ。同時に、俺たちを王宮に留める。帰れなければ、増援にもならない」


 淡々とした分析。

 感情を挟む余地がないほど、論理が滑らかだった。


「……戦力分断、か」


 リアンの呟きに、クラウスは短く頷く。


「可能性の話だ。だが、王が動いたと考えれば、すべて辻褄が合う」


 言葉を切り、結界を見据える。


「俺たちは、偶然閉じ込められたんじゃない。

 ――ここに、置かれた」


 リアンは、家系図へと視線を落とす。


「……王子だと知ったことは、計算外だったとしても」


 静かな声。


「閉じ込める理由には、影響しない」


 王にとって重要なのは、

 リアンが何者かではない。

 今、この盤面のどこにいるか。

 それだけだ。


「……計算に入ってるな」


 低く、吐き捨てるように。


「計算、というより……」


 理解が先に落ちてから、リアンは言葉にした。


「王にとって、必要な位置に置かれてるだけだ」


 善悪でも、怒りでもない。

 ただの配置。

 リアンは、ゆっくりと呼吸を整えた。

 胸の奥が、静かに冷えていく。


 ――俺は、王にとって必要な存在じゃない。昔も、今も。


 最初から、盤面の外に出ないよう、

 目の届く場所に置かれていただけだった。

 光の檻は、変わらずそこにある。

 けれど――

 この中で、リアンだけは、もう同じ場所に立っていなかった。



 王は、光の向こう側を見ていた。

 そこは、王の謁見室《アストレアの間》。

 白銀と黄金で組まれた巨大な柱が天へと伸び、玉座の背後で幾重にも交差している。

 絶え間なく降り注ぐ光は、祈りのようであり、同時に裁きでもあった。

 玉座に座す王の姿は、その光に溶け込み、輪郭だけを残している。

 表情は、読み取れない。

 それは隠されているのではない。

 最初から、読まれることを想定されていない。

 この間は、立つだけで膝が緩む。

 声を発する前に、思考が削ぎ落とされる。

 ここは、人が王を見る場所ではない。

 “王という概念”を前に、立たされる場所だ。

 結界越しの視界は、歪みを帯びている。

 それでも、そこにいる二人の輪郭だけは、正確に捉えられていた。

 王家封蔵庫。

 その区画に至るまでの流れは、王の想定した範囲を外れていない。

 ただ一つ、本来辿り着くはずのない文献に触れている点を除いて。

 王の指先が、玉座の肘掛けを軽く叩く。

 その仕草に、感情の揺れは見られない。

 後悔も、躊躇も示されない。

 振る舞いは一貫して、秩序を基準としたものだった。


「……知ったか」


 声は低く、抑揚がない。

 誰かに向けた言葉ではない。

 独り言とも言い切れない。

 ただ、事実を確定させるために発せられた音だった。

 光は、すべてを照らす。

 同時に、見せないという選択も内包している。

 光の檻は、拘束の術ではない。

 “保護”の名を持つ、隔離だ。

 干渉を遮断し、情報を制限し、感情の波が外へ滲み出るのを防ぐよう、設計されている。

 王の施政において、それは排除できない処置だった。


「第七」


 名は呼ばれない。

 数字だけが、意味を持つ。

 王の視線が、ほんの一瞬だけ伏せられる。

 その理由を知る者は、この間には存在しない。

 柔らかな淡金色の髪。

 薄い青の瞳。

 遠い過去に置き去りにされた記録が、光の奥に沈んでいる。

 王は、感情を前提に統治を行わない。

 不要と判断されたものは、例外なく切り捨てられる。

 選別は、残酷ではない。

 “必要”か、“不要”か。

 基準は、それだけだった。

 王の口角が、ほんのわずかに持ち上がる。

 笑みではない。

 判断が確定した際に現れる、無意識の反応に過ぎない。


「……まだだ」


 誰に向けるでもなく、言葉が落ちる。

 次に取られる行動は、すでに定まっていた。

 レイヴン。

 光を最も強く継ぐ器。

 感情の消失も含め、その状態は想定の範囲内にある。

 限りなく王に近い存在。

 問題は、もう一人。

 光を持たない器。

 それでも、青白い光に選ばれた存在。

 矛盾。

 誤差。

 その要素は記録され、即座に処理対象として切り離される。

 例外は、秩序を乱す。

 乱れは、滅びに直結する。

 王は、再び視線を結界の奥へ戻す。

 光の檻の中で、二人はまだ動かない。

 この段階では、それで問題はなかった。

 知っただけでは、盤面は動かない。

 変化は、選択の後にのみ訪れる。

 王は、静かに背を玉座へ預けた。

 白銀の髪が、光を反射する。

 黄金の瞳に、感情の色はない。

 そこにあるのはただ、国を存続させるために研ぎ澄まされた、冷たい光だけだった。








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