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第25話 精霊核の悲鳴

 最初に崩れたのは、空間ではなかった。

 呼吸だ。


 ティアラの胸が、小さく上下する。

 吸っているはずなのに、肺が満たされない。

 光を扱うたび、内側が削れていく。

 羽は、まだそこにある。

 だが――輪郭が、焦点を失いはじめていた。


「下がれ、ティアラ」


 アルバートが声を張る。

 だが、その声は届かない。

 カイが、踏み出した。

 剣を抜かないまま。

 距離が、詰まる。

 ユラが、即座に前に出る。


「……ここから先は、通さない」


 影が、彼女の背後で蠢く。

 夜織の隊員が、同時に動く。

 複数の殺意。

 ユラは、迷わず詠唱に入った。


「――影よ、我が足となれ」


 空間が、裂ける。

 影が、床を這った。

 ユラの姿が、空間から抜け落ちる。

 残像が三つ、四つと重なり、カイの死角へ集束する。


「――夜は、刃を拒まない」


 低い詠唱。

 影が、刃となって立ち上がる。

 夜織の隊員が二人、同時に倒れた。

 斬撃は正確で、致命を避けている。

 殺すためではない。

 止めるための刃。

 カイが、初めて足を止めた。


「……効率が悪い」


 その声に、感情はない。

 ユラは、答えない。

 影を踏み、距離を詰める。


「――守る側に立った時点で」


 カイの声が、続く。


「あなたは、夜織ではない」


 刃が、交差する。

 見えない斬撃が、影を切り裂く。

 ユラの肩口が裂け、血が落ちる。

 それでも、彼女は前に出た。


「……それでいい」


 息を吐きながら、告げる。


「私は、選んだ」


 影が、再び集まる。

 だが、その中心を、カイの声が撃ち抜いた。


「隊長」


 名を呼ばれる。


「あなたは――どちら側なのですか」


 その問いは、刃ではなかった。

 選択を迫る言葉だった。

 影が、揺らぐ。

 ほんの一瞬。


 ――留守の間、家のことを頼む。


 低く、抑えた声。

 命令ではなかった。


 扉へ向かいかけた背中。

 振り返らず、それでも託された言葉。


 あのとき、胸に走った、ちくりとした痛み。

 その痛みは、すぐには消えなかった。

 

 覚悟は、すでにあった。

 それでも、答えた。


 ――承知しました。


 影が、静かに定まる。

 選択は、もう揺れない。

 だが、ユラにとっては致命的な遅れ。

 カイの術が、展開される。

 空間が、閉じる。

 成立させない。

 ユラの術式が、空中で崩れ落ちた。

 

「……っ」


 そこへ、反撃。

 夜織の刃が、ユラの腕を掠める。

 血が散る。

 ユラの身体が、わずかに揺れた。

 それでも、倒れない。

 その姿が、ティアラの視界に焼きつく。


 「助けないと」


 思考より先に、胸が反応した。

 次の詠唱を呼び込む。


 「――光よ」


 声は、ほとんど祈りに近かった。

 掠れた音が空気に溶ける。

 その瞬間。

 背中に宿っていた熱が、痛みへと変わる前に、ふっとほどけた。

 白銀の光が、静かに溢れ出す。

 砕けるのではない。

 燃え上がるのでもない。

 光は、形を探すように揺らぎ――

 次の瞬間、確かな輪郭を得た。

 羽だった。

 一本一本の羽根が、淡い輝きを帯び、空間に溶け込むように広がっていく。

 床にも、壁にも、影を落とさない。

 ただ、そこに「在る」だけの翼。

 完全な形。

 誰の意思にも縛られない、精霊の光そのもの。

 広間の空気が、静まり返る。

 音が、遠のく。

 世界が、羽の誕生だけを見つめていた。

 だが――

 胸の奥で、軋む音がした。

 祝福ではない。

 拒絶でもない。

 守ろうとした力そのものが、悲鳴を上げた。

 精霊核が、耐えきれず震える。

 視界が、白く反転する。

 支えを失った身体から、力が抜けた。


「……ティアラ様!」


 ユラの声。

 次の瞬間、ティアラの身体から、力が抜けた。

 ティアラの身体が、床に倒れる。

 音は、ほとんどしなかった。

 意識が落ちた瞬間、背中の羽が崩れる。

 光は、砕けない。

 消える。

 霧のように薄まり、空気に溶け、何も残さない。

 さっきまで、そこに奇跡があったとは思えないほどに。

 夜織の隊員が、慎重にその身体を抱え上げる。

 精霊の少女は、軽かった。

 カイは、一歩だけ近づき、確認する。

 呼吸。

 脈拍。

 精霊核反応。

 順に確認し、カイは頷いた。


「……確保完了」


 それだけ告げる。

 撤収の合図が出され、夜織は影のように引いていく。

 広間に残されたのは、壊れた床と、血の匂いと――

 羽が消えた後の、何もない空間。

 アルバートは、動けないまま、それを見ていた。


 ユラは、膝をつき、歯を噛みしめる。

 守れなかった。

 選んだ結果が、これだ。


 その少し後ろで、リリスは立ち尽くしていた。

 床に残る、何もない空間。

 確かに、そこにあったはずの温度だけが、まだ消えずに残っている。


 白銀の尾が、無意識に揺れ――途中で、止まった。

 怒りでも、悲しみでもない。

 声にできない感情が、胸の奥で絡まり合う。

 守れなかったのは、自分も同じだと、わかっていた。


 ――留守の間、皆を守ってほしい。


 胸の奥に、あの夜の声が蘇る。


 ――リリスがいるから、安心して俺は行けるんだ。


 その言葉が、今になって、重くのしかかった。

 守れなかった。

 誰よりも、守りたかったのに。

 リリスは俯いた。

 視界が、滲む。

 堪えようとしたはずのものが、静かに決壊して――

 白い床に、一筋、雫が落ちた。

 誰に聞かせるでもなく、それでも、こぼれるように呟く。


「……リアンお兄様……ごめんなさい」


 その声は、返事を得ることなく、広間に溶けた。



 その頃。

 王家封蔵庫。

 光の檻の中で、リアンの身体に異変が走った。


 胸の奥を、鋭い痛みが貫く。

 思わず息を詰めた、その瞬間。

 手のひらから、淡い光の粒が零れ落ちた。


 光は散らない。

 引かれるように、一方向へ流れていく。


 ――アルシェ家の方角。


 胸を押さえる。

 鼓動が、どこかおかしい。

 冷たい。

 何かが、確かに――遠くで切れた。


 ……嫌な予感が、胸に沈む。


 名前を呼ぼうとして、声にならなかった。


 ――ティアラ。


 答えは、返らない。

 それでも、リアンは立っていた。

 ここから、動くために。


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